ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~   作:アリアンロッド=アバター

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The two fall into an abyss③ 迂闊さが招く最悪なる災厄

 そんなこんなで、現在迷宮の第二十階層。現在『オルクス大迷宮』は四十七層まで攻略されている。一つの階層が数キロ四方はあるこの迷宮は、一階層分をマッピングするのにもかなりの時間がかかる。とはいえニ十階層はすでに攻略が終わっている階層であり、トラップやらの心配もない。ここにある大広間まで行き、そして帰ってくるのが今回の訓練の目的である。

 チート能力を持ち、日々の訓練も真面目にこなしている召喚組だが、初めて触れる実戦の空気と、迷宮内という慣れない環境に、全員が疲れた表情を浮かべていた。

 

「はー、もうニ十層かー。なんかあっという間だったねー」

「ハァハァ……いや、何でミオはそんなに元気なの? 結構疲れてるはずだよね?」

「いやまぁ、そこはアレだよ。ハジメがそばにいてくれるからだよ」

「……やっぱり疲れてるんだね、ミオ」

「あれ? その反応は心外何だけど!?」

 

 まぁ、この二人はいつも通りである。疲れた表情を覗かせているが、ここまで怪我らしい怪我は皆無。決して無理はせず、自分にできる全力を出して、今の自分たちにとって最高の結果を打ち出して見せた。

 そんな二人を、他の生徒たちは鬱陶しそうに……要するに、いつも通りの視線を向けていた。疲れを覚え、口数も少なくなってる中、じゃれついているハジメたちの姿が鬱陶しいモノに思えたのだろう。

 ただ、同行していた騎士たちは、ハジメとミオの想像以上の戦いっぷりに素直に感心した視線を向けており、そこは迷宮に入る前とは違っていた。

 

「よーしお前ら! この辺りから背景に擬態する魔物が現れる。よくよく観察しないと、不意打ちを喰らうことになるから注意しろよ!」

「だってさ、ハジメ。擬態する魔物って、きっとアレだよね」

「うん、メルド団長が言ったのはロックマウントで間違いないと思うよ。岩に擬態しているそうだけど……」

「見分け方はしっかりと確立されてるから、奇襲の心配はあんまりしなくていいかな? …………っと。ハジメ、さっそくだよ!」

 

 そう言ってミオが指さした先は、一件するとただの岩場であるが、目を凝らしてみると微妙に周りの岩との違いが見える。どれほど硬い岩壁でも、細かいひび割れや傷が必ず存在する。しかし、その岩場の岩には、それが存在しなかった。

 

「ロックマウント。擬態能力と岩の表皮を持つゴリラ似の魔物。実は鉱物を食べることで傷ついた身体を修復する再生能力を持っている」

「再生能力のおかげで傷を負っても綺麗さっぱり治すことが出来るけど……今回は、それが仇になったね! メルド団長! わたしが指さしてる先の岩場にロックマウントがいるよー!」

 

 ミオの言葉に、「何?」と件の岩場を見るメルド団長。そして、持ち前の経験からそれがロックマウントが擬態した姿であることに気が付くと、驚きに目を見開いた。

 

「おおっ! 本当だ! 良く気づくことが出来たな、お前ら!」

「へっへーん! 予習は完璧だもんね、ハジメ!」

「あはは……まぁ、僕たちに出来るのはそのくらいですから」

「謙遜何ぞするな! 戦う力がないからと言って腐ることなく、自分にできることをしっかりと見据え、それを実行する。誰にだってできることじゃない。貴族連中はお前らのことを、役立たずだの神の使徒の面汚しだの言っているが、俺はそうは思わん。お前らだって、立派な仲間だ」

 

 ニカッ、と男臭い笑みを浮かべ、ハジメとミオに語り掛けるメルド団長。彼のストレートな誉め言葉に、ハジメもミオも照れたように頬を掻いた。

 

「……チッ」

 

 そんな二人に、苛立たし気な視線を向ける者がいる。

 

「何調子にのってんだよ……無能と不明の癖に……生意気なんだよクソが……」

 

 暗い表情に低い声で、ハジメとミオへの悪意を吐き出しているのは、先日ミオの手によって淡い恋心(笑)を散らされてしまった檜山であった。

 あの出来事の後、檜山とその取り巻きたちはハジメやミオに絡むことはなくなっていた。その代わり、訓練をサボったり不真面目に受けたりと、苛立ちを別のことにぶつける様になっていた。

 そんなことをしていれば勿論のように、周りからいい目で見られるはずがなく、冷たい視線にさらされ続けてきた。そうして檜山たちはさらにストレスが溜まり、それが行動に出て……と、不のサイクルに陥っていた。

 そんな檜山たちがハジメたちを睨む視線は、それだけで人が殺せそうなほどに物騒だった。

 

「チッ……今に見てろよ……お前らみたいなクソよりも、俺の方が優れてるってことを証明してやる……」

 

 檜山がそんなことを考えていると、何やら轟音が聞こえてきた。緩慢な動きでそちらに視線をやる檜山。そこでは、光輝がアレな感じの攻撃手段を使ってきたロックマウントを、怒りに任せて大技で仕留めているところだった。

 

「よくも香織たちを……許さないっ! 万象羽ばたき、天へと至れ、『天翔閃』!」

「あっ、こらっ、馬鹿者ッ!」

 

 メルド団長が止めるも、お構いなしに聖剣を振るい、光の斬撃を放つ光輝。勇者の名にふさわしいその一撃は、ロックマウントの体を飲み込み、そのまま背後の壁までもを粉砕した。

 そこまでしてやっと止まった一撃。それを見送った光輝は、「ふぅ~」と一息ついてから、キラッキラなイケメンスマイルを浮かべながら振り返った。そして、「これでもう大丈夫だよ!」とでも言おうと口を開きかけ……ゴチンッ! と振り下ろされたメルド団長の愛のこもった拳骨で、それを中断させられた。

 

「へぶっ!?」

「このバカ者がっ! こんなところでそんな大技を使うんじゃない! 崩落でもしたらどうするんだ。ほらみろ、壁が崩れかけてるだろう」

 

 メルド団長が指さした先、光輝の『天翔閃』がぶち当たった迷宮の壁は大きくえぐれ、パラパラと小石が落ちてきていた。

 それを見て、メルド団長の言いたいことを理解したのか、ガックリと肩を落とす光輝。それを見ていた龍太郎や香織は苦笑いを浮かべ、雫は呆れたようにため息を吐いた。ちなみに、ミオとハジメは偶然見つけた珍しい鉱石に夢中になっていたので、見てすらいない。

 

「あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 と、突然香織がそんなことを言った。その言葉につられ、周りにいた者たちは香織が見ている方へと視線を向ける。

 光輝の『天翔閃』によって崩れた壁の中から、キラキラと輝く鉱石が顔を覗かせていた。蒼白く輝き、花か雪の結晶のように広がる水晶体は、年頃の女の子である香織達の視線を奪うには十分なほどに美しかった。

 

「ほぉ……アレはグランツ鉱石だな。大きさもなかなかのものだ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、特に特殊な効果を持っているわけではないが、その見た目の美しさから重宝されている、いわば宝石のようなものだ。グランツ鉱石で作られたアクセサリーは貴族の女性の間では一種のステータスとされているほど。今回、香織が発見したグランツ鉱石は、色彩や透明度もよく、大きさも中の上ほど。持ち帰って売却すれば、平民が一年間生活できる程度の値段になるはずだ。

 また、その美しさから求婚の際の贈り物によく使われている。

 

「素敵……」

 

 メルド団長の説明を聞いた香織は、頬に手を当ててうっとりとした様子で呟いた。そして、誰にも気づかれないようにちらりと視線をハジメに向ける。最も、すぐそばにいた雫ともう一人にはバレてしまっていたのだが……。

 

「……だったら、俺らで回収しようぜ?」

 

 そう言うや否や、檜山がグランツ鉱石がある場所までひょいひょいと昇っていく。その勝手な行動にメルド団長が注意の言葉を掛けるが、檜山ははいはいと適当に聞き流し、グランツ鉱石に手を掛けた。

 

 ――――瞬間、その場に巨大な魔力反応が現れる。

 

 騎士の一人がトラップを感知する魔道具、フェアスコープを覗き込みながら、悲鳴のような声を上げた。

 

「団長ォ! トラップ反応ですッ!」

「なにィ!? お前ら、すぐにこの場を離れ……!」

 

 しかし、メルド団長の言葉は、一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、彼らの足元に魔法陣が展開され、強い輝きを放った。

 グランツ鉱石へ不用意に手を触れた者に対するトラップである。迷宮内で無防備に置かれたお宝を触るとどうなるのかなど、分かり切った結末があるだけだ。

 欲深いモノを陥れるトラップ。美味い話には何かの裏があるのが当然であり、それは異世界の迷宮でも例外ではなかった。

 目の前の『成果』という餌に飛びついた檜山は、それによって最悪の事態を引き起こしてしまったのだ。

 魔法陣が光り輝き、その場の全員の視界を奪う。そして次の瞬間、彼らを謎の浮遊感が襲った。

 そして、彼らを包む空気が一変する。次いで、ドスンと地面に放り出されるように墜落した。

 

「あいたた……な、何が起きたの……?」

「いきなり魔法陣が展開して……ッ!? もしかして、トラップに引っかかった!?」

 

 尻の痛みに耐えながら起き上がったハジメとミオは、あたりに視線を巡らせる。

 クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

「……ハジメ、ここがどこだか、分かる?」

「巨大な橋がある階層なんて、そうあるもんじゃない。だから、ここは……」

 

 辺りの景色を確認したハジメとミオは、険しい表情でそう呟いた。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。その中で、事態の深刻さを理解しているハジメとミオの行動は迅速だった。混乱する生徒達の間をすり抜け、一目散に階段へ向かう。

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 ――まさか……ベヒモス……なのか……

 

 そのつぶやきを耳にしたハジメとミオは、今日初めて恐怖の感情をその顔に浮かべた。


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