ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~   作:アリアンロッド=アバター

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更新じゃ! 


言いたいことは言う、それがわたしの流儀

 イシュタルと名乗った老人に案内され、生徒たちは召喚の間から、長いテーブルの置かれた食堂のような部屋に移動していた。入口から一番遠い場所にイシュタルが腰掛け、その近くから愛子先生、光輝、雫、龍太郎……と、スクールカーストをそのまま表したかのような席順で座っていく。

 だが、それを完全に無視する猛者もいる。勿論ミオとハジメだ。もっとも、香織と一緒にいた二人が、香織が奥の方の席に座るのにつられて近くに座っただけなのだが。こんな時でも檜山のハジメアンチは止まらないようで、香織とミオに挟まれるようにして座るハジメへ憎しみのこもった視線を送っている。

 そんな視線など、ミオのからかいやらなんやらをスルーし続けてきたハジメにとって痛痒を感じるようなものでもなくなんでもなく、そのスルースキルをいかんなく発揮していた。 

 ハジメが檜山の視線を黙殺していると、部屋にメイド服の女性が入ってきて、生徒たちに紅茶と思わしき飲み物を配っていく。メイドさん、しかも美女美少女のオンパレード。ここでガン見しなきゃ男が廃るぜ! とでも言いたげに男子生徒たちの視線がメイドさんにくぎ付けになる。そして、そんな男子生徒たちの様子を見ていた女子生徒たちの視線の冷たさは、台所に出没するアレを見る目と大差ない。

 当然のように、ハジメもメイドさんに視線を奪われた者の一人だったが、隣から何やら名状しがたい気配が吹き上がるのを感じてすぐに視線を前方に固定した。ちらりと気配がした方を見てみると、香織がにっこりと笑っているだけだった。その笑顔を見ていると、何故だか怖気が走り、背中に冷や汗が流れていく。ハジメは速攻で視線を再度前方に固定した。

 一方、ミオはというと……。

 

「わぁ、すごい! マジのメイドさんだ! ねぇねぇ、貴女、名前は何て言うの? あっ、お茶ありがとうね!」

「え? あ、はい。どういたしまして……?」

 

 コイツ、ホントにぶれねぇな。見ていた全員がそう思ったという。自分に紅茶を淹れてくれた白髪紫眼のメイドさんに、目を輝かせたミオは、状況とか空気とかそういうものを全部ぶち壊しにしてメイドさんに話しかけた。話しかけられたメイドさんも、相手は神によって召喚されたいわゆる『神の使徒』。それに、邪な感情に起因する行動ならすげなくあしらえるものの、目の前の少女が向けてくるのは少しばかりの興味と、混じりっけなしの好意。それゆえに、メイドさんは戸惑いながらも返事をしてしまう。

 瞬間、ミオの瞳に、キランと光が宿った。 

 

「うっわ、スゲェ。見た目だけじゃなくて声も可愛い! わたしはミオって言うんだ。よろしくね?」

「ミオ様、ですか? えっと、私はアッシュと申します」

「へぇ、アッシュって名前なんだ。いいね、貴女にピッタリな綺麗な名前だね」

「あ、ありがとうございます。あの、ミオ様? その、教祖様が……」

「え? ああ、あんな空気読めないクソ老人とかどうでもいいから、それよりも今はアッシュちゃんだよ! ねぇねぇ、もっとお話ししない? わたし、この世界のこととかなんにも知らないから、いろいろと教えて欲しいな? 手取り足取ふぎゃッ!?」

 

 調子にのってメイドさん――――アッシュにナンパまがいのことをしていたミオは、頭上に降り注いだ衝撃でそれを強制的に中断させられた。「いったぁ~」と頭を押さえながら振り返ると、そこには拳を握ったまま表情を消している幼馴染の姿があった。

 さっと、ミオの顔から血の気が引いた。

 

「ミオ」

「ア、ハイ」

「静かに……ね?」

「イエス、サー!」

 

 ハジメ幼馴染折檻モード。ミオの行動が流石に目に余るラインに達した時に、それを止めるためのハジメ第二形態である。いつもは草食系男子の証のような苦笑が浮かぶ顔から一切の表情が消え去り、声も一段階低くなる。切れているわけではないが、いつもは柔らかい雰囲気を放っているハジメがこういうことをすると、かなり怖い。ギャップ恐れというヤツである。

 ハジメの視線にピシッと姿勢を正したミオ。変わり身に速い幼馴染にため息を吐くと、目を白黒させて戸惑っているアッシュにペコリと頭を下げた。

 

「すみません、うちの馬鹿が……。ちゃんと言い聞かせておきますので」

「い、いえ。お気になさらないでください」

 

 ハジメの謝罪にそう優しく返すと、アッシュはすぐさま退散していった。いい加減イシュタルの視線が怖かったのだ。ミオがアッシュに絡まれ始めたあたりから視線は険しくなり、「空気読めないクソ老人」のあたりでやべぇ感じの目つきになっていた。その視線は依然としてミオに注がれているが、本人はハジメの怒りを買わないようにする方に必死で、イシュタルの視線なんぞ意識の端にすら引っかかっていなかった。

 

「……では、皆様方はさぞ混乱していることでしょう。事情を一から説明する故、まずは私の話を最後まで聞いて下され」

 

 そういってイシュタルが話し始めたのは、どこまでもテンプレで、笑ってしまうほファンタジーで、何も言えなくなるほど自分勝手なモノだった。

 異世界トータスには大きく分けて人族、亜人族、魔人族が存在している。人間族が大陸の北側を、魔人族が南側を。亜人族は東側にある巨大な樹海にひっそりと住んでいる。

 このうち、人間族と魔人族は何百年と争いを続けている。魔人族は数で人間族に劣るものの、一人一人の質は高い。人間族はそれに数で何とか拮抗している状態なのだ。そんな状態は、数十年と続いており、その間に大規模な戦争などは起きていなかった。

 その拮抗が、最近になって崩れ始めてきた。魔人族が魔物を操り始めたのである。魔物とは通常の野生動物が魔力を取り込んで変異した存在……と、されている。だが、詳しいことはよく分かっておらず、ただ人間族だろうと魔人族だろうと見境なく襲い掛かる凶暴性、それに加え『固有魔法』という特殊な力を持っていることで知られている。

 魔物を操るという行為は、一部の魔法を使うことで一~二体を操るのが限度だった。しかし、魔人族たちは一人で何十匹もの魔物を操れるようになったという。それはどういうことを示しているのか。

 そう、『人数』という人間族の強みの消失である。そしてそれは、人間族の危機でもあった。

 

「皆さまを召喚したのは『エヒト様』です。エヒト様は人間族の守護神にして、聖教教会の崇める唯一神。そして、この世界を創造した至高の神であります。エヒト様は悟ったのでしょう。このままでは人間族が滅びてしまうことを。それを回避するために、皆様方をお遣わしになった。皆さまが暮らしていた世界はこの世界よりも上位の世界。そこから来た皆さまは、この世界のものよりも優れた力を持っているのです」

 

 「まぁ、これは神託からの受け売りなのですが」といって言葉を切ったイシュタルは、表情を崩して叫ぶように言った。

 

「そう! 皆さまはエヒト様に選ばれし『神の使徒』なのです! 皆さまにはその力を発揮し、エヒト様の御意思の元、魔人族を打倒し人間族を救っていただきたい」

 

 どこか恍惚とした表情で叫ぶイシュタル。神託を受けた時のことでも思い出しているのだろう。イシュタルの話によれば、人間族の実に九割が聖教教会に入信しており、神託を受けることができた者は例外なく高位に付くことができるらしい。

 『神の意志』などといったものを心の底から信じこみ、それを絶対だと思い窺わない。イシュタルの様子からそのことを瞬時に察したハジメは、嫌な予感が止まらなくなる。

 ハジメがそう不安を感じていると、突然ガタンッと大きく音を立て、立ち上がる人物が一人。

 

「な、何を言っているんですか! それは生徒たちに戦争をさせるってことじゃないですか! そんなこと、先生である私が許しません! ええ、絶対に許しません友とも! 早く私たちを元の世界に帰してください! あなたたちがしていることは誘拐……ただの犯罪です!」

 

 猛然と抗議を始めたのは、ぷりぷり怒る愛子先生。くりくりしたおめめをキッとして、ボブカットを髪がぴょんぴょんはねさせる。怒っているのだろうが、哀しきかな童顔低身長。迫力が圧倒的に足りていなかった。むしろ小動物的な可愛さから庇護欲を誘っている始末である。

 何よりも生徒のことを考えている生徒思いの良い先生で、いつでも一生懸命。なのにいつもどこか空回ってしまう姿は、生徒たちからも人気だった。そんな彼女の夢は、威厳あふれる先生になって生徒に尊敬されることらしい。

 「愛ちゃん先生」と生徒たちから呼ばれては、「先生をちゃん付けとは何事ですか!」と怒っている姿が学校ではよく目撃されていた。……彼女の夢が本当に叶うのか。それは神のみぞ知るというヤツだ。

 今回も、理不尽な召喚理由に怒り、こうしてウガーッとなっているわけだが、生徒たちは「ああ、また愛ちゃん先生が頑張ってるなぁ」とほんわかしていた。

 そんなほんわかした空気も、イシュタルの次の一言で一瞬で冷やされてしまう。

 

「お気持ちは察しますが……。現状、私どもに皆さまを返す手段はございまさん。よって、帰還は不可能なのです」

 

 その言葉に、痛いほどの静寂が生まれた。誰もが、その言葉を耳にしつつも、受け入れがたいその内容に脳が理解を拒んでいるのだ。

 

「なっ……! ふ、不可能って……どういうことですか! 呼べるなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生がイシュタルに食って掛かる。

 

「先ほども申した通り、皆さまを召喚したのはエヒト様であり、私たちではございません。異世界からの召喚という御業は、エヒト様ほどのお力が無くては不可能。私たちではとてもとても。皆さまが元の世界に戻れるかも、エヒト様次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生がペタンと椅子に力なく座り込んだ。徐々に、生徒たちの間にも絶望が蔓延していく。

 

「か、帰れないってどういうことだよ!」

「ふざけないで! 私たちを帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇぞ! 絶対に嫌だからな!」

「どうして、どうして、どうして……」

「そうだそうだー! ふざけんなよこのクソろうじ……って、はい、ごめんなさい。すぐに辞めるから許してハジメ!?」

 

 パニックに陥る生徒たち。どさくさに紛れてイシュタルを罵倒しようとしたミオはすぐさまハジメに鎮圧されていた。

 いつも通り過ぎるミオのおかげで冷静を失っていないハジメは、この状況が考えていた最悪のパターンでなかったことに取り合えず安堵した。いくつもの異世界系ラノベを読んできたハジメが考えていた最悪のパターンは、召喚されてすぐに奴隷のような扱いを受けること。それが無いだけマシだが……それでも、状況はあまりよくない。

 騒ぐ生徒たちを見ているイシュタルの瞳には、侮蔑の色が潜んでいるように見える。大方、「エヒト様に選ばれておきながら、何故そのことを喜べないのか」とでも思っているのだろう。

 そんな中、動き出すものが一人。バンッと机を叩き立ち上がったのは、見るからに正義感を滾らせた光輝だった。光輝はパニックに陥っている生徒たちを見渡すと、力強く宣言した。

 

「みんな! そうやってイシュタルさんに当たっても意味がない。彼だって、やりたくてやったわけじゃないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。俺は、それを見過ごすことなんてできない。放っておくなんて出来ない! それに、世界を救うために呼ばれたなら、それを達成したら帰してくれるかもしれない。……どうですか、イシュタルさん」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「それに、俺たちには大きな力があるんですよね? さっきから妙に力が漲っているように感じます」

「ええ、そうでしょう。皆さまはこの世界の者と比べると、数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょう」

「うん、それなら大丈夫。俺は戦う。戦って、この世界を救うんだ。そして、皆のことも絶対に帰してみせる。俺が、世界も皆も救ってみせる!」

 

 その宣言は、光輝らしい正義感にあふれていた。イシュタルの話だけを聞き、それを信じ切っている。自分たちは、彼らが言っていることが真実なのかを判断できないというのに……。

 そのことに危機感を覚えたハジメだったが、光輝の言葉は絶望していた生徒たちの心にはまさに救いだった。そのカリスマは生徒たちに活気と冷静さを戻した。生徒たちの光輝を見る目には希望が宿っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。でも、お前ひとりでなんかやらせねぇぞ? ……俺も、戦うぜ!」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないのよね。………しょうがない、私も戦うわ」

「雫……」

「えっと、皆が戦うなら、私も……」

「香織……」

 

 いつものメンバーが、光輝のいうことに賛同する。後はもう芋づる式に、生徒たちがどんどんと同意を示していく。愛子先生が「駄目ですよ~!」と必死に呼び掛けているが、一度始まってしまった流れは、そう簡単には止まらない。

 そう、『簡単には』、だ。

 

「――――は? 何言ってんのコイツら。馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 がやがやとしていた空間に放り込まれた、やけに通る声。そこには「信じられない」という感情がこれでもかと込められていた。発言主―――ミオは、机に頬杖をつきながら、心底馬鹿にした視線をクラスメイト達に送った。

 その視線に込められた妙な威圧感に、生徒たちのざわめきが押さえられる。そんな幼馴染の様子に、ハジメはそっとため息を吐いた。

 こうなったミオはもう、止まらない。

 

「白ちゃんに八重ちゃんも何言ってのさ。この世界のために戦うとか本気で言ってるの?」

「……どういうことかしら、東風さん」

「どういうことなの、ミオ?」

「本当に分かんないの? だって、あのクソ老人はわたしたちにこう言ってるんだよ? 『私たちのための兵器になって敵を殺しまくれ』ってさ」

「…………そ、それは!」

「…………ッ!?」

 

 ミオの言葉に、会話の相手である雫と香織以外も目を見開く。光輝のカリスマで一時の間見ていた夢から覚めるように、否応なしに現実に引き戻されたのだ。ハジメは、ミオがそう言った瞬間に、イシュタルの表情がわずかに歪んだのを見逃さなかった。

 

「今、君たちは、魔物だか魔人族だか知らないけど、『命を殺す』ことを決めたんだね。こんなに簡単にあっさりと、そこのキラキラ馬鹿の口車に乗って深く考えもせずに。わたしはそんな残酷は連中と同じ教室で授業を受けてたんだね。ああ、怖い。怖すぎて震えが止まらなくなるよ」

「それは違います。魔人族の討伐はエヒト様によって定められた人間族のしめ……」

「はいはい、黙ってろよクソ老人。あんたの意見は聞いてないから」

 

 イシュタルが何か言おうとしたのを視線と言葉で黙らせたミオは、押し黙ってしまった生徒たちに、最後の言葉を放つ。

 

「こんな考えなしの馬鹿共と戦うなんて、わたしは絶対に御免だね。そう思うよね、ハジメ?」

「うん、そうだね…………あ゛」

 

 ミオからのまさかのキラーパス。ミオが止まらないことが明白であり、もう何を言っても遅いと別のことを考えていたハジメは、ロクに聞いていなかった言葉に肯定を返してしまった。

 すぐに自分の発言がどういうものか気づいたハジメが慌てたように声を上げるが、時すでに遅し。

 クラスメイトたちの鋭い視線が、ハジメとミオを同時に貫いた。

 

「何? 言いたいことがあるならさっさともがががッ」

「ミオ、ちょっと黙ろうか!?」

 

 さらに煽りを重ねようとしたミオを、ハジメは全力で止めるのだった。




ミオちゃんは、言いたいことはずばずばという性格です。ゆえに敵が多い。
けど、いつも通りの自分を保てるからこそ、この中で誰よりも冷静に物事を判断できる。誰だって、戦争の道具になれって言われて、それを快く承諾してる連中を見たら、怖く感じるよねって話。

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