ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~ 作:アリアンロッド=アバター
ハジメが檜山からリンチを受け、ミオがブチギレた日の終わりに、メルド団長からとある通達があった。
それは、三日後に『オルクス大迷宮』へと実戦訓練に赴くというものだった。
『オルクス大迷宮』は、全百層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つに数えられ、下の階層に行けば行くほど強力な魔物が出現する。だが、その性質を利用して新兵や傭兵の実力を測るのにつかわれたり、採れる魔石が良質なモノだったりと、かなり人気のある迷宮である。ちなみに、魔石とは魔物の体内にある魔物を魔物たらしめている物体のことだ。
通達を聞いたハジメとミオは、即座にメルド団長に直談判した。「どうぞ僕(わたし)たちは置いていってください」と。そもそも同じく非戦闘職である愛子先生は迷宮での実戦訓練には参加しないらしく、ならば自分たちも不参加でいいじゃないかというわけだ。非戦闘職でステータスも低く、戦闘には向いていないハジメとミオ。自分たちがそれに参加しても周りに邪魔になるだけで、自分たちの訓練にもならないなどと訴えを重ねたが、メルド団長はついぞ首を縦に振らなかった。なんでも、上層部から生徒たちは全員訓練に参加するように、と言われているようで、どうしようもなかったようだ。
「安心しろ! お前らのことは、俺が絶対に守ってやるからな!」とメルド団長は男臭く笑って言った。同じようなセリフを光輝がよく言っているが、安心感が段違いだなぁ……と二人は思った。
その後は、迷宮に行くならやれることは全部やっておくぜ! のノリで調べものや各技能の訓練に励んだ。ミオは、孤児院へ数日間、お話を休まなくてはいけないことを伝えると、子供たちに泣かれた。「いかないで」の大合唱に、ハジメと二人でがんばってその場を収めたが、ものすごく大変だった。泣く子供は魔物なんかよりもよっぽど恐ろしいとハジメもミオも痛感した。
そして、あっという間に三日が経ち、ハジメたちは『オルクス大迷宮』を利用する冒険者や傭兵がよく利用する宿場町『ホルアド』に向けて出発した。移動は馬車で、メルド団長率いる騎士数人が引率役であった。
馬車での移動中のハジメとミオはと言うと……。
「ハジメ、『オルクス大迷宮』に出現する魔物の名前、全部覚えてきた?」
「勿論。出現階層までばっちり。それよりミオ、トラップの方は? 戦闘をあまり考えていない僕たちにとって、怖いのはトラップの方だと思うよ」
「そうだね。定番中の定番、転移トラップもあるみたいだし……。最悪、『いしのなかにいる』状態に……」
「流石にそんな即死トラップがあるとは思いたくないけど……気を付けておこう」
迷宮について調べてきたことを情報共有したり……。
「ミオ、戦闘での立ち回りは……」
「極力前に出ずに、戦いもしなけりゃしない方がいいと思う。戦いの実績がいるなら、適当な魔物を騎士さんたちに弱らせてもらって、それを倒せばいいんじゃない?」
「じゃあ、そういうことで。もし、不意打ちとかで万全の状態の魔物との戦闘になったら、とにかくいのちだいじにで。とはいえ、表層の魔物なら、僕とミオ、二対一なら問題なさそうだけどね」
「油断は禁物だよ、ハジメ」
戦闘時の動きを確認しあったり……。
「それにしても、馬車の中ってやることないねー」
「確かに、やることやっちゃうと暇だね」
「というわけで、わたしは寝ます。ハジメ、膝かりるねー」
「え、あっ、ちょ!」
「お休みなさーい。んっ……すやぁ」
「寝るの早くない!?」
昼寝にかこつけていちゃついたりしながら、道中を進んでいった。
数時間後、ホルアドに到着したハジメたちは、王国直営の宿屋に泊まった。迷宮探索は明日からである。最初はニ十層あたりの比較的安全な階層で訓練を行うらしい。まずは実戦の空気に慣れろ、ということだろう。
ハジメとミオは相部屋だった。男女で同じ部屋なのは問題があるのでは……と、思われたが、誰も何も言わなかったのでなし崩しである。若干一名、香織が二人を目の笑っていない笑顔で見つめ、雫に引っ張って行かれていったが、決定は覆らなかった。
「おー、普通の部屋だぁ。王宮の部屋は豪華すぎて落ち着かないんだよね」
「そうだね……。というか、ミオはこの状況に何か言うことない?」
「んー……ハジメと同じ部屋で寝るのかぁ……。あっ、夜中にごそごそって物音がしても、ちゃんと気づかないフリするから、安心して!」
「何も安心できない! そうじゃなくて、男と同室とか嫌じゃないかってことなんだけど……」
「……ああ、そんなこと」
「そんなことって……重要じゃないかなぁ、こういうのって」
「そんなことだよ、ハジメの心配事は。わたし、ハジメと同じ部屋でも、全然嫌じゃないよ?」
そんなことを、無邪気な笑みを浮かべながら言うミオ。ハジメの頬がさっと赤くなった。
「そっ、それならいいんだけど……」
「あれ? ハジメ、ほっぺが赤いよ? もしかして、照れてる?」
「て、照れてない! 照れてないから!」
「あはっ、必死になってるハジメ、可愛い!」
照れるハジメに、ミオは勢いをつけて飛びついた。そのままベッドに二人して倒れこむ。背中からベッドに倒れたハジメの胸元に、ミオは頭を乗せている。
ハジメはすぐに、ミオの言動が幼くなっていることに気が付いた。それは、ミオが不安がっている証拠である。
「……ミオ、やっぱり怖い?」
「……うん。いっぱい準備したし、やれるだけの訓練もした。でも……戦うのは、怖いよ」
「じゃあ、今からでもメルド団長にお願いしてみる? ミオだけでも明日の訓練に参加しなくてもいいように……」
「それはダメ!」
ミオは、力強くハジメの言葉を遮る。ガバリと顔を上げ、潤んだ瞳でハジメを見つめる。
「戦うのは怖い……怖いよ……。けど……わたしの知らないところで、ハジメがいなくなっちゃう方が、もっと怖い。ハジメが戦うなら……私も、一緒に戦う」
「……うん、分かったよ」
こうやって、ミオの弱っている姿を見られるのは、幼馴染の特権かな? と、少々場違いなことを考えながら、ハジメはミオの体を抱きしめた。
「ミオ。多分、明日が本当の始まりだ。僕たちが、元の世界に戻るための戦いが、これから始まるんだよ」
「……そうだね。絶対に、二人で帰ろうね」
それは、誓いだった。互いが互いを支えあい、互いのために戦い、互いを守る。そして、二人で必ず願いを叶えるのだという誓い。
これから、何があろうとも、この誓いを胸に全てを乗り越えていこう。二人は、言葉にせずともそう通じ合った。
小さな部屋の中で、小窓から差し込む月明かりが、寝台で抱き合う二人を照らし出す。
ハジメはミオの不安を取り除くように、その頭を優し気な手つきで撫で、ミオはハジメの胸の中で安心しきった笑みを浮かべている。二人の間にある距離はゼロ。それは、二人の心の距離をそのまま表しているかのようだった。
ハジメの手を気持ちよさそうに受け入れていたミオは、ゆっくりと顔を上げ、ハジメと目を合わせる。
その潤み、熱を帯びた眼差しを向けられたハジメは、ドキッ、と心音を跳ね上げた。視線が、ミオから離れなくなる。
距離が、近い。ミオの瞳の輝きも、震える睫毛も、染まった頬も、熱い吐息を漏らす唇も。ハジメはその全てを確認することができた。
「ハジメぇ……」
ミオが、蕩けるような声でハジメの名を呼んだ。
「……何、ミオ」
ハジメも、どこか余裕のない声音で答える。
ミオの顔が、徐々にハジメの顔に接近していく。二人の間にあった、最後の隙間が無くなろうとしていた。
十センチ離れていたのが、五センチに。五センチ離れていたのが、三センチに。三センチ離れていたのが、一センチに。
そして、ついに二人の距離がゼロに……。
コンコン。
――――なる直前に、ノックの音が響き渡った。
「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな?」
どうやら、ノックの主は香織だったらしい。ノックの音で我に返ったハジメは、勢いよく顔を逸らし、頬を真っ赤に染め上げた。
「(~~~~~ッ! まって、今、僕は何をしようとした!? 今、今、ミオと……!? ぁあああああああああああああああ!?)」
内心の羞恥に悶え、ゴロゴロと転がりたいのを必死に耐えるハジメ。
一方ハジメとの逢瀬を邪魔されたミオは、ゆらりとした動きでベッドから降りると、扉に近づき、それを勢いよく開いた。
「ふぇ!? ……み、ミオ!?」
唐突に開かれた扉に香織が驚く中、ミオはにっこりと満面の笑みを顔にはりつけ、香織に言い放った。
「ごめんね、白ちゃん。今、取込み中なんだ。用事だったら、二時間後にしてくれる?」
ものすごくアレな時間設定である。
二時間、と聞いて最初は何のことか分からない様子だった香織も、徐々にその意味を理解したのか、ボフンッ、と茹で蛸のように真っ赤になった。
「み、ミオ!? に、二時間って……何をしてたの!? 何をするつもりなのかなぁ!!」
「あっれー? 白ちゃん、わたしは二時間って言っただけだよ? 何をするなんて一言も言ってないんだけどぉ……? 何を想像しちゃったのかにゃー?」
「……ッ! み、ミ~オ~!」
「わー! むっつり白ちゃんが怒ったー!」
「わ、私、むっつりじゃないもん! ミオの馬鹿ぁ!」
「あーもう! ミオも白崎さんも! 今、夜だから! みんな起きるから!!」
真っ赤になって怒る香織に、それを煽るミオ。
そのどんちゃん騒ぎは、宿の外まで聞こえていたらしい。
あー、香織のイベントがぁ……。まぁいっかぁ……。