提督の朝は早い。
早く起きて、筋トレをしてシャワーを浴び、秘書艦が部屋に来る前に薄く化粧を終わらせ、身辺を整理して余裕を持って受け入れる。
余裕を持ってこそ優雅であれる。
それは、のんびりしたければ早めに動き始めよということだった。
余裕があればやれることが増える。
余裕がある上で、やることを増やさなければ成果をより確実に近づかせられる。
提督を只の筋肉の鬼だと思う艦娘も居なくは無いが、指揮者としても頼れるお姉さんであるために、提督は彼女なりの努力をしていた。
能力が低い人員でも効率よく使い潰してくれることで価値を生み出す職場をブラックと呼ぶのなら、
能力が高くなければ存在できない代わりに、使い潰されることなく大切にされる職場をホワイトと呼ぶのだろう。
余裕の無い選ばれない存在を選ばれない存在に相応しい待遇で相手する事をブラックと呼ぶ。
余裕のある選ばれた存在を選ばれた存在に相応しい待遇で相手をする事をホワイトと呼ぶ。
そう言う意味では現在の鎮守府は限りなくホワイトだった。
尚、能力が低い構成員をその低い能力のままで厚遇してあげる組織は、夢の世界にさえ存在しないが、戦争は能力が高い者でさえ、使い潰さなくてはならない状況が存在する。
その上で、未だ戦闘で轟沈を起こしていない提督は上司として優しくて有能であると言えよう。
常に深海棲艦の
その一例がある。
提督は工作艦明石などに命じて、仮の前線基地を作らせた。
但し、それは使い捨ての張りぼてである。
ある程度は防御機構があるが、やはりある程度にしかならない上に、極めて短期的にしか使用できないものだった。
それでも、それなりに費用が必要だったが、それ以上の成果を出すというのなら問題は無かった。
今までの鎮守府の方針は『敵の生活から平穏を奪い緊張を贈ること』。つまり簡単に言うと嫌がらせであった。
特に強固な戦力が無い重視されない目標であるが、あると鬱陶しい鎮守府である。
だが、それも状況が変わってきた。
世界初の改二。戦艦水鬼の撃退。
それを成し遂げた鎮守府は最早、『鬱陶しい弱者』とは深海棲艦も認めなかった。
故に、撃滅用の規模を持った編成を差し向けた。
それがそろそろだと踏んでいた提督は、敢えて理解されるように前線基地を離島に構築した。
敵の戦力を削ぎ、それを己達のモノにすれば戦局は有利になる。
そう考えた深海棲艦達はその前線基地へと進軍した。
それなりに深海棲艦の攻撃へと対処できた前線基地は、深海棲艦の激しい猛攻の末に、艦娘の基地放棄という状況を生み出させた。
背の高い『姫』級の深海棲艦と、背の低い『姫』級の深海棲艦が片言を喋りながら仲良く基地へ入っていく。
配下のelite級達も前線基地に乗り込んでいった。
この後は、生き残り、任務を果たした喜びを分かち合うつもりだったのだろう。
直後、基地に予め準備されていた艦娘の力を凝縮させて作った爆薬が一斉に起動した。
必ずしも、深海棲艦に唯一有効な艦娘の力は、艦娘による直接攻撃でしか存在しない訳では無いだろうという試行錯誤の成果だった。
辛うじて生き残ってしまった『姫』は、軍司令部に引き渡され、そこで仲間の居場所を吐かせるために終わりのない拷問を受けることになった。
手足がもがれた身体に穴を開けられて、そこに錨を突き刺されて曳航され、軍司令部で実験もかねて様々な拷問がなされた。
それでいて、死ぬまで仲間を売らなかったその姫に、拷問担当者は敬意を払ったほどだった。
提督自身が拷問しなかったとは言え、それが行われる事実を知って了承した時点で言い逃れは出来ない。
大規模な敵戦力を大きく削り、その一部を生獲せよという命令に忠実に従った結果がこれだからだ。
勿論、言い逃れをするつもりも無いだろうが…。
どこまでも残酷なやり方を、いつも通りのふわりとした口調で笑顔と共に告げる。
この部分を切り取ってみれば、提督は敵にとって悪魔のような存在だと言えた。
だが、提督が優しい提督かと言われれば、間違いなくその通りだと言えよう。
ライバル企業を儲けさせて、自社を不利にする社長を優しいとは言えない。それは
普段と同じ優しい声で、自分が敵に最もされたくないことを次から次へと実行する提督を恐れる者も、駆逐艦達の中にはいた。
特に優しい電や曙などには、割り切るのが難しすぎた。
艦娘が味方であるはずの提督に酷い目に遭わされなくなった代わりに、敵の深海棲艦がこれまで以上に酷い目に遭うようになった。
誇りある戦いの中で無く、卑怯な罠で沈んでいく姿に同情する重巡もいた。
だが、重巡ともなれば、未だ割り切りを付けることが出来ていた。
戦争とは究極の残酷である。
その中で優しさを持つことに意味は無く、不利益しか存在しない。
軍隊は馴れ合いの場では無く、殺し合いの力を磨き、溜め込み、行使する場だ。
戦争という狂気の中で、平時の正論を語ることこそ異常であり、
命の取り合いである戦争においては、目を覆う悍ましさこそが己達の平和への切符だった。
究極的には、敵の戦闘員・非戦闘員の完全な
だから、早く狂気になれて、立派な有能な戦士に成長させてあげることが、艦娘の為のホワイトな鎮守府だと言えた。
電達は、ある日執務室に呼ばれた。
「今の戦い方は苦しいですか? …聞くまでも無いようですね。」
呼ばれた艦娘達は、今の戦い方で敵に何らかの同情を持ち、それが支障にいたる可能性を考慮される者達だった。
「では、何故このような卑怯で残酷な戦い方をしなければならないか解りますか?」
重巡や軽巡は押し黙った。
それは理解できている故だった。
「…わからないのです」
しかし、それは幼い駆逐艦には難しすぎた。
そして、キャベツ畑やコウノトリを信じる無垢な処女に無修正のポルノを突きつけるような残酷な現実を提督は突きつけた。
その表情には珍しく笑顔は無く、何かを追い詰めるような目をしていた。
「では答えましょう。それは私たちが弱いからです。私が弱い、貴方達が弱い。
手加減してあげられるだけの余裕が無い位弱い。命を見逃してあげるだけの余裕が無い位弱い。正々堂々戦ってあげられないくらい弱い。
弱いから、卑怯になって容赦しないようにならなければ勝てない。それだけのことですよ」
「でも、何とかならないんですか。
こんな戦争は悲しすぎるのです」
「最初から戦争は悲しいものですよ。
ですが、どうしてもそれが認められないなら、手段は一つだけあります」
それは、悪魔の提案であり、それは無謀な夢空言であった。
けれど、電達はそれに縋るしか無かった。
敢えて、一番最初では無く、真剣にその話を受けるしか無い状況になってその話を提督が振ったとしても、
一番最初に自分達でそこに気がつけなかった以上、全ては言い訳にもならなかった。
「言うのは簡単ですよ。強くなりなさい。
そうすれば、弱った相手を助けることも、
けれどそれは強さが無ければ想定にも出来ない。
選ぶのは常に強者の特権。弱者は常に与えられる条件を選ばされる他は無い事を理解しなさい。
今貴方に出来ることは選ばされることだけ。選ばせる側としては貴方はまだ弱すぎる」
それは、余りにも残酷な真実だった。
周囲の者の中には電には耐えられない真実だと考えた者も居た。
だが、電は選択した。
「…やるのです」
それは、周囲の者にも聞こえない小さな声だった。
だから提督は聞き直した。
その回答は目を見れば解ったが、敢えてその決意を周囲に示させるために。
「やって…やるのです。
敵も味方も救えるようになるために、強く、強く、強く――――なるのですっ!!」
「ならば、証明しなさい。言葉だけでは無いのだと。
言葉だけでは何も変えられない。弱者の言葉には誰も真摯に耳を傾けない。
無理矢理耳を掴んで大声で聞かせてやりなさい。誰よりも、強くなりなさい。
期待しているわ」
提督は再び笑顔を取り直してそう言った。
その笑顔は、今まで無いほどに自然で、今までに無いほどに不自然だった。
この先の遠い未来。
訓練の日々に明け暮れた電は、誰よりも