球磨川君が武装少女達の学園に視察に行くようです。   作:ゼロん

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中編 『熊と戦わされることになったら?』

球磨川、禊(くまがわ みそぎ)……あいつは一体何者なんだ……?」

 

 日は沈み窓からは満月が綺麗に見え始めた頃、鬼瓦は五剣会議室に溜まっている書類を一人で整理していた。

 

「転校生なら生徒の個人情報が学校側にも送られてくるのだが……」

 

 ーー別にあいつの過去について知りたいわけじゃないんだ。違う、そうではない。

 ただ書類が管理できないようでは五剣の一人として管理責任の問題がだな……

 

 心の中で言い訳をしつつも球磨川の資料を探す鬼瓦(おにがわら)。なぜか自然と顔が熱くなってしまう。

 

 ーーあんな……下劣で! 卑怯で! 軽薄で! おしゃべりで! 馬鹿者で! 馬鹿で! 馬鹿で! 馬鹿で!

 

 球磨川を罵りつつもファーストキスを奪われた瞬間を思い出してしまう鬼瓦。羞恥心が彼女の許容量を超え、『あぁーーッッ!!』と叫んでしまう。

 

「……何を変なことを考えているんだ、自分は……!! たしかにあいつは優しいし、根は悪いやつではない……けど……!!」

 

 五剣としての責任と純粋な乙女心との葛藤のせいか、気分が落ち着かない。

 

 近くに何もない壁に鬼瓦は頭を打ちつけるも、痛いだけでちっとも冷静になれない。

 もどかしくてつい頭をぐしゃぐしゃとかき回してしまう。

 

 ーーどうしたらあんなにアイツが螺子(ねじ)曲がってしまうのだ! 過去に一体何をしてきたんだあの男は! 球磨川は私よりも遥かに強いのになぜ……?

 

 先ほどの言い訳を忘れ、熱心に球磨川についての資料を探すと、鬼瓦はつい先程届いたばかりの資料のエリアにある一封の資料があった。

 

『箱庭学園 視察係 プロフィール』

 

 と書かれてある。

 

「これは……届くまでの日数が過ぎてるじゃないか。配達業者が間違えたか?」

 

 封を解き、鬼瓦は中身を確認する。

 

「な……これは……!?」

 

 そこには球磨川が今まで通ってきたであろう中学校、高校の記録も当然ある。だが……

 

「三十以上の学校に通って……全て……転校?」

 

『何かの間違いだ』と用紙の下にある詳細の欄を読む。

 

「球磨川……お前は何で……?」

 

 用紙にはこう書かれていた。

 

『球磨川 禊 マイナス十三組所属 男性

 

 過去に支持率0%で生徒会長の経験あり。

 当時の副会長の顔を引き剥がしたため、副会長の友人である女子生徒に暴行を受け転学。

 生徒会長の座もリコールされた。

 

 球磨川 禊の通っていた学校は彼が入学した直後、長くても約一ヶ月で廃校化。一年も保った学校は一つとしてない。彼に関わった生徒、教員はほぼ全員、精神病院に入院し現在も療養が必要な者もーー』

 

 鬼瓦は震える手で用紙を置き、急いで部屋にあったパソコンで球磨川の通っていた三十の学校を調べる。

 

「は……ははは。うそ……だ」

 

 自分でも驚くぐらい乾いた笑みが口からこぼれた。中には過去に球磨川と関わったらしき生徒のブログもあり、そこには多くの生徒が螺子で貫かれて絶命している写真もあった。

 

「早く……早く球磨川と話さなくては……!」

 

 鬼瓦は急ぎ、会議室を後にして男子寮へ走り出す。

 

 ーーどうしてこんなことをしたのか。

 ジャンプの話をした時に、あんなに優しい笑みを浮かべていたお前がこんなことをするはずがない。

 

 道を外れたところではない。人を捨てた修羅ですら大量殺戮をしておいて、ああもヘラヘラと笑えるはずがない、鬼瓦はそう信じて疑わなかった。

 

 だが普通である彼女は気づかない。

 球磨川は平気で他人の不幸を嘲笑えた過負荷(かふか)であることに。

 

 冷静でない彼女は気づけない。

 書類の詳細欄の一番下の『箱庭学園(はこにわがくえん)に転校し生徒会戦挙戦を経た後はなりを潜め、現在の彼はマイナス十三組の唯一無二のリーダー的存在となっている』という記述に。

 

 そして、動揺した彼女は気づけなかった。

 

「かーーーぁ……」

 

 闇に潜む者の攻撃の予兆も。

 

 意識が薄れていくなか、感じたのは背中の痛み。視界が霞み手足がまともに動かない。

 

 ーーどう……して……

 

 意識が闇に飲まれる直前、鬼瓦が思った唯一のことだった。

 

 

 

 ====================

 

 

 

「ワラビンピックの開催……!?」

 

「ひょひょひょ……さよう、これは新たな五剣会議の決定事項。もう鬼姫(おにひめ)亀姫(かめひめ)、お主とてもう口出しはできんぞや」

 

 女子寮の談話室。亀鶴城(きかくじょう)は五剣最年長である少女とソファーに座りながら話していた。

 

 彼女の持つ巻物には『眠目(たまば) さとり 花酒 蕨(はなさか わらび)』と二人の五剣の署名があった。

 

「それにしても……鬼姫(おにひめ)め、転校生とイチャイチャとなどしおって……。五剣が自ら風紀を乱すような行いをするとはな。嘆かわしいことじゃ」

 

 よよよと大げさに少女はマントで涙を拭く真似をする。それを見る亀鶴城(きかくじょう)の表情は冴えない。

 

「ん? どうしたのだお主? あの転校生にこっぴどくやられたのではなかったのだがや?」

 

「……花酒(はなさか)さん、短刀直入に言いますわ。あの転校生に手を出すのはやめたほうがよろしくってよ」

 

「……ひょ? それは……どういうことじゃ?」

 

 花酒(はなさか)の纏う雰囲気が変わり、亀鶴城(きかくじょう)を驚かすほどの怒気を放つ。亀鶴城の持つレイピアの(さや)が音を立てて揺れている。

 

「あの男に手を出せば大切なものを奪われますわ。それも確実に」

 

「ほう、お主はすっかりあやつに骨抜きにされてしまったようじゃのう」

 

「それに……あの男を怒らせるなんて、それこそ自殺行為ですわ。鬼瓦さんが監視をしていた時は彼は大人しくしていたのでしょう? 仲良くなっておいて損はありませんわ。……鬼瓦さんはよくやっていましてよ。早く彼女を解放して……」

 

「甘いッッッッ!!!」

 

 ビクッと花酒の膨れ上がった怒気に当てられ、怯む亀鶴城。花酒は苛立ちながらソファーを立ち上がる。

 

「貴様は甘い。甘すぎるぞよ。仲良くなる? あやつは矯正対象だぞよ!」

 

「我々五剣の目的は、学園における男女の共生を守ること! 不発弾に手を出すなんて死ぬほど愚かでしてよ!! 鬼瓦さんを今すぐ解放してワラビンピックの開催をあなたの名を持って中止しなさい!!」

 

 亀鶴城(きかくじょう)は怯みながらも立ち上がり、必死に花酒(はなさか)に抗議する。過去にワラビンピックを開いた時は校舎が半焼するほどの事態にまでになってしまったのだ。鬼瓦も『やりすぎだ』と反対していた。

 

 ……が花酒は亀鶴城の言葉を意に返さなかった。

 

「却下じゃ。とっくに準備は最終段階まできておる。ワラビンピック開催は決定事項! もう覆すことなどできんぞや!!」

 

「……そう、せいぜい気をつけることですわね。忠告はしましたわよ」

 

 亀鶴城はソファーから立ち上がり、自分の部屋に帰っていった。残された花咲は顎に手を当てて何かを考え込む。

 

「……あの亀姫(かめひめ)にあそこまで言わすとはのぅ……球磨川 禊(くまがわ みそぎ)、一筋縄ではいかなそうじゃ…」

 

 

 

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『……(りん)ちゃん、遅いなぁ。携帯番号を交換しておくべきだったや。てへっ』

 

 球磨川は翌日の朝に男子寮の前で鬼瓦が来るのを待っていた。

 本人は『監視のためだ』とは言ってはいたが……これでは一緒に登校しようと言っているようなものである。

 

『風邪かなぁ。とりあえず先に学校に行って、クラスのみんなに聞いてみよぉ〜っと』

 

『僕は約束の時間に遅れてないし、悪くない』と呟き、彼は最後の転校生ライフを満喫しようとするのだった。

 

 

 

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『うーんと……これはどういった演出かな?』

 

 校舎の手前で男子(オカマ)全員が柱に縛りつけられている。見せしめのつもりなのだろうが……見ていて全然くやしくない。むしろ見たくない。

 

増子(ますこ)ちゃーん! 元気ぃ〜? 君たちの趣味はこんなところで仲良く光合成をすることだったのかい?』

 

「ちげぇーし!! よく見てみろよ! 縛られてるんだよ!!」

 

『あれま、お気の毒に』

 

「お前のせいだよ!!」

 

 球磨川が校舎の方を振り向くと、屋上の方から高笑いが聞こえた。

 

「ひょ〜ひょひょひょっ!! そやつらは見せしめよ、転校生!! 持ち込み禁止の物を密輸した連帯責任よぉ!」

 

 声の主は屋上の柵の上に立っていた。

 

 ウサギの耳のような赤いリボンを付け、肩まで伸ばした黄髪に、学生服を覆う白いマント。身長は全国女子の平均よりも小さく、140cmほどしかない。

 

 ーーあの小さいのが花酒 蕨(はなさか わらび)ちゃん……かな?

 めだかちゃん程じゃないけど、すごく上から目線だなぁ。さすが天下五剣(てんかごけん)

 

『あちゃーバレちゃったかぁ。ダメだよ増子ちゃん、こういうのはバレないようにやらないと』

 

「ご丁寧に密輸品を五剣にプレゼントしたのは誰よ……」

 

『……さぁ? どこの誰だろうね』

 

 増子寺(ますこでら)の方に背を向け、球磨川は『知らない』とばかりに口笛を吹く。

 

「キサマはいささか調子に乗り過ぎた。よって! キサマには伝説の血の祭典、第十三回ワラビンピックに参加してもらうぞよ!!」

 

『な、なんだってーー!! あのワラビンピックにぃーー!?』

 

『ワラビンピック』、その言葉が聞こえた張りつけ化粧男子たちは恐怖で身体が震えている。

 中には悲鳴をあげる者、冷や汗をかく者、気絶する者までいた。

 

「ひょひょひょ、どうだ恐ろしかろう? 転校生、キサマには最高の恐怖とトラウマを植え付けてやるぞよ」

 

『……で、ワラビンピックってなに? それ美味しいの?』

 

 球磨川のあまりの場違いな発言で『ドテッ!』という音が聞こえるぐらいに周りの者はずっこけた。花酒(はなさか)に至っては屋上から落ちそうになっている。

 

「き、貴ぃ様ぁああ! なめているのかや!? ……いいぞよ。お前には特別にキツイ種目をくれてやるぞよ!!」

 

「ばか!? アンタ、あの方が言っているワラビンピックっていうのは運動会に見せた公開処刑よ!?」

 

 縛られている増子寺が、いつまでものほほんとしている球磨川に簡単に説明する。

 

『なるほど、まぁなんとなく分かってたけどね』

 

「じゃあなんでトボけたんだポン……」

「ココ……」

「キキッ……」

 

『ん? 君達は?』

 

 球磨川が後ろを振り返るとそこには三人の女子生徒がいた。特徴を一言で言えば、もろ眉、木の葉の髪飾り、ゴーグルの三人だ。

 

「そやつらは妾の直属の三剣士! 名を『花酒三獣士(はなさかさんじゅうし)』じゃ!」

 

『なるほど……よくある四天王ポジね』

 

「貴様はそやつらと妾が決めた種目で勝負をしてもらおう。そしてその種目が……これじゃあっ!!」

 

 花酒が指を鳴らすと、校庭の中心から立派な土俵(どひょう)が飛び出した。

 

 

「けっぱれ!! 暴れ大相撲っ!!」

 

「ーーおい花酒! これはどういうことだ!? 早く私を解放しろ!」

 

 土俵が出現した途端、屋上の入り口から増子寺同様に柱にはりつけにされた鬼瓦が出てきた。

 

「黙れ! 五剣の一人でありながら矯正対象と馴れ合いおって! 鬼姫! 貴様にはこの男が逃げ出さんための保険になってもらおう!!」

 

「花酒! ……ダメか。球磨川! お前は早く逃げろ! 私のことはいい! これは全て私の責任だ! お前は関係ない!」

 

 腹からあらん限りの声を出して鬼瓦は球磨川を逃がそうと叫ぶ。そんな鬼瓦の姿を見て、球磨川の眉がピクリと動く。

 

『関係ないなんて水臭いじゃないか、輪ちゃん。いいよ花酒ちゃん。その……ワサビンピックだか、ワラビンピックだか興味ないけど、参加してあげる』

 

「球磨川!! やめろ!! やめてくれ!!」

 

「ほう……その意気だぞよ」

 

 次の瞬間、鬼瓦は必死で花酒に球磨川が『箱庭学園の使者であること』を伝えようとするも、口を花咲の配下にタオルで塞がれてしまう。

 

「ーー!! ーーッッ!」

 

『へいベイビー! そんな高いところで僕らを見下ろしてるつもりかい? 降りてきなよ』

 

 ーー僕は上から見下ろされるのが一番嫌いなんだよ。

 

「この虫ケラが……いいだろう。最終種目で迎え撃つつもりだったが、気が変わった。今から下に降りて、次の種目から(わらわ)自らが相手をしてやろう、覚悟せい球磨川 禊ッッ!!」

 

『フェアプレイ精神に(のっと)って、僕は全力で君に勝つよ! 花酒(はなさか)ちゃん!!』

 

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「では、貴様には大相撲をこの三人とやって……」

 

『三人って? 彼らなら重傷を負って棄権したよ?』

 

「な、なんじゃとおぉ!!??」

 

 花酒が学校の階段を下りてきたときに目に映ったには、螺子(ねじ)の針山となって担架(たんか)で運ばれていく三獣士達だった。

 

「おのれ……東狐(とうこ)達をよくも……!!」

 

『これで君側の選手はいなくなっちゃったね、花酒ちゃん。これはもしかして僕の不戦勝かな?』

 

 試合前に相手を潰す。ルールのある戦いなら試合前に仕込みを済ます。それが球磨川 禊である。

 

『花酒ちゃん、僕言ったでしょ? 全力で勝ちにいくよって』

 

 周りからは『フェアプレイ精神はどこに行った!』との声が聞こえるが球磨川の知ったことではなかった。勝負は勝てばよかろうなのだ。

 

「……何を言っておる球磨川。選手なら既に土俵の上に登っておるぞよ!」

『へ?』

 

 土俵の上を見ると、そこには巨大な熊が土俵の中心に鎮座していた。

 

「ルガアアアアアアアアアァァァッッ!!」

 

 熊は地を揺るがすような雄叫びを上げ、青筋を顔に浮かばせている。すごい迫力だ。

 

『え〜と……冗談でしょ?』

 

 流石の球磨川もだじだじとなる。顔に大量の冷や汗が浮かぶ。

 

「何を焦っておる? キョーボーは大人しく優しい熊だぞよ。こう見えても気性は穏やかじゃ」

 

『絶対に嘘でしょ。名前からして僕を初めから殺しにかかってくるよね……』

 

 私の飼っている熊の名前は『凶暴』だけど大人しいよ、なんてどこに説得力があるというのだろう。

 猛毒のハブに『無毒』と名付けても生まれつき持っている毒は無かったことにはならない。

 

「おっとそうじゃったのう……球磨川!」

 

『!!』

 

 花酒は球磨川に相撲用のまわしを渡し、球磨川が手元に隠し持っていた螺子をサーカスばりの動きで没収する。

 

「まさか熊の主が熊より弱いなどと思ってはおるまいなぁ……! 次に反則をすれば鬼姫がどうなるかのう?」

 

『……』

 

 ーーやれやれ、さすが花酒(はなさか)ちゃん。威張ることだけのことはあるなぁ。ある意味、亀鶴城(きかくじょう)さんより手強いかもね。

 

『……わかったよ、花酒ちゃん。この勝負を正々堂々と、ズルなしで受けるよ。回しをつける時間をくれるかい?』

 

 ビシッと球磨川は花酒に指を刺し、宣戦布告を叩きつける。花酒も球磨川が勝負にのってきたため、どこかと満足気だ。

 

「よかろう! では校舎裏で……」

『よし! じゃあ早速!!』

 

 球磨川は身につけていた学ランやズボンを一瞬で脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。

 

「は、裸にならんでもいい!! 校舎裏でと言うたじゃろぉ!!」

 

『あ、そうなんだ。これ罰ゲームみたいなものだから、てっきり裸でやるのかと思ったよ』

 

 必死に球磨川の大事な部分が見えぬように、両手で目を塞ぐ花酒であった。

 

 

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 結局、学ランとズボンの上から球磨川はまわしをつけた。土俵の上に登り、花酒自らが不正が無いかを監視する。

 

「言っておくぞ球磨川。貴様のチンケなスキルとやらは試合中は使ってはならぬぞ?」

 

『へぇ、さすが花酒ちゃん。よく調べてあるね。そう、僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」はこの右手で触れたものを無かったことにできる』

 

 ひらひらと球磨川は自分の手を動かし花酒に見せびらかした後、グッと右手を握る。

 

『僕はこれを試合中には使わないと君に約束するよ』

 

「ふむ、よかろう。その約束、破ったら鬼姫がどうなるかわかっておるだろうな」

 

「ーーっ!! ーー!!」

 

 屋上からまだうめき声が聞こえてくる。

 責任感の強い彼女のことだ。球磨川に『自分のことを放っておいて逃げろ』と言い続けているのだろう。

 

 退路は断たれ、『大嘘憑き(オールフィクション)』の使用は禁止された。死んでスキルを自動発動させてもアウトだ。しかし熊が相手では球磨川が死なない保証はない。

 

 まさに……絶体絶命。

 

 ーーだが、これでいい。僕はいつもこんな状況で戦ってきた。それに志布志(しぶし)ちゃんは言ってた。『1%でも勝てる確率があるなら私は絶対にあきらめない』って。

 

『大丈夫、(りん)ちゃん。決めてるんだ。僕は争いが起こった時は一番弱い子の味方をするって』

 

 球磨川は淡々と土俵の上に登り、中に入っていく。

 

『だから僕は君の味方だ』

『見ててね』

『花酒ちゃんが棄権したくなるくらい』

『悲惨な試合を見せてあげるよ』

 

 球磨川は土俵の中心に足をつけ、構えた。

 大熊キョーボーが飛びかからんとこちらを睨みつけている。その様子を見て花酒(はなさか)はほくそ笑む。

 

「ルールはシンプルに土俵から出たら負けじゃ。球磨川、ちなみにそちが敗北を喫した後は男子共にフンドシ姿で登校させるように命じておる。さぁ、妾に面白い試合を見せてみよ」

 

『ふぅん……じゃあ花酒ちゃん。僕がもし勝ったらさ……』

「なんじゃ、言うてみよ」

 

 球磨川は口元に一杯の笑みを浮かべて、自らの願いを口にした。

 

『もしも僕が勝ったら……女子生徒全員(きみたち)の制服は、明日から裸エプロンだ!!』

 

「試合開始ぃぃぃッッ!!!」

「ルガアアアアアアァアァアァアッッ!!」

 

 ーー女子達の純潔を守るためにもこの勝負、絶対に負けられん!! さぁ球磨川禊(くまがわみそぎ)、そんな大口を叩くだけの実力! 見せてもらおうぞ!!

 

 ボキボキボキィッッ!!!

 

「え……?」

 

 キョーボーが張り手をした瞬間、倒れた球磨川の方から聞こえてはならない音がした。

 

『……折れちゃったよ。腕ーーがッッ!』

「ルガアアアアァアァァァ!!」

 

 起き上がろうとする球磨川を逃さず追撃し、土俵の外に押し出そうとするキョーボー。

 キョーボーに攻撃されるたびに体の部位が破壊されていく球磨川。自分から土俵の外に出ていないのが不思議なくらいの大怪我だ。

 

 --弱い。弱すぎる。

 

 ポキボキィッッ!!

 

 球磨川の身体が壊されるたび、痛々しい音が校庭に響く。はりつけにされた男子生徒は余りの悲惨さに目を背け始めている。

 

 鬼瓦は泣き始め、目元に涙が浮かんでいる。拘束から脱しようと必死にもがく。

 

 花酒は不快さに顔をしかめるが、攻撃の手を緩めるつもりはない。

 

「……まだじゃ。まだ土俵からは出ておらん」

 

 しかしもう球磨川は地に伏している。四肢は折れ、立ち上がる気配がない。

 

「ーー!! ーーーーッッ!!」

 

「……さすがにもう起き上がれまい。キョーボー、もうよい。そいつを土俵から……ッッ!?」

 

 突然、球磨川がゆらりとその場から立ち上がった。壊れた人形のようにぎこちなく、痛々しく……ニヤニヤと笑いながら。

 

『……まだだよ花酒ちゃん。僕は土俵から出ていない。まだ負けてない。さぁ続けてやろうじゃないか、熊さん』

 

「ルガ……ゥウ……!?」

 

 キョーボーは怯み、お返しに目の前の男を睨みつけるも全く彼の笑顔は崩れない。フラフラと手を伸ばし、永延と戦いを挑み続けてくる球磨川に……キョーボーは恐怖していた。

 

「ウゥ……ルガゥゥゥ……」

 

『どうしたの? 僕はまだ戦えるよ? さぁ、いい勝負をしようじゃないか』

 

「キョーボーが……嫌がった!? この男……なぜあんなになってまで立ち上がるのじゃ!?」

 

 キョーボーは決着をつけようと、右手を振り上げつい球磨川の目を思いっきり引っ掻いてしまう。

 

 目がえぐられ失明しても球磨川は怯まず、キョーボーに向かっていく。

 

『まさか……この程度で、僕が土俵から出るとでも思っているの?』

 

「ウウウウウウ……アオォォォォゥ!!」

 

「きょ、キョーボーーーーッッ!!」

 

 キョーボーは逃げ出した。戦いから初めて完全に逃げ出した。もう見ているのも限界だったのだ。

 

『甘ぇよ』

 

 球磨川の手から放たれた二本の螺子(ねじ)が土俵の外に出たキョーボーの胴体に深々と刺さる。

 キョーボーが怯んだ隙に、球磨川はもう二本の螺子を両手に持ち、キョーボーの頭部を遠慮なくぶっ潰した。

 

「きょ…………キョオオオボォォォォォッ!!」

 

『あ、花酒(はなさか)ちゃん。約束は守ったよ。……()()()()螺子(ねじ)を使わないって』

 

「球磨川ぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 我を忘れ、怒りに狂った花酒は最高速度で球磨川を斬りつけにかかる。

 

『やれやれ、その容赦のなさ、嫌いじゃないぜ。……「却本作り(ブックメーカー)」』

 

 

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「……助かったよ。亀鶴城(きかくじょう)。ののも鵜薔薇ヶ崎(うばらがさき)もありがとう」

 

「勘違いしないでほしいですわ。わたくしもこれ以上あの男に暴れられるのが不愉快なだけでしてよ」

 

 鬼瓦の拘束を解き、花酒の親衛隊(クラスメート)を退けた亀鶴城(きかくじょう)百舌鳥野(もずのの)蝶花(ちょうか)は校庭に続く階段を降りる。

 

 亀鶴城が右腕を、百舌鳥野(もずのの)が鬼瓦の左腕を背負う形だ。まだ睡眠薬の効果が残っているのか、鬼瓦の足はフラフラしている。

 

「お姉様……ご無事で何よりですの……」

 

「鬼瓦さん、もうすぐで出口ですわ」

 

 百舌鳥野が安堵し、蝶花が鬼瓦を安心させようと微笑んでくれる。

 

 階段を降りるたび、蝶花の巻き毛ツインテールが上下に揺れる。……ちなみにこのツインテールはカツラである。

 

「ありがとう、さて、早く花咲達を止めなくては……球磨川が殺されてしまう」

「……その心配は死ぬほど無いと思いましてよ」

 

 校庭に出た瞬間--

 

「なっーー!! こ、これは……!!」

 

 鬼瓦達は土俵の近くに熊の死体を見た。

 

「こいつは……花酒の……!?」

ズュット(ちくしょう)! 予想通りの結果になりましてよ……」

「「ヒィッッ!!」」

 

 蝶花と百舌鳥野はキョーボーとは別の方向に指を指す。そこには球磨川の過負荷(マイナス)の被害を受け、弱り切った花酒(はなさか)がいた。

 

 その周りには花酒の親衛隊も倒れている。全員螺子を頭や胸にぶっ刺されて。

 

『さぁみんなぁ! 今こそ絶好のチャンスだよ! もう花酒ちゃんは動けない! 復讐の時がやってきたんだ!』

「や、やめろ……こ、来ないでくれ……!!」

 

 男子達の拘束は解け、花酒は泣き崩れている。普段の自信満々の姿が嘘のようだ。

 

『どうしたの? みんな花酒ちゃんが憎くないの? ワラビンピックなんて言って、逆らわないように今までみんなに大怪我させて、トラウマを植え付けてきたんでしょ? 彼女もこうなる覚悟は……当然できていたはずだよ?』

「あ、あぁっ……!」

 

「……もう充分よ」

 

『んん?』

 

 はりつけにされていた男子を代表し、増子寺が意見する。

 

「ペットの熊を目の前で殺されて……盛大に運動会がぶっ壊されて……もう彼女は罰は充分に受けたわ。これ以上は……もうやり過ぎよ」

 

『みんなは優しいなぁ。良かったね花酒ちゃん。みんなはもう君のことを許してくれるって。……ここにいる男子生徒にしたくもない化粧までさせて、生涯後遺症が残るような大怪我をさせちゃったのにね。『矯正』なんて大義名分で』

 

「ーー!! うぅ……」

 

「「「「ーーーーッッ!!!!」」」」

 

 今のは……花酒だけではない。この学校の武装女子に向けた、正論であり、この学校の『負』の部分そのものだった。

 

『まぁ、僕はそんなに優しくないけど』

 

「キューーー!!」

 

 球磨川は学ランの懐から一匹の子熊を取り出す。その子熊には花酒の着けているのと同じマントが着せられていた。

 

「ーー! ドーモー!! や、やめろぉ!! その子は! その子だけはぁ!!」

 

『みんなの分の仕返しは済んだよ。だけど……僕の分はまだだ』

 

 花酒はみっともなく、乞い願うように球磨川に泣き縋る。残った最後の希望を刈り取られないために。

 

『嫌だなぁ花酒さん。()()くれたんだよ。僕がこの子を捕まえる時間を』

 

「ま、まさか……」

 

 そう、球磨川は回しをつける際に校舎の裏に回り込んだ。その間にドーモーは捕まってしまったのだ。

 

「やめて……お願いします。やめてください……ドーモーは……何も悪くないんですぅ……っ!」

 

『泣かないでよ、まるで僕が悪者みたいじゃないか』『僕は悪くない。』

 

 球磨川は絶望に沈む花酒を見ても、試合の時に見せたあの不気味な笑みをちっとも絶やさない。まるで可愛い犬に微笑むがごとしだ。

 

『きみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪い』

 

『君が悪くて』『いい気味だ』

 

 球磨川は容赦なく地面に置いたドーモーに螺子を捻じりこもうとする。

 

「やめてくれぇえええええぇッッ!!」

 

「キュウウウウウウゥゥゥ!!」

 

 花酒とドーモーの悲鳴が響くなか、一人の少女が割り込んだ。

 

「やめろ、球磨川」

 

『……輪ちゃん、それは……何のつもりだい?』

 

 球磨川に刀を向けず、ドーモーを挟み仁王立ちする形で鬼瓦は彼の前に立っている。花酒はその場で失神し、球磨川は螺子を握りしめたまま動かない。

 

「……話すことがある」

 

『君と話すこと? ……別に無いけど?』

 

「お前の方からはな。私にはある」

 

 鬼瓦は昨日見ていた球磨川に関する書類をポケットから取り出し、彼に見せつける。

 

「ここに書いてあることは……本当なのか」

 

 球磨川は眉をひそめ、不満げな表情を見せる。

 

『……何これ? うーん、なんかデタラメばっか書いてあるね』

 

「……そうか、ならいいんだ」

 

 鬼瓦は取り出した書類を下ろし、再びポケットにしまい始める。

 

『って言ってほしかったの? なーんてね嘘嘘っ! 引っかかったあ? だいじょーぶ正解正解っ! あってるよ大正解でーーっす! いやんっ!』

 

 鬼瓦は絶句した。これでは嫌でも気がついてしまう。……いや本当は確信していた。この惨劇を引き起こした張本人は、笑いながら平然と学校も人も壊していくのだと。

 

『だって……それ、僕が書いた書類だもん! 嘘偽りない球磨川禊の知られざる純度100%のヒストリーだぜ? ……あ、ちょっと脚色(きゃくしょく)したところもあるかな? 蛾々丸ちゃんに任せたところもあったっけ?』

 

 ただ……鬼瓦が認めたくなかっただけなのだ。

 球磨川が平気で人の不幸を望み、自らの不幸をも受け入れる過負荷(マイナス)だということに。

 

「……もういい」

 

『ん? 何が?』

 

 鬼瓦は広げていた腕を力なく下ろし、顔を下に向ける。表情は……見えない。ただわかるのは……彼への諦念。

 

「お前なんかを信じた私が馬鹿だったんだ……」

 

『……』

 

「私は何人もの横暴な男子生徒をここで見てきた。球磨川、中でもお前は確かに最低だ。けど……心が無いわけじゃなかった』

 

 校庭の砂に、鬼瓦から流れたいくつもの雫が吸い込まれていく。

 

『……お前が私を元気付けてくれた時は本当に嬉しかった。いくらかっこ悪くたって、最も困っている者を助けるヒーローになりたいと言ったお前の言葉は本物だった。とても優しくて、私が見たどんな男よりもかっこよかった。だから……だから私はお前を信じられたのに……こんな……こんなの、あんまりだ」

 

 鬼瓦はその場に崩れ落ち、両手で顔を抑える。

 球磨川は黙ったまま、ただただ彼女の言葉を受け止める。

 

『……そう、()()()いいんだよ。()()ちゃん』

 

 球磨川が鬼瓦に背を向けた瞬間、揺れる銀髪と共に刀が球磨川の顔に突きつけられる。

 

「動かないでください」

 

 声だけで空気が軋み、場にいるだけで周りの人々は恐れ慄いた。

 

 そこにいたのは身長の低い花酒よりも一回り小さい幼女だった。ツインテールに結んだ銀髪が風に揺れ、巫女装束のような衣服がはためく。

 

「い、因幡月夜(いなばつくよ)……!!」

 

「……球磨川さん、あなたの事情はお察しします。ですが……あなたはやり過ぎました」

 

『へぇ〜目が見えない状態でこの球磨川禊が倒せるとでも?』

 

「……弱点だらけのあなただからこそ、わかっているはずですよ。盲目の私は、代わりに異常な「聴覚」を有しているということを」

 

『……』

 

 球磨川は表情を崩さず、月夜を見つめるが彼女の血のように紅い瞳には彼は映っていなかった。

 

『じゃあ月夜ちゃん、君の持つスキルは異常(アブノーマル)「超聴覚」ってところかい? 骨が軋む音やらで僕の位置が捉えられるのはわかるけど、それじゃあ……』

 

「ーーいつ聴覚が私の真骨頂と言いましたか?」

 

 球磨川が瞬きをした次の瞬間、月夜は鬼瓦の隣を通り過ぎていた。鬼瓦が持っていた書類が一瞬でただの紙クズに変わっている。

 

『うわ~……人斬り抜刀斎もビックリの居合斬りだぜ……』

 

「……この程度で驚くなんてガッカリです」

 

 月夜は模造刀の鞘に触れ、ため息をつく。

 

『なん……だと……』

 

 ーー本気ではない。本人が手を抜いても見えない神速の抜刀術。天才中の天才。

 

「箱庭学園生徒会 副会長 球磨川禊。あなたには力づくでもこの学園から出て行ってもらいます」

 

『……出ないって言ったら?』

 

「球磨川ッッ!!」

 

 鬼瓦が激しい剣幕を見せる。彼女よりも格上であろう月夜でさえも、鬼瓦の有無を言わさぬ迫力に怯んでいる。

 

「……ここから出て行ってくれ」

 

 拒絶。その言葉は球磨川と鬼瓦の袂を分かつ痛恨の一言。

 球磨川はため息をつき、頭を掻きながら鬼瓦達に背を向け学園の出口に歩き始める。

 

『そう言えば鬼瓦ちゃん。君は……僕が君に勝てた理由が、いかなる理不尽をも凌駕する秘訣を知りたいんだよね?』

 

「……」

 

『……受け入れることだよ』『鬼瓦ちゃん』

 

 背を向け、歩きながらも球磨川は鬼瓦に語りかける。

 

『不条理を』『理不尽を』『嘘泣きを』『言い訳を』『いかかがわしさを』『インチキを』『堕落を』『混雑を』『偽善を』『偽悪を』『不幸せを』『不都合を』『冤罪を』『流れ弾を』『見苦しさを』『みっともなさを』『風評を』『密告を』『嫉妬を』『裏切りを』『格差を』『虐待を』『巻き添えを』『二次被害を』

 

 

『愛しい恋人のように受け入れることだ』

 

『そうすればきっと』『君は()()()()()なれるよ』

 

 球磨川の姿が鬼瓦達の前から消えた瞬間、球磨川に殺された生徒たちは()()()()()()()()かのように蘇生した。

 

 もちろん花酒(はなさか)が被害にあった球磨川の過負荷(マイナス)も消え、キョーボーも平然とその場から起き上がった。ドーモーが急いで母であるキョーボーの元に駆けていく。

 

 その際に鬼瓦達が何を思ったのか……知るものはいない。

 

 

 ========================

 

 

「あ〜、困るんだよね〜。球磨川くんがこの学園からいなくなっちゃあ〜。この学園の秩序がめちゃめちゃだよぉ〜」

 

 暗闇の中でジェイソン仮面の集団に語りかける者がいた。

 

 翡翠のように綺麗な緑髪をはためかせ、くるくるとその場で回る。まるではしゃぐ子供だ。

 

「月夜ちゃんが倒すか〜? 鬼ちゃんがかばうか〜? どっちかだと思ったのにな〜。月夜ちゃんを呼んだ意味なかったのかな〜?」

 

 少女は回るのを止め、仮面の集団の中で一番自分の近くにいた黒緑の髪の子を手のひらで叩く。

 風船を割ったかのような子気味のいい音が周りに響く。

 

「それにしても球磨川くんが自分からこの学園を出ていくなんて予想外だったなぁ〜。もしかして〜彼、さとりの狙いに気づいてたのかな〜?」

 

「うぅ……」

 

 最後の五剣、眠目(たまば) さとりは側近である黒緑の少女の耳を掴み顔を自分の方へ近づける。

 

 さとりの魚のように感情のない目が側近、ミソギを捉える。

 

「ねぇ〜……(うな)ってないでなんか言いなよ」

 

「ご、めんなさい……きっと、まだ遠くには行ってないはずだから……追っ手を……」

 

「……うん、助かるよ〜。絶対に球磨川くんをここまで連れて来てね〜?」

 

 手を離されたミソギは闇の中に溶け、姿を消す。同時に他の仮面少女達も消え去っている。

 暗闇の中、さとりは一人で嬉々として笑う。

 

「あは〜ぁ〜。楽しみだなぁ〜やっと理想の『()』が見つかった〜。今の学園の体制も維持できるし〜、いいこと尽くしだよねぇ〜」

 

 近くにあった椅子に座り、自分専用のノートパソコンで画像編集ソフトを立ち上げる。

 

「それにしても残念だったねぇ〜球磨川くん〜。だけど〜、大丈夫。さとりは君のこと〜だーい好きだから〜」

 

 学園の闇は、負はまだ続く。彼女らがいる限り。

 

 

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