その背中を覚えている。
幼いころのちっぽけで、胸が締め付けられるように悲しくて、だけどとても大切なたった一つの記憶以外何も持っていなかった俺にとても多くを与えてくれた人の背中。
「もう大丈夫だ、戦兎」
いつも飄々としていて捉えどころがなかったあの人が、その時だけは苦しそうに細い眉を歪ませ、脂汗を流しながら、それでも笑って俺の頭を撫でてくれた。
ごめんなさいと謝った。
好きだった女の子を殺してしまった、生きるべきではないのに、死に怯えてしまった罪人なのに。
「そんなこと俺が知るか。お前の過去がなんだろうと、お前は俺の息子だ。だからなーー」
足元に鮮やかな血の池を作りながらも、父さんは男たちと堂々と対峙した。
白髪の男女が何かを言っていた。
それを遮った父さんの言葉が、俺の中に今も残っている。
「ーーお前は俺が守る」
いつの間にか腰に巻かれていたベルトに、いつの間にか父さんの両手のひらに収められていた何かを入れた。
『コブラ!』
『ライダーシステム!』
『エボリューション!!』
禍々しい声がベルトから発せられ、周囲に立体構造が形成された。それを祝福するかのように流れる音楽は、いったい誰の喜びを表すのだろう。
『Are You Ready ?』
その声は俺たちを取り囲み動揺した男たちに問うように。或いは俺に問うように。
「変身!」
問いかけに力強く叫んだ父さんの体を前後に作られていた構造物が覆う。
『コブラ! コブラ! エボルコブラ!!! 』
高らかに響く哄笑に、今まで無表情だった白髪の男が不快そうに眼を細めた。
「なんだその力は? 魔女の力ではない……。ましてや既存の科学技術でもない。石動惣一、貴様火星でいったい何を手にした?」
『さあなあ。答える義理はないねえ……。最も、お前たちが全員土下座して俺の喫茶店をピッカピカに改装してくれるってんなら考えてやってもいいがなあ?』
父さんの声ではない、聴く者の耳をどこか心地よく響かせるその声音。だが人をおちょくるようなしゃべり方は紛れもなく父さんだった。
白髪の男の傍にいた少女が苛立たしそうに叫んだ。
「もういいわ千怜! こんなやつ最強の魔女であるこの私が殺してあげる!」
金と赤と黒の美しくも禍々しい鎧に包まれた父さんは、おどけた様に軽くのけぞった。
『確かにお前の魔法は強力だ! でも残念だったなあ。俺は魔女じゃない。ぐちゃぐちゃに弄繰り回されてるお前らモルモット如きじゃあ俺には勝てない』
「へえ……?なら分からせてあげる!あなたはゴミムシだってね!!」
ーーーーーそこから先はよく覚えていない。そもそもその前の記憶さえ定かではないのだけれど。
ただ気が付けば俺たちの喫茶店から男たちは居なくなっていて、俺は血まみれで横たわっている父さんの手を握っていた。
「父さん?」
信じられなかった。さっきまでのことが霞んで思い出せない。けれど、握った父さんの手からどんどん抜けていく熱が、強張って石のようになっていく手の感触は紛れもない現実だった。
「見ただろう、戦兎。あれが魔女の力だ。奴らは魔女を作り出してこの世界を滅ぼそうとしてる」
「何言ってんだよ父さん! そんなことより病院に行かないと!」
また死ぬのか。俺の大切な人が。俺と同じように星が大好きだった、あの子と同じように、俺のせいで。
呆然とする俺の体が激しく揺さぶられた。
口から血を流しながら、怪我人とは思えぬほど強い力で、俺を引き寄せ叫んだ。
「いいから聞け! 俺は長い間あいつらの組織に潜入して奴らの目的を探っていた! 誰かが奴らを止めないと世界は不味いことになる!!」
「だったら父さんが止めればいいだろ!」
その時、今まで鬼気迫る表情だった父さんの目に涙が滲んだ。
「済まない……。本当ならそうするつもりだったんだ。まさかここまで早く俺の正体を突き止めてくるとは……」
俯いていた父さんの目に再び強い火が灯った。
「だがこうなってはお前に託すしかない。分かるだろう、賢いお前なら。俺にはこのちっぽけな喫茶店とお前しかない。それでいいんんだ、後悔はしてない。だがな、奴らの好きにさせたらそれすらなくなっちまう。頼む戦兎、俺の願いを継いでくれ……」
困惑。あんな化け物たちと立ち向かわなければならない恐怖。現実への拒絶。あらゆる感情がぐるぐると脳裏に浮かんで脳みそをぎゅうぎゅうに圧迫した。
なのに、父さんの目に煌々と輝くその炎に浮かされるように、俺は知らず頷いていた。
「でも、どうしたらいいか分からないよ……」
「心配するな。いざという時のために、俺のパソコンの中に俺が調べ上げた奴らの情報とライダーシステムの情報をいれてある。あれをお前にやる。パスワードは≪BUILD≫だ」
ニッと笑ってそう言った父さんはふと優しい笑みを浮かべた。
「お前の過去に起こったこと。それはもう変えることは出来ない。だが未来は変えることが出来る。お前の未来は、お前自身で|創造≪ビルド≫しろ!」
「カッコつけすぎだよおっさん……」
嗚咽交じりにそう言った俺に、父さんは力なく笑うと血の塊を吐きながら言った。
「今はまだ何もわからないだろう。だがお前ならきっと俺の願いを叶えてくれると信じている」
「ああ、あんたの願いは俺がきっとーーーー」
ーーあの日からもう随分経つけれど、未だに俺は子供のままだ。少しは賢くなった頭でも、『世界』なんてピンとこない。
腰に巻いたベルトの重さに、足が震えそうになる。握ったボトルの頼りなさに、投げ捨てて逃げたくもなる。
それでもーー
『ラビット!』
『タンク!』
『Are You Ready ?』
目の前の命を守るために、誰かの平和を守るために、この力を使うよ父さん。
「桐生、君……?」
記憶の彼女と瓜二つな少女を庇って、俺は立ち上がることを決めた。
「勝利の法則は、決まった!!」
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