軍の敵は深海棲艦だけではない。
国内では『友愛党』、海外では『YOU&I』の名前で活動している団体がある。
深海棲艦と戦うのではなく、互いに手を取り合おうという趣旨の主張をする団体である。
大物政治家達の中にも、この趣旨に賛同する者はそれなりにいる。
彼らは深海棲艦との戦いを終わらせて平和を分け合うために、まずは人類の側から戦いを放棄するように呼びかけている。
新たな星の同居人として深海棲艦と海を分け合っていけば良いじゃないか。
此方がひたすら何をされても耐えていれば、相手も攻撃を止めるに違いない。
反撃は相手の怒りしか生まない無益な行為だ、と主張している。
その手段として、鎮守府周辺でプラカードを持って騒いだり、人間に攻撃しないように命じられている艦娘に石を投げたりしている。
軍関係者の家族が拉致されて、鎮守府解体を迫られた事件もあった。
平和のための暴力は、暴力ではなく平和活動なのである。
…これには彼らの言うことを全面的に認めるならばという但し書きが突くが。
当然、軍は彼らの意見を『考慮スルニ値シナイ』と発表している。
友愛党の親族が居る者は、『親族二難アリ』として軍には入れないという徹底ぶりだ。
軍隊は国益のために動く。
言い換えれば、国益を生み出せる既得権益を持つ者達を守る為の組織に他ならない。
持てる者の誰が好き好んで海洋資源や、領海を手放すだろうか?
持たざる者や、彼らの票が欲しい政治家を除いて、最初から友愛党の意見に聞く価値さえ存在しなかった。
聞いて欲しいのに、話を聞いて貰えない者は如何するのか?
その答えの一つが独り言であり、その他の回答として実力行使があった。
休憩中の明石は格闘ゲームに興じていた。
「入って良いですか?」
そんな時、極めて珍しいことに提督が訪ねてきた。
ゲームにのめり込む惰弱な艦娘だとは思われたくはなかったが、自由時間でさえゲームを許さない提督とも明石は思っていなかった。
「…あら?」
明石の応答を受けて部屋に入ってきた提督はゲームに目を移した。
ポーズボタンを押していなかったので、動いていない明石の操作キャラクターが敵にボコボコにされている。
「これは…」
明石が何か言おうとしたとき、提督が口を開いた。
「それなりに良い動きをするわね」
「ええ、超反応してくるので対処が大変なんです」
「でもこれくらいなら、私にも出来そうね」
明石はこの程度の難易度の敵なら倒せる。
提督がそう言ったと理解した。
確かに適切なガードとゲージ管理をすれば倒せない敵ではない。
だが、その考えは提督とは少々ズレていた。
「空中での再跳躍は出来ないけれど、床を叩いて割るくらいなら出来そうね。
蹴りで画面端まで叩き付けるのも問題は無いけれど、手から光線はどうやっても無理でしょうね」
ゲームの動きの再現のことを提督は言っていた。
いや、艦娘でも無理ですから…とは言えず、明石は苦笑いで誤魔化した。
「そう言えば、この所友愛党が大人しいですね」
明石が適当に振った話に提督は答えた。
「お姉さんの伯父に当たる人が、破壊活動防止法とかで、全員身元を調べて捕らえたそうよ。
今頃は、深海棲艦の出る海域で彼らが何時も言っている酒を飲み合って一緒に歌えば友達になれると言う言葉を実践中らしいわ。
本当かどうか解らないけれど、冗談にしては少々過激ですね」
何それ、その叔父さん恐すぎ。明石は戦慄した。
因みに、叔父さんは海軍のトップである。知らねば不敬ではあるまい。
「その提督の伯父様は普段から過激なことを言っているのですか?」
普段から過激なことばかり言う人種はどこにもいる。明石は提督の伯父をそう言った人種かと思った。
「いえ、そんなことは一切無いですね。理知的で温厚な叔父様ですよ。
ただ、世界で最初の深海棲艦の襲撃で家族を失ってからは、深海棲艦や彼女たちを擁護する者には厳しいとは聞いているわね」
明石は、世界で最初の深海棲艦の襲撃遺族で、一人とてつもなく有名な人物が思い浮かんだ。
「その伯父さんって、もしかして…」
明石がそう言い終わる前に、鎮守府に警報音が鳴り響いた。
放送で、深海棲艦が攻めてきたことが告げられる。
海上からではなく、敷地の中に既に深海棲艦はいた。
これは人間側、具体的に言えば出入り業者などの支援があったことが予想できる。
恐らくは友愛会の信者だろう。
その時点で、人間と意思疎通出来るだけの知能を持つ者――――『姫』と称される深海棲艦の上位個体である可能性も高かった。
そして何より――――、鎮守府という艦娘だらけの環境で敵が行う事など一つしか無い。
鎮守府の艦娘全てを敵に回して勝つ目論見など侵入者にもないだろう。
故に、想定される目的は一つ
だからこそ、その想定を信じて提督は放送室へ駆け込み、敵に対してグラウンドで待つと告げた。
提督はのんびりと弓道着に着替えて弓を持ちグラウンドに行くと、そこには『戦艦水鬼』という未だ確認されたことのない深海棲艦がいた。
恐らくは『戦艦棲姫』の上位個体だろうと思われる風貌をしていた。
提督は矢を持っていなかったが、艦娘達は何とかしそうだと思った。
何故なら彼女は
戦艦水鬼の周囲には、提督が来る前に終わらせようとした忠義溢れる艦娘達が倒れていた。
提督は、彼女たちに休養と、今後一層の訓練が必要だと認識した。
「ナケ…ワメケ…ソシテシネ」
偶然にも明石が先程していたゲームのキャラのようなことを言いながら戦艦水鬼は提督に襲ってきた。
殆どの艦娘が終わったと思った。
…勿論、それは見たこともない深海棲艦の命が、だ。
提督は相手を吸い込むように間合いに入り込むと、そこから流れるような乱打が始まった。
持っている弓は完全に鈍器だった。
明石には右端にHIT数が見えた気がした。
そして一発一発が重そうな音がしている。
大太鼓の様な音を奏でる殴りと蹴りが目で追うのがやっとの速度で繰り広げられている。
その衝撃で戦艦水鬼は吹き飛ばされていくが、それ以上の速さで提督が追いかけていくために逃げられない、逃がして貰えない。
これで海に出て行けるなら艦娘要らないんじゃないかなという無双振りであった。
提督が悪魔の実の能力者のように泳げないことが、敵の救いであることを艦娘は良く理解した。
世界初の改二である瑞鶴も、やはり上には上がいるとしか思えない戦闘……いや、蹂躙だった。
明石的にはチュートリアルモードとかテストモードで無抵抗な相手をゲージ使い放題で練習の的にするゲームのように見えていた。
もし、
提督は、弓を絡めるようにして戦艦水鬼を上空に跳ね飛ばした。
そして、自身も跳躍。戦艦水鬼の上を位置取った。
「お姉さんが、弓の使い方を教えてあげます」
戦艦水鬼を弓で思い切り叩き落とした。
戦艦水鬼は矢のように地面に突き刺さった。
弓の奥義、それは敵自身を矢とすること――――
それを見た空母娘達は思った。
(それ、弓の使い方じゃないから)
当然の反応である。
ゲームなら敵の体力ゲージを0にしたときに、何かしらの台詞を吐く。
それを意識したわけではないが、ふわっと地面に降り立った提督は、地面に刺さって死んだ戦艦水鬼に告げた。
「次はもっと、強くなりなさい」
それは割と無茶な要求だった。
提督ーーーーそれは強さの証明