稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す 作:てるる@結構亀更新
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「カルト、起きろ。」
………何の音だ?
「カールート。早く起きないと関節外すよ?」
関節?何言ってんだ?ていうか誰?眠い。
うーん、っと思いっきり伸びをして起き上がる。ねむーい。子供はいっぱい寝るのが大切なんだぞ!?
なんか妙に体がだるい。こんな疲れてるの、生まれてから初めてだよ。目開けるのさえ億劫だ。まぶたがびっくりするぐらい重い。腕とか足とかは動かすどころの騒ぎじゃない。神経が抜け落ちちゃったんじゃないかってぐらいダランとして動けない。
あ、でも赤ちゃんの身体能力としてはこのぐらいはままあることか。はいはいを始めるのだって生後数ヶ月経ってからだったはず。動けてたのは足りない筋肉をオーラでドーピングしてたからであって。ということは、今はそのオーラが足りてないってことなのかな?
そんなことを考えながらごろりと寝返りをうとうとすると、体を包み込むような殺気を感じる。
ブワっとものすごい勢いで鳥肌が立つ。顔が一瞬にして青ざめるぐらいのとてつもない殺気。
……ま、マズイ。これは無視したらガチで殺られる。
慌てて目をどうにかこうにか開く。そのまま上体を起こそうとしたけど、それは実現不可能だった。主に筋力的な問題で。
まあそんなことはどうでもよくて、殺気の出ている方向に頑張って顔を向ける。こっちの方が筋力がどーたらより圧倒的に優先順位が高い。
薄く開いた視界にぼんやりと映っているのは………いつも通りの無表情を浮かべた兄さんだった。いや、いつもとはちょっと違うか。
兄さんの指は、私の頸動脈を的確に押さえつけていた。
えええええ!?なにこの展開?ここで私死ぬの?ていうかどう考えても殺す寸前のやつじゃんこれ。あと数ミリ指下に行ったら死ぬじゃん。やーだー、まだ死にたくない!
いや、一回落ち着こう。なんでこうなったんだっけ。
えっと確か、兄さんに練のコツ教えてもらおうと思って部屋に行ったら針刺されそうになって、慌てて抵抗しようとして………
あ、それでオーラを全消費しちゃったのか。それで倒れたと。
紙に全オーラを託して兄さんの針に対象を向けたけど、果たしてどうなったのやら。
頭をぺしぺしと自分で叩いて針があるか探ってみる。うーん、よくわかんないな。ていうかわかるわけないか。あの針、すっごい細くて刺さってても痛覚さえなければ気づかなそうだし、兄さんの操作能力があるなら痛覚とか違和感とか無くすぐらいお茶の子さいさいなはず。出てるオーラも巧妙に隠されてるだろうしなあ。私に気づけるはずがないか。
なんかなあ、これで気づかないうちにじわじわ思考修正されてたら怖いな。ていうか困る。刺さってるならどうにかして早く抜かないと。
と、その私の思考を読み取った兄さんが、ため息混じりに何かを見せる。これは………針?
「カルトのせいで折れた。俺のオーラ纏ってたから破壊のために必要なオーラ量が多すぎたんだろうね。オーラ使い果たして、5時間ぐらい気失ってたよ。」
兄さんの手の中の針をまじまじと見つめる。
兄さんのオーラが入ってなければただの針。私だって頑張れば素手で折れるかもしれない。そんな脆いもの。
でも、現実問題これのせいで私は死にかけて、自由性を失いかけた。
どこにでもあるようなものを武器にしてしまうのが、念能力者の恐ろしさか。
「それは少し違う。俺みたいに何かを操作して攻撃するのは、操作系への適性がないと不可能。全員ができるわけじゃない。」
ん?どゆこと?
操作系って何?ていうか念能力者の中でも適性とかあるの?
口をパクパクとさせながら脳内でそう問いかけると、兄さんにすっごくめんどくさそうな顔をされる。
「……父さんがまだ教えてないなら俺は教えない。」
あ、はい。そういう感じですか。
私の教育については全権を父さんが持ってるんだろうな。私、この家にとっては一歩間違えば殺すべき危険分子でしかないから。ちょっとでも教え方間違えて、私が家に抗う力を持ったら面倒だから、与える情報は極力絞ってると。
でもまあそうでもしないと大変なことになるよね。自分で言うのもなんだけど、私はこの家から出てしまえば正直人生イージーモードだから。だっておそらく私が生まれてからこの数週間で得た情報によると、この家の人たちより強いのはくだんの幻影旅団とかなんとかぐらいだ。そのぐらいトップにいる人たちの遺伝子ついで、教えてもらってるんだから、強さ的な面ではかなり圧倒的だろう。知能的な問題も大丈夫。私は見た目はどうであろうと精神年齢は20超えてる。このままもっといろんな知識吸収していけば、単純に考えて常に20歳分の知能のアドバンテージがつくことになる。そんな上手く扱えれば便利な私をうっかり外に逃したくはないんだろうな。
ていうかそうじゃないと、今まで私を生かしてきた理由がなくなるし。
……そうだよね?だから生かしてるんだよね?後で殺すために………的な展開じゃないよね?
うわー、多分杞憂だけどなんか怖いわ。死にたくないー。
そんなことを考えながら、もう一度立とうと足に力を込める。
あー、さっきよりはマシだけどやっぱり動けない。つまり逃げられない。
その事実を改めて再確認して、兄さんの目を見つめる。
相変わらずの無表情っぷり。今はそれに殺気がプラス済み。つまり死ぬほど怖い。逃げられないのはわかってても、思わずあとずさってしまう。
「カルト、質問に答えて。YESかNOの二択のみ。それ以外の答えは許さない。YESなら首を縦に、NOなら首を横に降って。」
ずりずりと後ろに下がろうとしている私の行動なんて、どうでもいいと言わんばかりに兄さんは小さくそう告げた。
完全なる命令形。語気を強めるなんてことをしなくても、兄さんは私にそれに抗うことはできないとわからせることができる。
圧倒的な力の差。それがこの状況を作り出す。
思わずゴクリと喉を鳴らす。全身に鳥肌が立っているのが、見なくてもわかる。
「あ、言わなくてもわかると思うけどさあ。……嘘ついたら即座に殺る。わかった?」
思い出したように付け足されたその言葉にガクガクと首を振る。
これあれだよ。脅しとかじゃないよ。マジで殺されちゃうやつなんだけど。ていうか兄さんの前で嘘つくような度胸どこにもないけどね?言われなくても死ぬ未来が鮮明に目の裏に浮かぶもん。
てか、二択で答えろって兄さんいったい私に何を聞こうとしてるのか。不思議だ。
でもまあ正直今の私に兄さんの行動の理由を推察している余裕はない。そんな暇あるなら、どう答えたら死ななずに済むか考える方が優先だよ。行動の理由云々は後で考えるから、今は一回忘れよう。
とりあえず生き延びることだけを優先するっていう方針で行こうかな。最悪そのせいで何か多大な犠牲を払う場合でも、あくまで私の命が優先。それが私の根源の方針ってことでいいよね。
一回深呼吸しよう。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
うん、よし。何事にも平常心だよ平常心。慌ててるとロクなことにならないからね。このまま死ぬとか真っ平御免だし、生き残れるルートを頑張って探そう。
一度ぎゅっと目を閉じて、それからもう一度開く。
兄さんの殺気は相変わらずだけど、気持ちはだいぶ楽になった。
兄さん、いつでもどんとこいや。
私の目がやっと落ち着いたのを見るや否や、兄さんの口が開く。
「カルトは、この家の家業に加担できる?」
最初に放たれたのはそんな問いだった。
この家の家業、すなわち暗殺。進んでやりたいとは思わないけど、生き延びるためなら妥協できる範囲内。
こくりと首を縦にふると、いくらか兄さんの殺気が和らいだような気がした。いや、多分気のせいだけど。
「もし俺が一生この家のために働くって誓わないと殺すって言ったら、カルトはそれに従える?」
二つ目の問いの仮定は、なかなかえげつなかった。
要は命と自由のどちらを優先するかって話だ。兄さんもなかなかいい性格してる。
でも、そんなの答えは一択みたいなもん。
何の迷いもなく首を縦に振ると、一瞬兄さんが驚いたような顔をする。
当たり前だ。だって私は生きていたいから。でもその誓いを守るなんてことはしないけど。
生き延びて生き延びて、それで虎視眈々と自由を得られる隙間をいつまでも狙う。そのためだったら誓いの一つや二つ引きちぎれる。
その私の思考を読み取った兄さんは、疲れたようにため息をついた。
それから、床に死んだように転がっていた私をそっと抱き上げる。
「カルトは、利害が食い違わない限りこの家に危害を加えることはない。この認識はあってる?」
ん。そういうこと。
いつも無味乾燥とした兄さんの声にしては珍しく、疲れているような、めんどくさがっているような、そんな声色で発せられた問いに、迷いなく頷く。
その瞬間、部屋を覆っていた兄さんの殺気が解除される。おお、心なしか呼吸すらも楽になったような気がしなくもない。
まあそんなのはどうでもよくて。
兄さんの大きな目を覗き込む。あ、やっぱり。
ずっと見つめていると、目の中にぐるぐると何かが渦巻いているのが見える。
「あ、わかった?」
うん、薄々だけどね。
話の内容にはそぐわないほどの軽いトーンで言葉を返す。と言っても脳内でですが。
気づいたのはいつだったっけ。確か初めて兄さんに会った時。
そっと手を握ったあの瞬間、兄さんの無表情が一瞬揺らいだような気がした。困ったような、微かな笑み。それがそっと浮かべられたような気がした。
でもそれはほんの一瞬の出来事で。そのかすかな表情は一瞬にして消えて、無表情へと戻った。
その表情の変化はどこか……機械的だった。
おそらく兄さんは、何かに縛られている。
それが自分自身によるものか、はたまた他の誰かによるものかはわかんないけど、でもそれは兄さんが私に刺そうとした針と同じ効果を持っているはず。
だから兄さんはいつも無表情で、いつも感情がないかのように振る舞う。自分よりゾルディック家を優先する。
兄さんだったらその呪縛が自分の意思に沿わないものなのであれば即座に解呪できると思う。除念師雇うなり、自分で引っこぬくなり。でもまあ、そのままにしてるってことは、自分で自分にかけてる、が多分正解。
多分あのぐるぐるが見えてる時は、兄さんの意思が抗ってるときなんじゃないかと思ってる。
例えば今みたいに私を………家族を、害する意思をもって攻撃しようとした時とか。まあ殺気だしてきただけだけどね。そういう時に兄さんの目にはぐるぐるとした渦が現れる。
本心と反した行動。それを無理に行うために自分で自分にかけた呪縛。
そんなことをしないとでもできなかったんだろうなあ。まあ当たり前か。
そんなにこの家のいろいろに抵抗感を覚えてるなら、自分で呪縛とって家出ればいいのに。
そう考えちゃうのは私がまだこの家に生まれてから一年も経ってないからなのかな。それとも別の何か理由があるのか。
「……これは俺が自分でやったんじゃないよ。やったのは母さん。ゾルディック家の後継者候補には代々こういうものがまだ念も知らないうちに仕込まれるの。もちろんキルにも刺さってるよ。」
兄さんの口から唐突に語られる虐待話に呆然とする。いやまあ、この程度今更なのかもしれないけどさあ。
ていうかゾルディックの後継者候補?
なんじゃそりゃ。だってこの代の後継者はキルアってみんな言ってる……
あ、違う。
兄さんが後継者候補でもないのに呪縛がかけられてる理由。それは。
私がその答えに思い当たると同時に、イルミ兄さんの口の端が歪む。
「そう。キルが生まれるまで、俺が後継者の予定だったの。」
長男と三男の間には少なく見積もっても8歳程度の差がある。その間に生まれたのはミルキ。
そりゃまあ兄さんに期待するだろうな。ココロねじ曲がってても強いし。ていうかねじ曲がってるの多分母さんのせいだし。
兄さんが生まれてからキルアが生まれるまであと8年。あまりにも開きすぎてる。
兄さんとキルアの生まれる順番が逆だったら。せめてミルキの代わりにキルアが生まれてれば。それだったら兄さんは多分私と同じ扱いで済んでたんだろう。でも、現実はそうじゃない。8年間後継者としての教育を施されて、呪縛で家業と縛り付けられた兄さんは軌道修正不可能なほど狂ってしまった。
そこまで考えると、なんかもうこの家がとてつもない魔境のように感じられる。
おーのー、だよ。結構本当に今すぐ脱出できるもんならしたい。無理だけど。
ていうか兄さんと母さんだったら兄さんの方が強いじゃん。なんでその呪縛とかないの?除念師雇うぐらいの金だってあるでしょうに。
もうこの家にはキルアがいるんだから、兄さんが縛られる必要ってなくない?
そう脳内で問いかけると、兄さんが一瞬不思議そうな顔をする。
「解いたら、多分俺の精神が保たない。てか壊れる。カルトぐらいの年齢の時からこんな思想延々と植えつけられてたからね。今更その思想壊して、今までの行動を自分のものとして受け入れられるぐらい、俺の元のココロは多分強くないし。」
あまりにも辛すぎる、死刑宣告の一歩手前みたいなことを兄さんはさも当たり前のように言った。
この家に生まれてしまったが最後、私やミルキみたいに期待されないようにしないと、問答無用でこの家に縛り付けられる。イルミ兄さんもキルアも逃れないようもないぐらい深い、精神っていう部分で、結局家に結びつけられちゃってるんだ。
確かにゾルディック家の繁栄っていうその一点だけを見た場合、それは正しい判断にも思える。
でも私は前の世界の道徳観念とかそういうのを引き継いでいるわけで。それを軸として考えた場合、この家の行動は正直言って理解しがたい。
端的にまとめると、マジ無理。逃げたい。って感じ。
だってそうだよ!私そんな命かけてまでこの家に尽くしたくないよ!普通な人生送りたいってあれだけ言ってるじゃん!アホなの!?
早く。早くこの家を出れる力を身につけないと。
そうじゃないと、私にいつこの家の魔手が迫ってくるかわかんない。ていうか実際に兄さんに針刺されそうになったし。
てかどうするんだよその針。いつまでもあんなオーラ使い果たしてぶっ倒れるような逃げ方できないぞ。あれ、ほとんど不意打ちみたいなやつだからね!?二回目が成功するとかあり得るわけがないから。
願わくは、兄さんがもう二度と針を刺そうとしないことを………
兄さんに向かって手のひらを合わせて拝むと、心底呆れたような目で見られる。
「それさあ、俺が受け入れたところで俺が得られる利益なんにもないじゃん。むしろマイナスだよね。だってカルト、操作してないと全力で逃げようとするでしょ。」
……ひ、否定はしない。けど、でも。
私はとにかく操作されたくなくて、それで兄さんは私に言うことを聞いてもらいたい。
じゃあ、私を操作せずとも私がある程度言うこと聞いたら全部オーケーなんじゃないだろうか。てか、そうじゃないとイヤ。
操作されたら兄さんと同じ運命を辿ることになる。そんなの私は嫌だ。
私は私が思ってるほど心が強いわけでも、殺人に抵抗感がないわけでもない。そんな状態で無理やり精神操作されて殺人なんてさせられたら、文字通り心が折れる。バキッてなる。
そうなったら、自由なんてどこにもない。死んでもこの家に従い続けるしかない。
うわー、改めて考えると本当に無理。私そういうの向いてないもん。誰かに仕えるとか死んでも嫌。
首をフルフルと横に振りながら、兄さんの腕にぎゅっとしがみつく。
ふっ、これで針は刺せまい!大人しく私の提案を受け入れることだな!
いや、ほんとお願いします。できる限り言うこと聞くよう努力するんで。頭に針刺すとか怖すぎるんで勘弁。
死にかけの病人が医者にすがるように、兄さんの温情に全てをかける。ん?兄さんに温情なんてあるんだろうか?
………ま、それはともかくだ。知らない知らない。
そんな私の死に物狂いの願いが通じたのか、はたまたただの気まぐれか。いや、多分後者だけど。
「今から提示する条件を呑めるなら、針は刺さない。これは契約だから、俺が破ることはない。」
何かを諦めたように、ていうか面倒くさそうに、兄さんがそうボソリと言う
いよっしゃ!これで生き延びられる!
ニコニコと満面の笑みを浮かべると、兄さんにすごく呆れた目で見られた。解せぬ。
まあそれはともかく、条件ってなに?
「全部で3つ。一つ目は、今後どのような立場にカルトが立ったとしても、ゾルディック家に歯向かう行為はしないこと。」
ふんふん。それぐらいはまあ言われなくてもって感じだね。
さすがに私だって兄さんとか父さんとかゼノさんの強さは理解してる。願わくは敵に回したくない。
「二つ目、今からキルが成長するまで、俺の命令を遵守すること。」
んー、これもある程度予測はしてた。
ただこの命令っていうのが、結構怪しい。だって極端なこと言えば、今兄さんが私に死ねって言ったら死ななきゃいけないってことになるもん。どの程度までを含むのかってとこを明確化してくれないとやだ。
「カルトが明らかに身体及び精神に異常をきたすであろう命令はしない。実行不可能なことも。」
うん、それなら呑める。じゃあ三つ目は?
「情報収集系の能力を作れ。」
はえ?なんじゃそりゃ?
いや、確かにそれは二つ目の条件では命令不可能だと思うけど。念能力の特殊技って詳しく知ってるわけじゃないけど、そんなバカスコできるもんじゃないだろうから、その指定は流石に身体及び精神に異常をきたすにカウントできると思う。いや、実際に傷つくわけじゃないだろうけど、他の能力を得られなくなるとかいろんな弊害起きそうだし。
でも、なんか一個目と二個目より緩くね?別に兄さんのためだけに使えってわけでもないし。
まあ、緩いんなら緩いでいーや。こちらとしてはありがたい限り。拒否する理由はない。
そう思って、首を一度縦にふる。
契約成立。
「OK、じゃあ早速最初の命令なんだけど。」
長い髪を泳がせながら兄さんが放った命令は。
「天空闘技場、行ってきて。」
………は?
カルトちゃんがキメラアント編で言ってた兄さんはきっとイルミのこと。私はそう信じてる。
……大丈夫、これ二次創作だし。原作と違くても私は知らん。