稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す   作:てるる@結構亀更新

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正直イルミに夢を見すぎている自覚はある。
イルミがなんかのほほんとしてるから原作との乖離が嫌な人は今のうちにお逃げください


ブラコンとでも何とでも言うが良い

しゅっしゅっと壁に向かってシャドーボクシング。打つべし打つべし。殴れば人は死ぬのだ。なんかあとは適当にやれば勝てるに決まってる。うん、絶対そう。

試合当日の選手控え室。そこで職員の人にヤバい目で見られていることを自覚しつつもシャドーボクシングを続ける。だって暇だし、これぐらいしかやることないし。

 

キルアのことは適当にヒソカに丸投げしているのであとはどうとでもなるだろう。大事なのはこの試合で怪我せずにどうにか勝つこと。

相手の男は調査した限りそこまで強くない放出系能力者。どうやら色んな剣やらなんやらを大量に強化して射出する戦法がメインらしい。まあ所謂固定砲台。多分肉弾戦に持ち込まれることは無いだろう。相性でいえば結構いい。だって飛んでくるものは避ければいいし、動かない相手にこっそり一撃入れるのはまあ不可能ではない。そこまで面倒な相手ではないだろう。

 

「カルト様、試合のお時間です。」

 

スタッフにそう言われてリングに案内される。客席の前に出た瞬間にとんでもない音量の歓声が聞こえてきて、思わず逃げそうになる。なにこれうるさい。耳割れそう。

いきなりの予想外のところからの奇襲で口をへの字に曲げながらとてとてと相手が待つリングの上に立つ。うるさい、とにかく罵声がうるさい。自重しなくていいならこの範囲一体にオーラ撒き散らして全員黙らせたい。

 

「さーて、今日の試合はスミス対カルト!スミス選手といえば3勝2敗で確実に勝ちを重ねている選手、それに対するは期待の新人、カルト!見た目にそぐわぬ強烈な一撃でここまで何人もの猛者が倒されてきましたが、果たしてそれはスミス選手にも通用するのか!それでは試合始まります!」

 

煽るようなアナウンスの後、ピーとホイッスルのような音が響く。試合開始の合図だ。それにしても3勝2敗って、結構戦い慣れてる。警戒しないと。こんな初戦からやられてたら兄さんに怒られてしまう。

お互いにジリジリと間合いをとるように動く。さすがにいきなり能力を展開したりはしないか。

スミスさんとやらの様子をじっと観察する。リング全体に広げた円由来の情報によれば、身体自体の強さはそこまででは無い。実際見た目も細いし。ただし僕のこの体格と比較すれば十分に殴り飛ばせるレベル。一撃貰ったらアウトってところだろう。

オーラは……うーん、僕と同程度かもしくは劣る。練度は僕の方が上、量は向こうの方が上か。これも身体の器の大きさに量が由来するからであって、別に誤差の範囲。最悪どうにもなりそうになかったらゴリ押しで周してフォーリングダウンで仕留めてもいいかもしれない。

 

まあ、この戦いでそんなことする予定は無いんだけど。

 

相手がひらりと右手をあげて、その仕草で会場が熱狂する。なんだろうって思ったけれど、これはあれだ。技の発動だ。

空中にたくさんの剣が浮かぶ。そしてその全てがこちらを向いていて、今にも真っ直ぐに突き刺さろうとしてる感じ。放出系能力でこれを射出するんだろう。

うーん、ちょっとヤバいかも。

まず本数の問題だ。ここに展開している数全てが常に襲いかかってくると考えるととても躱すのはめんどくさい。ただ一直線に突っ込んで来るだけなら1度躱せば終わりだけど、放出系は操作系とも相性がいい。相手を追尾したり、壊れるまで何度も放出されたりとかそういう機能がついていてもおかしくない。

そうこう考えている間にも、びゅんっとものすごい勢いで剣がこっちに飛んでくる。

あわわっとくるんと空中で一回転してどうにか全てを躱す。相手の顔が驚いたように見開かれたけど、これくらいで驚かれても困る。こちとらマシンガンだって目視で避けられる暗殺一家だ。このぐらいの速度であれば問題ない。

が、しかし。邪魔ではある。

 

「へっ、これぐらい避けられただけで勝てると思うなよ!」

「思ってないよ、だからいま考えてるんだって」

 

勝ち誇ったようにもう一度剣を再起動して後ろから刺そうとしてくるのを難なく避ける。このフィールドには僕の円が満遍なく敷き詰められている。振り向かずとも避けることなんて余裕。

相手はまたさらに驚いたように口をパクパクとさせる。そりゃそうだ。向こうとしては最初の一撃で終わりだと見せかけて後ろから奇襲をかけるのが常勝のテクだったはずだ。それを普通に見切られたらそりゃ泣きそうな顔にもなる。

 

「なぜだ、なぜ避けられる!そういう能力者か!?」

「違うって。むしろ逆になんで避けられないと思ったの?」

 

数十本の剣が視界を覆うように飛んでくる。確かに常人であれば避けられない。ただしゾルディック家の教育は凡人にも常人レベルから逸脱させるくらいの力を身につけさせる。よってほんの少しでも剣の間に避ける隙間があればそれを縫って全回避することが可能だ。

 

「でもね、避けられるとしてもちょっとうざったいんだよね」

 

このまま避けていることは可能だけど疲れるし、何よりそれだけでは相手に決定打を叩き込めない。かと言ってあの男に殴り込みに行きながら全部の剣を避けるってのもちょっと骨が折れる。物理的に折れるかもしれないしあんまりやりたい手段ではない。

ならばどうするか。

 

この戦いでは実は特殊技は使わないと決めている。だって暗殺者だし。自分の手の内をこんな衆人環境で見せたくはない。見せたところでそこまで問題ない能力だとは思うけど、それでもやっぱりやらないで済むならその方がいいに決まってる。

よって今私が使えるのは、四大行とその応用技のみ。

 

「……舐めんじゃねえよ、お前みたいなガキに負けてられっか!!!」

 

相手のオーラが勢いよく隆起して、止まっていた剣がまた全てこちらを向く。こうやって何度も襲われればさすがに回避し続ける体力だって尽きる。きっと相手はそれを狙っているんだろう。その選択は間違っていないし、現状における最適解だとも思う。

ただし可哀想なのは、その最適解を上回る回答を僕が持っていること。

 

すう、と息を深く吸って円を限界まで濃くする。

今まで展開していた円も普通のものとは濃度も広さも一線を画する。だけどそれはあくまでも相手の動きや能力を読み取るだけのもの。だから今は、それ以上を展開する。

円の濃度を極限まで濃く。リング全体を覆うように、相手すらも飲み込むように。

慌ててレフェリーがリングを降りるのが視界の隅で見える。そりゃそうだ。あのままいたら僕の円に巻き込まれかれない。いくらレフェリーと言えどもさすがにこの濃度をレジストすることは出来ないだろう。

ある程度の濃度を超えた円は、範囲にいる人達の運動を阻害する。特に念能力を用いた運動なんてまともに出来なくなる。例えばオーラを纏わせた剣を射出するとか。つまりこの円の中において相手の唯一絶対の武器である剣の射出はまともに機能しない。

 

相手は一瞬眉根を顰めて、それから剣を動かそうとオーラを込める。ただし込められたオーラに対してその動きは良くない。へろへろと飛んでくる剣なんて躱すまでもない。飛んできたそれを1本つかんで、相手に投げ返す。まあそんなの当たる訳もなく普通に躱されたけど、それでも相手の自尊心をへし折ることには成功したみたいだ。

 

「てめえ……んな事して生きて帰れると思ってんのか」

「もちろん。負けるはずがないと思ってるよ?」

 

その返答をふん、と鼻で笑い飛ばされる。

 

「てめえのそのオーラの濃度も持つのはせいぜい数分だ。もうそろそろきついんじゃねえのか?俺はお前がオーラを使い果たすまで逃げ続けて、ヘロヘロになったお前にトドメを刺せばいい。」

「へー、よくわかってんじゃん。その通り。でもね、いくつか誤解があるよ」

 

たしかにこの円は大きくオーラを消費する。それは確かだ。だけどそれは男が思っているほどではない。円がどうしてそんなにオーラを消費するかというと、単純に形成するまでのロスが多いからだ。ほとんどの人は円自体の形成よりもそれに至るまでの作成段階でオーラを無駄使いする。だけどそれを阻むのは至難の業。だから円を使う人は少ないし、使ったとしても狭い範囲で済ませる場合が多い。

だけど僕は、そのロスしてしまうはずの部分をほぼゼロにしてしまう。それだけ聞くとなんのチートだって感じだけれども、これはお祖父さんからの由来だ。ゾルディック家の適性とお祖父さんからの遺伝、それにそもそも僕は無意識下で円を発現するくらい円と相性がいい。三重効果で円に関しては今や兄さんやヒソカに認めらえるレベルである。

つまり、僕はこの高濃度の円を数時間に渡って発現できる。

 

もちろん兄さんやヒソカであればこの状態でも僕を念攻撃で仕留めることは可能だ。高濃度の念でレジストしているとはいえそれを上回る濃度で攻撃されればひとたまりもない。ていうかそもそもあの人たちなら、普通に肉弾戦で僕の首を折って終わりにすると思う。

 

そんな円の効果に加えて。

 

「僕ね、この状態であなたをのうのうと逃げ続けさせるほど優しくないよ?」

 

きょとんと何が起きたか分からないというような表情を浮かべた相手に向かって勢いよく走り込む。瞬発力では負ける気がしない。そのままぐるりと背後に回り込む。

もちろんこのまま手刀を決めても意味が無い。だってこいつのタフさだったら起き上がってきちゃうもん。ダウンとるには殺すぐらいの一撃を入れないとだけど骨が折れるしやだ。うっかり殺しちゃうかもじゃん。

と、言うわけで、だ。

 

手のひらの中にこっそり隠し持っていた1本の針を取り出す。先端には強力な麻痺毒。刺されれば数日はまともに起き上がれない。

それを無防備な首筋にずぶり、と突き刺そうとして。

 

びゅん、と相手の重い拳が飛んできて慌てて避ける。さすがにずっと惚けててはくれないみたいだ。いくら肉弾戦に向いてないとはいえ相手は成人男性。1発喰らえばその時点でダウンしかねない。

うん、こういう時は三十六計逃げるに如かず。ヒラヒラと相手の拳を避けながら機会を待つ。

 

「ただでやられると、ーーーー思ったかよ!」

「思ってないって。ただあわよくばこれで終わんないかなーって、あはは」

 

ひょいひょいと拳を避けながら考える。避け続けるのは簡単だけど、ちょっとミスったら一発アウトって状況はさすがに怖い。し、この顔の真横を拳が通っていく感覚はすごく怖い。この状況を続けたいほど僕はマゾでは無い、ので。

 

1度相手から離れて、オーラを込める。

何にかって?その辺に飛び散っている小さな岩だ。

 

リングは石製で、そこに何度も剣が着弾したことによりリング上にはたくさんの瓦礫がある。それにオーラを込める。元々円である程度染まっていたからそれに指向性を加えるだけ。あ、ついでに追尾機能も。紙じゃないから多少は威力が落ちるけどこのオーラ量を込めればそんなの誤差だ。少なくともこの程度の相手の気を紛らわすには十分。

そのままオーラを纏わせた瓦礫を相手に向かって解き放つ。ぶっちゃけやってることはさっき相手がやってたののパクリだ。それは認める。だけどまあ、操作系の僕がそれにさらに追尾能力を加えたんだからさっきのよりしつこさはアップしてると思う。

 

「はっ、こんなので倒せると思ったか?やっぱりただのガキはガキだな。」

「負け犬の遠吠えだね。もう終わりだよ」

 

え?と相手の顔が驚愕に染まったところで、ずぶり、と針が首筋に刺さる。頸動脈から毒が入れば効かないはずがない。僕みたいに毎日毒を食べてれば耐性あるかもしれないけど、円で見た限りそんな様子はないし。

そのままなんの面白みもなく、がくりと相手は膝をついて倒れる。

 

会場は数秒の静寂の後、爆発的な歓声が上がる。相手はもう動かない。僕の勝ちだ。

 

まあ仕掛けは至って単純。相手に向かって投げた瓦礫に紛れさせて針も飛ばした。それだけ。針を操作するとかなんか兄さんみたいでちょっとワクワクするよね!え?しない?あれれー?

まあ首筋に向かって飛んで行った針は隠されていたのもあって相手に気づかれることも無く刺さり、そして麻痺して試合終了。

 

ふう、と息を吐いて円を解除する。思ったより苦戦したかもしれない。

円の維持だけではなく慣れないものを操作したせいで余計にオーラを使った。あれ以上長引けば本当にオーラが尽きてしまった可能性がある。まあちゃんと特殊技を使えば問題ないし、オーラが尽きるって言ったって1時間くらいの猶予があった。それだけあれば仕留めるのには十分だろう。

でもなー、もうちょっと楽できると思ったんだけどねー。

 

オーラを使ってだるい体を引きずるようにリングを降りて自室へと戻る。よし寝よう。もう今日は寝よう。だって疲れたし。

部屋の前まで到着、そのまま扉を開いて寝ようと思って。

 

「……へ?」

「あ、おかえりカルト」

 

僕が飛び込む予定地のベッドでダラダラパソコンをいじっているのは、まさかの兄さんだった。

 

何度か口を開いたり閉じたりを繰り返して呆然と立ち尽くす。なんであんたがここにいるねん。急にくるからびっくりしちゃったじゃないのよ。

そんな様子を見てヒソカがくくっと笑いを堪えたように喉を鳴らす。なんだよお前もいたのかよ。

 

「えっと、兄さん?なんでここに?」

「次の仕事のターゲットがこの街にいるから。どうせならカルトのとこ行った方がラクだしいいかなって」

 

カタカタとキーボードに手早く何かを入力しながらそう答える兄さんはマジでお仕事中のようだ。つまりあれか。仕事でここに来る予定があったけど自分で部屋取るとか面倒だから転がり込んできたと。

ふむ、なるほど。わからん。

とりあえずベッドの上によじ登って、兄さんの真横にごろんと転がる。なんかもうよくわかんないし疲れたし兄さんはいるし、とりあえずこれは戦って疲れた僕に神様がプレゼントしてくれた添い寝チャレンジだろう。そうに違いない。

 

のに、兄さんは真横に転がり込んできた僕にじっとりとした目を向ける。

 

「カルト、邪魔」

「やだ、退きません。ていうかもう今日は疲れたんだよー。いいじゃんたまには兄さんと添い寝したって!」

「気持ち悪い、離れて」

 

兄さんの一切の容赦がない回答にしょげていると、隣から笑い声が聞こえる。変態ピエロは他人の不幸が嬉しいらしい。やっぱり1回締めといた方がいいんじゃないだろうか。まあそんなこと出来ないんですけど。

 

まあそんな兄さんの塩対応にもめげずに隣にすり寄ってパソコンの画面を見る。表示されているのはおじさんの画像。今回のターゲットだろうか……って、あ。

 

「兄さん、この人がターゲット?」

「そうだけど何?これ以上邪魔したら蹴り出すけど」

「僕この人知ってる……ていうか今マーキングしてる」

 

兄さんの面倒くさそうな表情が、ちょっと緩む。うん、これでベッドから蹴り出されることはないだろう。つかの間の添い寝タイムは楽しめそうだ。

 

ごそごそと紙束を出す。マーキングしている人数は今では結構多いけど、そのおじさんは良くも悪くも目立つので1番上に載っていた。おじさんの形に適当に切られた紙をひょい、と兄さんに手渡す。

 

「これ、そのターゲットの人に取り付けた盗聴器の受信機。会話とかその他諸々の音は全部聞こえるよ。いる場所もよっぽど離れてない限り僕は分かる。ていうか今その人隣のビルにいるよね?」

 

本当に目と鼻の先にいる。聞こえる声からしてどうやら今は商談中のようだ。この男は今まで傍受した声によると、とにかく汚い手口で金を巻き上げるやつだった。横領に詐欺まがいの商談。1歩間違えれば、ていうか現時点でもう犯罪だ。そりゃまあ色んな筋から恨みを買って、暗殺依頼なんてされるわけだ。

 

ついでに今までの会話を聞いてまとめたこの男に関する資料を兄さんに手渡すと、不思議そうに首を傾げられる。

 

「カルト、なんでこの情報俺に渡すの?」

「へ?あ、もしかしていらなかった?」

「違う。なんで対価も要求せずに情報を渡すのかって聞いてるの」

 

対価?今度は僕が首を傾げる。

対価ってなんだ?情報料ってことか?でもそんなの身内に払わせる必要なんてあるんだろうか。そもそもこれなんて実験的にノーコストで集めた情報だ。お金を貰えるようなものじゃない。

 

「……なんかよくわかんないけど、僕は兄さんからお金取るつもりはないよ?」

 

そう答えると兄さんはさらに怪訝そうな表情を浮かべる。

なんでそんなにそこにこだわるんだろう、と疑問に思ったところで、はたと思い返される。そういえばミルキがおじいさんに爆弾渡してた時もおじいさんは金を払ってたはずだ。それ以外の場面でもあの家族は、家族だからなんて理由でタダで何かをしてあげることなんてなかったに違いない。

だからそもそも兄さんは対価なしで何かを得たことがないし、それが理解不能。なるほど。

 

「ねえ、兄さん。じゃあ情報の代わりにお願いしたいことがあるんだけど」

「なに?」

「頭撫でて」

 

兄さんが何を言われたか分からないというように完全にフリーズする。堪えきれずに笑い始めたヒソカは無視だ。こっちは至って真面目なのだ。だってこうでもしないと兄さんは多分情報を受け取ってくれないし、僕が頭撫でてもらえる機会なんてなくなってしまう。それは困るのだ。

 

「兄さん、はーやーくー」

「……カルトはそんなことで貴重な情報を流すの?」

「そんなことって、こうでもしないと兄さん撫でてくれないんだもん」

 

はやくはやく、と促すと、まだ不思議そうな顔でそれでも慣れない手つきでぐしゃぐしゃと頭を撫でられる、というか髪を乱されるというか。なんか違うけどまあいいだろう。

 

「カルトは変だね」

 

真顔で急に兄さんがそんなことを言うから、むうと頬をふくらませる。なんだ変って。対価が必要だと言ったのは兄さんで、だから要求しただけだ。なんにも変なことなんてない。ないったらないったらない。

膨れっ面でゴロゴロとベッドの上を転がっていると、げしっと頭を掴まれた。潰されるって一瞬思ったけど、またがしゃがしゃとかき混ぜるように頭を撫でられる。

兄さんそれ、撫でるってより攻撃なんですけど。

なんてことはいわない。兄さんの貴重なデレを回避する訳には行かぬのだ。膨らんでいた頬がにへりと緩む。ヤバい。こんな雑な扱いされておきながら喜んでる自分がヤバい。

 

「こんなのの何が嬉しいの?」

「妹というのは一般的に兄に構われることを至上の喜びとする生き物なのです」

「へえ、変なの」

 

そう呟いてから兄さんはパタリとパソコンを閉じる。仕事中じゃなかったんだろうか?うーん、と首を捻ると兄さんは呆れたように僕の頬をつついた。

 

「何その馬鹿面」

「ば、馬鹿面って、いきなりそれ!?ほら、だってなんか仕事してたのにいいのかなーってこう、えっと……心配してたの!」

「カルトが騒がしくて作業できない……し、別にこの情報あれば足りるし。もういらない」

 

そう言いながら兄さんはさっき渡した適当にまとめた資料をひらひらと振る。僕としては聞こえた雑多なものの中から適当にそれっぽいものを抜き出しただけなのでぶっちゃけ何を書いてあるかすら記憶にない、けどまあ役に立つんならそれでよし。

えっへんと胸を張ってニヤつくと、兄さんは呆れたような表情を浮かべて、完全に入眠体制に入る。まさかこやつ、本気でこの部屋を宿代わりにしようとしていたと言うのか……?

 

「え、兄さん?」

「仮眠する。起こさないで」

 

きっぱりとそう言い放つと、兄さんはほんとに目を閉じる。え??ほんとに?ほんとにここで寝るつもり???

恐る恐るつんつんと目を閉じた兄さんの頬をつつくと、ぱちりと目が開いて兄さんの暗い瞳と目が合う。

 

「起こさないでって言ったでしょ」

 

妙に威圧感のある声でそう言われるともう手出しできない。ならばと兄さんの横で寝顔を見つめるだけに留めよう。

目を閉じているだけなのかそれとも本当に寝ているのか分からないけれど、そんな兄さんの状態を見るのは初めてなのでにやにやする。こんな油断しちゃって……とか言いたいけどオーラは常に励起状態なので全くと言うほど油断していない。可愛げはないけど、でもまあそんなもんだろ。兄さんだし。

 

そのままニヤニヤと見つめていると、やっぱり本当に疲れていたのか意識が白みはじめる。あ、これ寝落ちするやつ。

 

しかしこれで図らずも添い寝計画が成功してしまう。内心でガッツポーズを掲げたところで完全に意識が落ちた

 

 


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