ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~ 作:アリアンロッド=アバター
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「ほらハジメ。急がないと遅れるよ?」
「誰のせいだと思って……!」
ハジメとミオは学校への道を自転車で走っていた。ハジメがペダルをこぎ、ミオがその後ろに立ち乗りしているという、お巡りさんに見つかったら一発アウトな登校方法である。朝にいろいろとやっていたせいで、遅刻ぎりぎりの時間になってしまったので、このスタイルになっている。原因の一人であるミオだが、自分で自転車を漕ぐこともなく、ハジメの怒りのツッコミにも変わらぬ笑みを返すばかりだ。実にいい性格をしている。
ハジメとミオが通う学校は、二人の家から歩いて十五分ほどの場所にある。二人とも高校を決める時に「家に近いから」と決めたからである。それはともかく、自転車なら数分でつくので、遅刻は心配しなくてもよさそうだ。
「ミオ、そろそろ学校だから、自転車から降りて。先生に見つかるとヤバい」
「分かったー」
学校に近づいたところで自転車から降りた二人。ハジメはそのまま自転車を引き、ミオはその隣を歩く。二人の距離感は拳一つもなく、時折腕やら肘やらが触れ合っている。はたから見れば、一緒に登校する恋人同士に見えるかもしれない。
「それにしても、朝のハジメは可愛かったなー。下着見て真っ赤になってるのバレバレなのに、必死に誤魔化そうとして」
「その話、まだ引っ張るの……? というか、ミオには恥じらいとかそういうものは無いの?」
「え、あるにきまってるでしょ?」
「あってその態度なのかぁ……はぁ」
朝から何度吐いたか分からないため息を吐くハジメに、ミオはけたけたと笑って見せる。その楽しそうな笑みをみると、どうしてか大抵のことは許せるよう思えてしまうのだ。「僕はつくづくミオに甘いよなぁ」と内心で苦笑するハジメ。
そんなハジメの視線に気づいたミオが「何?」と小首をかしげるのに「何でもないよ」と返したあたりで、二人は学校に到着した。校舎に取り付けられた時計で時間を確認すると、HRが始まるまでまだ十分くらいあった。
二人並んで昇降口まで歩き、二人並んで下駄箱で靴から上履きに履き替え、二人並んで教室に向かう。その間にも、二人の間では楽し気に会話が飛び交っている。とはいえ、内容はいつもの通り、一般人ではなかなか理解しがたいものなのだが。
「へぇ、ミオはあそこのボスで詰まったから徹夜したんだ」
「あはは、もう何回死んだか分かんないくらい死んだよー。結局倒せなかったし」
「ちなみにそのボス、僕はもう倒してます」
「なッ! 先を越されただとぅ!?」
「あっはっは、ミオがゲームで僕に勝とうなんて、百年早いよ!」
「ぐぬぬ~、き、今日中に絶対クリアしてやる! そうと決まれば学校なんてバックレて……」
「こらこらっ! そんなことしたら灯さんに滅茶苦茶怒られるよ? またゲーム機が塵芥と化してもいいの?」
「それは困る!? わたしめっちゃ困るよ!」
「だったら、ゲームは帰ってからにすること。いいね?」
「……はーい、ハジメの言う通りにします」
がっくりとうなだれたミオに、これで今朝の仕返しができたかな? と笑みを浮かべるハジメ。ちなみに、灯さんというのはミオの母親の名前である。ミオがゲームに嵌り過ぎて、他のことを疎かにし過ぎた際に、ミオからゲーム機を取り上げ、素手で粉微塵になるまで砕いたという過去を持っている。
ハジメの背中には、すれ違う男子生徒たちからの視線がぐっさぐっさと突き刺さっていた。それは、ミオと一緒にいることから生じる嫉妬の視線だ。とはいえ、ミオと仲良くなってからこの手の視線を受ける機会などごまんとあり、ハジメはその全てを意識外に追いやってスルーするスキルを身に着けている。今更それを気にすることなどせず、ミオとの会話を楽しんでいた。
そうしていると時間は結構ギリギリになっていた。二人は所属するクラスの教室にたどり着くと、がらりと扉を開ける。
教室に足を踏み入れたハジメとミオ。そんな二人を向かえたのは、睨みやら舌打ちやらだった。その大半はハジメに注がれているが、ミオにも一定数が向けられている。
それらをさっくりと無視した二人は、自らの席に向かう。だが、タダではいかせないとばかりにちょっかいをかけてくる者たちがいた。
「よぉ! キモオタ、また徹夜でゲームかよ。どうせエロゲ―でもやってんだろ?」
「うわっ、キモチワルッ! 徹夜でエロゲ―とかまさにキモオタじゃね?」
「やっぱ南雲はキモイわ~」
口々にハジメを貶す言葉を吐き、何が面白いのかげらげら大笑いする男子生徒たち。その筆頭でありハジメを最初に声をかけたのが檜山大介といい、毎日毎日飽きずにハジメにちょっかいをかけている。檜山の周りにはほかにも斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人がいて、彼らに檜山を入れた四人がよくハジメを馬鹿にするメンバーだ。
ハジメは檜山たちが馬鹿にするように、確かにオタクである。だが、それはサブカルチャーをこよなく愛しているというだけであって、ハジメ自身は普通の男子高校生だ。服装がだらしないわけでも、徹夜が原因でよく居眠りをするとは言え、成績が悪いわけでもない。容姿だってイケメンとは言えなくとも、不細工な要素はどこにも見られない。
確かに、オタクというだけで必要以上に蔑視されることもある。だが、檜山たちがハジメを目の敵にするのには、別の原因があった。一つは分かりやすいだろう。幼馴染であるミオの存在だ。ハジメのようなオタク野郎にミオのような美少女の幼馴染がいて、それもとても親しい様子で接していることが、彼らは気に入らないらしい。
そして、もう一つの原因は……。
「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」
弾むような可愛らしい声が、席に着いたハジメの耳に届く。ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべた女子生徒が一人、ハジメの元に歩み寄って来た。彼女はこのクラスでハジメに対して友好的な態度を取る数少ない人物であり、ハジメ虐めのもう一つの原因だった。
彼女の名前は、白崎香織。サラサラの黒髪は腰まで伸び、制服に包まれる肢体は豊かな曲線を描いている。優しげな大きな瞳は少したれ目気味。スッと鼻梁の通った小さな鼻。桜色に艶めく小ぶりな唇。それらが完璧なバランスで配置されている。その美貌から学校の二大女神と呼ばれ、同級生どころか学校中の男子生徒から人気を集めている。人気の理由はその整った容姿だけではない。いつも微笑みを絶やさず、持ち前の面倒見の良さと責任感の強さで誰からも信頼されている。そして、頼られても嫌な顔一つせず、真摯に向き合ってくれるのだから、人気の高さも納得である。
そんな香織だが、なぜかハジメのことをとても気にかけているのだ。まじめな性格の香織が、不真面目なハジメを気にかけて更生させようとしているともとれるし、大半の生徒はそう思っている。それゆえに、クラスの女子生徒などは香織に注意されても何一つ直そうとしないハジメのことを疎んでいるのだ。
しかし、ハジメの隣にいる彼と同じくらい不真面目なミオには、ハジメほど熱心に注意しないことから、香織の内心がうかがい知れる。とはいえ、そのことを察しているのはミオをはじめとして一人か二人くらいだ。
香織の視線を真っ向から受けたハジメは、ちょっと慌てたように挨拶を返す。
「あ、ああ。おはよう、白崎さ――――」
「おはよー、白ちゃん。今日もキラキラしてるね。無駄に」
だが、その挨拶は阻まれてしまった。ハジメの横で机に突っ伏しているミオの、毒入りのセリフで。
香織は笑顔のまま、ミオの方を向いた。ミオは突っ伏した体勢のまま、眼球だけを動かして香織を見る。
「おはよう、ミオ。そのだらしない姿、相変わらずだね? もうちょっとシャキッとしたら?」
「白ちゃん、余計なお世話って言葉、知ってる?」
バチィッ!! 二人の間で視線がぶつかり、大きな火花を散らした。香織は笑顔のまま、ミオはそっけない表情で、視線を打ち合う二人。近くにいるハジメがミオと香織の放つ威圧感にブルリと体を震わせた。
このように、ミオと香織は仲が悪い。何が原因かは分かり切っているので言う必要はないと思うが、一応明言しておこう。二人に挟まれて震えているオタク野郎だ。
この際ぶっちゃけるが、ミオはハジメに好意を抱いている。もちろんライクではなくラブのほうの、だ。初恋の相手にして、運命の相手であると信じて疑わない。ハジメ以外の男を男だと認識していないし、もし……万が一、億が一、ハジメに嫌われ拒否られたら、一生独身を貫いてやろうと決めているくらいだ。いまだにハジメとミオとの関係がただの幼馴染に収まっているのは……家族同然ということで近づきすぎた距離感と、いつも肝心なところでヘタレるミオのせいだったりする。
そんなミオの前に現れた強力な
それは、香織も同じだった。たった一度だけの邂逅。けれど、香織はその日からずっとハジメのことが気になっていた。その純粋さゆえにその気持ちの正体に本人は気づいてないが、それは間違いなく恋と呼ばれる感情だ。そして、高校生になった香織は、同じ学校にハジメがいることに気が付いて、とても喜んだ。喜んだ直後、ハジメと親しげな様子のミオの存在に気付き、その胸中には、本人には自覚できない複雑な感情が生まれた。その感情の名を『嫉妬』という。
そんな感じで、ミオと香織は入学当初からこうしてハジメを挟んでの剣呑なやり取りを、頻繁に勃発させていたのだった。
「白ちゃんさぁ、実は暇だったりする? 毎朝毎朝こうやってわたしたちのところに来るけど、他にやることないの?」
「そ、そんなことないよ。私はただ、二人のためを思って……」
「あ、そうそうハジメ。さっき聞きそびれちゃったけど、結局あのボスってどうやって倒せばいいの?」
「聞いてよ、ミオ!」
自分から聞いておいて、答えを最後まで聞かないという鬼畜な所業に香織が食って掛かるが、ミオは素知らぬ顔でハジメに笑いかける。本能的に互いを敵だと認識している二人だが、こうしたやり取りだけ見ると仲が良く見えるから不思議だ。喧嘩するほどなんとやら、というヤツであろう。
そんな風に、香織がミオに突っかかり、ミオがそれを無視してハジメに話しかけ、ハジメはそんな二人の様子に困ったような笑みを浮かべるということを繰り広げていると、三人の男女が近寄って来た。
「南雲君、東風さん、おはよう。なんというか……いつも通りね」
「香織はまた二人の世話を焼いているのか? 全く、香織は本当に優しいな」
「フンッ、やる気のねぇヤツらにゃ、なに言っても無駄だと思うけどなぁ」
三人の中で一人だけきちんと朝の挨拶をし、香織とミオの様子を見てハジメへと同情的な視線と苦笑を贈った女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友であり、香織と並んで学校の二大女神に数えられる美少女だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の瞳は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。女子にしては高めの百七十二センチの身長と、スラリと引き締まった身体、そしてその身に纏う凛とした雰囲気は侍を思わせる。彼女の実家は八重樫流という剣術の道場であり、雫自身、非凡な剣術の才能を持っており、小学校の頃から負けなしという猛者である。そのカッコよくて綺麗な容姿と、彼女自身の気質である面倒見の良さから、異性は勿論のこと同性からの人気もすさまじい。後輩先輩関係なく雫のことを『お姉様』と呼ぶものが出てくるレベルである。
二人目の些かクサいセリフを吐いた男子生徒は天之河光輝。どこの主人公だとツッコミたくなるキラキラした名前の彼は、容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能の完璧超人である。さらさらの茶髪に優し気な目元、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫と同じく全国クラスの猛者だ。雫とは幼馴染であり、彼女の親友である香織ともよく一緒にいる。女子からの人気が高いことは言うまでもなく、雫と香織の存在に気後れして近づけない女子が多い中でも、月に二、三回は告白されるというのだから、筋金入りのモテ野郎だった。「爆発しろぉ~!」と男子生徒たちの怨嗟の声がどこからか聞こえてきそうである。
最後のどこか投げやりなセリフの彼は、坂上龍太郎。光輝の親友である、短く刈り上げた短髪に鋭くも陽気さを感じさせる瞳を持つ。百九十センチの長身に、鍛え上げられた肉体は熊の如し。その見た目にたがわず、細かいことは気にしない脳筋タイプである。
龍太郎は努力とか根性とか熱血とか「もっと熱くなれよぉ!」といったことが大好きなので、やる気という言葉が己の辞書に載っているのか怪しいハジメやミオのことが気に入らないらしい。今も二人を一瞥した後は、フンッと顔を逸らしてそっぽを向いている。
そんないつも通りの三人に、ハジメはははは……と乾いた笑みを浮かべながら、挨拶を返した。そんなハジメに周りから殺意のこもった視線が突き刺さる。「何かってに八重樫さんに話しかけてんだこのオタク野郎! スっぞオラァ!」という意味の視線だ。雫も香織と同じくらい人気がある。
「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。二人のことは……まぁ、こうなっちゃったら僕にはどうしようもできないかな?」
「そんなんだから白ちゃんは……って、八重ちゃん? いつの間に」
「いつの間にって……ついさっきちゃんと挨拶したじゃない。聞いてなかったの?」
「あはは……。ごめんね、気付かなかった。おはようだよ、八重ちゃん、坂上くん」
香織との言い争い(もう少しで取っ組み合いになりそうだった)をしていたミオは、雫たちが話しかけてきたことに気が付かなかったようだ。雫からのジト目を受けて、罰の悪そうな顔で謝罪し、『雫と龍太郎』にだけ、挨拶を返した。さらりと無視された光輝の目元がピクリと引き攣る。
「ふ、二人ともまた香織に迷惑をかけてるのか。いい加減、治したらどうだい? 香織のやさしさに甘えてばかりなのはどうかと思うよ。香織も二人にばかり構っていられないんだ」
ちょっとどもりながらも、光輝はハジメとミオに忠告する。光輝からしたら、ハジメとミオは香織から何度注意されても、まったく治そうとしない不真面目な生徒だ。正義感の強い彼からしたら到底許せない存在なのだろう。
しかし、ハジメもミオもどれだけ言われようと今の生活をやめる気は無かった。二人が共有する座右の銘は『趣味の合間に人生を』。彼らは趣味中心の人生を送ることに何のためらいもない。さらに、二人ともハジメの両親の仕事をよく手伝っており、その腕前は即戦力扱いを受けているほど。将来設計はばっちりであった。
二人からしたら、自分たちは自分たちなりに人生を真面目に生きており、誰になん言われようと、生活スタイルを変える必要性が見いだせないのだ。
「「………………」」
というわけで、必殺聞こえなかったフリを発動。ハジメとミオは水が高いところから低いところへ流れるがごとく自然に、光輝から視線を逸らした。そして、
「――――あ、ミオ。そういえば今日の一限目ってなんだったっけ?」
「んーと、確か……あれ、なんだったっけ? 白ちゃん、分かる?」
「もう、二人ともしっかりしなきゃ。一限は現国だよ」
「ああ、そうだったね。ありがとう、白崎さん」
「白ちゃん、大儀であるぞ」
「なんでミオはそんなに偉そうなのかな? かな?」
極々自然に、別の話に移行した。香織も巻き込んで、まるで光輝の発言など元からなかったと言わんばかりである。香織がハジメたちに絡んで、それを見た光輝がハジメたちを注意する。そんな流れにいい加減嫌気がさしてきた二人のとった行動は、まさかの『スルー』。元よりハジメに無駄にきつく当たる光輝のことを嫌っているミオは勿論、最近ではハジメもそれに便乗するようになっていた。話しているうちにミオは雫と龍太郎を巻き込んで、気が付けば光輝だけが話の環から外れていた。光輝が何とかして話に入ろうと声をかけ……る直前にミオのインターセプト。ミオはハジメを悪く言う相手を許さない。結局、光輝はそのあとHR開始のチャイムがなるまで、ミオの妨害を受け続けるのだった。
雫ちゃん、好きだわ。このままいくと香織よりも先にヒロインに……いや、ないか。