お姉さんなら大丈夫   作:蕎麦饂飩

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悪夢を越えたい? …そうね、筋力で何とかなるわ

 加賀は焦っていた。

 後輩であり、競い合う仲間でありながらも自分より劣っていると思っていた瑞鶴が、前人未踏の『改二』へと到達した。

 

 自分は強くなったはず。

 それは間違いなかった。

 だと言うのに、後輩はそれ以上強くなった。

 そして、彼女は求めるもの(葛城の笑顔)を手に入れた。

 

 その事が加賀を苦しめる。

 赤城が絶対命令権が効かない(壊れていた)事に気が付かずに親友を名乗る自分と、

想いを力に変えて未来をその手に掴んだ後輩の対比が情けなくて惨めだった。

 

 その夜、久し振りに夢を見た。

 夢の中で加賀は艦娘の姿――――それも戦艦の姿であった。

 

「お姉様」

 

 声のする方向を見ると、『土佐』がそこにいた。

 自分とは違って何処へ出しても恥ずかしくない社交的な令嬢だった。

 だが――――

 

「如何してですか、お姉様?

ドウシテ…ワタシガステラレルンデスカ」 

 

 

 

 

 

 

「嫌ァァァァァッッ!!!!!!!!」

 

 みるみる焼けただれて黒ずんでいく妹の姿に加賀は絶叫して飛び起きた。

 心配する赤城に、提督に鬼のような訓練をさせられる夢を見たと言って加賀は誤魔化した。

 風評被害な気もするが、訓練が鬼のようなことは事実である。

 

 

 その日から、加賀は毎日悪夢を見るようになった。

 毎日、毎日、無垢な妹は標的として美しい姿を醜い死体へと変えていった。

 切っ掛けは解っている。あのパーティーであんな(・・・)話をしたからだ。

 

 瑞鶴達の戦闘の後、『雲龍』と『天城』がその海域で見つかった。

 それ以外のことは覚えていたが、深海棲艦であったことや前の提督の記憶は一切残っていなかったらしい。

 少なくとも彼女たち二人はそう言っていた。

 

 葛城は悪夢から解放され、笑顔を取り戻した。

 そして、その悪夢は今度は加賀に取り憑いたのではないか?

 

 後輩の幸せを素直に喜べないどころか、恨むようなことを考えた己の思考が、情けなくて浅ましくて惨めで、加賀は泣いた。

 

 

 

 

 ある日、加賀は訓練中に提督に、訓練の中止と休暇を言い渡された。

 加賀は問題ありませんと反論したが、提督に力尽くで休まされることとなった。

 物理的に提督に反論できる者は、この鎮守府にはいない。

 

 提督から見て加賀はどう見ても体調が悪かった。

 弓を持つ姿勢にも覇気が無く、放たれる矢にも勢が感じられない。

 だから強引に休ませた。

 提督権限と類い希なる筋力のダブル絶対命令権に敵は無かった。

 

「提督、ありがとうございます。私が言っても加賀さんは大丈夫ですとしか言いませんでしたから」

 

 赤城は提督にそう告げた。

 

「加賀の体調不良に心当たりがありますか?」

 

 その提督の質問に赤城は、

 

「わかりませんが、寝言で『ごめんなさい』を繰り返していました。

加賀さん曰く夢の中でも提督にしごかれているという事でしたが、私はそうでは無いと思います」

 

「そうね、私なら夢の中でも訓練できることを喜びますが、そうでなくても違うと言えましょう」

 

 赤城はその発言に軽くドン引きした。

 

「でもね…」

 

 引いている赤城に対して提督は言葉を続ける。

 

 

「私は今まで夢を見たことがないから、悪夢の怖さが理解できないの」

 

 そう告げる提督の顔には、少しだけ陰が見えた。

 

「…でも、夢は見るものじゃなくて叶えるものだから。

起きている時間の方が大切だと私は思ってるから気にしないわ」

 

 暗くなった空気を払拭するように提督は告げた。

 赤城は、その諭すような笑顔に、忘れている懐かしい何かを感じた――――気がした。

 

 

 

「あらあら、私ったら。

お姉さんのことよりも、加賀のことを話すべきでした。

悪夢が殴って倒せるのなら苦労はしないのだけれど、出来ない以上、何か良い方法を考えないといけませんね」

 

 悪夢を殴り殺せたらとのたまう提督に、赤城はもう一回ドン引きした。

 

 

 

 

 

 後日、加賀を悪夢から救うために、執務室に赤城と鳳翔が呼ばれた。

 艦娘として存在していない『土佐』が原因である故に、解決は難しいのであろうが、

悪夢の内容(それ)を知らないにしても、会議は進展しなかった。

 

 ・ひたすら訓練で追い込んで、疲労で無理矢理夢を見にくいノンレム睡眠にする

 ・瞑想して精神を無と溶け込ませて悩みを解決する

 ・添い寝する(膝枕も可)

 

 幾つかの案が出たが、普通に却下になった一つ目の案を出したのが提督であることは誰の目にも明らかだろう。

 

 赤城自身も若干、加賀とは違う、寧ろ真逆な意味での無機質な戦闘マシーンの様な側面もあるので、

加賀の精神ケアの救いになりそうなのは鳳翔の添い寝の案くらいだった。

 

 基本的に、提督も赤城もストイックな精神故に、弱い心が理解しにくい。

 その上、加賀もどちらかというと、一見はそちら側に見えると言うのがまた問題を難しくしていた。

 

 

 だから、取り敢えずとして添い寝の案が採用されることになった。

 提督は物理と戦略で救う思考であるし、赤城は『あの戦争』での敗北の記憶しか悩みなど無い。

 故に、鳳翔が考える案が最も適当だろうと言うことになった。

 

 

 赤城はその日、加賀に添い寝をすることを提案した。

 加賀は、いきなりの提案に驚いたが、恥ずかしさとプライドで断ろうとするも、その言葉がはっきり出ない程度には弱っていた。

 故に、加賀は赤城に手を握って貰いながら、その体温を感じて眠りに就いた。

 

 

 夢の中で、

 過去へ向かって逆再生するように映像の断片が浮かんでくる。

 終着駅は、何時もあの瞬間だ。

 そこで何時も目が覚める。

 妹が焼け死ぬその瞬間で。

 

 夢の中で、未来が過去へと逆行する。

 それは、加賀が心の何処かで過去を望んでいる証明でもあった。

 

 

 戦艦生まれながら、正規空母然としてた赤城と、戦艦らしさの抜けない加賀が鳳翔に指導を受けている場面があった。

 最も誇りある艦種『戦艦』であった加賀の自尊心は、鳳翔によって叩き折られた。

 奇をてらった艦種と見下していた空母に自分が改造された劣等感と共に。

 

 加賀から見て、赤城は天才だった。

 まさに空母としてあるべく生まれた完成した兵器のような女性だった。

 正直、加賀にはいけ好かないと思っていた。

 

 鳳翔に指導され、加賀と共に叩きのめされている立場ではあるが、それでもいつか赤城は空母の代名詞になる事が加賀にも解った。

 悔しかった、負けたくはなかった。

 加賀は、後輩が出来てからは、その劣等感をプライドの仮面で覆い隠すことにした。

 

 加賀は戦艦から空母なんてもの(・・・・・)にされた経緯と、妹の過去から荒れていた。

 それは弱い自分を護る為の遠吠えであった。

 そして鳳翔に教導され、赤城と支え合うことで、少しずつ成長していった。

 

 ある時、赤城が自分に似た過去を持つことを知って以来、その親近感は増した。

 そして、その時に赤城を心から自分の心からの友だと確信した。

 

 

 

 場面が変わる――――

 

 これより古くなる過去は見たくはない。

 ここから先にあるのはあの瞬間。

 救いも優しさもない残酷な過去がやってくる。

 

 加賀はその恐怖に身構えた。

 その時、その両手が少しだけ温かい何かで強く覆われる感触がした。

 

 

 ――――何かが切り替わり、夢の終着駅が変わった。

 

 

 幼い赤城が、泣いていた。

 加賀は赤城さんでも泣くことがあるのですね、と当たり前の事実に気が付いた。

 

 ■■がなくなった。

 それが、赤城の今では忘れてしまった悲しみだった。

 事実、赤城は泣き終えるとそれを忘れたように、何時もの澄んだ、澄み過ぎた表情になった。

 子供ながらに大人びた表情だった。

 

 加賀も知っているはず(知らないはず)の■■が赤城に伝えた。

 何処かで知っている■■に加賀は見覚えることも思い浮かべることも出来なかった。

 そして、それは赤城も同じだと何故か解った。

 今いる此処は加賀の夢の中では無くなったことが加賀には解った。

 これが、赤城の夢であるのだろうと、赤城の持つ感覚で、加賀には解った。

 

 

「つよくなりなさい」

 

 それは、遺言(呪い)だった。

 赤城は、その言葉を実行した。実行できてしまった。

 彼女は余りにも完璧な空母であった。だから、強くありすぎてしまった。

 強くなること、戦うこと、勝利することに馴染みすぎてしまった。

 

 故に、瑞鶴のような成長も、葛城のような求めも、加賀のような嫉妬も無い。

 完成されすぎている故に、誰も彼女を救えない。

 

 ああ、この人(赤城さん)は強すぎて泣くことも出来なかった。

 私は、泣けるだけ、ずっと幸せだろう。

 

 今度は――――私が守らないと。

 加賀は自分の手を包む温かい何かを強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 ――――その日以降、加賀は悪夢を見ることはなかった。

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