お姉さんなら大丈夫   作:蕎麦饂飩

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何処までも救いの無い話ね …そうね、筋力で何とかなるわ

 姉妹艦の間には特別な絆が存在するという記録が存在している。

 例えば、虫の知らせなどが良い例だろう。

 出撃中の姉妹の誰かが沈んだ時、鎮守府に残された姉妹にもふとそれが解る時がある。

 

 また、敵の深海棲艦を倒した時に、何処からか艦娘が救出される時がある。

 そういう時にも、姉妹艦には事前にそれが解る事もあるのだという。

 

 明確な条件でそれが確実に起こるものでも無く、虫の知らせがただの心配で終わる時もある。

 あくまで、戦場に身を置く彼女たちが常に抱く不安や期待が偶々実現したりしなかっただけという可能性も捨てきれないのだろうが。

 

 だが、切れない大切な姉妹の絆があるのは間違いない。

 それは、反面として姉妹が喪われた艦娘への回復が難しいことも示していた。

 

 

 

 この鎮守府には姉妹が全て揃っていた事がある艦娘は少なくは無い。

 だが、姉妹が全て揃っている艦娘が多いかと言えばそうでは無い。

 それは以前の提督の負債とも言えるだろう。

 

 艦娘の感情を無視した最大効率主義。

 『桜花』を主力とした最終決戦兵装『特別攻撃(トッコウ)』の積極使用。

 味方を囮として、敵ごと薙ぎ払う戦術。

 時に、それは囮の姉妹艦によって実行されることもあった。

 大破して動けないならば、敵を押さえつけて諸共的にさせるのが効率的(・・・)だった。

 絶対命令権を持つ提督には逆らえない。前提督を殺害した赤城は、極めて特別な例だった。

 元より壊れた(・・・・・・)精神を誰にも自分にも気が付かせず隠し通した赤城が特別だった。

 それ以外の者は、命令があれば姉妹にその砲や艦載機を向けた。そうしなくてはならなかった。

 抗うことは出来なかった。

 艦娘達の中に心が壊れる者がいるのも無理は無かった。

 それが、彼女たちに許された最後の足掻きだった。

 

 

 雲龍型空母3番艦葛城。

 彼女も未だ、その時代から立ち直れない一人であった。

 来たばかりの頃の快活さは身を潜め、姉の一人が消え、もう一人の姉も消えた頃には諦めたかのように『桜花』の主要輸送艦となっていた。

 

 葛城は、数少ない『改』と呼ばれる通常の艦娘の上位個体であり、

民衆には前提督(英雄)の最大主力、前提督の右腕(国家の期待そのもの)と盛んに宣伝されていた。

 姉二人を失っても葛城一隻あれば事足りると前提督が言う程度には、その能力は期待されていた。

 

 敵からの攻撃に対して回避行動を取ることも無く、寧ろ攻撃が近くなるとそれを待ち望む様な所もあったと彼女と親しい瑞鶴は語る。

 翔鶴が一緒にいたことで、まだ心に余裕がある瑞鶴は、その余裕を後輩をケアする事に向けていた。

 

「まあ、結局姉代わりにはなれなかったけどね」

 

 葛城について提督に聞かれた瑞鶴は、自虐するようにそう答えた。

 死を望むような葛城の頬を叩いて、涙を流しながら葛城を大切に思う者は未だいるのだと説得しても、それでも彼女は救えなかった――――と。

 

 

 

 

 姉妹がいる艦娘は提督が変わってから、徐々に人としてあるべき輝きを取り戻した者も多かった。

 だが、兵器という鉄の塊でしかない状態から戻れない者もいないわけでは無かったのだ。

 

 最新鋭の空母の改だけあって、厳しいトレーニングにも着いてくる葛城。

 だが、多くの汗を流しながらも、その表情に苦しさも楽しさも感じられない。

 機械的な無表情でそれを淡々とこなす。

 その様を周囲の者は、特に瑞鶴などは居たたまれない顔で見ていた。

 

 

 しかし、「目をそらしてばかりでは何も変わらないのでは無くて?」

 そう言い出した加賀の意見で、瑞鶴は嘗ての葛城を取り戻す為にもう一度頑張ろうと決心した。

 加賀と瑞鶴。この二人は普段、馬が多少合わない所はあるが、深いところでは互いに信頼関係は出来ていた。

 

 だから――――――

 

「葛城慰撫パーティー始めるよっ!!」

 

 瑞鶴主催で葛城に頑張れと伝えるパーティーが開催された。

 余談だが、頑張ってその結果潰れたうつ病患者には決して頑張れとは言ってはいけない。

 

 空母娘や軽空母娘を中心にそのパーティの準備が出来ていた。

 だが、完成した会場に瑞鶴によって連れてこられた当の本人は――――、

 

「慰撫パーティーですか。…先輩、私がそんなに可哀想ですか?」

 

 乾いた目でそう告げるだけだった。

 そんな壊れた彼女の頬を思い切り殴りつけた者がいた。

 

 加賀だった。

 瑞鶴がどのような想いでこれを企画したか知っている者の一人として、

また、嘗ての葛城を知るものとして、今の葛城が赦せなかった。

 

「…何をするんですか」

 

「何時まで経っても可哀想(・・・)な貴方に喝を入れただけよ」

 

 

 空間には静寂が広がり、二人以外の者が口を開くことは無かった。

 瑞鶴が心配そうに口の中が切れたのか、少し血を出している葛城の方を見てわたわたしているが、それ以外の者は完全な沈黙をしていた。

 

「可哀想ですか。まあどうでもいいですよ。

…加賀さんに、何が解るっていうのですか。

姉妹も無く、赤城さん赤城さんと言っているだけのあなたに」

 

「私にも……妹はいたわ。

貴方には関係が無いことかも知れないけれど」

 

 悲しみと、憎悪と、哀愁と、言葉に出来ない複雑な感情が加賀の中で渦巻いていた。

 加賀は軍の書類上、正式には姉妹艦は存在しない。

 だが、彼女にはその命を祝福されること無く、生まれながらにして標的(・・)として死を定められた妹が存在していた。

 当時の自分とは違い、礼儀正しい妹だった。高貴な方がその誕生に足を運ぶに相応しい妹だった。

 幻の加賀型戦艦2番艦『土佐』。それが戦うこと無く味方に殺された加賀の妹の名前である。

 戦艦から空母へと、変わった時加賀の魂は荒れに荒れていた。

 何故、妹を殺させた人間を救わなくてはならないのか? と。

 そう言う意味では、加賀の魂は実体化した艦の怨念たる深海棲艦の素質を大きく兼ね備えていた。

 それを救ったのが、彼女の親友赤城である。

 彼女もまた、同じように姉を喪っており、それによって赤城(・・)型1番艦となった、…なってしまった経歴を持つ。

 加賀と違って、攻撃性も無い穏やかな、穏やかすぎるその美しく壊れて固まった精神は加賀を怒りの海から引き上げた。

 だから、そんな赤城に加賀は頭が上がらない。

 

 

 だが、それを今伝えたところで、葛城は変わらない。

 変えることが出来ない。変えてあげられない。

 やはり、彼女を救うには気持ちがわかる誰かでは駄目なのだ。

 『雲龍』と『天城』でしかそれを成し遂げることが出来ないのだ。

 

 だから、結局はパーティーは失敗に終わった。

 用意されたケーキは、参加者が美味しく頂いた。…本当は、もっと美味しく頂けるはずだったが。

 ただ、そのケーキが作られる理由となった本人は、一口もそのケーキに口を付けること無く会場を出て行った。

 

 

 

 

 

 そのパーティーの3日後。

 提督が変わってから初めての、葛城を含む編成が出撃する数時間前。

 自室で葛城はパーティーを用意してくれた人達に申し訳ないと考えていて、自分にもまだそんな余裕が残っていたことに気が付いて自嘲した。

 姉さん達は何もかも奪われて死んだというのに、そんな余裕があるなんて(・・・・・・・・・・・)葛城には申し訳が無かった。

 心配してくれる人達がいる幸せが、その優しさを向けられることが、姉さんたちに失礼だと思った。

 先輩達、すみません。…でも私は恨まれて蔑まれる存在になるために、行動しなければならない。

 誰からも見捨てられて、愛想を尽くされて、優しくなんかして貰えない兵器にならなくてはいけない。

 そうで無くては、姉さん達こそが可哀想。

 私だけが幸せになって良いはずが無い。

 そんな想いに支配された葛城の姉妹愛は、己を蝕む呪いになっていた。

 彼女の瞳は、深海棲艦のように濁っていた。

 

 

 瑞鶴と龍鳳と時雨、大井、比叡と共に出撃した葛城。

 彼女は戦力としてみれば、前提督に最も重用されたに相応しい鎮守府最大練度が保証するだけの能力を持っている。

 だが、旗艦の瑞鶴が心配するのは、沈む事へ一種の救いを見いだしているかのようなその在り方だった。

 提督から、今回はいつも以上に無理せず撤退を決断するようにと言われている。

 言葉には出されなかったが、今回の出撃は一種のリハビリだと言えないことも無かった。

 今回の編成も、ある程度そう言う意図を持って組まれている事が瑞鶴にも理解できた。

 

 

 葛城を気にかけながら進軍して、敵と遭遇したらアウトレンジで叩いて撤退。

 瑞鶴にとって、今回の任務はそれで完結するはずだった。

 

 

 霧が少しずつ出てきた頃、瑞鶴達と深海棲艦が海上で遭遇した。

 戦闘は敵の攻撃から始まった。

 警戒を怠ったつもりは無かった。葛城を気にかけながらも四方を警戒していた。

 だが、上方への警戒は薄かったかも知れなかった。

 正規空母でありながらの大失態だった。

 これまで、瑞鶴のいる鎮守府が持つ海域には敵の空母の出現率が極めて低かったこともあったが、それは言い訳にはならなかった。

 

「甲板がやられたらキツいわね。…その前に方を付けるわ。

――――――――反撃開始よっ!!」

 

 持ち前の主人公気質な切り替えの良さで反撃を試みる瑞鶴。

 だが、敵の艦載機は爆弾を持ったまま、爆弾を放つ事無くそのまま突撃してきた。

 比叡が冷静に対処しなければ龍鳳はやられていた。

 その事実が瑞鶴の心に冷たいものを感じさせた。

 

 

「同じだ」

 

 それを言ったのが自分だったのか、他の誰かだったのか瑞鶴には解らなかった。

 

 

 それは同じ(・・)だった。

 前の提督が愛した最終兵()『桜花』。

 

 よく見ればカラーリングこそ違うが、敵の使ってきたそれはまさしく前提督が開発した桜花だった。

 そして、残酷な事実はそれだけでは終わらなかった。

 

 霧が薄らと立ちこめ始めた海上の向こうから敵が接近してきた。

 敵影は確認できた。その数は僅か2隻。

 接近してきた必要性は解らないが、攻撃から見て敵は空母であることは間違いなかった。

 

 そして、

 

 

 

「ねえ…さん…?」

 

 雲龍型1番艦『雲龍』、雲龍型2番艦『天城』。

 その二人に酷似した深海棲艦が、雲龍型3番艦葛城の前に立ちはだかった。

 それは、葛城には罪であり、罰であり、許しなのだと思えて仕方なかった。

 彼女が絶望の中自ら手にかけた姉たちの手にかかるなら、それは救いでしか無かった。

 

 

「葛城ーーッッ!!」

 

 

 戦いを放棄し、姉を迎えるように両腕を広げて、あの時からずっと見せなかった笑顔で涙を流す後輩に向かって、瑞鶴は叫んだ。

 例え、死者の声だけに耳を傾けて、生者の言葉が届かなくても、葛城はまだ生きている。

 まだ、死なせない。

 また、死なせない。

 だから瑞鶴は、声の限り叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時の日か深海棲艦の本拠地を見つけ出し、空母を中心とした大規模な奇襲爆撃で敵国を殲滅する。

 Z計画。またの名前をニイタカヤマ計画。

 戦争は常に総力戦。人間の側にだって民間人の被害がある。

 だから、何処かに敵の本拠地があるとするなら、敵の戦意に関わらず、嘗て人間がされたように奇襲するべき。

 実際に軍にはその様な極秘計画があり、その計画はお姉さん提督も元帥から聞き及んでいる。

 政治家の中には深海棲艦との折り合いを付けようという和睦を唱える者もいるが、あくまで少数派だ。

 

 奪われたら奪い返す。やられたら倍返し。やられる前にやれ。

 そう言った意見は実際に愛する家族や友を奪われた人々がいる以上、一定の正当性を持つ。

 世界で一番最初の深海棲艦の奇襲で一人娘を奪われた元帥も、冷静な仮面の裏に深い憎悪を育てていた。

 即死では無かった娘を私財を使い果たしてでも助けようとしたが、彼女は病院でその息を引き取った。

 過保護に育てた娘を、初めて海に連れて行こうとした、蝉の鳴く暑い夏の日のことだった。

 

 だからこそ、元帥はそれまで会うことも無かった娘にとてもよく似た姪を、自分の手の届くところに呼び寄せて育てたのだ。

 それが英雄と国民に盛んに宣伝された前提督の後を継いで、鎮守府を指揮している彼女である。

 冷たい容姿にアンバランスなふわふわした口調、そして大和撫子な雰囲気からは似つかわしくない敵に対する残酷とさえ言える戦術。

 ちぐはぐとさえ思える彼女がそうあるのは、それなりに複雑な事情があった。

 世界は、誰にも優しくなんて無い。

 優しくするメリットのある相手にだけ、優しくしてあげたい相手にだけ、その優しさを振りまくのだ。

 運命の女神は、何時だって移り気で偏愛的だ。

 

 だから鍛えた筋力(フィジカル)で運命の女神を捕らえて、その肉体美で魅了するのが栄光への階なのである。

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