――――この魂に憐れみを
絶対命令権に抗えず、
その姉たちが、自分を向こう側へと呼びに来てくれた。
昏く淀んだ歓喜が葛城を包んでいた。
瑞鶴は、自分から的になった様に動かない葛城を救うため、
葛城の前に庇うように立ち、雲龍と天城の面影を持つ敵艦に艦載機を向けた。
「やめてっ!!」
攻撃を批難する葛城の声が痛々しかったが、瑞鶴はそれでも攻撃を止めなかった。
彼女には未だ生きている葛城を救う義務がある。
それは旗艦としてだけでは無い、葛城の先輩である者としての信念だった。
とは言え、仲間を庇いながら凌げる程に、人道性皆無の最大効率主義装備『桜花』は甘くなかった。
前提督が最も愛した装備での最適戦術が、今を生きる瑞鶴達へと牙を剥いた。
これは、過去との戦いだった。
これは、未来へ征くための戦いだった。
これは、今を生きる者の戦いだった。
だから、瑞鶴は負ける気はない。
あの時より、ずっとずっと強くなった。
前の提督が、非人道的手段でしか成果を出すことが出来ないと諦めに堕ちる前より、ずっとずっと強くなった。
だから負けない。負けてなんかやらない。
犠牲を生まなくても良いくらいに強くなった己を証明することが、あの時代しか知らなかった後輩達への供養だと思えるから。そう、信じる他は無いから。
新たに一航戦を継いだあの日だって、今この瞬間だって、きっといつかの未来だって、前へ進まなくては今ある風景しか見えないと進んだのだから。
後輩である葛城には、長らく性能面で遅れを取ってきたが、それはその当時の一時点に過ぎない。
成長を続ければ、また頼りになる先輩として、そして
そう信じて、地獄のようなトレーニングと不味くて飲みにくいプロテ…高速修復材を使ってきた。
だから、私なら葛城を救える。救ってみせる。
私が救わなくてはいけない。葛城の姉である貴方達を倒すことで――――。
信念は現実を凌駕する。
勇者は不可能を開拓する。
瑞鶴は、その信念に見合う新たな姿に覚醒した。
それは、未だ仮定でしか語られたことの無い伝説。
それは、未だどの鎮守府でも存在していない『改』の更に上位存在。
纏うは葛城の衣服の色に似て、それより更に深い緑色。
加えて国旗を構成する白と赤で彩られた陣羽織。
姉のように下ろされた髪は、海風に靡いていた。
『翔鶴型2番艦瑞鶴・改二決戦仕様』
それが、葛城を救うために、過去を倒し未来へ進む瑞鶴が求めた信念の名前だった。
弱さをそのままに、誰より強くなろうとした彼女が得た完成に近い力。
世界は強者を祝福する。
栄光は持ち得る者を守る。
救いは強者にもたらされる。
ならば与えられる祝福も救いも無用。
私が救う。私が守る。私が祝福する。
それが―――――、私が求めた道だから。
装甲を最小限にして、機動性を高めた機体『零戦』。
瑞鶴の手に入れた力。
それは装甲の薄さ故に、敵の攻撃に当たれば虫のように落とされるだろう。
だが、知ったことではない。
当たらなければ良い、そうすれば――――――
「不思議なくらいね。
敗北する気なんて全然湧いてこない」
瑞鶴は空域を完全に掌握していた。
次々と撃ち墜とされる『桜花』。
その様は、何処か散る花のようにも見えた。
艦載機を全て撃ち落とされた空母は無用の長物。
最早二隻の深海棲艦に戦闘力は残っていない。
出来ることは撤退くらいのものだろう。
だが、その二隻は去る様子は無かった。
そこにただ佇んでいた。
彼女たちは待っていた。
それは、言葉にせずとも葛城には伝わった。
瑞鶴は黙って葛城に頷く。
葛城は、姉たちと見つめ合った後、再び姉たちを海に沈めるために艦載機を放った。
願わくば、次は地獄では無く綺麗な世界で姉さん達が暮らせますように。
そんな想いを込めて。
瑞鶴達がどうやっても出来なかったことを、葛城の姉たちは死した身で言葉無く見つめ合うだけで成し遂げた。
瑞鶴にとっては少々ショックではあったが、結果として以前のような葛城に戻ってくれるならそれで良かった。
充分な成果と言えた。戦果としてS判定と言っても良いくらいだった。
ただ、瑞鶴は気が付いていないようだったが、葛城が戻ってこれたことに瑞鶴を中心とした周囲の者達の努力が無駄では無かったのだ。
大きな役割を、見えないところで果たしていた。
それが、ここに来て姉たちとの遭遇で最後の一押しをされただけである。
だから、葛城は敬愛する瑞鶴へと告げる。
「すみませんでした先輩。それと、ありがとうございました」
瑞鶴は、葛城に向けてとびきりの笑顔で答えた。
「これからもお願いしますが、足りないわよ」
鍛えた筋力は自分を救い、誰かを救う。
後輩がまた笑顔になってくれたのだから苦労など安いものだ。
どうやっても提督に腕相撲で勝てるようには絶対にならないだろうけれど、それでも苦しい訓練の日々は無駄じゃ無かった。
だから、瑞鶴は不味いプロテインをこれからも頑張って飲もうと改めて決心した。