ハリー・ポッターとオラリオのダンジョン   作:バステト

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邂逅

 ギルド倉庫が破壊され、黒煙を上げている破片が散らばっている、そんな爆発の余韻も抜けないまま、戦いに明け暮れている冒険者、モンスター、闇派閥。

 穢れた精霊達は徐々に移動して戦闘領域を広げ、ギルド正面に残された者たちも戦い続ける。そうして混乱が広がるばかりと思われた戦場の中、時間が経過するにつれて、徐々に組織だった動きがごく一部ではあるが出始める。

 

 その起点は意外にも、超凡夫(ハイ・ノービス)と言われたラウル・ノールド。

 それにはいくつかの要因がある。まずは、元々彼はロキ・ファミリアで指揮を執ることが多々あり、指示を出す訓練をしていること。そしてロキ・ファミリアのメンバー、彼に指示を受けるのにも慣れていること。この二つが合わさったことが大きい。

 そして、ラウルと、アナキティの指揮する2パーティが隣り合って配置されていたこと。

 更には、ロキ・ファミリアは闇派閥との戦闘を何度か経験して、対処方法を確立していること。

 そしてラウルにとっての幸運。それは、ドラゴン・スレイヤーこと、我らがハリー・ポッターとベル・クラネルも彼の指揮下(パーティ)にいたことだ。初対面のパーティに入るよりは、知り合いの(パーティ)が、まだましだろうということで、こういう配置になっていた。そして二人とも速攻魔法の使い手、モンスターにしろ、闇派閥にしろ対処が極めて素早かった。

 ラウルの指示の元、闇派閥に対してはロキ・ファミリアの団員が魔剣で誘爆を誘って対処する。モンスターに対しては、ハリーのプロテゴ、ベルのファイアボルトで動きの制限をして、ラウルと猫人(アキ)が対処するという方法を愚直に繰り返していたのだ。

 

 その間にも、ラウルはメンバーへの叱咤激励を続ける。モンスターとの戦いは、メンバー皆冒険者であり、ダンジョンで慣れている。だが闇派閥メンバー相手の人間(ヒューマノイド)相手の殺し合いには、慣れていなかった。魔剣で誘爆させることで相手の自爆攻撃は防いでいたので、こちらの被害はかなり少ない。だが、爆発により、人体が破裂し、ちぎれ、血しぶきが舞い散り、細切れになって散らばる血まみれの人体の破片。そんなものが目の前に飛んでくるのだ。

 対モンスターではなく、対人間の戦い。その結果生じるショッキングな光景に、若い冒険者たちは、強い心理的衝撃を受けていた。ラウル自身もショックを受けていたが、リーダーだからとそれを無理矢理に抑え、メンバーの叱咤激励をしていたのだ。

 

 ラウルにとって意外なのは、ハリーがそれほど動揺していないことだった。もちろん動揺していることは白くなった顔色から分かるが、明らかに動揺の程度が小さかった。

 ハリーと最初に会った時のことを思い出す。ロキ・ファミリアの食堂で、主神ロキの客分として紹介された。そのままファミリアに加入するかと思っていたが、何故か新興ファミリアに加入。その後、自分が59階層への遠征から戻ってきたら、ドラゴン・スレイヤーとしてハリーは名を上げていた。おそらく、ここオラリオに来る前の時点で色々と事情があったのだろう。

そのため、主神(ロキ)の知り合いではあるが、別のファミリアに入団したのだろう。その以前の経験の中に、今のような惨事があったのかもしれない。

 ラウルは必死で指揮をとりながら、ぼんやりと心のどこかで考えるのだった。

 

 ともかく、ラウルとアキのパーティがやや手際よく、闘っているとどうなるか。

 周囲の冒険者が二人のパーティを頼りにするようになるのだ。具体的には、周囲の限られた範囲であるが、パーティ・リーダーがラウルの指示の真似をする。真似をすることは悪い事ではない。見習うべき良い点は、どんどん取り入れていく。そうでなければ、ランクを上げて第二級冒険者として、やっていくことはできないのだ。それによって冒険者たちが、ラウルの指揮下に入るように形になり、ある程度組織だった戦闘をするようになったのだ。

 

 そうして時間の事を忘れて、我武者羅に戦闘を続けていると、ぽっかりと空白が空いた。

 

 戦闘音は遠くから聞こえるものの、モンスターの襲撃も無くなり、闇派閥の姿も見えない。一時的かもしれないが、周囲の敵をすべて排除したのだ。そう判断したラウルは、補給を命じる。

「うちのパーティは周囲の警戒。アキのパーティは水分補給を。五分で済ませるっす。五分後に交代して、うちのパーティが補給っす」

 モンスターや闇派閥の血まみれの死体が散乱する中での補給だが、贅沢は言っていられない。出来る時に補給しないと、継戦能力が低下するのだ。ロキファミリアとは無関係の冒険者たちも、それを聞いて交代で補給に取り掛かる。そんな中、風が吹きつけてきた。

 

 最初は微かな微風であった。だが、しばらくするとはっきりとした風になる。細かな煤を吹き払い、冒険者たちにひんやりとした風が吹き付ける。爆風で加熱された地面がゆっくりと冷えていく

「な、なんすか、この風は」

 思わず、ラウルが、風が吹きつけてくる方向、元ギルドがあった場所を向く。そこにいるのは、黒いローブを着た身長2Mに近い男。右手に30C程の杖を持っている。その両脇に従うのは、モンスター達。黒大剣を持ったミノタウロス、鎧を着込んだモンスター。槍を構えたアラクネ。そしてガーゴイル等々。

「あれが、報告にあったテイマーっすか」

 怪人といわれるレヴィス(テイマー)とはまた違う存在。だが、その存在感にあてられ、ラウルは緊張のあまり脂汗を流しながら指示を出す。

「全員補給終わりっす。新手っす」

 黒ローブの男は、こちらの緊張を気にもしていない。まるで昼下がりの公園を散歩をしているかのような気楽な歩調で、ゆったりと距離を詰めてくる。

「ハリー・ポッター」

 小さな囁き声。だが何故か、その場にいる全員にはっきりと聞こえた。

黒ローブの男は、モンスターを引き連れ、さらに近づいてくる。10M程の所で足を止める。背筋を伸ばした姿勢から、また呟いた。

「ハリー・ポッター」

 

 ハリーは、前に出てラウルと並ぶ。杖を構えて突き付ける。

「僕がどうかしたのか?」

「ようやく会えたな、我が兄弟よ」

 そういうとフードを外す。現れたのは、赤いリザードマンの頭。モンスターが言葉を話すことに衝撃を受ける冒険者。だが、ハリーは、アラゴグなど人語を話すモンスターとの会合経験があった。それほど衝撃を受けず、話のポイントに反応する。

「僕にモンスターの兄弟は居ない。それ以前に僕は一人っ子だ」

 それを聞いてシュルシュルと、真っ赤な舌を出し入れしながら嗤うリザードマン。

「まあ、お前は俺様のことを知らんはずだ。だが俺様はよく知っているぞ、兄弟」

 そういうとリザードマンは、杖を軽く振って見せる。()()()()()()()が浮かび上がり、一人の名前を作り出す。ハリーもよく知っている名前だ。

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

 そしてアルファベットはふわふわと動き出す。順番をくるくると入れ替え、別の言葉になる。

 

I AM LORD VOLDEMORT

 

「そう、俺様はヴォルデモートだ」

 

「何故、()()を知っている!?」

 ()()とは、()()()()()()()を作り出して、入れ替えて見せたこと。ハリーは心臓を掴まれたような不気味な思いにとらわれる。

 

 ハリーの脳裏に2年生の時の記憶が鮮明に甦る。ホグワーツの地下深く、秘密の部屋でジニーが倒れているのを発見した時に現れたトム・リドル。

 その時リドルは、杖を使って空中に文字を作り出し、それを動かして自分の正体を明かしたのだ。その文字の色や大きさ、動かしたときの雰囲気。

 秘密の部屋で何が起こったか、リドルや日記の正体を説明することが重要と思ったのでそのことは皆に説明した。だが細かい部分、リドルが文字を作り出したという事やその色、形、大きさは、ダンブルドアを含め、誰にも言う機会がなかった。

 ハリーしか知らない事を、目の前にいるリザードマンはすべて再現して見せたのだ。

 リザードマンが自称するように、例え、ヴォルデモートだとしても、知っているはずがないのである。こちらに気付かれることなく開心術を使ったのかと、最大限の警戒心をもってハリーは杖を突きつける

 

「ああ、俺様がヴォルデモートであることは、認めるのだな、兄弟」

 

 奇妙な親しみが籠った馴れ馴れしい口調で、ヴォルデモートは続ける。

「お前が一歳の時から。そして、俺様本体に俺様たちが殺されるまで、ずっと一緒だったからな。当然知っている」

 

 そしてハリーに閃いた考え。ダンブルドアの分霊箱に関する説明。ハリー自身が分霊箱であること。分霊箱にはヴォルデモートの魂の欠片が入っていること。日記も同じ分霊箱であること。日記内部の魂の欠片は、自我を持っていたこと。

「お前は、僕に憑いていた、あいつ(トム・リドル)の魂か・・」

 ハリーの指摘に頷くヴォルデモート。

「その通りだ、兄弟。一歳の時からどんな人生を過ごしたか見て来たぞ。お互い、半純血、孤児同然で、ホグワーツ入学まではマグル育ち。似たような境遇で育ってきた。そのおかげで、本体とは違い、俺様はお前に親しみを感じている。

 兄弟と呼び、そして『一緒にこの世界を支配しないか?』そんな提案をするほどにな」

 リザードマンの顔のため、分かりにくいが、ヴォルデモートは笑っているようだった。

「いや、断る」

 シンプルなハリーの拒絶の言葉。

「ふむ? 残念だ」

 予想通りのハリーの返事だったのか、ヴォルデモートの感想もシンプルなものだった。と同時に杖を一振りし、ハリーを吹き飛ばすヴォルデモート。

「ならば、ホグワーツでの続きをしようじゃあないかっ、ハリィィ・ポッタァァァァァァアア!!」

 呪文よ終われ(フィニート・インカンターテム)で対抗し、地面へと飛び降りるハリー。

 

 二人の戦いが始まるかと思われた時に、赤黒いものが落ちてきた。何かと思えば、ニンジャ・装束を着たアイズ・ヴァレンシュタイン。地面に落ちるも一回転して立ち上がる。それを追うかのようにもう一人落ちてきた。ハリーは知る由もないが怪人(クリーチャー)レヴィス。

 そしてヴォルデモートの攻撃と同時に、脇に控えていたモンスター達も攻撃にかかる。迎撃するラウル。

 だが、そのモンスターとラウル達にスリケンが降り注ぐ。アイズが投げたスリケンを、レヴィスが弾き飛ばし、その跳弾ともいうべきスリケンが、モンスターと冒険者の区別なく、見境なく全員に降り注いでいるのだ。もちろん、ダメージを負うようなものではない。

「ちょ、アイズさん!」

 とはいえ、さすがに、ラウルも悲鳴を上げる。その瞬間アイズの狙いが変わる。レヴィスの後ろに居るモンスターに降り注ぐスリケン。ガーゴイルがその頑丈な体表ごと翼の半分が削られる。アラクネの両肩両肘に突き刺さり、腕の機能を破壊する。鎧を着込んだモンスターには、鎧の隙間にスリケンが突き立つ。ミノタウロスに投げたスリケンは、大剣で防御されたが、一本が左眼に突き立っていた。一瞬のうちにアイズはこれだけのことをやって見せたのである。

 

 だがヴォルデモートへ投げたスリケンは、蛇へと姿を変えると次には炎となり、逆にアイズに襲い掛かってた。

 ミノタウロスがいる方へと、すばやい動きで避けるアイズ。そのまま、体の輪郭がブレたかのような加速でミノタウロスの左の死角から接近し、黒大剣の間合いの内側へと入り込む。そのスピードのままミノタウロスの首へと手刀をふるう。その様子ははまるで居合抜きで、辻斬りをするかのようだ。

 だがミノタウロスも、とっさに反応し、アイズの手刀と自分の首の間に腕を入れるのに、ぎりぎりで成功する。しかしアイズの手刀がまるで鋭利な刃物であるかのように、ミノタウロスの左腕を肘の先から断ち切ってみせる。だがさすがに勢いは衰え、首を切り裂くことはできず、側頭部へ一撃を入れるだけに留まる。打倒されるミノタウロス。だがミノタウロスは左腕一本を犠牲に、頭部を割られるのを防いだのだ。

 だが、その動きを見逃すレヴィスではない。アイズの無防備な脇腹に蹴りを突き入れる。体がくの字になって吹き飛ぶアイズ。そこにヴォルデモートが、再び幾つもの炎の矢を作り、アイズに向かって撃ちこんだ。

 

 だが、ここにはアイズと同じロキ・ファミリアのメンバーが、ラウルとアキたちの2パーティが居るのだ。ラウルたちが盾を構えて、アイズの前に出て、炎から守ってみせる。

「あっつう! 熱いっすよ!」

 炎の矢に焼かれて、盾が一瞬のうちに高温になる。ヘルハウンドのブレスと同等、下手をしたらそれ以上の高熱のようだ。盾を溶かすような熱さに火傷を負い、慌てて盾を放り出すラウル達。

 それと同時に、アキのパーティメンバーが、魔剣でレヴィスとヴォルデモートの牽制をし、アイズへの接近を阻む。その間に、アキが素早くポーションをアイズに渡す。受け取ったアイズは素早く飲み干すと、地を這う程に身を低くすると、レヴィスへと突進する。

 魔剣の攻撃を回避しつつも、アイズへの警戒を忘れていないレヴィス。自らもアイズに突進し、拳を打ちつける。その衝撃でアイズは再び吹き飛ばされ、レヴィスもそれを追って、此の場から離れていった。

 

 左眼と左腕の痛みで、横たわったままで、しばらく動けなかったミノタウロス。ようやく痛みをこらえて体を起こすと、怒りの咆哮(ハウル)を上げる。その咆哮の威力はレベル4のラウルでさえ、一瞬ぎょっとするほどであった。それよりレベルが低い者は、たまったものではない。レベル2の冒険者達を強制停止(レストレイド)させていた。

 

 

********

 

 

 ミノタウロスが強制停止の咆哮(ハウル)をあげた時、ベルも強制停止をうけていた。

 ベルの意識には、新米冒険者の時にミノタウロスに追われたことを思い出していた。5階層で、ベルを追いまわした恐ろしいモンスター。逃げても逃げても引き離すことはできず、殺意を持ってどこまでも追いかけてきた暴虐のモンスター。咆哮と重い足音が、ベルの心を恐怖と絶望で押しつぶす。

 その後の冒険で塗りつぶしたはずのトラウマ。ファミリアの仲間と共に挑んだミノタウロス戦。撃破して乗り越えたと思っていた恐怖。そんな上っ面のかさぶたは木っ端みじんに吹き飛び、あの時の無力な虚脱感(パニック)が甦る。脚がゴムになったような感覚に陥り、力が抜け、崩れ落ちるベル。荒い呼吸を繰り返し、顔は血の気を失い真っ白になっている。

 

『─雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインとは釣りあわねぇ─』

 そんな言葉に反発したこともあった。だが現実は──。

 ダンジョンに飛び込んで無茶をやったと思っていた。でもあれは勝てるモンスターしか相手にしていなかった。

 ミノタウロスに勝てたのも、相手の強さが下になったから、勝てるようになっただけだ。

 目の前に居るような強いモンスターが相手だと、逃げ出すどころか恐怖で動けなくなる。僕を罵倒したあの言葉は真実だった。

 ──僕は雑魚だ──

 恐怖に塗りつぶされ、みじめな思いに押し潰され地面にへたり込んだ

 

 

 




補足
分霊箱の魂
ハリポタ原作では、日記だけが特別で、他の分霊箱内部の魂には自我は無い

次回『牡牛の巨大な仲間たち その二』

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