ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~   作:アリアンロッド=アバター

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The two fall into an abyss② 無能と不明の戦い

 ミオと香織のキャットファイトは、額に青筋を浮かべた雫が二人の頭に容赦ない拳を叩き込んだことで終息した。周りの迷惑を顧みず喧嘩する輩に慈悲はないのだ。

 そして翌日。生徒たちは『オルクス大迷宮』に足を踏み入れた。迷宮の中は、縦横五メートルほどの通路がうすぼんやりと光っており、照明器具を使わなくても視界に困らない程度には明るい。壁に緑光石という光を放つ鉱石が埋まっているらしい。ハジメの『鉱物系鑑定』でもそれは確認できた。

 メルド団長に連れられた生徒たちは、迷宮に入って少し経ったところで、広場のような場所に到着した。全員が足を踏み入れた瞬間、その部屋の壁という壁から灰色の毛皮を持つナニカが姿を見せる。

 それは、二足歩行をするネズミだった。とはいえ、某夢の国の支配者たるネズミさんのような可愛らしさは皆無であり、無駄に発達した筋肉と殺意に濁った瞳は吐き気を催すほどであった。

 

「あれは……ラットマンだね。この迷宮屈指の雑魚魔物。RPGで言ったらスライムかゴブリンみたいな感じ」

「爪で引っ掻く攻撃と、突進からの噛り付きが主な攻撃手段。接近されなければ攻撃を喰らうこともないので、魔法などの遠距離攻撃で倒しましょう。……だったね」

「うん……あ、後衛組の魔法で全滅した。というか、あれはオーバーキルじゃない? 素材が取れないんだけど」

「あはは、初戦闘でやり過ぎたって感じじゃないかなぁ……」

「まさしく、汚物は消毒だー! って感じだったね」

 

 記念すべき初エンカウント魔物であるラットマンは、見た目の気持ち悪さが原因か、後衛組の炎魔法をくらって消し炭になっていた。真っ黒こげになって倒れるラットマン。確かに素材は取れそうもない。

 明らかに威力過多の魔法を放った後衛組は、そのことをメルド団長に怒られている。その間に新たに現れたラットマンは、光輝たち前衛組に倒されていた。

 ハジメとミオは、その光景を一番後ろから見ていた。完全に傍観者気どりである。とはいえ、周りへの警戒を怠ることは無く、何が起きてもすぐに対処できるようにしていた。

 

「くっ、一匹抜けたか!」

 

 そんな声が前方から聞こえてくる。どうやら、前衛組が相手にしていたラットマンのうち、一匹が後方に流れてしまったようだ。能力値は高くとも、まだ戦闘になれていないからこそ起こったミスである。

 すぐさま騎士の一人がラットマンを倒そうと剣を抜きかけたが、ミオがそれを制止した。

 

「ごめん、騎士さん。わたしとハジメにやらせてもらえる? 一回くらいは戦っておこうと思ってね」

「構わないが……大丈夫なのか?」

「無理はしませんよ。けど、危なくなったら、その時はお願いしますね」

「ああ、分かった。頑張れよ!」

 

 騎士からの激励を受けたハジメとミオは、腰のナイフを抜き去り、油断なく構えた。

 

「キィイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

 金切り声を上げ、二人に襲い掛かってくるラットマン。爪を振り上げ、ドタドタと突っ込んでくるのを見たハジメは、ミオにアイコンタクトで合図を送ると、その場にしゃがみこんで地面に手を付いた。

 

「『錬成』!」

 

 そして発動するのは、ハジメの唯一の武器である『錬成』。ハジメの魔力が流し込まれた地面が蠢き、隆起した。ラットマンを突き刺したり吹き飛ばしたりするような勢いはないが、ラットマンの行動を阻害することはできる。

 ハジメは魔力消費量も考えて、ラットマンの足元に三十センチほどの出っ張りを創り上げた。その錬成速度は、明らかに今までよりも速い。それは、ハジメが迷宮に行くまでの三日間で目覚めさせた派生技能[+高速錬成]の効果である。

 ラットマンは、その出っ張りを何でもないようにジャンプで飛び越えた。軽々と飛び越えられた出っ張りは、足止めとして何の役割も果たせていないように思える。

 しかし、ハジメも考えなしに出っ張りを作ったわけではない。ラットマンが地面に着地するよりもはやくに、二度目の『錬成』を発動する。

 傍目には、何も変化が無いように見える。しかし、ハジメの牙はラットマンの着地の瞬間に襲い掛かる。

 

「キィイイ!?」

 

 ラットマンが地面に着地したその時、ラットマンの足元の地面が崩れ、深さ一メートルほどの穴が姿を見せた。ハジメは『錬成』でラットマンの着地地点に落とし穴を作ったのである。

 穴に落ちたラットマンが何とか脱出しようとジタバタもがくが、それよりも先にミオが動き出した。

 

「『我流糸術・隠縛糸』」

 

 ミオの魔力が長された金属糸が蠢き、ラットマンへと延びていく。穴の中でもがくラットマンに絡みついた糸がその体を拘束する。

 

「ハジメ! これでもう、アイツは動けない!」

「分かった、止めを刺すよ」

 

 ミオがハジメに声をかけ、ハジメは動く。手にしたナイフを逆手に持ち、ラットマンの首筋に突き立てた。

 

「キエェエエエエッ!!?」

 

 噴き出る血。生臭い匂いが充満する。ハジメはラットマンの断末魔を聞きながら、ナイフ越しの感触に顔をしかめた。

 肉を突き刺す感触。それは、この手で命を奪う感触でもある。決して気持ちの良いものではないが、この世界を生き抜くためには避けて通ることはできないモノ。

 ラットマンの首筋に突き刺さったナイフを抜き去ったハジメは、その場で大きく深呼吸をした。腹の底からこみあげてくるモノを無理やり押さえつける。

 

「ハジメ、お疲れ様。大丈夫?」

「……うん、もう大丈夫。やっぱり、こうして命を奪うのは、どうにも慣れないね」

「それでいいんじゃないかな? 慣れなくても、やりたくないって思っても、ハジメはやめることはしないんでしょう?」

「……それは、そうだね」

「なら、それでいいんだよ。それに、命を奪うのを忌避するのは当たり前のことだよ。こうして敵対してくる魔物だろうと、殺したことに嫌な思いをしている。それって、大事なことなんじゃないかって、わたしは思うよ」

「ミオ……ありがとう」

 

 ミオの言葉に、ハジメは心が軽くなったのを感じた。命を奪ったことに対しての気持ち悪さや忌避感は残っていても、それを気にすることなく、されど忘れることもない。この世界を生き抜き、元の世界へ帰ることを目的としているハジメにとって、理想的な精神状態になることができた。

 その後も、ハジメとミオは時折後ろに抜けてくる魔物や、騎士たちが一匹残してくれた魔物相手に戦闘訓練を行った。二人とも、相手の動きを封じてから確実に仕留めるという戦い方をしているおかげか、怪我は一切ない。

 ハジメは『錬成』を、ミオは『操糸術』を多用しているおかげか、魔力のステータスの伸びがよく、レベルも三つ上がっていた。

 そんな二人を、騎士たちは感心したように見ていた。非戦闘職でありながら、己の技能を最大限に戦闘に生かし、危なげない戦い方をしている二人は、「この二人に戦闘は無理だろう」という騎士たちの予想をいい意味で裏切る結果となった。

 

「ミオ、お願い!」

「よぅし、そりゃッ!」

 

 ハジメが『錬成』で動けなくした犬のような魔物を、ミオがナイフで斬り裂いた。迷宮に入ってからすでに三時間ほどが経っており、ハジメとミオの戦闘回数も二桁に突入していた。

 

「ふぅ、よしっ! 今回も完璧だったね、ハジメ!」

「うん、想定してたよりも魔物が弱かったのもあるけど……。僕たちが、想像以上に戦えてる」

「まぁ、二対一が前提で、安全策に安全策を重ねてるだけだけどねー。魔物がこれ以上強くなったら、わたしたちじゃ厳しいかな?」

「そうだね。あ、そうだ。ミオ、魔力は大丈夫? そろそろ厳しいんじゃない?」

「んー、そうだね。回復薬飲んどこー」

 

 回復も忘れずに。どこまでも安全志向の二人である。

 

「南雲くん、ミオ。大丈夫? どこも怪我してないかな?」

 

 そんな二人の元に、香織が近づいてきた。後ろには雫も付いてきている。どうやらハジメたちが戦闘をしている最中に、休憩時間に入ったようで、生徒たちは思い思い休んでいた。周囲の警戒は騎士たちがやってくれているようである。

 

「うん、大丈夫だよ、白崎さん。僕もミオも、傷一つないから」

「ふっふん、白ちゃん如きに心配されるわたしじゃないぜい? ま、でも。心配してくれてありがとね、白ちゃん」

 

 ミオの不意打ち気味の素直な反応と無邪気な笑みに、香織はうぐっ、とかすかに頬を赤くしてうろたえる。

 

「ど、どういたしまして……。うぅ、ミオが素直だと、なんか調子狂う……」

「白ちゃん酷ーい。わたしはいつでも素直だよ! 主に自分の欲望に!」

「そこは慎み深くなった方がいいと思うよ、ミオ」

「アイデンティティが崩壊するから、無理! それより、白ちゃんはもっと欲望を表に出さないと、ますますむっつりに……」

「ミ~オ~! だから、私はむっつりじゃないって言ってるでしょ!」

「いやぁ、白ちゃんはむっつりだと思うんだけどなぁ。だって、よくハジメのごにょごにょなところを想像して悶えたりしてるでしょ?」

「そ、そんなことたまにしかしてないもん!」

「……語るに落ちるとはこのことか。白ちゃんの変態」

「へっ……! なんてこと言うの、ミオ!」

 

 もはや、わざとやってるんじゃないかというくらいスムーズに喧嘩に移行する二人に、ハジメと雫はそろってため息を吐いた。こんな時に何をしているんだと怒るべきか。こんな状況でも変わらぬ態度を貫けることを褒めるべきか。真剣に悩みそうになる。

 

「全く、香織は……東風さんが絡むとすぐにこうなんだから」

「あはは……ミオがすみません」

「いいのよ。香織もなんだかんだで楽しそうだし。それよりも南雲君、君、凄いじゃない」

「はい? 凄いって……何が?」

 

 雫の突然の賛辞に、「?」と首を傾げるハジメ。分かってない様子のハジメに、雫は苦笑を浮かべた。

 

「何がって……ちゃんと戦えてることよ。貴方も東風さんも非戦闘職でしょう? それに、クラスの皆との関係もあまりよくないから、フォローも貰えない。本当に訓練に参加しても大丈夫なのかって思ってたの。でも、貴方たちは、自分に出来ることで、しっかりと戦えてる。私たちの中には、チートを貰っていても戦いを怖がって、戦わない人もいるっていうのにね。だから、南雲君と東風さんのこと、凄いって思ったの。ふふっ、本当に貴方たちって、心配のし甲斐が無いわね」

 

 雫から送られたのは、混じりっ気のない賞賛だった。柔らかな微笑みと共に送られたそれに、あまり褒められるということになれていないハジメは、どう反応していいのか分からない。

 

「……僕はそんな風に言ってもらえるほど、凄いことをしてるわけじゃないよ。ただ、自分のできることを、我武者羅にやってるだけ。魔物をばっさばっさと倒したり、誰かを守れるような力があったりはしない。八重樫さんたちの方が、よっぽど凄いよ」

「そうかしら? こう言っては何だけど……私たちには、チートという力がある。その力があるからこそ、南雲君が言うようなことができる。逆に言えば、チートが無い状態では、魔物を倒したり、誰かを守ったりなんてできるとは思えないわ。……それが出来てる南雲君と東風さんは、本当に強いのね」

「強い……か。そんな風に言われるなんて、思っても見なかったな。でも、ありがとう。こうして、僕たちのことを認めてくれる人がいる。それだけで、すごく嬉しいよ」

 

 そう言うと、ハジメは小さく微笑んだ。その笑みは、真正面で見ていた雫が、思わず目を奪われてしまうほどに優し気で、それでいてハッとしてしまうほどに力強いものだった。

 

「それに、さ」

 

 そんな雫の変化には気づかず、ハジメは言葉を続ける。

 

「八重樫さんと白崎さんは、僕のこともミオのことも心配してくれるでしょ? それも、こうやって頑張れてる理由だと思うんだ」

「……そうなんだ。貴方たち二人を心配することは、無駄だと思ってたけど、そういうわけでもないみたいね」

「無駄だなんて思ったことは一度もないよ。いつも心配してくれてありがとう、八重樫さん」

「ええ、どういたしまして。……っと、そろそろ休憩も終わりね。私は戻るけど……南雲君、気を付けてね? 君に何かあると、香織が悲しむから」

「う、うん……分かった。気を付けるよ」

「ならよろしい。まぁ、貴方たちに何かある時は、ちゃんと私が守って見せるわ。だから、安心してちょうだい」

 

 そういって、雫はいまだに言い争いを続けていた香織を連れて、生徒たちが集まっている方へ帰って行った。その足取りはどこか軽やかで、手を引かれる香織が不思議そうに首を傾げている。

 その背中を見送ったハジメは、ふと視線を感じて、思わず身構えた。それは、ドロリとした粘着質で不快感を感じる視線だった。視線を巡らすも、どこから向けられたものかは分からず、その視線は途切れてしまった。

 

「何だったんだ……? ……ッ!」

 

 またもや視線を感じたハジメ。今度はどこから向けられているのかすぐに分かった。かなり近い場所……というか、ハジメの隣から放たれたものだ。

 

「……ミオ? どうしてそんなに不機嫌そうなの?」

「べっつにぃー? なーんか八重ちゃんと仲良さげだなーって思っただけだにゃー」

 

 そういうも、ふんっと頬を膨らませてそっぽを向いている姿は、どこからどう見ても不機嫌である。

 

「むぐぐ……。白ちゃんもそうだけど、八重ちゃんは強い……とっても強力だよ……!」

「あはは……な、何の話かなぁ……?」

「ふんっ!」

「痛いッ!」

 

 ミオの嫉妬キックを脛に喰らったハジメは、思わずその場にしゃがみこんで悶絶するのだった。




雫ルート、順調に進行中。

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