☆加賀☆
それは、加賀が弓の練習をしているときだった。
「上手ね」
加賀の後ろから、最近聞くようになった声がかけられた。
佇まいを直して加賀は正対した。
「恐悦です」
言葉ではそう言ったが、加賀の中でも先程の一射は会心の出来で、自身が溢れていた。
彼女はクールなその実、かなりの自信家であった。
だからこそ、その後の提督の行動は赦せないものがあった。
「その弓、借りても良いかしら」
「…お言葉ですが、これは艦娘用の弓、提督には扱えないかと」
加賀の弓は、艦娘用の弓だ。
到底人間の力では扱えない。…普通の人間なら。
「まあ…、こうみえても弓には自信があるのよ?
もしかしたら貴方より上手いかも」
その言葉が、加賀のプライドを刺激した。
加賀の言葉で言うなら「頭にきました」ということだった。
ならば、この弓を使ってみれば良いですと、提督に愛弓を差し出した。
…その数秒後に、訪れる失敗を期待して。
「何となく馴染むわね。良い弓だわ。
…まずは、構えて、弓を引いて――――――――放つ」
それは、惚れ惚れするような完璧な弓道の基本形の理想に基づく一射だった。
そして、それと寸分違わず全く同じ動作から繰り出される、二射三射四射―――――
加賀は何かの冗談だと思った。
戦場での空母娘流の己の射とは違うといえど、今まで見たどの射よりも正しく、美しく、弓と矢に愛された射であった。
まるで、この弓の本来の射はこうあるべきだという理想を魅せつけられたように感じた。
不思議と嫉妬心すら沸いてこなかった。
出てきたのは――、
「お見事です」
――感服の言葉だけ。
「どういたしまして」
その提督の笑顔は、加賀のよく知る誰かに似ていた――気がした。
☆赤城☆
赤城は、驚いた。
「甘いものは好きかしら?」
雰囲気として冷たい容姿の女性提督が、割烹着に身を包み、温度として冷たいアイスクリームを二つ持っていたからだ。
前提督を殺した己をそのまま秘書艦として使い続ける胆力は凄いを通り越して恐ろしさすら感じるが、
その恐ろしさを一瞬忘れさせられる程度には衝撃的だった。
「赤城の分も作ったから食べなさい」
赤城はその言葉に違和感を持った。
赤城の分も
これは間宮さんが作ったアイスクリームではなく、提督が作ったと言うことだろうか。だから、割烹着、なるほど――――
いや、上手すぎだろう。
ウサギ型に切られたリンゴを上にのせて、中にはメロンやオレンジが入っているアイスクリームと言うよりはパフェな
「それと、書類は汚さないようにね」
山盛りに盛られたそれは、確かに不用意に食べれば下に落とす可能性もあった。
だから、赤城は礼を言った後に慎重かつ速やかに、しかして美しい食べ方でそれを食べ終えた。
その味の出来映えはと言うと、ここは親友の言葉を借りざるを得なかった。
「流石に気分が高揚します」
赤城が提督の方を見ると、机の上にある書類の端っこを散り紙で拭いていた。
☆瑞鶴☆
「提督さんって苦手なものとかあるの」
それは、些細な疑問だった。
「あらまあ。その弱点を聞いて瑞鶴は何を企むのかしら?」
「べっ別に、私、そんな命知らずじゃ無いですし」
瑞鶴は、提督に怪しまれたと思い、全力で否定した。
戦艦の両腕を軽々と利き腕で無い方の腕で捻る怪物に喧嘩を売る度胸は瑞鶴には無い。
「ふふ、冗談よ。そうねえ、深海棲艦でも殴ってみせるけど、大きな災害とかなら敵わないでしょうね。
雷とか、地震とか、何故だか解らないけれど、昔から苦手なのよね。殴って倒せないからかしら。
後、海も苦手ね。実はお姉さん、泳げないのよ」
瑞鶴は、殴れるかどうかで判断する提督に恐れおののいた。
そして殴られる深海棲艦の姿を想像して、極めて自然に提督が勝つ姿が想像できてしまった。
「勝てないですよね(深海棲艦が)」
「ええ、流石に無理よ(天災相手だと)」
微妙に意思疎通が出来ていないが、問題は無かった。
瑞鶴は、提督が泳げていたら、バタフライで水上を駆け巡って、その勢いのまま敵艦をパンチで沈めているだろうなと想像して、笑いそうになるのを堪えた。
☆翔鶴☆
「提督は、どうしてそんなに強いんですか?」
それは大きな疑問だった。
「なんででしょうね、真面目にやってきたからかしら」
いや、引っ越し会社のようなことを言う提督に、普通の人間は真面目にやってもそんな筋力は無理だと翔鶴は思った。
「何か、思い当たる節は無いのですか?」
「物心ついたときには、バーベルは友達だったわ」
いや、そんなサッカー少年が言うような模範解答を言われてもと翔鶴は思った。
蹴り飛ばす相手を友達と呼ぶよりは、持ち上げる相手を友達を呼ぶ方がいくらか健全ではあるけれども、
「因みに、今までで持ち上げた中で一番のバーベルの重さは…?」
それは興味本位だった。
「ええと、そうね、何トンだったか忘れてしまったわ」
「トンッッ!?」
艦娘の自分でも真面目に筋トレをしても無理かなと、翔鶴は思った。
「でも、そのバーベルより重たいものを持ったことはないのよ」
でしょうねっっ。思わず翔鶴は叫びたくなったが必死に堪えることにした。
その何かを堪える仕草が、何となく先日の翔鶴の妹に似ている気がした。