稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す   作:てるる@結構亀更新

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れっつすたーと!

わーわーとそこらじゅうから、声援と口汚ない野次が飛び交っている。

目の前には、たくさんのリングとその上で戦う男共がいっぱい。隣には恐怖の自称奇術師が一人。

 

なんじゃこりゃ。カオスすぎだろこの状況。

天空闘技場ってどこもかしこもこんな感じなの?高校の部室の暑苦しさを50倍にしたみたいな感じだよ。こんなとこずっといたら、男臭が染み付くわ。

 

はあ、とため息をつきながら、さっき通過したばかりの入り口を見やる。

うわー、もう既に帰りたいー。

通過できたのは良かったんだけどねえ。なんかもう、この雰囲気はあんまり得意じゃない。

 

 

 

あれから怯える受付のお姉さんに選手登録をしてもらって、天空闘技場内に入ることには成功した。ヒソカと軽く戦ったことで、実力は認めてもらえた。

そう、ヒソカと戦ったとこで、だ。

この見るからに不審者っぽいヒソカ、どうやら200階クラスの選手だったらしい。なのに、すごい強いのに滅多に戦わないから、休みがちの死神って言われてるとか。何その厨二病っぽい二つ名は?って思ったことは隠しておく。だって殺されたくないし。

まあそれはともかくだ、この天空闘技場においてヒソカの強さは知れ渡っているわけで。その知名度を利用するような形で僕はここに登録してもらった感じ。

 

ここら辺も考慮して、兄さんはヒソカに依頼したのかなあ。

 

そんなことを考えながら、また小さくため息をつく。

 

ここ、確かに強くなるって意味では優秀かもしれないけどさあ。女の子突っ込むべきじゃないと思うよ?

だし、一階のこのエリアの人たちを見るに、本当に武道家としてやってけそうなのは一割いない。あとはただの筋肉の塊。ひ弱な僕よりも数段劣る。

家帰りたーい。

 

またそう思って恨めしげに入り口を見る。

 

「ねえヒソカ、念を知らない子供が200階まで上がるのにどれぐらいかかると思う?」

「ああ、キミの兄さん、キルアだっけ?そうだねえ、ゾルディック家ということを考慮しても2年はかかるだろうね♡」

「うわ、じゃあ僕、2年は家に帰れないってことじゃん。」

 

2年かあ、2年たったらどうなるんだろう。兄さんの針なしでも二足歩行できるようになるのかなあ。ていうか2歳の子供って喋れたっけ?

そもそもこの針刺してる状態でも普通に成長するんだろうか?止まるとか言われたら、普通に泣ける。

 

ぼんやりとそう考えながら針に触れる。

うーん、いまいち念の特殊技についてはよくわからないし。というか、念についてもよくわかってないし。早いところ教えてもらわないとな。さっきヒソカが言ってた、ぎょうってのも知らないし。

てかぎょうってどういう字なんだろ。業?行?暁?仰?

 

いや、考えてもわかるわけないか。

そう結論を出して、ヒソカの服の袖をちょんちょんと引っ張る。

 

「さっき言ってたぎょうって、どういうものなの?」

 

そう尋ねると、ヒソカに不思議そうな目で見られて、それから品定めするような目つきへと変わる。

えー、何この人。こっわ。目が肉食獣のそれと同じ感じだ。

 

「本当に教わっていないのかい?応用技の中でもかなり楽に習得できる部類のはずだけど♢」

「その応用技ってものについては、一切合切聞いたことない。あ、円ってやつは僕使えるみたいだけど。」

 

首を横に傾げながらそう返すと、ますますヒソカの目つきが肉食獣へと近づく。ていうか、超えてる。

思わず目線に気圧されてジリジリと後ろにあとずさると……って!

 

また腕を掴まれているような感覚。今度はわざわざ探らなくたって見える。

睨みつけるようにヒソカをみると、その右手は僕の腕に向かって伸ばされている。でも、手は触れてない。

つまり、オーラを使って止めてるってことだ。

 

「これ、バンジーガムって言うんだよね♠︎ガムとゴムの二つの性質にオーラを変化させてる♡」

「ってことは変化系?合ってる?」

「系統のことは聞いてるんだね♣︎そう、正解♢」

 

とてもとても気持ち悪い笑みを浮かべながら、芝居掛かった仕草でそう告げられる。

 

変化系。強化系に近い系統。今の僕とはびっくりするぐらい相性が悪い。

 

顔をしかめながらおそらくオーラが張り付いていると思われる右手を見る。

思いっきり引っ張れば動かないことはないけど、今の僕の貧弱な腕力では無理がある。

 

「キミ、弱いね♡才能はあるけど、それを活かせてない♢」

 

ボクの能力に二度もいいようにかかるのがその証拠。

 

その言葉に思わず黙り込む。

そんなのわかってる。だって生まれた時からずっと兄さんを見てきたから。

 

「……だったらどうする気?ここで殺す?」

「そんなもったいないことするわけないだろ♡まだ実っていない青い果実を摘み取る趣味はないからね♠︎」

 

だからこうしよう。

 

そう言いながら唇をぺろりと舐める。

その仕草は、どこか猟奇的なものを感じさせた。

 

「ボクがキミを育てよう♢真っ赤に美味しく実るまで♣︎」

「……どういうつもり?」

「そのままの意味さ♡ただ、キミが摘むに値するほど綺麗に実ったならば♠︎」

 

ただならぬオーラにゴクリと喉を鳴らす。

兄さんの冷たい狂気とはまた違ったオーラ。真っ赤に燃え盛るような殺意と欲望。

そのオーラのせいか、僕たちの周辺から人が去っていく。

 

 

 

「ボクがこの手で壊そう♡」

 

 

 

ばくんばくんと、ただならぬ勢いで心臓が動く。

もしかして僕は、とんでもない人間に目をつけられてしまったのではないだろうか。

 

兄さんぐらい強くて、兄さんぐらい狂ってて、それでいて僕を殺さない理由がない人物。ヒソカが僕にとってどういう人間か述べるならば、その表現が一番適していると思う。

兄さんはまだ、家族という括りがあった。だから殺されるという事態は想定せずに済んだ。まあココロは壊されかけたけど。

でも、こいつは違う。

 

僕を生かしておく理由がない。今この瞬間で殺したっていい。

ただ兄さんの依頼があるから今は手を出さないだけなんじゃないだろうか。もし依頼なんて入ってない状態で出くわしてしまったならば、迷いなく殺されていたんじゃないだろうか。

 

そんな憶測が脳内を飛び交う。意味がないことはわかってても止まらない。

 

だからその思考を断ち切ろうと、無理やり口を開く。

 

「イヤです。」

 

多分目は潤んでるだろうし、足はガクガク震えてるだろうし、オーラは恐怖で揺らいでる。

全く意味のない言葉。虚勢以外の何者でもない。

そんなのわかってるのに。なのにまだ口は言葉を紡ぎだす。

 

「僕は普通に凡人になりたい。どこぞの奇術師に目つけられてる人生なんて、全然凡人らしい平穏な人生じゃない。僕は生まれてから一度だってゾルディック家のために強くなろうなんて考えたことない。僕のために強くなりたい。」

 

超怖い。くっそ怖い。理性は今すぐ口を閉じて土下座して謝罪しろって言ってる。

でも、そう。そんなのは。

 

「嫌なものは嫌。僕は絶対に嫌なことはしたくない。だからもしヒソカが僕に教えてくれるのが、僕を殺すこと込みの話なのであれば、僕はいらない。それが兄さんの依頼だってことを含めても、僕は応じたくない。ヒソカの護衛も指導も欲しくない。」

 

僕の原動力は最初から全部そうだった。

嫌なものは、嫌。だから何したって抗う。

だから兄さんの針を退けられた。今この瞬間、口が動かせてる。

 

そう思うと恐怖が嘘みたいになくなって、ふっと笑みが浮かぶ。

こんなのいつもの家でのデンジャラスっぷりに比べたら、怖くもなんともない。

 

だから僕の口は、今この場でもいくらでも滑らかに動く。

 

「早くこの家を抜け出して、普通に会社にでも勤めて、普通に定年して、普通に死にたい。なんでそれだけの願いをこんなとこで壊されなきゃいけないの?頑張って頑張って頑張って、やっと抱くことを許された夢なんだよ。兄さん止めて、父さんとゼノさんは今だって従順なフリして騙し続けてて、母さんの前に至っては原型とどめないぐらい演技しまくって、それでどうにか自由をゲットしたの。あの家の中で演技せずに喋れてるのは、兄さんしかいなくて、でもそんな状況に追い込まれてでも僕が欲しかったもので。だから。」

 

だから。

 

さっきまで目元に浮かんでいた涙をなかったかのように消し去る。

笑え。嗤え。一番相手に恐怖を与える表情で。一番狂気を感じさせる表情で。

 

「それを僕から奪い取りたいんだったら、僕は死に物狂いでも抵抗する。ヒソカと戦うことに喜びを覚えるほど僕はおかしくない。ていうかそもそもヒソカと関わってしまったことが、結構な人生におけるミスだと思ってるよ。」

 

なんでも自分の思った通りに動くと思うな、このバカが。

 

最後に捨て置くようにそう言って、ヒソカを睨みつける。

さっきからのヒソカの言動。それが物語るのは、こいつの異様なまでの異常性だ。

 

殺すことになんの抵抗も覚えず、むしろそこに喜びを感じている。いや、それは少し違うか。それだったら今この瞬間にも僕を殺すはずだ。

ヒソカが求めているもの、それは対象の死ではない。

 

強者との命をかけたバトル。それがヒソカが追い求めているもの。

だから成長の見込みがある僕は、今殺さずに強くなってから、強くしてから殺そうとしている。

 

絶対に目をつけられてはいけない部類の人間だった。

 

はあ、とため息をつく。マジで何やってるんだろう僕。

ていうか僕じゃなくて兄さんだろ、これ。兄さんのコミュニティの狭さはなんとなく予想はつくけど、何もこんな狂人とのつながりを利用しなくてもいいじゃん。本当に兄さんってやっぱちょっとオカシイ。

いや、見方によってはいい相手なのかも、兄さんにとっては。狂い具合においては結構兄さんもいい勝負だと思うし。

でもね、僕を巻き込むのはやめないか?ずっと言ってるじゃん、平穏な人生が夢ですって。

 

カバンの中をガサガサと漁って、携帯を取り出す。

依頼中止。兄さん、受諾してくれるかなあ。

 

「やっぱりキミはイルミに似ている♢とても面白いねえ、どのくらい強くなるか楽しみだよ♣︎」

 

携帯を操作して兄さんにメールを送ろうとすると、右手を封じられる。今度はオーラじゃなくて普通に手で。

むう、さっきから円とやらをして、オーラの方は退けられるようにしてたのに。なんか悔しい。

 

ていうかこいつ、さっきの僕の話聞いてたんだろうか。強くなってもお前と関わる気はさらさらないっていうのに。

二回目の深いため息をつきながら、くるりとヒソカに向き直る。

 

「ねえ、だから僕はお前と関わりたくないの。だいたいここでだって、ひっそり200階まで上がってできる限り目立たないようにしようと思ってたのに、ヒソカのせいで台無しだよ。どうしてくれんの。」

「いいじゃないか♡ここで有名になれば、世界中の裏稼業から引っ張りだこだよ♣︎裏の仕事ならいくらでも依頼が来るようになる♢」

「本当に僕の話聞いてた?そういうのが嫌だから目立ちたくなかったの。ていうか問題はそこじゃないし。僕は関わるなって言ってるの。わかる?」

「ああ、よくわかってるよ♡ただ、ボクだってキミの言うことを一から十まで聞くわけじゃない♠︎」

 

げ、マズイ。

自分がさっき言ったことが、見事に裏返しで帰ってくる。

 

僕が嫌だって言ったからって、別にヒソカがそれに応じる理由はどこにもない。双方が異なる意見を提示してきた場合に採用されるのは、より力がある方の意見っていうのは当たり前のことだ。

そしてこの場合、より力があるのはヒソカに決まっている。

 

「たとえキミが拒否しようと、ボクはイルミの依頼を破棄することはしない♢キミの要請でイルミ側から依頼を取り消したとしても、その場合はボクの独断で行動する♡」

「……どちらにしろ、僕に抗う術はないってことね。」

「そういうこと♠︎」

「……なんでそこまでして僕に拘るの?別に僕じゃなくてもいいじゃん。兄さんは現時点でもヒソカと同レベルの使い手だし、ここにだって将来性がある人はいっぱいいる。何も僕である必要は………」

 

そう言いながらぐるりと辺りを見渡す。

念能力者が数人。才能ありそうな人もいる。僕より強い人なんて、掃いて捨てるほどいるだろう。今の僕では。

僕じゃなきゃダメな理由。全く思いつきません。

 

「ほら、あの子なんて育てば強くなると思うよ?兄さんの10分の1ぐらいには頑張ればなったりして。」

「でもキミはきちんと育てばイルミと同じレベルにまでなれるポテンシャルを持っている♢キミを取るに決まっているだろう♡」

「じゃあ兄さんでいいじゃん。絶対兄さんの方が将来的にも僕より強いよ。兄さんに勝てるイメージなんて一瞬たりともわかないもん。」

 

だって僕はあくまで兄さんの劣化版にしかなれないよ。才能も何もかも足りないから。

 

頬を膨らませながらそう言うと、ヒソカの顔にとてつもない猟奇的な笑みが浮かぶ。

うわ、何それ。何人の返り血浴びたらそんな雰囲気が醸し出されるの?

 

そんなアホみたいなことを考えながら、思わず顔を背ける。なんか、直視したら石とかになりそう。

 

「キミはイルミとは根底の部分で違うよ♠︎」

「え?ああ、兄さんより弱いってことね。だからそれだったら兄さんと戦えばいいって言ってるじゃん。」

「キミには、表情があるだろう?」

 

僕の言葉は完全に無視したかのようにそう繋げるヒソカ。なぜだろう、とてもとてもムカつく。

ていうか表情がある?何それ、強さとなんの関係もないじゃん。

 

そう思って首をひねる。ヒソカは何を言いたいんだか。

 

「それがどうしたの。表情ってそんなに大切?」

 

そう聞くと、またヒソカがペロリと唇を舐める。

そう、それは、あれだ。美味しいものを目の前にした時の動作に近い。

 

「キミは腕を折られたら、どういう顔をする?」

「うーん、痛みをこらえた顔、だろうね。場合によっては生理的問題で涙がでてるかも。」

「ボクはね、その表情が何より好きなんだよ♠︎」

「はっ?」

 

一瞬何を言ってるのか全く理解できずに、眉間にしわを寄せる。

何言ってんだ?痛みをこらえた顔が好き?

 

そんな僕の様子には御構い無しに、恍惚に呑まれたような表情を浮かべるヒソカ。うん、正直怖い。

 

「……じゃあヒソカは、僕にそういう表情をしてもらいたいわけ?で、兄さんはきっとそういう顔を浮かべてくれないって思ってると。」

「そうだね♡イルミは何をしても顔色一つ変えないから、ツマラナイだろ?」

「そんなことないよ。」

 

間髪入れずそう答える。

そんなことない。

 

「わかりにくいだけ。兄さんは笑うし、悲しそうな顔だってするし、寂しそうな声色の時だってある。部屋でだらだらしてる時はのんびりした表情をしてるし、仕事から帰ってきたときは疲れた顔をしてる。針を弄ってる時は楽しそうだし、僕が近寄ると、ちょっとめんどくさそうな顔をしてから一瞬笑う。全然無表情じゃない。」

 

そう、最近やっと気づいた。

兄さんは感情がないわけじゃない。それが表に出にくいだけだ。

微妙な声の変化や、表情筋の緊張の差。そういう部分には微妙に変化が現れている。

実を言うと僕が円だけはなんで使えるかっていうと、兄さんの表情を読み取ろうとして使ってたからだったりする。

 

僕がそうやって兄さんの感情を読み取ろうとすると、兄さんは表面上は嫌がる。けど、ちょびっとだけいつも口角が上がる。

それが喜んでのものなのかなんなのかはまだわかんないけど、嫌悪してるわけではないだろう。

 

だから僕はそうやって兄さんが感情を隠すのがちょっと寂しい。だって多分本人はそれを望んでないからこそ、僕が頑張って読み取ろうとするのを拒否しないんだろうから。

早く兄さんの笑った顔が見たいと思ったり思わなかったり。

まあそれはともかくだ。

 

「兄さんが無感情に見えるのは、ヒソカが頑張って感情を理解しようとしないからだよ。兄さんは感情が見えにくい分、見えた感情は絶対に嘘じゃない。だから兄さんはつまんなくなんかない。」

「……結局キミは何を主張したいんだい?」

「だから兄さんには感情があるし、つまんなくないってこと。わかった?」

 

そう言うと、ヒソカが不思議そうな顔をして、それからくつくつと笑い出す。

やーめーてー、目立つから。これ以上目立ちたくないんですけど。

 

「イルミもだいぶ大切にされてるねえ♡可愛い従者もできたみたいだし♢」

「従者?何言ってんの?ていうか兄さんは大切にされるべきなの。兄さんが家にこれ以上縛り付けられる必要はないし、これ以上家のために傷つけられる必要もない。正直言えば、早く兄さんにはゾルディック家から離れてもらいたいよ。あの呪縛だって早く除念してもらいたいし。兄さんは絶対もっと楽していいと思うんだ。」

 

そう言いながら指でぐるぐると空中に渦を描く。

絶対あれ、早く取るべきだと思うんだけど。兄さんはそれぐらいで壊れるぐらい弱くないし。メンタル的にもね。

下手に強いからいいように使われちゃってる感は否めないし。キルアが早く大きくなってくれたら、無理やりにでもあの呪縛だけは引っぺがしたい。

 

っと、危ない危ない。

 

「これ、絶対誰にも言わないでね。母さんとかにバレた日には、僕が殺されるぐらいならまだしも、兄さんが縛られてることを意識できないぐらいに強化してくる可能性あるから。そしたらもう、除念どころの騒ぎじゃないでしょ?」

「……キミ、自分の命よりイルミの自由の方が大切なのかい?」

「うーん、それはちょっと違う。どっちも大切だし選べない。」

 

まあ、恩はちゃんと返さないとってこと。

兄さんが黙ってくれてるから父さんたちには反骨精神バリバリでいつ裏切ろうとしてるかもわからないっていう状況は隠せてるし。母さんは針刺さってるって未だに思い込んでるし。

うん、本当に兄さんが黙ってくれててよかったよ。主に母さんあたりに。

 

「まあとにかく絶対他言無用だから。」

「じゃあその代わりに契約しようか♡ボクは今の話を誰にも伝えない、キミはボクが護衛、教育を施すことに関して拒否、抵抗しない♢」

 

ニコニコと笑いながら言われたその言葉は、大方予想ができていたからゆえに、すごく苛立つ。

多分ヒソカは僕にとっての兄さんの存在の大きさをわかった上で、言ってるんだろうから。僕が拒否できないこともわかっての上で。

だって僕はなんだかんだ言おうと、兄さんに被害が及ぶようなことはしたくないから。

 

はあ、とため息をつきながらこくりと頷く。ていうかそれしかできない。

 

「……了解、受諾した。でもさあ、兄さんの依頼が切れるまでの間だけで、それを超えたら全力で抵抗するからね。」

「いいじゃないか♡多少獲物の抵抗がないと、狩りは楽しくないからね♢」

 

そう言いながらくつくつと笑うヒソカから顔を背ける。何こいつ、精神異常者とかいうくくり超えてるよ。

だいたい狩りって何?僕獲物なの?ヒソカには周りの人間が動物にでも見えてるんだろうか?

 

……いいや、考えるのやめよう。本当に思ってたら怖いし。

 

そう思ってヒソカから微妙に距離を取ろうと………って。

 

 

「2381番、Dリングに上がってください。繰り返します、2381番、Dリングにて戦闘を開始します………」

 

会場内にアナウンスが流れる。いや、それ自体は全く珍しくはないんだけれど。

受付で渡された紙をみる。2381番、しっかり明記されております。

 

「……僕が念なしで素人同然の武闘家と戦って、ギリギリ勝ったとするじゃん。そしたら何階までいける?」

「いいとこ20階だろうね♢念を使う気はないのかい?」

「うん、じゃないと修行の意味ないし。」

 

あくまで体術の向上と、戦闘経験を積むことが目標。

だから勝つことにはなんの意味も存在しない。

 

リングへ至る階段をコツコツとおりながら、思いっきり伸びをする。

武器……はないし、使う気もない。操作系にとって武器は大切なオーラの媒介。それを使ってしまったら、無意識下にもオーラをこめてしまう可能性がある。

あくまで身体一つ。それでいく。

 

よっこらせ、とリングに登ると、すでに対戦相手は待ち構えていた。

 

「おい審判、こんな嬢ちゃんが対戦相手か?俺も舐められたもんだな。」

 

ぶんぶんと腕を振り回しながらそう言う大男。

嬢ちゃん、ねえ。今まで女とか幼いっていう理由で容赦されたことないからなあ。なんか違和感。

 

相手に向かってにっこりと微笑みかけると、大男の表情がより苛立ったものに変わる。

できる限りこの人にはいい踏み台になってもらう。訓練としても、上の階にいくためにも。

 

審判のゴーサインが耳に伝わるのをじっと待つ。

 

「始め!」

 

その言葉とともに、僕の足は勢いよく地面を蹴りつけた。

 


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