力がある。それは文字通りの意味であった。
人呼んで――――『笑う怪力』。
到底大和撫子に付く渾名では無い。
だが艦娘と、それも元帥府の誇る戦艦長門と腕相撲で勝てる大和撫子にその渾名が付いて不自然があるだろうか?
いや、無いと言えよう。
当初、件の長門も己の仕える元帥の命令に難色を示していた。
まさか、人間の提督と本気の腕相撲をしろと言われて、即座に了解するほど彼女の頭は筋肉で出来てもいない。
しかし、
「本気で良いのよ? お姉さん、力強いんだから」
そう言う大和撫子に、長門は渋々了承した。
とは言え、女性提督を怪我させぬよう細心の注意を払ってはいたが。
その結果は瞬殺だった。
「あらあら」
手を抜かなくて良いと言ったじゃない?
そう告げる目の前の提督に長門は驚愕した。
その細腕にどんな怪力があるのか。
艦娘である長門も同じようなものだが、相手は人間の提督である。もはや鬼神か何かの類いとしか思えなかった――――。
そんな経歴が示す通り、彼女は力持ちである。
序でに過去は詳細では無いが、元帥の親戚であることも上層部の一部は知っており、そう言う意味でも力があった。
「赤城、腕相撲しましょう」
それは、赤城に下された命令だった。
加賀に命じて鎮守府全ての艦娘を集め、机と椅子をその中心に用意させて腕相撲が始まった。
赤城は両腕、新たな提督は左腕一本だった。
「私に勝ったら、全ての罪を見逃すわ」
ある艦娘は思った。これは何の茶番だ?
ある艦娘は思った。これにどのような意味がある?
ある艦娘は思った。謀略か…これ以上赤城さんを貶めないでくれ。
様々な思いが渦巻く中、腕相撲が始まった。
勝負は一瞬――――提督の勝ちだった。
しかし、誰もがこれは潔く死を望む赤城がわざと負けたと思っていた。…当の
「あらあら…。力自慢はこの中にはいないのかしら?
我こそはという者はいない? 赤城の罪をかけてお姉さんに挑む者はいないのかしら」
それは挑発とも取れた。
これは、提督に怪我をさせて潜在的な反逆者を炙り出して処分するつもりだと。
だが、構うものか、命令は下されたのだ。己が処分されたとしても、命令通り赤城の命を救いたい。
その想いを胸に、駆逐艦吹雪は真っ先に手を挙げた。
「良い気概ね」
提督はそう言って、机に肘を付けた。吹雪も肘を付けてその手を握る。
今度こそ、艦娘が勝つと誰もが思っていた。
しかし――――
「残念ね、駆逐艦にしては力強かったわね」
嘘だ、そんなはずは無い。
そんなショックと共に、赤城を守れなかったという事実が吹雪を打ちのめした。
「金剛型
頼れる高速戦艦の金剛が、
「天龍だ。勝ったら赤城の命は保証して貰うぞ」
軽巡の天龍が、
「イクに任せるのねっ!!」
泳ぐ18禁が、
「なんや皆なっさけないなぁ。あんしんせえ赤城、うちが救ったる」
色々小さいけれどしっかりしている龍驤が、
――――皆、敗北した。
「あらまあ…。全員、本気を出してこの程度なのかしら」
その提督の微笑みこそ、艦娘達にとっては敗北の証明だった。
赤城の処分を救えるというチャンスを己達一人一人に与えておいて、それを捻り潰す悪魔のような所業に、
精神的に幼い者などは涙さえ流していた。
「赤城を救うために本気を出したのでしょう?
それで…、この結果なのね?」
加賀などは握りこぶしから血を滲ませていた。
「一隻たりともお姉さんの片腕に勝つことが出来なかった。前任者と違ってお姉さんを殺すことは不可能だって事が身をもって解ったでしょう」
その何処か赤城に似た笑顔を浮かべる大和撫子は、優しい赤城とは真逆の絶望の権化のように艦娘達には感じられた。
「では、結論を言い渡すわ――――」
聞きたくない。瑞鶴が耳を塞いだが、姉である翔鶴はだからこそ聞くべき、忘れぬべきとその手を下ろさせた。
「私がいる限りこの鎮守府に二度目の事件は起きない、起こさせない。
だって、私に勝てる艦娘が只の一人もいないのだから。よって軍司令部令第二十一、『艦娘の反逆行動の可能性とその対処について』は棄却するわね」
「それは…?」
聡明な赤城にも、その意味が理解できなかった。
理解しようが無かった。何せ己は大逆を理解した上で犯したのだから。
「わからない?
そうね、お姉さんに勝てない艦娘達など恐れるに足らずと言っているの。
よって、今後も反逆する可能性のある艦娘の処分は無効。そういう事。
解ったら自室に戻りなさい。勿論、灰色の地下じゃない方よ」
その言葉の意味が理解されるには少しの時間がかかった。
だが、その後、部屋は歓喜に包まれた。
「赤城さん、赤城さん」
赤城を抱きしめて涙するクールと噂の親友と、未だ現実を理解していない赤城。
そんな彼女たちの横で、
「よし、今夜は酒盛りだな」
と隼鷹が笑った。
「今言ったこと、記録しましたからね」
青葉が未だ白紙のメモを震える手で持ちながら言った。
「よかったっぽい…」
夕立がへにゃんと座り込んだ。
そんな歓喜の中、再び提督が話した一言に、全ての艦娘が沈黙した。
沈黙…せざるを得なかった。
「それとね――――
因みにお姉さん、右利きなの」