「~♪」
九条和平の自宅から少し離れた場所にて経営されているラーメン屋。チェーン店でなく自己で経営されているその店は、地元の人間からとても愛されている。
『あーすげえ美味かったぁ!』
『また今度来たい!』
『もうこのラーメンが無いと生きていけない…』
こんな感じである。
そこの店主は、外見はとても大柄な肉体を持つ男性、そしてとても笑顔が素敵。若い女性からも超人気。初めてその店に訪れた女性の5割はその男性の笑顔にときめくほど。
店主の奥さんはそのモテっぷりはなんのその。いくらモテても店主から愛しているのはお前だけだと面と向かって言われているので浮気をすることは絶対ないと自負してるので大人の余裕を醸し出している。浮気なんてしたら多分その店主は殺されるだろう。奥さんの手によって。
そんな店が一体なんなんだというと。
その店主は九条和平の父親、九条和人の弟なのである。名前は『九条和也』。
九条和平の現保護者である。
その店に絢瀬絵里は訪れた。
「こんばんわ」
「いらっしゃ~……やあ絵里ちゃん」
「お久しぶりですおじさん」
「やめろおじさんは。まだ37だ」
「その歳はおじさんです」
「あちゃ~。悲しいねえ」
悲しいと言っておきながらその顔は凄いってくらいニコニコしてる。これも愛されるこの店の要素の一つなのだろう。
「いつもの塩ラーメン?」
「はい。それともう一つ注文いいですか?」
「お?珍しい。唐揚げ丼?キムチ丼?それとも店長特性餃子?」
カウンターに座った絵里は、肩に掛けていたカバンを隣の椅子に置いて一息ついてから言葉を発した。
「九条和平についてです」
「……………ラーメンの前にお茶でも入れようか?」
「ロシアンティーで」
「それは無い」
・
・
・
「決心がついたのか」
「ずっと悩んでました。あれが本心なのかとか、何が間違いで何が真実なのかとか…」
「俺もあいつがした事は分からなくもない。あの兄貴の息子なんだから」
「最初、いいえ…ここ最近まで、ずっと疑ってました。けど、この頃彼の行動を見ていると、どちらが合っているのかすらわからなくなって」
「んで真実を知っている人間たちに聞いて回っていると」
「もし、もしそれが本当の事だったら私は彼にとんでもない事をしてしまったかもしれません。それをまた考えると……苦しくて」
「君の気持ちもわからなくはない。どれが真実だと分からなくても、その時の感情の方がどんな思考よりも勝ってしまってるからな」
「教えてください。あの時の真実すべてを。私はもう…逃げたくありません」
「………今日はもう店仕舞いだ」
表にある看板をひっくり返した。
***
これはこのスキー実習に行く当日の前日の話だ。
「………貴方のあの時の事を聞きたくて」
「あん?」
「覚えているはずよね。私と別れたあの日を」
「こんな時に限って言わなきゃいけないことじゃねえだろ。俺の気分を害したいのかよ」
「貴方は私を利用してると、好きじゃないと、巻き添えにしてると言った。その時私の心はとても苦しくて、悲しくなった。私が心の底から信じていた人から裏切られる気持ちなんてわからないでしょうね」
「それがどうした?まさか今ここでそれを蒸し返して追い打ちをかけようとでも思ったのか?趣味悪いな」
「っ…。それからというもの、貴方はクラスからも、地元の人たちからも忌み嫌割れる人間になっていた。あの時はいい気味だと、ほくそ笑んでいたわ」
「そうか。そりゃ嬉しい事だな」
「その時から私へのいじめもなくなり、普通の日常に戻っていったわ」
「だからなんなんだ。回りくどい」
そうね回りくどいわね。なら言わせてもらうわ。私の胸に秘められた想いを。
「全部……私を守ってくれた事だったんでしょ!?」
・
・
・
「は?」
喉を伝って呼吸していたのを忘れるくらいの衝撃だった。
吸った空気を吐き出そうとした瞬間だった。忘れるというか、喉の途中で呼吸が止まった。今こいつは何をいった?
守る?
誰を?
絵里を?
誰が?
俺が?
いつ?
あの時?
親が死んだあの時?
絵里と別れたあの時?
「和也さんから聞いたわ。全てを」
「あの…人は…」
なにを余計なこと言ってんだよ…。
「貴方のご両親が亡くなった理由も。それが原因で貴方が誤解されて人殺しだと言われたことも。それを聞いた私が貴方の味方をしたと同時に嫌われ始めたのをきっかけで私を苦しめたのも。貴方が周りの人間から苦しめられる理由も。日頃から怪我をしているのも。なんであの夜に貴方がステージにいたのも。なんで穂乃果を助けたのも。全部、全部分かった。貴方の行動の理由が!!」
こいつは…何を?
「あの人たちが死んだことで、その場にいた貴方が両親を殺した張本人だという事が誤解されて、それが学校の噂になって、そして私がいじめられた時に私と別れた理由。それは自分が標的に向くようにワザと演じたため!私を巻き込まれている混沌の中から救い出すため!貴方毎度怪我をしているのはあの時の件がきっかけで、長い間いじめられていること!ライブのステージにいたのはステージの不備を直していたため!穂乃果を助けたのも貴方自身の優しさから来た行為!」
言って…やがる…。
「私は、貴方をずっと見てきた。中学の頃からずっと!私を守るために自分を犠牲にして傷ついてきたことも知ってる。私は貴方が嫌い…だった。私の気持ちを弄んで、良いようにした後いらないと言って捨てて、モノのように扱った貴方を!けど、違った。全部、貴方が優しいからだった。自分が傷つけばいいと、誰も傷つかないと思ってしてくれた…。あの小さな女の子を助けたとき、私の心は揺らいだ。どれが本当の貴方なのかって。色々な人から聞いて、貴方を見て、確信することができた。全部……全部、私の為に演じ続けてくれたって!」
なにかガ…コワれる…。
「今まで、気づいてあげれなくて…本当にごめんなさい…。私は、そこまでしてもらう資格なんて無いのに…。なんで…そこまでしてくれたのよ…」
絵里の目から少しずつ涙がこぼれた。
「私は…そんな事頼んでいないのに……うっ…どうじでぇ…」
そんな事、簡単だ。
お前が大事だから。
お前が好きだから。
雪の上に涙が滴る。
「………俺は」
絵里に手を伸ばそうとした。
ニゲルノカ?
「っ!?」
俺の伸ばそうとした手に黒い何かが掴んできた。
今までの努力を無駄にするのか?
違う。無駄じゃない。やっと絵里にも信じてもらえたんだ。
人は信じないんじゃないのか?
違う。信じてくれる人を俺は信じるだけだ。
最低で最悪の悪者になるんじゃなかったのか?
違う。俺は完全な悪者になれなかったんだよ。
こんな簡単に絵里を信じていいのか?
違う。信じるのかじゃない。信じたいんだ。
あんなに拒絶されて、あんなに嫌われていたのに、そんな簡単に認められるのか?
それは…。
違うだろ?お前は変わったはずだ。なにもかも。全てを拒絶しろ。全てを否定しろ。全てを背けろ。全てを捨てろ。そうやって自分を造ってきたはずだ。
やめろ。
長い、長い間自分を造ってきた。そんな事、こんな事ですべてを消すことができるのか。
やめろ…。
絵里が好き?違うだろ。絵里は俺のものだと言いたいんだろ?
違う。
絵里は自分のもので都合のいいようにできればいいんだろ?
違う。
褒めて欲しいんだろ?頑張ったなって言ってほしいんだろ?カッコいいといわれたいんだろ?
違う…。
独占欲だろ?自己満足だろ?プライドだろ?全てを肯定するための。
違う!!
両親を亡くした頃にお前はとっくに壊れたんだよ。
違う!!
今さらもっと壊れても何もならない。今更救いを貰ってなんになる?いけるとこまで行けよ。
違う俺は!そんな事を望んでない!
壊れろよ。全てを歪めろ。今更遅いんだよ。
それ以上俺の心を壊すんじゃない!!
俺は絵里が好きナワケナイン大事で心の底からキラッテル訳が無いンダから!
エリガタイセツナラスベキコトガアルヨナ?
「そうかよ」
「和平」
「今までのを知ったのか」
「本当にごめんなさい…私が……私のせいで…」
「そうだな……。俺も言いたいことがあるんだ」
「ぐすっ……なに…?」
絵里が俺に手を伸ばしながら近寄ってくる。
俺はその手を…。
『掴まなかった。』
「え…?」
「確かに両親が死んで、俺が嫌われた。それをお前が庇ってくれた。確かにそれは事実だ。だが、
「っ…」
「何を期待したのかは知らない。俺が元に戻るとか浅い考えだったのかもしれない。もう遅いんだよ。俺がお前を拒絶したようにお前も俺を否定した。知ってるか?花瓶と一緒だよこれは。壊れたものはすぐには元には戻せないんだよ」
「け、けどここからやり直せば…」
「そうしたら大丈夫だって?違う。俺が直ることは無い」
「和……平」
「悪いな。俺はもう…あの時の俺じゃあないんだよ」
俺は馬鹿で愚かだ。今、その時しか浮かばない言葉しか相手に渡すことができない。そして後々後悔するのだ。なんで俺は、こんな言い方しかできないんだ。
あぁ、そうだ。俺が壊れてるからだ。
そうだ。無理もないな。だって壊れてるんだから。
「………か」
「あ?」
「ばかっ…和平の馬鹿っ……もう、貴方なんか知らない…もう好きにしたらいいのよ!!!」
「そうか。そりゃ好都合だ」
絵里は俺の横を通り過ぎて、雪山を滑り降りていった。
誰一人いなくなったその場所で俺は足に着けていたスノーボードを投げ飛ばした。
「クソったれが!」
自分の顔面を殴りつける。
何度も…何度も。
「なんで俺は…こんなやり方しかできねえんだ!!」
元に戻りたい!絵里とやり直したい!けど本能がじゃまをする!!元に戻ったら!すべてが壊れてしまうんじゃないかって怖がっている!!何が好きだ!何が大切だ!何も俺にはできねえんじゃねえか!!絵里を守る!?絵里を救う!違うだろ!!絵里にかっこつけてただけだろうが!!
「一番の馬鹿野郎は俺なんだよ!!」
拳を雪に叩きつけても…何も変わらなかった。
・
・
・
18:00
その後の事はよく覚えていない。滑り降りたことは覚えているが、気づいたら自分の泊まる部屋で横になっていた。
天井を見上げればあそこでの出来事を反芻した。それを思い出すと目から涙が止まらなかった。あの時に戻りたい。俺のナニカが邪魔しなければとか、やり直したいとか、未練しか残っていない。
俺は何がしたいんだ、本当に。無気力だ。無様だ。もっとすべきことがあるんじゃないのかよ。俺の為に泣いてくれている女の子がいたのに。なんでだろうな。
「もう…どうでもよくなってきた………ん?」
耳を澄ますと部屋の外から男どもと女どもの騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだ?」
部屋の扉を少しだけ開けて廊下を覗き込む。
「ーーーた?」
「ーーーにはーーのとこじゃーーー」
「先生ーーーー方がーーー」
「なんなんだようるせえな」
そんな事言ってると、枕元に置いているスマホが震えた。
『東條希』
「…………なんだよ」
「九条君!今どこ!?」
「あ?部屋だけど……なんなんだよ…」
「エリチがホテルに帰ってきてないんよ!!!」
「………は?」
何度呟いた言葉か覚えていないか、口から間抜けな声が出たと同時に。
嫌な汗が背中を伝っていったのが分かった。
次回………和平をかっこよくします!!