フィンが姿を消した後、戦場は混乱し、各ファミリアや各パーティごとの個別戦闘にずるずると引きずり込まれ、戦場は無作為に拡大していた。特に混乱に拍車をかけたのは闇派閥である。闇派閥たちは、武器を持って攻撃するのは当然として、敵わぬ相手と見るや、しがみ付いての自爆をするのだ。ロキ、ヘルメス・ファミリアは、接近される前に魔剣で誘爆させるという対処をしていたが、討伐隊の全員が全員、魔剣を準備できたわけではない。
フィンが居れば、戦線を維持しつつ、巨大モンスターに戦力を集中し順に各個撃破していく、ラウルたちロキ・ファミリアのサポート部隊が闇派閥の誘爆を受け持つ、などの対処ができただろう。だが、すでに此の場に居ない者のことを言っても仕方がない。今、戦場に居る者達でどうにかするしかないのだ。
ベートとティオナもそんな状況であった。
「こんの、くそかてぇ!」
狼人ベートが悪態をつく。彼の蹴りを受け止めた緑蟹の鋏はまったく何の損傷も受けていないのだ。それどころかベートは認めないが、蹴った彼自身の足が軽く痺れていた。鋏を振り回すのを避けて、持ち前のスピードを生かして蟹の背後に回りこむ。すると、八本ある蟹の足が踏みつけようと突き出てきたので、一端距離をとって回避する。そんな回避するしか選択肢がないベートを見て、蟹の背中にいる女体が嘲笑う。それに気づいたベートは我慢ならなかった。だがここで怒りに任せて突撃を繰り返しても何にもならない、無理やり心を落ち着けるベートだった。
一方、ティオナもウルガで攻撃を仕掛けるが、これまた同じく鋏で防がれ、攻めあぐねていた。大重量武器ウルガで攻めれば、たいていのモンスターは切れるか潰れるかする。だが巨大蟹はその見た目通りのサイズで重量負けすることはなく、そして蟹特有の強靭な甲殻はウルガの刃を防ぐのだった。さらに当然ながら蟹には鋏が二つある。いわば二刀流。
この化け物蟹の攻撃手段はそれだけではない。口から超高圧の水を吐くのだ。ただの水と侮ることなかれ。超高圧に加圧された水は、鍛え抜かれた刃の様に、鋼鉄を切り裂く事が出来るのだ。サポートについていたロキ・ファミリア団員の
そのため、ティオナは、二つの鋏と水刃と、三つの攻撃にさらされていた。鋏をはじき、水刃をウルガで防ぎ、真正面から切り結ぶティオナ。肝心のベートとの連携は期待できず、ティオナ一人で切り抜けるしかないこの状況。ティオナが選んだのは正面突破だった。いや、選択肢がそれしかなかったといえる。こちらの武器がウルガ一本しかない? ならば、高速で動かして二刀流や三刀流に匹敵させればいいんだ!という結論である。
その吶喊を目にして、緑蟹は嗤う。ティオナの考えは正しい。かく乱するスピードに劣り、サポートの助力も無い状況、それしかティオナに取る道はない。問題はスタミナである。巨大モンスターと冒険者では、内蔵するスタミナが桁違いである。緑蟹は勝利の見えた高速戦闘にのめり込むのだった。
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黄色山羊の頭突きをククリナイフで横殴りにするティオネ。突撃の方向をそらされた山羊は、崩壊から免れた家屋に突進する。山羊の角は剣の様に鋭く、容易く壁を貫き、次いで、頭から壁にめり込み建物を崩壊させた。ばらばらと破片と瓦礫が降り注ぐが、気にせずぐるりと向きを変える。山羊の背中の女体がニタリと嗤い、ティオネに向かって爪でひっかくように左腕を横薙ぎにふるう。距離があるにも関わらず、嫌な気配がしたティオネは、とっさに地面へと倒れ込むように伏せた。
「ぎゃぁっ!!」
ティオネの背後で叫んだのは、ヘルメス・ファミリア団員の
「ファルガー、ルルネ、下がって治療をして。見えないけれど何かを投げつけているようですね」
そう分析をしながら指示をしたのはヘルメス・ファミリア団長のアスフィ。しかしティオネにとっては、そんなことはどうでもよい。早くフィンを探しに行きたいのだ。だが、このモンスターが邪魔をする。となければやることは一つ。ティオネは切羽詰まった頭で結論する。
「このモンスター、ぶっ潰せば、探しに行けるってことかぁぁ!」
「あ、ちょっと、そんな無茶な・・」
アスフィが止めるが、狂乱状態に陥っているティオネはすでに聞いていない。ククリナイフを両手に構えると、自分から山羊に向かって地を這うような低姿勢で突進する。その突進を嫌い、黄山羊は四つ足で跳躍する。黄山羊の下を走り抜けたティオネは、その突進の勢いのまま黄山羊が破壊した建物の柱を駆け上がる。そして自らも跳躍し、黄山羊よりも高くはね上がり、女体目掛けて襲い掛かる。だが、その彼女の眼前には、黄山羊の背中の女体が腕を振るう姿が映っていた。先程の見えない攻撃。空中にいるティオネには回避しようがなかった。
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ギルド裏口から突入しようとしていたオッタルとガレス、ガネーシャ部隊。彼らもまた爆風に曝されていた。吹き飛ばされるガネーシャ団員。ガレスとオッタルは、レベルと元からある
爆風が弱まりかけた頃、カシャカシャと音を立てて接近するモノがある。煙と炎に紛れているが、オッタルとガレスの耳にはその音が聞こえていた。
「何か来るぞい。全員、構えろ!」
裏口突入部隊の指揮官はガレス。叩き付けるような爆風で姿勢が崩れているガネーシャ団員達は、その指示に従い、何とか戦闘態勢を取ろうとする。そして煙の中からガレスへと飛び出すモノがある。爆風の勢いを載せたその一撃は、ガレスが構えた大楯にぶつかり、重い激突音をたてて跳ね返される。だが、それを受け止めた大楯は大きく凹んでいる。総アダマンタイト製とはいかないが、耐久性を重視し、分厚く重く造られた大楯を、容易く凹ませる一撃。警戒度を一気に跳ね上げるガレス。そんなガレスに連続して何かが襲い掛かる。それらをすべて大楯で捌くガレスだが、その攻撃の圧力でじりじりと後退させられていく。しかし、歴戦の
「ふん、単調な攻撃じゃわい!」
叫ぶと同時に、大楯を使って、攻撃を横に払い相手の体制を崩す。その間にガレスが突撃をして、形成有利に持ち込む。そんなガレスの突撃であったが──
GUGEN!
名状しがたき金属音と火花が頭上で炸裂する。真上からのガレスへの攻撃を、オッタルが大剣で叩き返したのだ。そしてようやく爆風が収まり、煙と埃が収まっていき、ガレスたちの相手の姿が見えてくる。
それは
「図体がでかいと態度もでかいと見えるわい」
モンスターの笑いを目にしたガレスが、ぶつくさと文句を言う。人工迷宮クノッソスで同種と思われる『天の牡牛』との遭遇経験があるガレスは、全く動揺しなかった。それどころか、ガネーシャ・パーティに視線を動かし、様子を確認する余裕さえあった。彼女らは既に立ち上がり戦闘態勢を整えていた。
「此奴の強さはレベル6以上じゃ。注意せい」
そして続けてオッタルに指示を出す。
「オッタル、わしが攻撃を防ぐからその間に、鋏を切り落とせ! できるな!?」
「そうもいかん」
白蠍の背後から現れたのは、高さ3Mほどの
「長生きしとるが、あんなモンスター初めてみるわい・・」
そんな呟きを溢すガレスに向かって、オッタルがさらに呆れるようなことを言う。
「あの赤青の相手をする。白いのはそちらで相手をしておけ」
「・・これが全部終わったら、ドワーフの火酒ぐらい奢れよ・・」
止めてもオッタルが聞く耳を持っていないと判断したガレスは、あきらめて大楯と重量型アックスを改めて構える。オッタルと阿修羅が離れるのを見ながら、ガネーシャ・パーティに声をかける。
「わしが正面から突っ込むから、おぬしらも隙をついて攻撃しろ。できれば背中の人間部分に攻撃するんじゃ。それが無理そうなら、片方の鋏に集中して切り落とす。できるな!?」
ガネーシャ・パーティの中核をなすのは、二人のレベル5冒険者、団長ヴァルマとアマゾネスのイルタ・ファーナである。三人は白い蠍に向かって集中する。
「では行くぞ! 頭上からの攻撃に気をつけい!」
そういうとガレスは大盾を前にして突っ込んだ。白蠍は、鋏を突き立ててガレスを止めようとするが止まらず、もう片方の鋏で盾を掴み、剥ぎ取ろうとする。そんな鋏に向かってガレスが斧を叩き込む。パワーだけならオッタルと互角。そう評される膂力から繰り出される一撃は、蠍の殻を突き破る。だが、追撃をすることなく、ガレスは後ろに飛びのいた。
ガッ!と音を立てて、一瞬前までガレスが立っていた場所に、蠍の尾が突き立ち、瓦礫を砕く。
「二方向、へたしたら、三方向からの攻撃。ちと厄介じゃの」
しかも、一緒に戦っているのは、別ファミリアの冒険者。上手い連携は期待できそうにない。
「まぁ、気にする必要はないか」
息の合った上手い連携が期待できずとも、ヴァルマとファーナはレベル5。初見の相手とも、それなりには連携ができる腕前のはずである。でなければ、冒険者数最大手のガネーシャ・ファミリアの団長は、やっていけないはずである。
「わしの役目は、あ奴らが攻撃をしやすい様に、此奴の意識を引き付けることじゃな・・」
そういうと、再び、ガレスは突進するのだった。
「そしてもちろん! 注意を引くだけじゃなくて、わしが倒してしまっても構わんのじゃよ!」
ガレスは雄たけびを上げて、斧で大楯で撃ちかかる。
大楯で鋏をはじき返し、もう片方の鋏は斧を立ての様に構えることで横に弾く。そして蠍の頭部分に接近して、
「どりぉりぉぉぉあぁぁ」
大楯で、ぶん殴った。さすがの巨体も吹き飛ばされ、瓦礫の上に横倒しになる。
「あ、あれが、エルガレムの一撃・・」
ガネーシャ団長ヴァルマが驚いている。
「驚く暇が有ったら攻撃せんかい!」
ガレスの叱責に、慌てて動き始める二人。だが大蠍は、尻尾と鋏を使って器用に素早く起き上がる戦闘体勢をとる。あまりダメージになっていないようだ。戦いは長引きそうである。
********
「ふんっ!!」
オッタルが、大剣を叩きつけ、阿修羅を弾き飛ばし、戦闘場所をガレスたちから強制的に引きはがす。オッタルには分かっていた。この阿修羅の強さは白蠍と比べても別格。先程の白蠍と同時に相手をしていたのでは、被害者が出る。フレイヤ・ファミリア団長である自身がついていながら、そんなことになれば、主神であるフレイヤ様の威光を傷つけることになりかねない。そう判断したオッタルは、一人で阿修羅と対峙することを選んだのである。
だがそんな戦場に飛び入りが入る。
「オラァァァァァァ!!」
黒い皮鎧とレイピアで装備した冒険者、イシュタル・ファミリア団長のサミラが、勢いよくオッタルに切りかかる。
「てめぇは、ここで死ぬんだよぉぉぉぉ」
素早い攻撃のつもりなのだろうが、オッタルからすれば、未熟も良いところだ。パワー、スピード、タイミング。及第点をギリギリ付けられるのはタイミングのみか? 避けると同時に切って捨てようとするが、そこに阿修羅もどきが攻撃を仕掛けてくる。それに合わせてサミラは、退避する。オッタルは構わず、阿修羅もどきを殴りつけ、斬り飛ばそうとするが、悪いタイミングでサミラが再び切り込んで邪魔をしてくる。
それから数合、打ち合う。サミラは、オッタルを阿修羅と挟み撃ちするように位置取りし、自身が阿修羅に攻撃されない様にしていた。さらには、一方的に阿修羅のフォローをしており、オッタルが阿修羅を攻撃しにくい様に、自らの攻防を組み立てているのだ。
「ふむ・・。引く気はないか?」
オッタルとしては、ここでサミラが邪魔をしようとどうしようと関係ないのだが、一応確認してみる。返事はレイピアの斬撃だった。
剣を交わしているサミラ自身にも、オッタルに敵わない事は分かっていた。
だが、今この戦いだけは、そんなことは関係なくなる。イシュタル・ファミリアの
そしてそのサミラの苦労は報われる。全身から金の光を放つ粒子が流れ出す。超レア魔法『ウチデノコヅチ』による疑似ランクアップの証だ。
「UGAAAAAAA!!」
阿修羅が吠える。疑似ランクアップした全能感からか、阿修羅の叫びには、心なしか喜びが感じられる。そして、今までとは比べ物にならないスピードで、阿修羅はオッタルに襲い掛かった。突然の速度変化にも対応し、防御して見せるオッタル。
「パワーが上がったか」
そしてその冷静さも健在なまま。
「はっはぁっ! あとは頑張りなぁ!」
阿修羅の疑似ランクアップを見届けたサミラは、もう用はないとばかりに撤退する。
イシュタルの打倒フレイヤ計画は挫折が多かった。
闇派閥に造らせた
ロキ・ファミリアに勝てないのにフレイヤの所に勝てるわけがない。
そして切羽詰まったイシュタルは、とんでもないことを考えた。
ならば穢れた精霊を疑似ランクアップさせようと。
そこまで考えてイシュタルは気になった事がある。
それ以前に、そもそも穢れた精霊はランクアップするのかという疑問もある。だが、ベースとして冒険者を用意することで、その問題を解決した。ベース部分がランクアップすることにより、全体がランクアップするだろうという推測である。だがあくまで推測でしかない。でもやるしない。
そして準備を整え、イシュタルは好機を虎視眈々と狙い、
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「くくく、計画通りになっているじゃあないか。サミラもアイシャも、よくやってくれてるよ」
そう呟くのは、ホームから見ているイシュタルである。
アイシャは、混乱しているこの状況の中、ランクアップ魔法の使い手を無事に戦場迄同行させ、魔法を実行、また無事に退避させるといった監督役を。
サミラは、呪文の詠唱の間に穢れた精霊が退治されない様に、オッタルの攻撃の邪魔をする阻害役を。
それぞれ困難な役割である。だがどちらも無事にやり遂げて見せた。
唯一の懸念は、モンスターがランクアップするかどうかであったが、計画通りに行ったようだ。後はオッタルが死ぬのを待つだけ。そしてオッタル以外のフレイヤの眷属は、疑似ランクアップしたサミラが片付ける。そしてフレイヤ自身は、イシュタルが引導を渡す。
女王然としてふるまっているフレイヤの顔が絶望で歪む。それを考えるだけで、イシュタルは笑いがとまらなかった。
「さぁ、さっさと、オッタルをぶっ殺しちまいな!」
補足
天の牡牛と遭遇経験があるガレス
ソードオラトリオのロキ・ファミリアによる第一次クノッソス攻略作戦は、書いていないが、この話の世界でも実施している。結果は原作と同じく、損害を受け撤退。
阿修羅
黄道十二宮の双子座から。ベースは冒険者。
疑似ランクアップ魔法ウチデノコヅチ
ベースが冒険者だろうと、穢れた精霊になった時点でモンスターになるので、ランクアップ効果は無いと思われる。この話ではモンスターにも効果有りとしている。
殺生石の欠片
ランクアップ魔法の対象は一人。複数を同時にランクアップさせるため、原作では殺生石の作成が計画された。殺生石を割って欠片にすれば、その欠片の数の人数だけランクアップできる。
殺生石の欠片の具体的な使い方が分からない。飲み込む? 天にかかげる? 握りしめる? 臍の部分に当てて『変身』と叫ぶ?
テイマーがモンスターに指示して使わせることは不可能だと判断した。