「ドーモ、モンスター=サン、赤影デス!」
「ドーモ、モンスター=サン、青影デス!」
「ドーモ、モンスター=サン、白影デス!」
「ドーモ、モンスター=サン、灰影デス!」
「ドーモ、モンスター=サン、水影デス!」
タケ・ファミリアの
アイサツは大事。ファミリア規則にも、タケミナカタがそう書いてある。そのため、団員は初見のヒューマノイド型モンスターに対しては、挨拶をするのだ。今回の敵、黒獅子は背中に女性の上半身─獅子女─が載っている。そのため
「GUAAAAAAAAA!!」
「アイサツもできん
忌々し気に呟く赤影。そして構えを取り、戦闘が始まる。
タケ・ファミリアが相手にしている黒獅子は巨大でありながらも、猫科特有の俊敏な動きで暴れまわる。前足の一撃は、家屋を吹き飛ばし、その牙は金属の門扉であろうと噛み砕く。さらには機敏に屋根の上へと跳躍し、立体的な動きでこちらを翻弄する。そして口から吐くのは、毒の
そんな格上の相手と戦っているのに、ニンジャたちは落ち着いていた。理由は簡単、此処はダンジョンではない。地の利はこちら冒険者側にある。そしてもう一つ。彼らは一人で戦っているわけではない。ファミリアとして戦っているのだ。戦闘に挑むときに留意すべき三つの事、天の理、地の利、人の和。そのうち二つが、こちらに有利となっているのだ。負ける気遣いは無かった。
「一撃与えたら、直ぐに距離をとれ!」
タケ・ファミリア団長の赤影が指示を出す。
「ダメージを与える事にこだわるな! 回避を重視しろ!」
「イヤーー!」
ニンジャたちがスリケンを投げる。強力な敵に対してはまずは遠距離戦。基本である。
もちろん、頑丈な毛皮に包まれた格上の相手に対して、スリケンの効果は薄い。だが気にせずスリケンを投げるニンジャ達。
──10のスリケンでダメなら、1000のスリケンを投げるのだ──
そのタケミナカタの教えを忠実に実行しているのだ。
「イヤーー!」
総勢五人のニンジャによるスリケンの嵐。
急所への攻撃は防御されているので、ダメージは殆ど無い。しかし、これだけの数のスリケンを受け、さすがに動きが鈍る黒獅子。それを狙い赤影が瓦礫を伝って連続跳びで接近する。
「イヤーー!」
赤影が狙うは、黒獅子の背中の獅子女。ふるう拳速により空気が焦げるほどだ。いや、それは錯覚ではない。事実、拳の軌跡に沿って炎が噴き上がっている。赤影はカトン=ジツの使い手なのだ。黒獅子は素早く横ステップをして、それを躱す。だが遅い。拳が獅子女の左腕をかすめる。
一気に炎を噴き上げる左腕。
「GuWAAAAAA!」
苦痛の声を上げながら、何とかその炎を消そうと振り回す獅子女。だが消えない。思い余った獅子女は、なんと自分で
「自分の毒は自分には効かない。まあ当然だな」
赤影が冷静に分析する。ニンジャたちも毒を使う場合は、必ず解毒剤を携帯する。仲間が、自分が、誤って毒を受けた場合のことを考慮しているのである。
そうしながらも、少し開けた広場へと戦いの場が、じりじりと移動していく。立体的な機動が出来ず、黒獅子には不利な場所。
そこに誘導されたと気付くや否や、何を考えたのか黒獅子と獅子女は、碌に狙いもつけずに、むやみやたらに
だが、ニンジャの動きが徐々に単調になっていく。原因は
ニンジャの動きを制限したことに、ほくそ笑む獅子女。毒の水を跳ね上げながら、走り回り、ニンジャに攻撃を仕掛ける。ニンジャも負けずに反撃をする。
「イヤーー!」
スリケンが、足刀が、手刀が、拳が、黒獅子に襲い掛かる。
黒獅子も負けずに、殴り、噛み付き、ブレスを吐く。
そんな激しい攻防の中、ついに灰影の詠唱が最後に近づく。狙う黒獅子の立ち位置は、広場の中央。ニンジャの見事な誘導である。
そして灰影が九字を切り、魔法を発動させる!
途端に広場が陥没し、まるで大型のアリジゴクがいるかのように、ずるずると直径20Mほどの地面が回転しながら沈んでいく。その様子はまるで透明なドリルが地面に穴をあけていくようだ。見る見るうちにエレベーターの様に沈んでいき、縁の部分は壁になっていく。
大地へと干渉する
黒獅子は慌てて逃げようとするが、忍者たちの猛攻により、逆に回転の中心へと押し込まれる。
その攻防の間にも陥没は進み、回転部分がエレベーターの様にどんどんと沈んでいき竪穴となっていく。そんな竪穴の中で戦いを続ける黒獅子とニンジャたち。
そしてもう深さが20Mを越した頃だろうか。ようやく水影の詠唱も完結する。水影も同じく九字を切り、魔法を発動させる! 水影の正面、胸元辺りに四角形の魔法陣が浮き上がり、そこから直径1Mほどの水流が撃ち出される。水影の魔法はスイトン=ジツ。距離があるが、狙い過たず黒獅子に命中する。しかし、威力不足。黒獅子はずぶ濡れになるだけで、再び走り回り赤影たちへと襲い掛かる。だがしかし、青影、そして、白影は、既に穴の壁に取り付き、地表へと向かって垂直に駆け上がって避難している。
黒獅子の前に残ったのは只一人、団長赤影だ。
「イィィィヤァァァーーー!」
裂帛の気合と共に、赤影の拳が撃ちこまれる。赤影の切り札カトン=ジツだ! しかし、触れれば燃えると警戒している攻撃。黒獅子も、背中の獅子女も全力で避ける。そして獅子女は関節が壊れているのではと思わせる角度で体をひねり、気合で回避して見せた。空を切る赤影の拳。
ウカツ! カトン=ジツは当たらなければ意味が無い!
そして、攻撃した後の無防備な赤影の背中に、必殺の一撃を叩き込むべく、獅子女の拳が構えられる。限界以上にひねった体を元の姿勢に戻すべく、筋肉がこぶのように盛り上がる。その筋肉が生む爆発的なパワーを、赤影に叩き込もうと眼をぎらつかせる獅子女。
だが、その瞬間、獅子女が火を噴き燃え上がる。カトン=ジツは当たっていないのに何故だ!
モンスターには分からぬことだが、水影のスイトン=ジツで撃ちこまれたのは、水ではなく可燃性液体、その蒸気にカトン=ジツが引火したのだ! 先程とは異なり、瞬く間にその炎は、全身に周り、黒獅子は火だるまとなる。おお、それどころか、陥没した穴の内部がすべて炎を巻き上げ燃えている! その様はまるで火炎地獄がこの世に顕現したかのようだ!
「GUWAAAAAAAAA!」
酸素が足りず、息をすれば炎が肺を焼き、炎を消そうとブレスを吐いても、消えず余計に燃え上がる。生きながら焼かれる苦痛に、黒獅子と獅子女は悲鳴を上げる。だが、それだけではない。赤影が、穴から脱出する際の置き土産として、女体の目にスリケンを叩き込んでいたのだ。
見えず、焼かれて、破れかぶれに、黒獅子は穴から出ようと壁に飛び移り、駆け上がろうとする。だが、無情! 黒獅子が飛び移った壁はずるずると崩れ、駆け上がる足場とすることができない。足場をなくし、穴の底へと墜落した黒獅子は、再び業火に飲み込まれる。壁が当てにならぬなら、地上迄跳び上がろうと、全身をばねにして一気に跳び上がる。だが、それはフェイントも何もない単調な動き。地上で待ち構えていたニンジャたちに、穴の底へと蹴り落される。
そして炎で焼かれる時間がたつにつれ、毛皮は燃え尽き、皮膚は爛れていく。諦めず何度も壁を駆け上がろうと、黒獅子はもがく。だが次第に、その動きは緩慢なものになっていく。そして、足を止め、崩れる様に横に倒れる黒獅子。獅子女も黒こげのまま、力なく倒れる。
炎が体を焼くがもうすでに熱いと感じる気力もない。そして、眼から光がなくなり、熱で干からび、微かに炎を上げて燃え始める。動かなくなった体のあちこちから、小さな火が噴き出す。それらが集まり、赤黒い炎を上げて盛大に燃え始める。
穢れた精霊、黒獅子の最後であった。
********
緑蟹と戦うベート。緑蟹の甲殻は堅い。固すぎる。だがそれでも狙い所はある。双剣で緑蟹の脚を払い、気合と共に蹴り飛ばす。そうして緑蟹の脚の間に無理矢理隙間を作り上げて入り込むと、胴体を蹴り上げる。
「オラァッ」
ばきっという炸裂音と共に、緑蟹の胴体を覆う甲殻に割れ目が入る。
これに慌てたのが背中の蟹女。巨大な大双刃という、見た目分かりやすい脅威であるティオナの方を今までは警戒していた。だが受けるダメージは狼人の方が上。緑蟹の向きをぐるりと変えてベートを正面に捉えて、鋏でもって戦い始める。鋏で殴り、掴み、切り潰し、口からの水刃で切り裂こうとする。
ベートはそれをかいくぐり、両手に構えた双刀で鋏を防ぐ。そして隙を見て彼専用武装ブーツ、フロスヴィルトでの一撃を浴びせようとするが、その隙を見せると緑蟹の口から水刃が飛んでくる。膠着状態に陥るベート。
一方、ティオナは、緑蟹が向きを変えたために緑蟹の背後をとっていた。だが背中の蟹女がこちらを視界に収めて、ティオナの
そして気が付いた。さっきは手数が足りないと考えたが、それは間違い。足りないのは、鋏や八本脚の間合いを飛び越え、蟹の身体を直接、ぶん殴るためのリーチなのだ。
それを考えると、もともとリーチが短いベートや、超重量武器とは言え間合いでは緑蟹に負けている大双刃では相性が悪い。槍を持っているフィンや、平行詠唱を用いて魔法で攻撃出来るリヴェリアなら、相性が良かっただろう。とはいえ、それに気づいたら、ティオナにとっては後は簡単だった。
「おーい、ベートー、当てない様に気を付けるけど、そっちも自分で気を付けてねー」
一応、警告はしておくティオナ。
「ナニわけわかんねぇ事、言ってんだ、バカゾネス!!」
ベートから罵倒とも返事とも取れないものが返ってきた時には、すでにティオネは踏み出していた。一歩目で加速し、二歩目で全速になる。そして三歩目で軽くジャンプ。そして、身体を弓なりに三日月の様に逸らせて投擲姿勢になる。そして全力で緑蟹の胴体向けて大双刃を投擲した。
もちろん大双刃は、投擲武器ではない。重量がありすぎるため投擲するには不向きなのだ。とはいえ、まずまずの速さで飛んでいく。それを見ていた蟹女は回避しようとするが、ベートとも戦闘していることもあり、完全回避は無理と判断する。受け止めると、大双刃の重量とスピードで、ダメージを負うと判断した蟹女。蟹足を素早く上げると、大双刃に叩き付けて、叩き落してみせた。だが、大双刃は大重量武器。予想以上の大重量のため緑蟹のバランスが崩れ体勢が悪くなる。人間で例えれば、戦闘中にふいに躓き片膝をついたような状態になる。
それをみて此処が勝負所だとベートは判断した。そう決断すると行動は早かった。月の下でしか使用できないスキル、月下咆哮を発動させる。ダンジョンでは使用できないが、ここは地上、人族の領域である。さらに幸いなことに、今日は昼間であっても月が浮かんでいる月齢だった。ぞわぞわとベートの狼毛が逆立ち、見た目を変えていく。それと同時に身体能力が向上していく全能感に包まれる。
さらに腰の後ろに装備していた魔剣を引き抜き、自分の特殊武器であるブーツ、フロスヴィルトへ押し当てる。彼のフロスヴィルトは魔法を吸収し、放出する特性がある武器なのだ。魔剣から発動させた火炎魔法を吸収し、微かな炎を揺らめかせるフロスヴィルト。
そしてベートは緑蟹にとびかかると、スキルで向上した膂力でもって全力で鋏を蹴り飛ばした。蹴りの威力だけでなく、魔剣の炎の威力も加わる。鋏の一つが蹴り砕かれ、真っ赤に焼けただれる。駄目押しとばかりに、もう一度ベートはその鋏を蹴りつける。熱で強度が落ちたのか鋏はもろくも崩れ去る。
そしてベートは鋏を蹴った反動で緑蟹の背中に飛び上がり、蟹女に接近していた。
蟹女も殴りつけてくるが、ベートはそれを双刃で受け流す。そしてスキルで向上した膂力でもってベートはフロスヴィルトを蟹女の横腹に全力で蹴り込んだ。蟹女の横腹はひしゃげ、炎を上げて燃え始める。それと同時にドンッという音と共に緑蟹の身体が斜めに跳ね上がる。
ベートは、向上した身体能力のまま、器用に緑蟹の背中から飛び降りる。
何事かとよく見れば、緑蟹の腹の下に入り込んだティオナが、大双刃を緑蟹の腹へと突きあげるように突き刺していた。
確かに背中は甲殻が一体化しているが、腹側はそうではない。ベートが蹴りでもって割れ目を作っているのだ。その割れ目を見つけたティオナは、その怪力でもって全力で大双刃を突き刺したのだ。そして突き刺した大双刃を全力で無理矢理に動かし、甲殻を切り開こうとしていた。緑蟹の傷口からシャワーの様に鮮血が吹き出し血まみれになるティオナ。だが、ティオナは、そんなことは一切気にしない。
「どぅりゃぁぁぁ!」
ティオナは雄たけびを上げて、一息に緑蟹の腹を切り裂いた。たまたま緑蟹の急所を切り裂いたようで、痙攣するように緑蟹の足がワシャワシャと蠢き、そして力が抜け地面に崩れ落ちた。
そして蟹女の頭が、ちょうど蹴り飛ばしやすい位置に落ちてきた。その隙を見逃すベートではない。緑蟹の胴体が地面にぶつかるその瞬間、ベートは跳んだ。
蟹女の頭は蹴り飛ばされ、熟した西瓜が弾け飛ぶように、消し飛んだ。
そして緑蟹がゆらゆらと動くと、再び体を持ち上げた。いや、緑蟹が立ち上がったのではない。下敷きになっていたティオナが持ち上げたのだ。
「どっせいっ!!」
気合と共に、血塗れのティオナは、頭上に持ち上げていた緑蟹の身体を放り出す。
「いやー、下敷きになるとは思わなかったわー」
呑気なティオナの声に力が抜けるベートであった。
********
「おっと待ちな! そこから先は進入禁止だ。店を壊されちゃあ、たまんないからね」
ドワーフでありながらも2M近い身長と、それに見合った堂々たる横幅の女店長は、威勢よくモンスターに宣言した。穢れた精霊である灰色の天の牡牛は、それを聞いてもあざ笑うばかり。元より
それを見た店長も、姿勢を低くし、唸り声をあげながら突撃した。
GOWUMN
鈍い激突音を響かせ、牡牛と店主は激突した。店長は、ドワーフの怪力と耐久性、そして知る人ぞ知るレベル6のステイタスに物を言わせて、牡牛をがっちりと受け止めた。だが勢いのままに、牡牛は、押して押して押しまくる。勢いに負けた店長は、足で地面に二つの溝を作りながら押されていく。だが、がっぷりと牡牛の角を掴み、自分の頭を牡牛の顎の下に押し当て、ぐいぐいと牡牛の頭を持ち上げる様な体勢にすると、牡牛は前足の踏ん張りがきかず、押す勢いが消えていく。ついには、停止してしまった。
すかさず、店長は、両の手で牛の角をしっかりと握りなおす。角を使って右に左に頭ごと揺さぶり牡牛の体勢を崩しながら、待機していた店員達に指示を出す。
「生きが良いけど、食材と思ってガンガンぶった切りな! 遠慮はいらない、全力でやりな!!」
店長に声をかけられて姿を現した店員は、猫人が二人、エルフが一人、ヒューマンが一人。
「生きが良いにもほどがあるだにゃー」
「みゃーは、兎のお尻のほうがいいんだにゃー」
「私はいつも切りすぎてしまう」
「さっさとかたづけるかねぇ」
モンスターを相手にしているというのに、皆が皆、怯えの色のひとかけらも無い。持って出た得物を振りかざすと牡牛に襲い掛かった。
店員たちは、牡牛の攻撃範囲を理解している。つまり、動きを押さえ込まれているから、真横からの攻撃に対して無防備なのだ。地を這うような姿勢で、牡牛の脚を斬りつけている。まずは相手の機動力を奪う。そうすればオッタルやロキ・ファミリアが一目置くといわれる店長も、戦闘に参加できる。戦力の有効活用のためにも、全員で執拗に脚を狙うのだった。
牡牛は頭を自由にしようと必死で暴れだす。だが店長はがっちりと角をホールドして、それを使って牡牛の頭を左右にねじり、牡牛の体勢を的確に崩してくる。おかげで牡牛は、店長から抜け出すことはおろか、踏ん張ることさえできない。背中の女体は周囲の店員たちに殴りかかろうとするが、巨体が邪魔をして店員たちに腕が届かない。
埒が明かないとみた牡牛は全身に気合を込める。その瞬間、灰色の身体が一瞬だが、青白くなり、ばりばりと音を立てて電撃を帯びる。さしもの店長もこれには耐えられなかった。電撃を受けて硬直した店長の体を、牡牛が頭を振って真上に放り上げる。それに目掛けて背中の女体が拳を叩きつける。
吹き飛ばされ、店長の身体が脇の建物に轟音を立てて激突した。壁を突き破り、二階部分ががらがらと崩れ落ち、店長を生き埋めにする。
だが、その時にはすでにエルフが女体の背後に飛び上がり、持っていた武器で滅多切りにしていた。反撃とばかりに身体をひねり、背後に向かって裏拳を撃ち込む女体。だが、すでにエルフは回避した後。そして
「これで、どうだっっ!!」
もう何十度目になるのか分からない打撃がヒューマンから放たれる。その打撃はすべて牡牛の左後ろ足の膝関節、しかも正確に同じ場所へと叩き込まれていた。
全体重をかけたその攻撃でついに、骨へと罅が入り体重を支えることが出来ずに姿勢が崩れ、とうとう牡牛は崩れ落ちた。
そしてガラガラという音を立てて、店長が瓦礫を押しのけて立ち上がる。額の上が切れて出血しており、口は半笑いに開いており、恐ろしい形相になっている。左腕が折れているのかぶらぶらとしている。だが負傷など気にもせずに、店長は崩れ落ちた建物の柱を、ずるずると引きずり出す。そして頭上で振り回し始めた。極東に伝わるレアモンスター赤鬼が、こん棒を振り回しているかのようだ。倒れている牡牛に向かって投げつけるつもりらしい。
「店長、それはさすがに─」
ヒューマンの店員が止めようとするが、時すでに遅し。店長は既に柱を投げつけていた。女体はとっさに腕をクロスさせてガードする。
柱はガードに当たるが、さしたるダメージを与えずに、吹き飛んでいった。ニヤリとするモンスター。だが、今のは只の軽い
「ぶっとべぇっ!!」
狙い過たず、がら空きの女体の顔面へと吸い込まれる右拳。
先程の店長が殴られた時の音が轟音であれば、今度の音は、爆音。衝撃で顔面が半壊する女体。そのまま後ろに牛の身体ごと真後ろに吹き飛んだ。
牡牛の身体が建物に激突し、盛大な音共に壁を突き破る。建物がガラガラと崩れ落ち、牡牛を生き埋めにする。
「よし、とどめを刺すよ。だけど、手負いの獣が一番危ない。素早く慎重にいくよ」
殴られたダメージが残っており、呼吸が荒い店長。だが、生き埋めにされたのをやり返して満足したらしく、晴れ晴れとした表情で、店員たちに指示をする。それと同じく、がらりとがらりと音を立てて、建物の残骸の中から牡牛が出てこようともがく音がする。店長と店員は慎重に残骸を取り囲む。がらがらと音が続き、ようやく牡牛が、もがき出てきた。女体の頭部は半分が消し飛んでおり、牡牛の背中に力なく倒れている。牡牛も後ろ脚が一本動かなくなっているため、バランスが取れず立つことが出来ずに、もがくのが精いっぱいのようだ。
「VUMOOOooo!」
残された三本の足で必死にもがくも、その重量が邪魔をして立ち上がることができない。雄たけびを上げるも、力なく聞こえる。
とどめを刺されるまで10分も必要としなかった。
********
一方、ガレスは白蠍と戦っていた。巨大な二つの鋏があるのは、ベート、ティオナが闘った蟹と一緒。しかしそれだけではなく、この白蠍は尾についた巨大な毒針を用いて、頭上から襲い掛かってくる。
ガレスは、バトルアックスで白蠍の鋏を殴りつけ、シールドで毒針を防いで、戦っていた。そしてもう何度目になるか分からない攻防の中、ガレスはバトルアックスを巧みに小刻みに振るい、蠍の左鋏に幾つもの傷をつけていた。
「ふんせっ!!」
ガレスは頃合い良しと判断し、気合を込めた大振りで、傷つけた左鋏の傷部分に切り込み、鋏の下側部分を切り落とした。切り口からボタボタと血が流れ落ちる。ガネーシャ・ファミリアの団長ヴァルマとファーナが歓声をあげる。
「こんなもの、ちょっと傷をつけたにすぎん! 気を抜くなっ!」
ガレスの厳しい声が二人に飛ぶ。事実、『鋏で掴む』という攻撃はしなくなったが、残された部分で『突く』という攻撃は、そのまま継続していてるのだ。無力化するには、鋏の付け根から切り落とす必要があるのだ。鋏が一個使い物にならなくなったので、無茶ができると考えたガレスは無理矢理に白蠍に肉薄しようとする。そんなガレスの頭上から、尾の毒針が素早い動きで襲い掛かる。
「ふんっ!!」
だが、ガレスもその動きを読んでいた。白蠍に接近戦を挑もうとすると、そのたびに頭上から毒針で攻撃されるのである。タイミングも軌道もすでに十分に分かっていた。ガレスは尾の動きに合わせて、バトルアックスを素早く鋭く振るう。その一撃は完璧なカウンターとなり、毒針の根元に深い一撃を切り込んでいた。
「GUWAAAAAA!」
これにはさすがに白蠍も悲鳴を上げる。
そんな時、駆け付けた駆け付けた冒険者達が、ヴァルマに声をかける。
「団長! もって来やしたぜ!」
「よし、包囲して、順次、投げつけろ!」
ヴァルマが指示をしているということは、ガネーシャ・ファミリアの団員であろう。何かマジック・アイテムでも持ってきたのかと期待するガレス。そこにヴァルマが近寄ってくる。
「ガレス殿。今からあのモンスターをロープで縛りあげて動きを止めます」
驚くガレス。
「そんなこと出来るもんなのか?」
ガレスが訝しむのも当然である。モンスターを縛り上げる等、普通の冒険者がやることではない。だが、ヴァルマたちは普通の冒険者ではなかった。
怪物祭を主催している
「怪物祭用のモンスター捕縛には、ロープが三本もあれば、縛り上げるのに十分なんですけどね。あのサイズ、あのパワーだと、手持ちのロープすべてを使っても、完全に止めることは難しいです。最悪、動きを阻害することしか出来ないでしょう」
でもそれで充分ですよね、と言外に問いかけてくるヴァルマ。もちろんガレスにはそれで充分である。
そうして二人が話している間にも、ガネーシャ団員がフック付きロープを、穢れた精霊に投げつけ始めた。彼らが使っているロープは特注で、強度を上げるためにミスリル鋼糸を編み込んである。そのため、強度も上昇したが、値段も飛躍的に上昇した超高額アイテムなのである。とはいえ、年に一度の怪物祭の為と、主神ガネーシャが準備させていたので、数は充分に揃えてあった。
「モンスターに引き摺られるなよ! 力勝負は絶対にするな!」
団長のヴァルマが団員に指示を出す。その指示に団員たちは、きっちりと従っていた。
白蠍の背中についた蠍女の腕に、クルクルと一本のロープが巻き付く。煩わしそうに、腕を振るいロープを振りほどこうとする蠍女。そしてほどけないとみるや、蠍女が一本のロープを力任せに引き摺り、ガネーシャ団員を近くに引き寄せようとする。
しかし、そのたびにガネーシャ団員は、ロープを手繰りだし、ロープだけを引っ張らせている。団長ヴァルマの指示通り、決して力勝負をしない様にしているのだ。今まで何体ものモンスターを捕獲してきた経験が生きているのだ。
そして蠍女がロープを千切り始めると、一本を千切る間に、二本三本のロープが巻き付いていく。こうしてロープは蠍女の両腕、胴体はもちろん、二の腕など蠍女が力を入れにくい場所にも巻き付いていく。さらにベースとなっている蠍の腕や足、尾にもロープが巻き付いていく。
最初は蠍女もロープを引き千切ることができていたが、このように何本ものロープが巻き付いていると、話が変わってくる。そんなロープを蠍女が千切ろうとするたびに、ガネーシャ団員たちが別のロープを引っ張り、蠍女の身体の動きの邪魔をする。ついには蠍女の胴体に巻き付けたロープを、団員たちが多人数で引っ張り、蠍女の姿勢を崩しはじめた。
その上、団長ヴァルマとファーナの二人が槍を使い、蠍女を牽制する。見事な連携であった。
もちろんその間、ガレスも何もせずにじっと見ていたわけではない。ガネーシャ・ファミリアがやっていることをキチンと確認し、彼らの邪魔をしない様に注意しつつも、白蠍へ攻撃を仕掛けていた。
そしてガレスは、ロキ・ファミリアでは、こうは上手く捕縛は出来んだろうなと考える。フック付きロープなど(アイズ以外は)持っていないし、モンスターの捕獲経験ももちろん無い。さすが冒険者数最大手で、怪物祭主催のファミリアよ、とガレスは感心する
とは言え、こうやって、今日初めて連携をする他ファミリアと、共同で戦闘をしつつも、彼らの連携を邪魔しないように行動するのはなかなかに難しい。
普段から未熟な若手の指導をやりつつ、若手の戦闘に合わせて、自分も戦闘するというに慣れているガレスならではの対応であった。
そうしてバトルアックスを振るいながら、ガレスがモンスターの隙を伺っていると、白蠍が残った右鋏を持ち上げて、ロープを切ろうとしはじめた。すかさずガレスがバトルアックスを叩き込んで邪魔をする。
その間に蠍の足の一本に巻き付けたロープを、ガネーシャ団員が盛大に引っ張る。そうしてバランスを崩し防御もろくにできない白蠍。そこへガレスが吶喊し、バトルアックスが全力で振るわれる。濡れ雑巾を引きちぎるような音と共に、白蠍の右腕が関節部分から叩き切られる。
「SYAAAAAAA!」
耳障りな悲鳴を上げる白蠍。
右側ががら空きとなり、好機と見たガレスが、そのまま猛攻を仕掛ける。シールドで白蠍の足を振り払い、バトルアックスで蠍の胴体に切りつけた。だが、胴体を守っている強靭な甲殻に刃が阻まれる。なればとガレスは、今度はシールドを振るい叩きつけた。シールドの角の部分を、ハンマーヘッドに見立てて、何度も何度も蠍の胴体に叩きつける。その衝撃はすさまじく、白蠍がよろめき胴体が地面とこすれて横滑りするほどの衝撃だ。遂には、胴体を守る頑丈な甲殻が凹み、ひび割れ、欠片が剥がれ落ち始めた。
その間、白蠍も無防備に殴られていたわけではない。傷ついたとはいえ、尾の毒針でガレスを攻撃しようとしていた。だが当然ながら、尾にもロープが結び付けられている。
「三番隊、ロープ引けぇぇ!」
団長ヴァルマの指示に従い、三番隊が全力で尾に結びつけられたロープを引っ張る。振り下ろされた蠍の尾は、ロープに進行方向の真横へと引かれ、狙った
おかげでガレスは、白蠍の胴体へとかなり自由に攻撃を続けていた。甲殻に充分な大きさの割れ目が入ったと判断するや、今度は小刻みにバトルアックスで切り裂き始める。割れ目に吸い込まれるように、打ち込まれ続けるバトルアックス。仕上げとばかりに力を込めた一撃で、白蠍の胴体を大きく切り裂いた。
「SYAAAAA!」
あまりの苦痛に狂乱状態となり、悲鳴を上げて暴れだす白蠍と蠍女。巻き付けていたロープが何本もブチブチと千切られる。ヴァルマとファーナは距離をとり、ガネーシャ団員が再びロープを投げつける。
だが、ガレスは此処が正念場と、白蠍のそばに踏みとどまり、バトルアックスを振る居続ける。ガレスは甲殻の割れ目へと攻撃を続け、ついに蠍の重要器官を破壊する。切断箇所から爆発するかのように血が噴き出した。びくりと白蠍の体が飛び跳ねる。そして白蠍はがたがたと痙攣をはじめ、いたるところから大出血を始めた。
そして身体と足を丸めると動かなくなった。
「GISYAAAAA!!!!!」
蠍女が絶叫するが、ベースになっている白蠍が動かなくなってしまってはどうしようもない。しかも横腹から、大量に血が噴き出し続けている。
ガレスとガネーシャ・ファミリアが見守るうちに動きが緩慢になってしまった。
「ふむ、ここはまあ、お主達がとどめを刺すがよかろう」
さすがにくたびれたのかガレスが肩で息をしながら、指示を出す。
「よろしいので?」
ヴァルマが尋ねるがガレスは肩をすくめる。
「ロープで縛りあげる等、がんばったのはお主等じゃろう。遠慮するこたぁない」
ガレスの言葉に、了解したと頷き、ヴァルマが蠍女の目に槍を突きこんでとどめを刺した
********
こうして穢れた精霊は全滅した
アイサツは大事。省略できないから、冒頭の様になる。
補足
灰影、水影
灰色+影、水色+影。
カトン=ジツ、スイトン=ジツ
原作には出てこない。
ドトン=ジツ
原作には出てこない。
モンスターを生み出すダンジョンは生きている。壁、天井、床も地面ではなくダンジョンであり、いわばダンジョンという生命体の一部である。そのため、この『地面に穴を作る魔法』は、ダンジョン内部で使用しても効果がない。つまり地上でのみ効果を発揮する魔法
月下咆哮
ベートのスキル。狼人だとほぼ確実に発現させるスキルらしい。月下では身体能力が向上するというもの。ダンジョン内部は月下ではないので、使用はできない
この話では満月でなくても、かつ昼間の月でも使用可能とした
店長
豊穣の女主人の店長はレベル6らしい
フック付きロープ
この話のアイズは常備している。『怪物祭』、『ファイアボルトと光の御柱』、『Fry me to the SKY』を参照の事
ガネーシャ・ファミリア
団長シャクティ・ヴァルマ。レベル5
イルタ・ファーナ。レベル5
この話では名前を出していないが、原作で名前が出ているモダーカなどが、白蠍との戦闘に参加している。ただしイブリは、ラキア軍迎撃のため、オラリオには戻っていない
次回『格上との闘い』