白物語 作:ネコ
「準備はいいかい?」
夜7時。時間通りにヤマトはアパートを訪れてきた。
「勿論ですよ」
「では行こうか」
里から出る際に2人は暗部の面を付けた。特に変化の術を使用している訳ではないので、ヤマトと並ぶと身長差が浮き彫りになる。しかし、今は夜中であるため、誰もその事を指摘したり気にする者はいない。
そのような意味では、夜中の移動はとても楽だと言えた。
「今回の任務は大名の護衛ってことですけど、具体的には何をするんですか?」
「はっきり言って特にすることは無いと言ってもいい」
「つまり?」
「君の好きな安全な任務ってやつだよ。たぶん」
「全然具体的ではないんですが?しかもたぶんって……」
「暗部で大名様の警護をしてるんだけど、今回はそれに僕たちが組み込まれたわけだね」
その後、ヤマトより大名の警護について説明があった。説明のあった内容は、特に何もすることが無い、と言ってもいいような任務である。
木々の合間を抜けた先にある街。そこには時代劇のような街並みが広がっていた。
「なんですか? この街は。今までの街と全く違うんですが」
「なんでも大名様の趣味らしいよ。雅がどうとか」
自分の趣味だけのために、街全体を造り替えることに白は呆れていた。しかし、これだけの権力があるのであれば、誰かに狙われる恐れもあるので、その点で言えば確かに警護は必要だろう。
街に着いてからは、待機していた暗部の者と合流する。
「今回の交代要員で新しく入ったヒミトです」
「そいつがそうか。それにしてもかなり若いようだが大丈夫か?」
「実力については保証しますよ」
「テンゾウがそう言うのであれば、そうなのだろう。では、俺は戻るから後は頼んだぞ」
「分かりました」
待機していた暗部の者はそう言い終えると、その場からすぐに帰ってしまった。
「暗部の人って結構刀を背負ってる人が多いですが、何故ですか?」
「忍術よりも武器の方が早いこともある。クナイではないのは、リーチがある分有利に働くからね。後は接近戦が得意って言うのも理由のひとつかな」
「忍術で一気にやってしまった方が早いと思いますけどね」
「君の印速度は普通ではないことを自覚するべきだよ。それと、周りへの被害を考慮しないといけないときは、どうしても接近戦になりやすい。そういった意味でも必要なことだ」
ヤマトは接近戦が如何に重要であるかを、交代の時間まで延々と語っており、交代の暗部が来た時はやっと解放されたと喜んでいた。
「では、所定の位置に移動するよ」
「了解です」
警護は常に8人体制で行われていた。その中で、白たちは大名の住む城の北側を担当することになる。城の北側には、小川が流れ、その向こうに広めの平地があり、その奥には木々が見えている場所だった。
白は城壁の外側を、ヤマトが城壁の内側を担当することとなった。場所については、じゃんけんで決めたのだ。負けてしまった白としては、城の内の方が更に安全であるため良かったのだが、諦めるしかなかった。
半日ごとに警護任務を交代していく。その警護の際、余りの暇だったため、小川の水を使って音を立てないように術の訓練をしていた。それを見ている者がいるとも知らずに……。
次の日の朝。警備に当たっているはずの暗部から連絡が届いた。
「君は昨日何をしていたのかな?」
暗部からの連絡を見たヤマトは、無表情でこちらへと近付いて来ながら質問してきた。
「と……特には、何も……」
あまりの不気味な接近に焦りながら後退するが、壁に阻まれ、それ以上後退出来ずにいると、更に近付いてきたヤマトは、途中で溜息を漏らすとそこで立ち止まる。
「はあ……帰ったら任務の重要性について、しっかりと教え込まないと駄目みたいだね」
「えーっと。内容が分からないんですが?」
「早い話が忍術を見せろと言うことらしい。君は昨日の夜一体何をしたんだい?」
「水遁系の術の訓練をしていただけなんですが」
「それが原因か……暗部は大道芸人じゃないんだよ? 全く……昨日それを大名様に見られていたらしい。音も無く、月明かりに照らされている龍の姿が素晴らしいとかなんとか」
「そういや城の天辺にいるんでしたね。横からだと見えにくいと思ったんですが、上からは考慮してなかったなあ」
白は頭を掻いて誤魔化そうとするが、ヤマトは呆れているだけだった。
「面倒事はこれっきりにしておいてよ。大名様には敵が来たために対応した。ということにしてあるらしいから」
「すいません……」
それからは大人しく警護の任務を行ったが、敵が現れることは無かった。
中忍試験本選の前日。夜更けと共に大名行列は木の葉の里に向けて出発した。夜間にも関わらず、移動には大量の明かりを用意されており、そこだけが昼間のような明るさを発していた。それが長蛇の列のごとく続いているのである。白はその光景を見て呆れていた。
(お金を湯水のごとく使うなあ……勿体ない)
その大名行列と共にこの葉の里へと入り、やっと任務も終わったと安心して帰ろうとしたのも束の間、ヤマトに白は捉まってしまった。
「どうかしましたか?」
「君にはこれからとてもいい話を聞かせてあげよう」
ヤマトはそう言うと、白の腕を掴み連れて行った。そこから更に数時間、みっちりと任務の重要性について聞かされたのは言うまでもない。
任務から解放されても、次の日が休みなわけでは無く、アカデミーへと登校した。入口の掲示板に張り出されている紙を見て、合格していることを確認し教室へと向かう。
任務明けと言うこともあり、いつもより遅めに登校した白が教室に入ると、落ち込んでいるように見えるヒナタがいた。
「おはようヒナタ。元気なさそうだけど何かあった?」
「……私どうしたらいいのかな?」
ヒナタの落ち込み具合はかなりのもののようで、自己嫌悪しているようですらある。
「結局なにがあったの?」
「去年のハナビちゃんとの試合なんだけど。……今年もあったの」
「えっ!?」
「そこでハナビちゃんに負けて……」
その時の事を思い出したのか、ヒナタは更に落ち込んでしまい、言葉が途切れてしまった。
1度勝ったので油断していたが、確かに去年、この時期に試合を行っている。それが今後行われないとは限らないだろう。ハナビに才能があれば尚更だ。
「白。ちょっといい?」
そこへイノとサクラがやって来て、白を連れ出す。
「ヒナタが大変な時にアカデミー休んで何してたのよ。ヒナタに理由を聞いても大丈夫としか言わないし、ずっとあの調子よ。責任もってなんとかしなさいよね!」
「イノちゃんそこまで言わなくても。白も忙しかったみたいだし、これから元気づけてあげればいいと思うよ?」
「僕が居ない間ヒナタの事を見てくれてありがとう。ちょっと事情があって落ち込んでるみたいなんだ。事情が事情だけに言えないんだけど、しばらくはこの状態が続くと思う。早めに立ち直ってもらうよう努力するよ」
「努力じゃなくて立ち直らせなさいよね。あんた親友なんでしょ。私から言いたいことはそれだけ。じゃあね」
「待ってよイノ! 白ごめんね。イノも一生懸命やったんだけど、効果が無くて。ちょっと白に八つ当たりしてるだけだから気にしないで」
言いたいことだけ言い終えると、イノとサクラは教室へと戻っていった。白もゆっくりと教室へと戻っていく。
(どうしたらいいかなんて、こっちが聞きたいくらいだよ)
その日は、ヒナタから事情を聞くだけで終わってしまう。聞き出すだけでもひと苦労だった。
内容は思っていた通りで、今後鍛錬を行うのはハナビのみとなってしまったようだ。ヒナタに関しては「勝手にするといい」と言われてしまい、最初の「どうしたらいいのか?」に繋がったわけである。
結局数日間、色々と声を掛けてみたが、なかなか落ち込みは治らない。それでも、諦めずに説得を続けて少しは持ち直してきているが、完全とは言い難い。ただ、ある話題をすると、落ち込みを忘れて話を聞いてくるのである。
それはナルトのことであった。仕方なく、そちら方面から話題を振っていくと、聞いてくる理由が分かった。
ヒアシの発言から、親に見捨てられたと思い、屋敷を飛び出して我武者羅に走ったそうだ。その先で人にぶつかってしまい、その後、そのぶつかった仲間数人に絡まれたところを助けてもらったとのこと。
助けてもらったはいいものの、追いかけてきた日向家の人に連れ帰られたせいで、満足にお礼を言えなかったらしく、その事も気にしていたようだった。
(いつの間にそんなフラグを立てていたんだ、ナルトのやつ……)
内容に不満はあるが、意識の切り替えにはいいので、早速ナルトへとお礼をするべく作戦を立てる。作戦と言っても簡単なもので、ヒナタがお礼と共に一楽の無料券を渡すだけだ。
ただお礼を言っただけだと、ナルトは忘れている確率が非常に高い。何のことか分からずに首を傾げることだろう。それを見てヒナタが落ち込んでは本末転倒であるため、一楽の無料券にてインパクトを与えてナルトを喜ばせるというものにした。
これならば、ナルトも喜び、それを見てヒナタも喜ぶことだろう。白としては内心複雑ではあるが……。
お膳立ては整い、休みの日にヒナタを迎えに日向家に訪れた。ヒアシから勝手にしろと言われて数日は自己鍛錬をしていたのだが、いくら鍛錬してもハナビには敵わない思ったのか、止めてしまっていた。
今は説得により、違うことでヒアシを見返そうと言って勉強に力を入れさせているが、一時凌ぎにしかならないことは分かっている。ヒアシが求めているものと違うので、それが報われることはないのだ。しかし、それをヒナタに直接伝えることは出来ない。今は違うことに専念させる方がよいだろう。
日向家の屋敷の前でヒナタは待っており、離れた位置からでも、妙にそわそわしているのが分かる。
「お待たせ」
「まだ時間よりも早いよ」
「そうだけど一応ね。それに集合時間前には着いておくものだよ。それよりも行こう」
「うん」
休みの日に外へ出るのは久しぶりなのか、それともいつもと違う道を通るせいなのか、ヒナタが服を掴んできた。そのことに対して白は懐かしむような顔をしている。
ほどなくしてアパートに着いた。白にしてみれば帰ってきたというのが正しいかもしれないが、ヒナタが家を知らないので仕方がない。
「ここがナルト君のお家?」
「そうだよ」
「じゃあ頑張ってね。僕は外しておくから」
「えっ!?」
ヒナタは箔が一緒に居てくれると思ったのだろう。驚いて白を見つめてきた。
「お礼をするのはヒナタであって僕じゃないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「仕方ない。無料券は持ってきてる?」
「持ってきてるよ」
ヒナタは無料券を取り出してこちらへと見せてきた。
それを見て白はナルトの家の扉を叩く。その扉を叩く音で、中の気配がゆっくりとだが動いているのが分かった。
扉が開く瞬間に瞬身の術でその場から消えて、アパートの廊下端まで移動し、そこからヒナタたちを窺った。ヒナタは一瞬にして消えた白と、パジャマ姿で出てきたナルトを見て固まってしまったようだ。
「朝から誰だってばよ」
「…………」
ナルトは眠そうに目を擦っているが、既に時刻は10時を回っており、普通であれば起きている時間である。しかし、ナルトが昨日夜更かしして訓練(恐らくイタズラのためだと思われる)をしていたのを知っているだけに、この時間までは寝ているだろうとは思っていた。なかなか話を切り出さないヒナタを余所に、ナルトは言葉を続けていく。
「ん~?どっかで見たような……あー!お前ってば同じ教室のヒナタだろ!」
「えっと……その……うん」
「あ~やっぱりな。ところで何しに来たんだ?」
「こ……これを」
ヒナタは無料券を両手で掴み、ナルトへと差し出した。ナルトはそれを見て一気に眠気が吹っ飛んだようだ。
「一楽の無料券! ありがとだってばよ!」
「ううん。私こそありがとう」
ナルトは無料券を受け取ると、大喜びでヒナタの手を掴み上下に動かしている。ヒナタもお礼を言っているのだが、ナルトは何のお礼なのか分かっていないだろうし、ヒナタも緊張しているのか内容を伝えきれていない。
「わ、私もう行くね!」
「おお! またな!」
耐え切れなくなったのか、ヒナタはその場を急ぎ離れてしまった。ナルトはと言うと、手を振って見送った後に、無料券を眺めてニコニコしながら家の中へと入っていった。おそらく昼は一楽のラーメンに決まりだろう。
急いでヒナタの後を追いかけて掴まえる。ヒナタは顔を真っ赤にして息を乱していた。
「はいはい、落ち着いて。息を吸って~吐いて~吸って~吐いて~。どう? 落ち着いた?」
「うん……ありがとう」
落ち着かせたヒナタを連れて、近くの公園へと行く。
「一応お礼も出来たことだし、よかったね」
「ちゃんと出来てた?」
「できてた、できてた」
「本当に?」
「本当に」
ヒナタは自信が無いのだろう。白を見て不安そうに何度も聞いてくる。白としても、これ以上不安にさせないために相槌を打ち続けるしかなかった。