担い手に神は問う。汝、此処で定めを終えるか。
担い手は答えた。否、我は更に戦いを所望する也。
ヨーロッパ。それは人類が文明の徒として生まれた場所。
神に愛された特別な人々の都。
少なくとも、そこに住まう人々はそう信じていた。
しかし、深海棲艦達は後進国も先進国もアジアもアフリカもヨーロッパもアメリカもオセアニアも平等に敵に回し、
それぞれの海域で人類を封殺してきた。
かつて世界を支配してきた美しい金髪と青い目の国々が、黒色や黄色の人種が構成する貧困に区分される低軍事力国家と同じように、異形の化け物に攻撃される。
その事に怒りを抱けない程に、ヨーロッパは追い込まれていた。
誇りを抱くには、それだけの余裕がいる。余裕無くては誇りは抱けない。
しかし、極東から吉報が届く。
想定上だけで語られていた『改二』の発現。
これを他の艦娘でも実現できるなら、未だ人類は生き延びられる。未だ人類は戦える。
しかし、改二の発現条件の絶対値は不明。
可能性のある条件として、『愛』『努力』『友情』『筋力』『プロテイン』などの情報が送られたが参考にはならなかった。
寧ろ、プロテインが何かの隠語では無いのかと、本来の名称を正しく教えるようにとの報が返信されたくらいだ。
人類は、深海棲艦を倒し終えたときのために、艦娘による人類国家同士の戦争計画を各国は想定していた。
だからこそ、世界初にして唯一の改二の保持というアドバンテージを極東国家が誤魔化そうとしたとしてもおかしいことでは無かったからだ。
アメリカでも瑞鶴の噂は響いていた。
Follow ZUIKAKU(瑞鶴に続け)という言葉が出来る程の白熱振りであった。
サラトガなどは、同じ空母としてそれなり以上に思うところがあったようだ。
アイオワはあっけらかんとしているが、彼女には深海棲艦に最も被害を受けたアメリカの希望である故に明るくない部分を見せられない側面がある。
故に、実際どう思っているかは定かでは無い。
…勿論、本当に裏表が無い可能性も十分にあるが。
とは言え、戦後に備えて米国の力を削ぐために各国が米国に集中した被害をある程度看過した事実がある以上、それも希望的観測の一つだ。
余裕が無くなった米国でも、非人道的な計画が存在していた。
深海棲艦の力を以て深海棲艦を倒す計画、アイオワに核攻撃を実装させる計画、それらの統合計画たる怨念爆弾計画という核兵器の死者の怨念を利用できないかというもの。
アイオワをして侮蔑を隠せない計画が存在した事実が、そうする他無いほど余裕を無くした米国の窮地を物語っていた。
その意味では、現在の方針のまま勝ち目を見出せる改二の情報は、間違いなく吉報とも言えた。
何処の国でも、戦争の狂気は良心を蝕んでいく。
そもそも戦争に良心を持ち込むことがおかしいのだとしても、敵を倒すために悪意を研究して悪意そのものへと成り果てていく者は後を絶たない。
ドイツでは混乱したヨーロッパの中では、保有する艦娘のおかげで比較的安定していたが、その安全を求めてやってくる移民と国民の摩擦が過熱し、
遂に移民排斥の流れが本格的に始まった。
移民排斥のために艦娘が使われるまで後少しというところまで来ている。
ロシアでは、実際に艦娘が深海棲艦以外への攻撃手段として使われてしまった。
あくまで威嚇攻撃ではあったが、国民の不信感は一気に爆発する手前にまで進んでしまった。
国内にはこの緊急性がある状況ながら、国家を滅ぼせという意見も出たくらいだった。
誇りある大英帝国では、ヨーロッパ連合防衛派と、大英帝国存続重視派で意見が二分していた。
いざとなれば、周辺国を見捨てれば少なくとも大英帝国だけであれば長持ちさせられる根拠はあった。
英国が保有する艦娘の二隻、金剛より英語が堪能なウォースパイトと姫騎士系空母アークロイヤルが『改』へと移行していた。
この二隻は貴族院派が保有し、未だ改にならない駆逐艦ジャーヴィスは庶民院派の指揮艦が保有しており、貴族院派の優越を巡った問題も起きていた。
また、金剛を含む数隻は一時的にイギリスへの支援派遣が決まっていた。
日本が狭い島国でありながら、過剰に艦娘を保有したことを巧みに経済的に圧力をかけて批難した英国紳士の交渉の腕による結果だった。
金剛にとっては、ある意味言語における公開処刑とでも言われる状況であろう。
金剛の話し方を知るものからすれば、似非外国人風な金剛が英語の本場に行って大丈夫かという不安はあるだろうが、問題は無い。
あの話し方は少し作っている部分もあるからだ。
というのも、日本人にはネイティブ過ぎる発音は聞き取りづらいので、敢えて日本語発音の英語を使っている。
だから実はしっかりと英語は使用できる。
――――――という情報のソースは比叡である。そこには多分に希望的観測が含まれている。
金剛はイギリスへ国外へ派遣される前に、共に出国する足柄や青葉などと幾つか国内の情報を整理していた。
別に外国に情報を売るスパイの様な事をしたかったわけでは無い。
何処かきな臭い空気が、この最近急速に広がってきていると思えたからだ。
例えば並の艦娘を越える筋力を持つ提督――――――普通に考えればあり得ない。
ギャグ補正でどうにかなるものでは無い。高速戦艦である己達以上の力を持つ人間なんているはずが無い。
調査の結果、あの長門にさえ腕相撲で勝った実績があるという。
弛まぬ努力の成果だと言うが、単純に特別にフィジカルに恵まれた女性と考えるのはおかしかった。
では、親類に同じような肉体を持つ者がいるのかと調べれば、幼い頃に両親が死亡しており、施設で暮らしていた。また、兄弟姉妹は存在しない。
…この情報には改竄の後が見られた。
伯父に現在の海軍最高司令官である元帥を持つが、元帥に飛び抜けた身体能力は無い。
元帥の娘の死後になって、施設から元帥に引き取られてに育てられる事になった様だが、その施設が見つからない。
元帥の娘の写真を手に入れた金剛は、その写真の少女と提督が似ているとは思ったが、それが親類だからとは彼女は思わなかった。
寧ろ、その写真の少女と、金剛の知る誰かを足して割れば、提督の容姿に非常に似ているとさえ思えた。
これ以上の詮索は危険だと判断した金剛は、青葉達に調査を打ち切らせた。
最後に手に入れた情報が正しければ、もしかすると『長門』ならその糸口となる情報の断片を持っていそうだったが、
『長門』は元帥直属の総司令部に勤務する艦娘。接触するのは危険すぎた。
金剛はこれらの情報に、己の解釈を付け加えたものを比叡に語り、大本営を鵜呑みにしないように言い残して出国していった。
そもそも、前提督を未だ英雄として扱う大本営が真っ白なはずも無かったが、それでも艦娘である以上海軍に従うより他は無い。
だが従うにしても、虚構を信じて進むのと、真実を知って納得するのでは大きな差がある。
鵜呑みにはせずに、しかし従順な姿勢は崩さず戦艦として指令に従い戦果を上げるべし。
それが、前提督が作戦成功のために意図的に与えた誤情報で沈んだ妹たちへの供養になるのだから、と。
一方、英国は交渉下手な日本に対して、アフリカに自国の経済ルールを押し付けた時のような容赦ない交渉手段で、金剛らを借り受ける約束を取り付けたが、
金剛達が到着する少し前に、予想されていなかった深海棲艦の大規模艦隊に迫られていた。
最早、貴族院だ庶民院だと言える状況でも無かった故に、一時的に言い負かされた庶民院の権限は貴族院に併合され、英国はそれなりには纏まった。
だが、敵の規模からすればヨーロッパを見捨てて、英国一本に防衛対象を絞ってもどうなるかは保証できない状況になっていた。
今までの想定とはまるで違う状況が発生していた。
敵の攻め方が今までと違ったことも大きい。
以前までは、敵艦にしてもそれなりにまっすぐな戦いを、悪く言えば単純な攻め手を繰り返していた。
だが、最近急に増えてきた搦め手に流石の英国人もやりづらくなってきた。
攻撃する艦娘を無視して高速進行し、金剛を生んだヴィッカース社で有名なウェストミンスターは火の海となり、続いて他の地方も攻撃しようとする敵勢力に、
ウォースパイトが壁であり、囮となる事でそれを封じ込めるも、轟沈寸前の大破に追い込まれた。
相手の
更にこのやり方に味を占めた深海棲艦は、ヨーロッパ方面では艦娘との戦闘を避けて、時には艦娘に攻撃されながらも国土攻撃を優先するようになった。
貧困地域と裕福な地域を同時侵攻して、裕福な地域に守護を充溢させ、見捨てざるを得なかった貧困層の恨みを買わせるという事もあった。
英国は、ここに来て遂にヨーロッパの暗黒と呼ばれる、悪辣な非人道的方針へとシフトすることを決定した。
金剛達が
捕らえた深海棲艦の『姫』を海上に固定し、救助に来る仲間の深海棲艦を固定砲台と化したウォースパイトとアークロイヤルが狙撃する。
『姫』には常にジャーヴィスが攻撃で苛ませ、苦痛の声を壊れるまで吐かせ続け、仲間を呼び込ませる。
そんなやり方は序の口だった。
ジャーヴィスの装備を捕縛・拷問特化型に改修したり、
ウォースパイトへ後遺症を了承して、回復より砲台としての役目を優先させるための改修を施したりした。
敵が仲間を見捨てるという判断を取るまでは、極めて有効な戦略であり、英国紳士と深海棲艦の悪の果てへのチキンレースが始まった。
ジャーヴィスは最近笑えなくなった。ウォースパイトは最近虚ろな笑顔から表情が戻せなくなった。
僚艦の壊れていく様に、これが戦争だと己に言い聞かすアークロイヤル。
己も、笑い方がぎごちなくなってきた自覚はあった。
それでも、守らなくてはならないものがある。その信念が彼女を支えていた。
しかし、敵の攻撃が無くなるわけでも、勝利への光が見えてくるわけでも無い。
離島には既に敵の基地が作られ、そこから英国への被害はますます大きくなっている。
かつての栄光は損なわれ、土地を切り捨てながら人々は追い詰められていく。
そんな不安しか見えない状況の中、守るべき国民達からも彼女たちの力不足を批判する声が出ていた。
『改二』の力が己にもあれば…。
極東の瑞鶴の戦果を知るアークロイヤル達は、そう神に嘆くほか無かった。
そんな中でも、アークロイヤルを応援する者はいる。
小さな子供達にとって彼女はヒーローだ。
彼女が陸地に戻ったときに、何時も応援に来る双子の兄妹がいた。
アークロイヤルが手を振ると、何時も彼らは大きく手を振り返していた。
かけがえのない日常が、人間の良心が、未だそこには残されていた。
何度目か解らない敵の艦隊の進撃。
それを英国人達は敵を上回る卑怯な手段で、敵を上回る鮮烈な悪意で辛うじて押しとどめていた。
――――この日、捕虜となった深海棲艦達が一斉に自爆して、
敵はまっすぐ陸地を目指してくることは解っている。領海を抜かれればあの双子達を含む国民達は物言わぬ黒炭に成り果てるであろう。
だが、その戦力差は覆しようが無かった。少なくとも真っ向勝負で勝ち得る相手ではない。
しかし、絶望は痛みを和らげることしか出来ない。
痛みを消し去るのは何時だって、希望だけだ。
神は問う。汝の弓は折れたのか?
――――否、敵を撃つ
神は問う。汝の矢は折れたのか?
――――否、敵を討つ
神は問う。汝、勝利を求めるか?
――――その為に私は今此処にいる。
使用する艦載機は、最早旧式であるSwordfishしか無い。
故に、艦載機スロットは全てSwordfishで埋められている。
「Shoot!!」
そして、その全てが解放される――――。
それが、アークロイヤルの選択だった。
Swordfishの最大の特徴は夜間攻撃では無い。
最大の特徴は
遅すぎる故に、移動を行う敵に照準を易々と許さない。
加えて速度を犠牲にした抜群の戦闘継続能力が、中心部への直撃以外でその敗北を認めない。
故に、相性さえ許せば、敵との戦いを長引かせるには打って付けだった。
後は、無視できなくなるくらい、素通りしようとする連中の横っ面をぶっ叩く。
否が応でも振り向きたくなるぐらい、叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩き潰す。
Swordfishの火力故に、駆逐艦以上の敵を倒すことは難しいのかも知れない。
だが、人々が避難する時間を稼げるのなら、そこに意味があるのだろう。
護ることも出来無い者に騎士を名乗る資格など存在しないのだから。
空を覆う、蚊柱のようにしぶとくて鬱陶しいSwordfish達の奮戦は、
まるで無様に敵の足にしがみついてでも、此処より先は行かせないと言っているようだった。
敵の侵攻が緩やかになる。
鬱陶しい羽虫たちを此処で消し去るために、本腰を入れて構えることにしたのだろう。
しかし、アークロイヤルに出来るのは此処まで。
後は、ウォースパイトの砲撃が奇跡的な大成功を重ね続ける他、手段は無かった。
一切の無駄撃ち無く、全てが敵の機関部にクリティカルヒットする夢のような可能性の他、勝利はあり得なかった。
久し振りの敵を苛むためで無く、味方を守るための戦い。
それでいて、己達が最後の砦。
ウォースパイトも戦意が高揚しないわけは無かったが、それでもやれる限界は存在した。
それまで神が祝福したかのような、超長距離精密砲撃を繰り返していたウォースパイトの攻撃が失敗した。
しかし、攻撃をかわした筈の敵の戦艦は沈んだ。
側面からの大火力によって。
「When the going gets tough, the tough get going.(苦難の中でこそ英雄は輝く)
Fortune favors the bold. God helps those who help themselves.(苦難に抗う英雄の姿を運命は祝福するに違いない)
We have the goddess of victry with us!!(勝利の女神は、貴方にこそ微笑むだろう)
――極東から里帰りした勝利の女神に、後は任せるのデース」
金剛型1番艦金剛、英国のヴィッカース社で建造された勝利の女神がやってきた。
利用して使い潰すはずの友軍の絶妙なタイミングでの到着により、敵艦隊の撃退に英国は成功した。
…尚、金剛の発音に関しては日本の生活が長すぎたこともあるので、見逃してやるのが良い紳士の条件と言えるだろう。