白物語 作:ネコ
90 北研究所?
水月は南の研究所を出る間際に愚痴を言い始めた。
「また、歩き? ずっと移動ばっかりで疲れてるんだけど……。休憩してからでもよくない?」
「そんなんじゃ、北の研究所に着いた途端死んじまうぞ」
水月の愚痴に、香燐は呆れていた。愚痴の内容があまりにも子供の我が儘に過ぎる。これから向かうところを思うと、この様子ではすぐに殺されてしまうと考えたためだ。
「船あるけど使う?」
その言葉に、3人は言葉を発した人物――――白へと顔を向ける。
「あるの?」
「こんなこともあろうかと造っておいた」
「手造りかよ……。沈まないだろうな?」
「責任は持てない」
「持てないのかよ!」
白の言葉に素早く香燐は突っ込む。サスケは冷めた目でその掛け合いを見ていたが、興味を無くしたのか北の研究所に向けて海の上を歩き出した。
「ほら! サスケが呆れてるだろ!」
「白……持ち上げて落とすのはさすがに酷いよ」
香燐と水月は、それぞれ白に言い捨ててサスケの後を追って行く。白はそんな2人の言葉を気にした様子も無く後に続いた。実際、造船の知識など無く、それらしく造っただけなので大凡の反応は想定していたからだ。
数時間歩いたところで陸地に辿り着き、そこから北へ向けて歩き出す。
「そう言えば、北の研究所ってどんなところなのさ? ぼくは地図でしかしらないんだけど」
「北の研究所は、人体実験場だ。そこには、手の付けられないバケモノばかりが収容されている」
香燐は真剣な面持ちで話すと、移動しながら簡単に北の研究所について説明しだした。
「北の研究所で仲間を募るって言ったら、サスケのことだ。重吾のことなんだろうけど、あいつのことを知ってて仲間に入れようとしてるのか?」
「少しは知ってるよ。手合せしたこともあるし、なかなか強かったよ。何を考えてるか分からないような奴だったけどね。自分から大蛇丸に捕まりに来たって言うし、頭がおかしいのは間違いないね。あんまり好きになれそうにないのは間違いないかな」
手合せした時のことを思い出しているのだろう。水月は関わり合いになりたくないのか、仲間にするのに否定的な意見を出す。サスケに聞こえるように言っているが、サスケは聞こえてないかのように先へと足を進める。南の研究所に来るまでも同じように、サスケに言っていたのだろう。効果は無いようだったが……。
「どうして、自分から大蛇丸に捕まりに行ったか分かるか?」
「さあね……。頭がおかしいからでしょ?」
水月からしてみると、大蛇丸の実験体に自分からなりたいなど言いだす輩が、普通だとは思えなかった。それに加えて、手合せ時に話し掛けた時も返事が無かったことから、頭がおかしいと判断したのだ。
「重吾は、自分を抑えてくれるやつを探してたのさ」
「抑える?」
「自分だけではどうしようもない殺戮衝動……。これが、麻薬と同じでなかなか止められない」
実際にその場を見たことがあるのだろう。香燐は仲間にするのを止めさせるかのように話す。サスケも興味があるのか、視線を香燐へと向ける。
「……ようは、人殺しが大好きで歯止めがなかなか効かないから、誰か止める役が欲しかったんでしょ」
「少し違うな。その殺戮衝動については、普段は抑え込んでる。でも、その抑えが限界に来た時に、恐るべき殺人鬼へと姿も性格も変わる」
「ふーん。やり合った時は別の能力を使ってたけど、あれが全力じゃないわけだ」
水月は思い返しながら、適当に相槌を返す。香燐はその言葉には反応せずにさらに話を進めた。
「その能力は大蛇丸にとって魅力的だった……。だから、その能力を他者にも与えることができないかを実験してたのさ。北の研究所でね。……あんたたちも知ってるだろ」
「……?」
何のことか分からずに首を傾げる水月に、白が先読みして話す。
「呪印だよ。サスケの首にもついてるやつ」
「そうそう……って! うちが話そうとしてたんだぞ! てかどうやって北の実験の内容を……いや、いい」
「何事も諦めが肝心だよね」
香燐は、それまでの真剣な表情から一転させる。今までの南の研究所でのことを思い出しているのだろう。白の性格と、どこから手に入れたか不明な情報を聞き出そうにも、無駄だと分かったので、どこか諦めたような顔をする。
それでも、白の話が止まったことから、香燐はサスケの首辺りを見ながら続きを話しだした。
「ちなみに、重吾はその呪印のオリジナルだ」
「重吾に付いてる呪印を、他の奴らに与えてるってこと?」
「いや、そうじゃない。呪印の能力を持ってるだけで重吾に呪印は無い。大蛇丸は、重吾の体液から、その能力を他の忍びにも付与できるように研究して、それを呪印という形で完成させた」
ここで、興味を無くしたのか、サスケは視線を戻す。白も内容を知っているため、香燐の話に興味はなく、違う方向を見ている。そのため、香燐は必然的に水月へと話す形になっているのだが、そのことに気付いたのか、香燐と水月は渋い顔をした。2人ともお互いのことがあまり好きではないのにも関わらず、態々片方は説明し、もう片方はその説明を律儀に聞いているからだ。
それからは特にこれといった話もせずに4人は北上していく。堂々と大きな道を通る。サスケは誰に見つかろうと気にもしないのだろう。香燐と水月も気にした様子は無い。白はというと、コートに付いたフードを被り顔を隠していた。
「白は何してるのさ? まるで怪しい奴だよ?」
「変だ変だとは思ってたが、外に出たら更に変な奴になったな」
2人からの言葉に、白はさすがに反論した。季節は夏。白の一番苦手な季節である。
「夏なのに、君たちのその薄着の神経がこっちには信じられないよ。この日差しを受けて何ともないの? 香燐は日焼けしたいの? へそと太腿さらけ出して……あまり肌に良くないと思うなぁ……。水月はその内、こっちのことを言ってる余裕なくなるからね? 後悔しても知らないよ」
白の言葉に、香林は自分のお腹を見詰めて、次いでサスケを見た。サスケに自分の魅力的と思われる部位の肌を見せることで、誘惑するつもりだったのだろう。しかし、このままでは、さらけ出している部位だけが日焼けしてしまい、脱いだ時に痕が残ることに思い至り、少し焦っていた。
水月の方はというと、暑いことは暑いが、未だ何ともないことに対して、白が何を言っているのかが理解できていなかった。場所的には湯の国。このまま一旦北上し、西へ向けて行った先にある北の研究所を思い浮かべても、特に気にするようなことが起こるとは思えなかった。
そのため、香燐は上着の前の部分を掴むと、その両端を引っ張って腹に日が当たらないようにしし、水月は余裕を崩すことなく、逆に白へと言い返す。
「ぼくがなんで後悔なんてするのさ。ただ、北の研究所に向かうだけなのに」
「忠告はしたからね。ちなみに、同じコートがもうひとつあるけど、香燐使う?」
「持ってるなら早く寄越せ!」
白はコートの中から、もうひとつコートを取り出した。そのコートを取り出した瞬間、それを引っ手繰るようにして香燐は掴み取り早速羽織ると、感想を求めているのか、サスケへと目線を向ける。
残念ながら、香燐の思惑は届かず、サスケはひたすら沈黙したまま歩みを止めなかったが。
北の研究所に近付くにつれて、水月は白の言ったことをしみじみと思い出していた。
「白。コートもうひとつない?」
「ない」
北の研究所の場所は火の国内とはいえ、光景は風の国に近く、違いは砂嵐のようなものが無いだけだった。周りは岩肌が所狭しとあり、風は無い。夏なので日の光も強く、それが岩を焼いて周囲の気温を熱くしていた。
白は風遁で風鎧をこっそりと纏い、持ってきていた水筒の中身を氷遁で少し凍らせながら、それで喉を潤して耐えていた。
水月は、明らかにバテて疲れたような表情をして、しきりに同じ言葉を定期的に発する。
「そろそろ休まない?」
「またかよ! 北の研究所までもうちょっとなんだから我慢しろよな」
「いや。歩き詰めでみんな疲れただろ? ぼくはみんなのためを思って言ってるんだよ」
「うちはまだまだ行けるっての」
「俺もまだ耐えれるかな」
「…………」
誰も賛同の声を上げないことに、水月はガックリと肩を落とすと、手近な岩に腰を下ろしてしまった。それを見て香燐は眉をしかめる。
「だらしない奴だな。そんなんで、サスケに付いて来れると思ってるのか? てかなんで水月が付いてきてる?」
「サスケに誘われたからって言っても香燐は納得しないだろうね。……ぼくにはぼくの目的がある。それを叶えるのにサスケと一緒だと都合がいいからさ」
「忍び刀七人衆のリーダーになることだよね」
「そうそう……なんで知ってるの?」
水月のいた研究所で、忍び刀七人衆についての情報を話した記憶が水月にはなかった。特に知られて困る内容では無かったが、白が知っていたことに対して軽く驚く。軽くで済んだのは、これまでの忠告などから、知っていても不思議ではないと思ったからだった。
「今のところはヒミツってことで」
「今のところ……ね……」
「代わりにこれをあげるよ」
白は冷えた水の入った水筒を水月に手渡す。水月は不審気にそれを受け取った。
「これは?」
「冷えた水。暑さでバテてるの丸分かりだから」
「頼りになるね」
水月は受け取った水筒の蓋をあけて中の水を飲み始めた。余程暑かったのだろう。水筒の中身を一気に飲み干してしまい、空になった水筒を白へと返してきた。
「助かったよ。それにしても、かなり冷えてたけど、どうなってるの?」
「中の物の温度をそのままにしておける水筒が開発されたんだよ(この世界にはないけど)」
「便利だね」
「そんな物が今はあるのか」
水月は、研究所に何年もいたためだろう。外からの情報などほとんど入ってこないために、世間の情報に疎く、簡単に白の言葉を信じてしまった。香燐にしても、そういった細々した雑貨の類の情報など集めていなかったのだろう、こちらも白の言葉を信じていた。
再度出発し、アジトまであと少しといったところで、誰かが俯せに倒れていた。
「こいつは、北の研究所の監視のやつだ。……おい。何があった?」
香燐は男を仰向けにして顔を確認してそう言うと、男を抱き起こした。
「助けて……くれ……。研究所の……囚人たちが……暴走……した。……このままじゃ……」
男はそこまで言うと、身体から力が無くなり、何も話さなくなった。
「あらら……。死んじゃった」
「何があったってんだ?」
「大蛇丸が死んだ情報が、研究所内に流れて、それを聞いた実験体が暴れてるんでしょ」
白に全員の視線が集まってきたところで、香燐だけは突如違う方向へと顔を向ける。遅れて白もそちらへと顔を向けた。そんな2人の様子に、サスケと水月も同じ方向を見る。
そこには、異形と化した者がいた。
「あれ何?」
「あれは呪印状態2だ! かなり強いから気を……」
香燐が言い終える前に、いつの間に移動したのか、サスケが剣を振り抜いた状態で異形の者の背後に立っていた。
異形の者は身体を数か所斬られており、数瞬後に呪印状態が消えて普通の人へと戻ると、そのまま前倒しに倒れてしまう。
「場所はすぐそこだ。さっさと行くぞ」
サスケは3人を振り返りもせずに、北の研究所の方へと足を進める。
北の研究所の前に辿り着いたところで、研究所の出入り口の方から多数の足音がしてくる。それは地響きと言ってもいいほどのものだった。しばらくすると、研究所の前は、先ほど見た異形の者たちで溢れかえる状態になっていた。
「あれだと、監視してたやつらはたぶん全滅だな」
「あの中に重吾っているの?」
「香燐。どうだ?」
「ちょっと待ってろ!」
香燐は、感知結界を張り巡らせ、溢れかえった異形の中を探り、すぐさま結論を出した。
「いないな」
「なら、全員殺っちゃってもいいね」
水月は野太刀を嬉しそうに構える。疲れよりも、斬れることの喜びの方が大きいのだろう。先ほどまでバテていたのが信じられないほどだった。
サスケも刀を構えて、やる気満々の水月に向けて言葉を発する。
「急所は外しておけ」
「はぁ……お優しいことで……。さっきの男も殺しておけばいいのに、サスケって結構甘いよね」
2人が異形の集団へと突撃した所で、白と香燐の2人は研究所内へと入っていく。
「荒事は2人に任せて俺たちは鍵でも探しましょうかね」
「鍵の場所はうちが知ってるから探す必要ないけどな」
「そう言われるとそうだね。重吾の場所にしたって、感知結界でわかるんだろうし……」
香燐は迷うことなく鍵の置いてある部屋へと入り、鍵を持って出てくると、そのまま研究所の入口へと向かって歩いて行った。逆に白は、その場で探知結界を使い、研究所内のチャクラの場所を把握すると、そのまま研究所内部へと歩いて行く。