白物語 作:ネコ
霧隠れの里に来て数日。里内を観光という名目で、行けるところを探索し終えた白は、計画を実行に移した。
(まずは、守りの浅い水影の墓からだな)
夜の暗い最中、里の奥の物静かな場所に設置してある、水影の墓石へと白は近付いていく。墓石といっても、木の葉の里の、火影の墓石とは違いとても質素なものだった。
昼間にも何度か周囲の状況を確認する為に見に来てはいたが、特に忍が守っているわけでもなく、木の葉の里同様に無警戒なまま、その墓石は静かに鎮座していた。
白は目的の物を回収するために墓石へと近付いて行く。水影の墓には、結界が張ってはあったが、大したものではなく、無理をすればある程度の忍びであれば簡単に破れる程度のものだった。ただ今回は、後々に形跡が残らぬよう静かにする必要があったため、結界を解除してから墓を空けてゆく。
白は、墓の中にあった物を巻物に収めて結界を張り直すと、自分の仕事ぶりに満足して静かにその場を立ち去った。水影の墓は、白が来る前の状態と変わらず、外見上は墓が暴かれたことなど、見ただけでは誰も分からない。しかも、結界が張り直してあるので余計にそう見えるだろう。
(これで1つ目は完了だけど、次からが問題だな)
次に白が向かったのは共同墓地である。こちらは、水影の墓とは違い、数人の忍びが定期的に巡回を行っていた。燃やしてしまえばいいのだろうが、死体をそのまま埋めているためだろう。その遺体を持ち去り解剖すれば、里の情報が漏えいする恐れがあるので、どの里も墓地には忍びを配置してあった。
特殊な事例を除き、遺体を燃やすことのない今の状況を白は不思議に思いつつも、カブトからの依頼を達成するためには丁度よかった。
(昼間と同じく人数は2人か……)
共同墓地は結構な広さがあるにも関わらず、そこに割り当てられている警備の人数は少なかった。しかし、警備されているということは、墓を暴く際にどうしても見つかってしまう。そのため、白は一旦墓暴きは中止し、宿へと戻っていく。
宿へと到着してからは、カブトから貰った巻物を使用し蛇を呼び出すと、白は先ほど手に入れてきた物と手紙を蛇の前に置いていく。すると蛇は、それらを丸呑みにしてしまうと、その場から消えてしまった。
(逆口寄せではなくて、自らが任意の場所に飛べるのか……そう言えばカエルの方もやってたな……忍獣しかできないんだろうか? 四代目火影の飛雷神の術みたいなものか? 機会があれば調べたいな……)
この日の最低限の目的を達成した白は、本体と連絡を取って次の計画まで待機するのだった。
霧隠れの里からの情報を手に入れた白は、再不斬へとその情報を持っていく。
「再不斬さん、今いいですか?」
「……何だ?」
最近の再不斬はストレスを発散する相手がいないために、その感情を持て余しており、若干不機嫌そうにしていた。
カンパニーを乗っ取った当初は、色々とちょっかいを出してくるところがあったが、それも潰し終わり、海路の賊に関しても同じように排除してしまったためだ。時折発生するが、いうほどの人数もおらず、歯ごたえもない相手では、逆に再不斬のストレスは高まっていた。
「霧隠れの里について何か調べてますか? クーデターを起こす際の作戦とか」
「……人海戦術をとれば特に問題ないだろう。前回は横槍が入ったせいで失敗したが、それさえなければいけるはずだ」
「調べてないんですね……。再不斬さんの目的は水影になることですか?」
「別に水影になりたいわけではないな。……あのムカつく奴にいちいち命令されるのが癇に障るからやるだけだ」
「……えーっと。つまり……その相手って誰になるんでしょう?」
「水影に決まってるだろうが」
再不斬は昔を思い出したのか、更に不機嫌そうな表情へと変わっていく。
「……もし、4代目水影のことを言っているなら、もうこの世にはいないみたいなんですが……」
「何?」
白が言ったことが意外だったのだろう。4代目水影であるヤグラは尾獣持ちである上に、それを完全にコントロールしていたのである。そのような相手が簡単に死ぬとは思っていなかったため、再不斬は驚きを隠せていなかった。
「それはいつのことだ?」
「十年前に違う人がクーデターを起こしたようで、今はその時の発起人が水影をやっているようですね。……名前はメイ?とか言う人みたいですが知ってますか?」
「……少し上に、そんな名前の奴が居たような気もするが……それだけでは分からんな」
「血継限界を所持しているみたいですよ」
「……あの頃、そいつを持ってるやつらは、粗方殺されたはずだが……」
「隠してたんでしょうね」
「……それにしても、俺がいない間にだいぶ変わったようだな」
再不斬は今後の事を考えているのか、そう言うと、頭を上に向けて天井を見つめると黙ってしまった。白は、しばらくそのような状態の再不斬を見ていたが、先を促すためにも尋ねた。
「これからどうするんです?」
「……どんな奴か会いに行くのも面白いかもしれん」
再不斬は少し考えたようだが、自分の目で実際に見てみたいのだろう。今の水影に興味を持ったようで、何かを考えているのか、嬉しそうな表情をしている。
(これはちょっとよろしくない展開になりそうな……)
白は再不斬の表情を見て取ると、再不斬を止めることが叶わないと分かり、最悪時に備えることにし、時間稼ぎの意味も含めて更に確認をしていく。
「いつ出発するつもりですか?」
「すぐに出る」
「1人でですか?」
「その方が動きやすいだろう?」
再不斬はさも当然のように言い放つが、白から見ればその考え方には同意できなかった。
「いえいえ。仮にもこのカンパニーのトップなんですから1人はまずいです。他にも部下を連れて行ってください」
「足手まといは不要だ」
「荷物持ちとか、宿の手配とか色々任せられて便利ですよ」
「必要性を感じないな」
白の必死の時間稼ぎ作戦も、再不斬にいとも簡単に撥ね除けられてしまった。
再不斬は言い終えるとソファーから立ち上がり、立て掛けてあった首切り包丁を背負う。それを見て白は諦めたように溜息を漏らした。
「何を言っても行く気みたいですね……気を付けて行って来てください」
「何を言ってる? お前も行くぞ」
「……えっ!?」
再不斬は当たり前のように言ってきたため、白は少し理解できていなかったが、理解すると同時に驚いてしまう。今までの流れから、再不斬1人で行くと思っていたからだ。
「お前が言ったんだろうが、誰かを連れて行けと」
「それはそうですが……」
「お前なら足手まといにはならんだろう」
再不斬の白に対する評価は高いようで、既に連れて行くことが確定していたようだった。再不斬が足手まといと言ったのは、その他に対する忍びのことだったのである。
「分かりました。ただ、この会社の事もあるので少し時間をください」
「会社はあの女に任せておけばいいだろう?」
「分担が違うので、それの引き継ぎをしておかないと後が煩いんです。そうですね……3日ほどいただけますか?」
「……まあいいだろう」
(よし! 取り敢えず時間は稼いだ。後はあの女との交渉だな)
再不斬が再度首切り包丁を背中から外し、ソファーへと立て掛け直したことで、白は安堵し、引継ぎがある旨を再不斬へと伝えて部屋を出て行った。
再不斬の部屋を出てすぐに会社を任せている女のところへと向かう。ノックもせずに部屋へと入りすぐに交渉を開始した。
「再不斬さんが霧隠れの里に2人で行こうとしてるから、なんとかしたいんだけど協力してくれないか?」
「えっ!? 2人って誰のこと!? 私には何も連絡が来てないわよ!」
「心配するのそっち!?」
女の思考回路に逆に驚きながらも、先ほどまでの再不斬とのやり取りを説明していく。
「つまり、最悪今の水影に襲い掛かる可能性があると……」
「そういうわけで、なんとかしたいんだけど、それをするにはお金が必要なんだよね」
「……水影はメイ……女……襲う……」
「ねえ……聞いてる?」
「断固阻止しないと! 今すぐ戦争しましょう!」
女の眼は決意に満ちており、机を強く叩いて立ち上がると言い切った。
「騒ぎを起こすのは歓迎なんだけど、戦争は困るな……」
「何を悠長なことを! 今こそ決断の時! お金を貯めたのはこの日のため!」
「なんか言ってることがおかしくない? いや……むしろ合ってるのか?」
「さあ準備を始めるわよ!」
「お金は使っていいんだね?」
「当たり前でしょう!」
「それが聞きたかったんだよ」
交渉する以前に、勝手にお金の使用について許可が下りたことで、白としては問題がなくなった。立ち上がって、急いで部屋を出て行こうとする女を、白は気絶させて部屋の中へと連れ戻す。
「ハナビ……後は任せたよ」
「よろしいのですか?」
ハナビは気絶させられて、白によって椅子へと座らさせられた女へと目を向けながら、白へと内容的に色々なことを含む言い方で尋ねてきた。
「影分身を残していくから、ある程度の事には対応できる。問題はこっちなんだよな……」
「私で手伝えることがあれば言ってください」
「……今まで通りやっててくれたらいいよ。さっきの話を聞いていたなら分かると思うけど、数日後に俺はここを離れるけど、影分身を置いておくから、何かあったらそっちに言っておいて」
「分かりました」
白は、ハナビへの説明もそこそこにして、部屋を出て行き、誰もいない部屋へと入り直して、周囲に誰もいないことを確認してから、火の国方面へと向かわせていた影分身と連絡を取り合っていた。
3日後。予定通りに、白は再不斬と共に霧隠れの里へと出発した。
「一緒に旅に出るのは久しぶりですねえ」
「……そうだな。しかし、なんで最初から船なんだ? 陸路で行った方が早いだろう?」
再不斬の至極当たり前のことに、白は頷き返して説明する。
「早いのはもちろん陸路です。しかし、陸路よりも船の方が楽ですよ。人を雇わなければなりませんが、お金ならたくさん稼いでるんです。問題ありません」
「確かに、自分で移動しない分だけ楽か……」
「そうですよ。……気にせずに到着するのを待っててください」
今、白たちは波の国を陸路で行くのではなく、始めから船に乗って出発していた。再不斬へは移動するのに楽だからという理由を言ったが、もちろんそんな意図は無く、白としてはこれも時間稼ぎのひとつに過ぎない。
(これで数日くらいは時間を稼げるはず。その間にあちらが動いてくれれば……)
再不斬が霧隠れの里に着くまでに終わることを祈りながら、白は更なる時間稼ぎのための工作を行うのだった。