稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す 作:てるる@結構亀更新
「そうだ、それが纏。念において全ての基本となるものだ。これからは毎日ひたすらその纏のことだけを考えろ。纏の出来は念能力者としての実力と比例する。」
「りゃい。」
了解ですよ父さん。言われなくてもやったりますよ。
うっひょい、能力者とかなんかかっこいい!これで誰しも一度は夢想する思春期女子の夢が叶うぜ!
………でもああいうのって努力なしで身につくもんじゃないのかねえ。というか、なんで私、生後数週間でこんな危ない橋渡ってるんだろう。そろそろ誰か違和感に気づけよ。赤ん坊が直立二足歩行してるだけでなく、謎のオーラとか纏い出したぞ。
「ちなみにイルミの纏取得年齢は5歳。ミルキは6年と三ヶ月。キルア、アルカは未取得だ。」
「あぇ?」
「キルアに今念を教えるのは早すぎる。アルカは………あれ以上他者と接触させるのは防がねばならない。」
おい父さん、矛盾してまっせ。キルアってもう5歳ぐらいじゃないの?なんでキルアには早いとか言っておきながら、生後数週間の子には教えてんの。
不満げに頬を膨らませると、父さんに苦笑される。
「お前は特殊だ。生まれた時点である程度の知識と思考能力がある。念は、それが何か理解できていないと取得できない。そのため、ある程度の年齢にならなければ教えることはできない。」
つまりキルアはまだその年齢に達していないと。なるほど。
ていうか、私が生まれながらに思考演算能力持ってる件については、父さんたちはどう考えてるの?
「この世界ならばありえない話ではないと思っている。念能力に、進化過程が全く不明の生物たち。それに、………アルカのような事例もある。今更、多少前世の記憶があるくらいで驚きはしない。」
うーん、それはラッキーなのかなんなのか。あんまり嬉しくはない。
てかアルカちゃんなんなの。何があったの。私みたいに生まれながらにしてわけわかんない能力持ってたとか?
私の場合記憶あるだけだから誰の迷惑にもならないからね。なんて便利で平和的。
と、違う違う。今はそこじゃない。
アルカは何があったの?と父さんに目で訴える。
その様子を見た父さんは、苦しげに眉をひそめると重々しくため息をついた。
え、そんなまずい話題?
「アルカは、………謎のルールで縛られている。念能力とは全く性質の異なる力。だが、とても強力だ。そして、その能力の発動トリガーがとてもゆるい。下手に使わせるわけにはいかない。」
あ、それ、ヤバイ奴じゃないですか。
制御できない未知なる最強能力とか、物語の終盤に出てくるやつだよ。そしてその持ち主はだいたい満足死するんだよ。
じゃなくて!
まあ、今の父さんの言動からして、結構この世界ではこういう不思議事態は起きるみたいだね。ていうか、私の不思議って感じるポイントがこの世界の普通とずれてるっていうことだろう。
まあそのへんはすり合わせていくように努力しよう。
あ、ねえ父さん。
この世界の常識学べるような本ない?ついでに文字の読み方もわかるような。
その要望を読み取ったのか、父さんは軽く頷く。
「わかった。お前の部屋に該当するものを送っておく。いずれは教育しなければならないものだ。自力でやってくれるなら助かる。ああ、あとは執事をつけておく。何かあったら彼らに…………」
父さんのその提案を全力で拒否する。
執事?無理無理。身の回りのことぐらい自分でさせて。ていうか四六時中見知らぬ他人の目がある中で生活とか、デリケートな私には無理なんだよ。やめてくれ。
首を横にものすごい勢いで振る。これだけは阻止せねば。
「……そこまで言うのなら無理強いはしない。が、何かあったらすぐ呼べ。というか泣け。待機してる執事がくるだろう。」
あ、そっか。赤ちゃんってそうやって問題発生のお知らせするんでしたっけね。忘れてたよ。てか私、この体で一度も泣いてないなあ。今後も泣くつもりはないけど。
いや、だって中身は大人よ!?成人女性よ!?衆人環境で泣くとか、羞恥心が爆発する。
あー、でもなあ。数年間はただの子供の見た目なんだから、子どもらしく振舞う練習はすべきか。この家の人たちにはバレててもいいけど、あんまり外部のただの人には気づかれたくない。
でもなあ、そうすると子供として生きなければならないわけで。それはとてもとても面倒なわけで。
いやだってそうでしょう。明らかに未就学児と思わしき子供が街中とかウロウロしてたら、私絶対警察とかに連れてくよ!?
なんかこう、見た目子供でも中身は認めてもらえるような公式の証明書とかないかなあ。
父さん、何か知ってる?
「ああ、あることはある。年齢制限なしで実力さえあれば受かる試験だ。そのライセンスをとっていれば、公的機関はほとんど無料利用できる上に、実力の証明にもなるからお前が想定している面倒な事態はすべてそれさえあれば解決できるだろう。」
え、なにそれ!すっごい便利じゃね!
父さん、取りに行っていい?
「今はダメだ。」
えー、なんで?
手足をバタバタさせて、思いっきり交渉する。というかこれはあれだ。よくちっちゃい子がおもちゃ売場とかでやってるやつ。
……だって見た目子供だし。いいやん、子供のわがまま聞くのは親の務めだろ。
恨みのこもった目線で父さんを見つめると、父さんにアホを見るような目で見られる。
「お前バカか。その見た目でいけるわけがないだろう。だいたい念もロクに使えない奴がハンター試験なんて受かるはずもない。ほしいなら早く実力を積むことだな。」
た、確かに。
私今、幼児っていうか赤ん坊だからな。そんな奴が試験受けてるとかどんなファンタジーよ。
ていうか、その試験ハンター試験っていうの?ハンターって何?この世界って猟師とか人気なの?
だいたいそのライセンス破格すぎでしょ。身分証明もないような人に、そんなの発行したら大変なことになるよ。同時多発テロ50回ぐらい起きちゃうよ。この世界の政府、何考えてるの?
「だからハンター試験は人気の最難関試験なんだ。世界中の猛者たちが集まって、殺しあう。そんな場にお前が今行ったら、一瞬で死んで終わりだな。」
おー、世知辛い世の中。
でもそうだよね。そんな破格の条件なんだからそのぐらいは覚悟………って、殺し合い!
なにそれ、ライセンスとらせる気ないじゃん。いや、でもそれでもほしいけど。試験で死ぬとか狂ってるよ、やっぱりこの世界。
あー、違うってば。だから私の価値観がずれてるんだって。
早いとこ適合しないと。努力努力。
てか、それ私が仮にちゃんと成長した後で受けたとしても受かるか微妙じゃね?
「いや、それはない。ハンター試験と言っても念能力者はほとんどいない。というかこの世界の能力者はほぼ全てがハンターだからな。ハンター試験合格後に念能力を取得するものが大半だ。」
へえ、じゃあ念が使えるようになれば合格率は相当上がりそうだね。
よし、じゃあしばらくはそのライセンス取得を目標にがんばろ!
「そうだな、ハンターであれば仕事もしやすいだろうし。まあその前に四大行の修業だがな。纏を2ヶ月練習しろ」
「らーい。」
あ、だいぶ発音がましになってきた気がしなくもない。よし、ここは一発チャレンジ。
えー、テステス、本日は晴天なり。
「ああららえりゃああい」
あ、やっぱダメだわ。喉がもう少し成長しないとダメみたい。
うーん、こればっかりは待つしかないか。きついけど、会話的なのはこっちの思考を読んで貰えばできなくはないし。
あー、はやく成長したい。
「そればかりはどうすることもできない。時間の解決を待つしかないな。」
えー、こういうのなんとかできる能力とか父さん持ってないの?
てか父さんの能力って何?すっごい強そうだけど。
「念能力、特に特殊技は他人に教えることは普通しない。」
父さんのごもっともな意見に返す刀もなく撃沈する。
うん、まあ仕方ないな。諦めよう。
はあ、記憶持ち転生ってこういう問題点あるのね。カルトはまた一つ賢くなった!
そんなしょうもないことを考えていると、父さんに部屋から追い出される。
なんでもこれからキルアの訓練時間だそうで。訓練という名の拷問だけど。それ、記憶とかない純粋な年齢一桁の子にはキッツイだろうな。でもまあ、生きるためには仕方ないって割り切るしかないんだろうけど。
部屋から出て自力で元の自分の部屋を目指す。
行きはイルミに連れてきてもらったからよくわかんないんだよなあ。まあ来た道を戻るだけだし、方向音痴でもないから問題ないけど。
トテトテと廊下を自力で歩く乳幼児。なんてシュールな光景。
かなりの時間をかけて、それでもどうにか元の部屋に戻る。
さて、ここまでで得た情報を元に、今後の計画を練ろうではないか。
まず、やっぱりこの世界は力こそすべて系の世界だったことが判明した。
いや、それは少し違うな。普通の技術職とかもあるんだろうけど、でもやっぱり強いということがアドバンテージになる世界。
その理由としては、前いた世界より命の危険があるってことがあげられる。
だってそうだ。父さんがちらっと言ってた魔獣とかの存在もあるだろうし、それ以外にも結構殺すとか死ぬとかが当たり前な感じだ。だって暗殺者みたいな職業が成立するってことはそう言うことだし。
まあその辺は置いといて、とりあえずこの世界で平穏な人生を生きるためには力が必要。
最強なんてところは求めないけど、でも十分に身の周りの危機を撃退できる程度の強さ。それがほしい。
次にハンターっていうものについて。
ハンターっていうのは、おそらく猟師みたいな人のことではない。とてつもない強さの証明をするために便宜上ハンターって読んでるだけだろう。そして、そのハンターっていう人たちは、とてつもない特権階級にいるんだろう。
つまり、ハンターになっちゃえば一生安泰。なんて幸せ。
いや、べつに億万長者とかになりたいわけじゃないよ。ただ平穏に生きるためにはどうしたらいいかってこと。
金がいくらあろうがなんだろうが、どんなに強かろうが、それでも私はその力を使ってのし上がる気はない。
だって平穏に生きるのが夢だから。凡人人生ばんざーい。
うん、まあそれはともかくとして、とりあえず直近の目標は四大行の習得及びハンター試験合格、ってとこかな。
それをクリアできれば、人生の八割がたの努力終了だ。だってそしたらあとは待つだけだもん。
キルアが当主になる、その日を。
そうねえ、それだったらライセンスをとったらキルアの周りをちょこまかしてるのもありかもしれない。
1日でも早くキルアには成長して一人前になってもらえないと、カルト困ります。
そのためだったらキルアのフォローなりなんなりなんでもしますよ。むしろやらせてください。
よし、じゃあとりあえずはそこを目標点として鍛錬しよう。目指せ念能力の取得!
ベットの上でコロコロと転がりながら纏に意識を集中させる。
オーラの流れを体で感じる。
やっぱり、淀んでる。速さが一定じゃない。
目をもう一度開いてからまた閉じる。
目標点は父さん。力強く押し流されそうで、それでいて美しい流れ。
あそこが、限りなく100%に近い念の領域だ。
今は一ミリでもあの領域に近づくことだけを考えよう。
幸い赤ん坊だ。時間だけはいっぱいある。正直寝てる時間以外のほぼ全てをこの時間に充てられるぐらい。
なんにも努力せずに、平穏な人生を送ろうなんて舐め腐ってる。平穏を得るにはそれ相応の対価が必要なんだから。
特にこの世界はそれが顕著だろう。努力して強くならなければ、命が失われるリスクは大幅に増加する。
死にたくないし、幸せに生きたい。だから私は今努力する。
我ながらなんて利己的な目標。もうちょっと他人救済の精神でも持ち合わせときゃよかったよー。
そんなことを考えながら、ひたすらに流れるオーラを意識する。
さあて、二週間でどこまで仕上がるか。父さんに褒めてもらえるぐらいまでは練度、あげたいなあ。
はっ、いかんいかん。これではファザコンのようではないか。ましてや現在の私は女の子。思春期女子といえばお父さん大っ嫌いが口癖のようなものだ。って、今の私は赤ちゃんですけどね。思春期差し掛かるまでにはあと15年ぐらいか。長っ!
ちょっと待って私。冷静に考えよう。
父さん、あと一年で念能力習得しろって言ったよね?いや、確かに寄り道もせず1日のほぼ全てをこの時間に費やせばできなくはないと思うよ。うん、多分。
でもさ、それやると、私1歳で念能力取得じゃないですか。あの人何歳から私に仕事させる気だ?
………うん、考えないようにしよう。多分それが正解。いざとなったら考えようか。
ふわあ、そんなこと考えてたら眠くなってきたなあ。もう寝るか?ってか今何時?
部屋の隅にかかっている時計を見て…………って、え?
偶然見た時計の真下に設置されている椅子。そこにはなぜか………おじいさんことゼノさんが座っていた。
は?なに?どゆこと?
いた、別に私、周囲の気配感じられるとかいうわけじゃないけど、それでもオーラに集中してたからさすがに他の人いたら気づくと思うんですけど。オーラは空気の流れみたいなもんだ。そこに別の噴出口がある状態でオーラに意識を集中させたら、そこに気づかないはずがない。
でも、気づかなかった。
それはどういうことかというと。
ゼノさん、全くオーラを発していないのだ。
念能力未取得?いや、そんなはずはない。
だってゼノさん、私に初めて会った時オーラとか言ってたもん。それに私のオーラ量がどうとか言ってたことからして、オーラが見えてる。
それはすなわち精孔が開いていることを示す。だけど、オーラが一切感じられない。
想定できる可能性としてはいくつかある。
まずは、それがゼノさんの能力だという場合。でも多分それはありえない。そんな戦闘に何の役にも立たない能力を暗殺者が選ぶか?
気配を絶つという意味では有効かもしれないけど、それでも違和感。
そこで浮上するのが、さっき父さんが言っていた四大行の一つ、絶。
絶。絶つ。もしかしてこれは、纏っているオーラを絶つものなんじゃないだろうか。
なんの役に立つかはよくわかんないけど、気配を絶つという意味ではたぶんすごく優秀だ。このゼノさんの様子を見る限り。
だいたい、スイッチのオンがあればオフがあるのが世の常。オンが纏だとすれば、その対極に位置するオフが絶に当たるのではないか。
まあ、だとしてもなんでゼノさんがここにいるのかという疑問には一切答えにならないけど。
そんなことを考えながらゼノさんをじっと見つめていると、またあの人の良さそうな笑みを返される、
この裏表激しい爺さん、なんでこんなにポーカーフェイスうまいんだろ。謎だー。
はっ、これが年の功か!
「そんなじじい扱いせんでくれないかのう。これでもまだ若者に引けを取るつもりはないぞ。」
げっ、考えてることばれてた。
って、思考が全部読まれて送られてるんだから当たり前か。これ、よくよく考えるとまずいじゃん。隠し事とか一切できないよ。
あ、そう言う監視の意味も込めてのものなのか、これ。
うわ、この家意外と容赦ないわ。怖っ。
「まあいきなり記憶持ちの子が生まれたら警戒態勢に入るのも当然じゃろう?内側からじわじわ攻められでもしたら厄介じゃからの。」
そう言いながら、椅子から立ち上がるゼノさん。と、その瞬間。
オーラが、解き放たれた。
部屋がアホみたいに揺れる。風がビュンビュン吹き荒れてる。
紙がひらひらとそこらじゅうに舞う。
そんな紙吹雪が舞う様子は、どこか幻想的で、狂気的でもあった。
紙かあ。前の世界の私の国だとちょっとした名産品だったよな。和紙とか。
あと、紙を利用した工芸も盛んだった。団扇とかあとは………扇子とか。
ちょっと、ありかもしれない。
そんな脳内に浮かんだ能力案に一瞬ニヤリとしながら、改めてゼノさんを見る。
まあそれは、気持ち悪いほど美しかった。
なんかもう、この世のものとは思えないほど。
父さん見て絶望したと思ったら今度はこっちかい。なんでこんな奴らばっかり。
強い。強すぎる。一ミリも勝てるビジョンが浮かばない。
まあ歩くこともおぼつかない幼な子ですけどね。木の棒すら振りまわせる自信ありませんけどね。
………いや、それももしかしたら。
はりゃ、どうしましょう。みるみるうちに能力の案が浮かんでくる。
その思考も読んでいるであろうゼノさんは、また例の顔で笑顔を作ると、オーラを切る。
途端に吹き荒れていた風が止んで、ギシギシとなっていた音が消える。
なんだろ、この台風が去った後みたいな気分は。
「ほう、お主なかなか良い発想をしておる。系統さえ合えば、なかなか良いものになるかもしれんな。」
「りゃえ?」
系統?なんじゃそりゃ。
まあいずれ父さんが教えてくれるか。期待してるぜ!
「そうじゃな、まだ知るのには早い。それよりその未熟な纏をなんとかせんか。見ていてイライラするんじゃ。」
そう言いながら軽く鼻でこちらをあざ笑うゼノさん。
くうー、ムカつく。認める、しかしムカつく。
こうなったらちゃっちゃと覚えて、吠え面かかせてやろうか!
「あと300年は早いのう。まあその意気だけは認めてやらんでもないが。」
くっそー、この爺さん本気でむかつく!
確かに冗談抜きでも300年ぐらいかかりそうだなって思ったけど!で、それもまた悔しい!
「そうじゃそうじゃ、悔しがってせいぜい努力するがよいわ。……その先にお主の望む道はあるのじゃから。」
私の望む道?
「そうじゃ。お主が目指す平穏な人生。それは力なしには成し遂げられぬもの。お主もいずれわかってくるじゃろう。この世界の歪みにな。」
そんな意味深なことを言って、ゼノさんは部屋を去っていった。
あの人、なんで本当にここにいたんだろ。
カルトちゃんはいったいどこから発想を得てあの能力にしたんだろ。ナイスチョイス!