ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~ 作:アリアンロッド=アバター
結局、生徒たちの意見は変わらず、全員で戦争に参加することになってしまった。ミオがハジメに止められているうちに、光輝が「大丈夫、俺たちなら必ずできる!」などといって生徒たちをたきつけたからだ。なんかもう、ミオの光輝を見る視線がヤバい。侮蔑と軽蔑、路傍の石どころか汚物を見るようなものになっていた。
ミオは、いち早くイシュタルの話の危険性に気付いていたのだ。テンプレな展開であるからこそ、それにどっぷりと浸かっていたミオやハジメには、この先のことがある程度予測出来ていた。
戦争ということは、否応なしに敵と戦うことになる。ここで言う戦いとは、試合や競技ではない。血で血を洗うような、本当の殺し合いのこと。しかも、相手は国を造り人と同じように神を信仰しているという。それはもう、人を相手にするのと何も変わらない。
魔物が相手ならば、まだ害獣駆除と割り切ることができたかもしれない。だが、魔人族と戦い、それを殺すということは、『人殺し』に他ならない。
「ハジメ。分かってるよね? 今からわたしたちがさせられるのは……」
「……うん。殺人……だよね。魔人族って言われてるけど、姿形、考え方も人間族とあまり変わらないんじゃないかな?」
「だろうね。相手にも信仰してる神がいるみたいなこと言ってたし。はぁ、あの馬鹿共はそれが分かってるのかねぇ?」
「きっと、分かってないと思うよ。分かってたら、あんなに簡単に承諾できるはずがない」
「まぁ、大半は訳も分からないうちに、あのキラキラ馬鹿に影響されちゃっただけだと思うけどね。全く、影響力のある馬鹿ってホント厄介だよ」
「そうだね。……ところで、ミオ?」
「んー? どうしたの?」
珍しく真面目な顔で話していた幼馴染に、ハジメはいつツッコもうか悩んでいたことをついにぶちまけた。
「どうしてミオが、僕の部屋にいるのかな?」
「はえ?」
ハジメの質問に、訳が分からないよ? という顔をするミオ。頭痛が痛い、とハジメは頭を抱えた。
戦争に参加することが決定した後、ハジメたちは聖教教会の本山である【神山】の麓にある【ハイリヒ王国】の王城へと移動した。移動方法は、魔法で動くリフトのようなモノ。標高八千メートルを超える【神山】から見る景色は壮大の一言に尽きた。
そして、到着した生徒たちを待っていたのは、ハイリヒ王国の国王であるエリヒド・S・B・ハイリヒに、王妃であるルルリアナ。第一王子であるランデル。そして、王女であるリリアーナ。王族が勢ぞろいだった。その時に、エリヒドがイシュタルを立って出迎えたことから、この国を動かしているのが『神』であることをハジメは察していた。
その後は、大臣や騎士たちの挨拶があったり、晩餐会でランデル王子が香織にしきりに話しかけ、そのことをミオにからかわれて
その後、王宮の一人一室用意された部屋で休むことになったのだが……何故か、ミオはハジメの部屋にいる。
「ミオだって、ちゃんと部屋が用意されてるはずでしょ? どうして僕の部屋にいるんだよ」
「う~ん、ここにハジメがいるから?」
「そんなどこぞの登山家のようなセリフが聞きたいわけじゃありません。というか、部屋に戻れ!」
「ヤダ~、ハジメと一緒にいる~」
そういって、椅子に座っていたミオがベッドに腰掛けていたハジメに抱き着いてくる。なんだか、行動がいつもより子供っぽい。そのことにハジメが不思議そうな顔をしていると、ミオの肩が震えていることに気が付いた。ハジメはハッとし、ミオの気持ちに気が付けなかったことを歯噛みする。
いつも通りだと思っていた。そんな彼女がいたからこそ、混乱せずにいられた。元の世界に戻れないのかという絶望や、戦争に参加することに対する恐怖。そして、離れ離れになってしまった家族のこと。考えれば考えるほどに、暗く重苦しい感情が心に積み重なっていく中で、それでも折れずにいられたのは、ミオがいたからだ。
けれど、自分が感じていたその思いを、ミオが感じていないだなんてどうして思った? ミオだって、自由奔放で人の話を聞かなくて傍若無人なところを除けは普通の女の子なのだ。そのことを失念していた自分に、ハジメは自分で自分を殴り付けたくなるほどの怒りを感じた。
「……ミオ。大丈夫?」
「……うん。こうやって、ハジメがそばにいてくれれば、わたしは大丈夫だよ」
ハジメがミオの頭をそっと撫でると、ミオはハジメを抱きしめる力をさらに強くした。
「ちょっと痛いよ。ミオ」
「我慢して」
「……はいはい」
昔はよくこうやって、ミオのことを慰めてたっけ。と、ハジメは懐かしさに笑みを浮かべた。
その時、コンコンとハジメの部屋にノックの音が響き渡る。
「南雲君、いるかしら?」
「南雲君、ちょっといいかな?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、雫の声だった。それだけでなく、香織の声も聞こえてくる。一瞬、頭の中が真っ白になるハジメ。
「(ど、どうして二人が……って、この状態を見られるのはまずい!?)」
時刻は夜。燭台の明かりしかないくらい部屋の中。寝台の上で抱き合う若い男女。言い訳のしようがないスリーアウトである。
「ミ、ミオちょっと離れて……!」
「やー!」
「やー、じゃねぇよ! このままじゃマジで……うわっ!」
この場を雫と香織に見られるのはまずいと判断したハジメは、ミオに離れるように言うが、ミオは駄々をこねるように拒否し、さらに激しく抱き着いてくる。そして、ミオの押し込む力に負けて、ハジメは背中からベッドに倒れこんでしまう。
「……ねぇ、南雲君? 今、東風さんの声がしたような気がするのだけど……」
「南雲君? 扉、開けてもいいよね? ね?」
どうしてだろう。扉越しの香織の声がとてつもなく恐ろしいモノに感じる。けれど、ミオがハジメを離す様子ははなく、どうしようもないままに扉が開かれた。
そして……そこからはお察しである。
「お邪魔しま……って! な、なななななな何をやってるの、二人とも!」
「……ふ、ふふふふ」
「い、いや、これはミオが……」
「んぅ、ハジメ……。そこ、くすぐったい……」
「南雲君!? どこを!? 東風さんのどこを触っているの!?」
「ふふふふふふふふ……」
「へ、変なところは触ってない! 触ってないよね、ミオ!?」
「ハジメの手、腰に乗っかってるよ?」
「……ッ! ……ッ!? と、とにかくすぐに離れなさい二人ともぉ! 不純異性交遊なんてダメよ! 駄目なんだからね!?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「す、すぐにやめます! だから八重樫さん! 隣でさっきから『ふ』しか言わなくなってる白崎さんを何とかしてください! つーかいい加減離れろこのド阿保がッ!!」
「きゃふんっ。いったぁ~」
珍しく声を荒上げたハジメが、力づくでミオを投げ飛ばす。ころり、とハジメの隣に転がったミオは、恨みがましい視線をハジメに向けるが、すでにハジメはお仕置きモード。表情は無になり、ペキパキと指を鳴らしている。
「――――何か、いうことは?」
「調子にのってごめんなさい!」
手のひら返しは一瞬。ミオはベッドの上でハジメに土下座した。いつもは滅多なことでは怒らないハジメだが、幼馴染のことになると話は別なのである。
ミオがおとなしくなったのを確認したハジメは、ほっと一息つくと、さてどうやってこの状況を弁明するかと考え……ガシッ、と後ろから肩を掴まれた。同時に感じる、背筋が凍るような気配!
「……南雲くん」
「は、はひッ」
聞こえてきた声は、いつも通り可憐な香織の声だった。しかし、それを聞いたハジメは、首筋に刀を当てられる感触を覚えた。もちろん幻覚だが、ハジメの顔色が一気に青白くなる。
「南雲くん、ここでミオと何をしてたのかな? かな? もう夜遅い時間だよ? こんな時間に、男女が寝室で二人っきりなのは、私、駄目だと思うんだ」
「お、おっしゃる通りです」
「そうだね。それが分かってるなら南雲くん。南雲くんは…………ドウシテコンナコトヲシタノカナ?」
「ひ、ひぃいいいッ!?」
「香織ッ! 落ち着いて!? 今の貴女、女の子としてしてはいけない顔をしているわよ!?」
背後からそっと囁かれた片言気味のセリフに、ハジメは悲鳴を上げてしまった。自分の親友の様子がマジでやべぇと判断した雫が止めに入るが、香織は「ふふふふ……」と不気味に笑い続けていた。
結局、全員が落ち着くまで、ニ十分ほどかかるのだった。
「……えっと、それで、八重樫さんと白崎さんは、僕に何か用だったのかな?」
「……少し、話があったの。本当は東風さんも一緒に話したかったのだけど、メイドさんに聞いたら部屋にいないというから、しょうがなく南雲くんの部屋に来たんだけど……まさか、一緒にいるとはね」
「うん。というか、ミオは自分の部屋にまだ一回も行ってないんじゃない?」
「まあねぇ、パーティーの後、すぐにハジメの部屋に来たから」
「ミオ、それはちょっとはしたないんじゃない?」
「そこは、ほら。幼馴染の特権ってやつ? 白ちゃんにはない」
「……喧嘩売ってるのかな? かな?」
「はい、そこ! 流れる様に喧嘩しない! 今は大事な話があるんだから!」
「あ?」「ん?」と笑顔でにらみ合うという器用なことをする二人に、雫がストップをかける。そして、はぁ、とため息を吐くと、表情を引き締め真剣な声音で言った。
「南雲くん、東風さん。二人は、この世界の人たちを救うことに、反対なの?」
雫がそう言うと、ミオは「反対だね」と即答し、ハジメは言葉にはしなかったものの、肯定を示す沈黙を返した。
「……どうしてか、聞いてもいいかしら?」
「どうして? 面白いことを聞くね八重ちゃん。見ず知らずの他人のために命がけで戦えといわれて、ハイそうですかなんて言えるわけがない」
それが当然のことだと、ミオは言う。
「いきなり日常を奪われて、元の世界には戻れないと言われて、それでもそんなやつらのために戦う? それを馬鹿といわずしてなんというのさ。そうだね……わたしは、王城である程度情報を集めたりなんなりしたら、ここを出て帰る方法を探そうと思ってるよ」
「え、ミオそんなこと考えてたの?」
「そうだよ。ここに来たのはそのことをハジメに伝えるためだし。というか、ハジメだって同じようなこと考えてたでしょう?」
「それは……まぁ、そうだけど」
だったらその話を先にしようよ……と思ったが、そんなことを言っても意味は無いと黙ることにしたハジメ。
雫は、二人の言葉を受けて何かを考え込んでいた。
「ミオ、それはちょっと……。ほら、この世界の人たちも困ってるみたいだし……」
「白ちゃん。困ってるからといって、誰かを誘拐して、その誰かに人殺しを強要してもいいって思ってる?」
「そ、それは……」
「まぁ、白ちゃんは優しいからそう思うんだろうね。その優しさは良いことだと思うけど……わたしに、それは理解できないんだ。だから、白ちゃんがこの世界の人たちを救うと決めたとしても、それを分かっては上げられないよ」
「……そう、なんだ」
「白ちゃんも、よく考えたほうがいいよ。じゃないと、きっと後悔することになるから、さ」
「ミオ……」
ミオの言葉には、香織を心配する気持ちが籠っていた。香織もそれを感じ取ったのか、ミオへと柔らかな笑みを贈っている。
そうしていると、考え込んでいた雫が顔を上げた。
「……東風さん。貴女は、クラスメイトのことをどう思ってるの?」
「え? いつもハジメを貶してるやつらは死ねばいいと思ってるけど、それ以外はどうでもいいかな。忠告も結局無意味だったみたいだし」
「忠告……そうね。あれは間違いなく私たちが考えなくちゃいけないことだった。光輝のいうことにつられて戦うとは言ったけど……。私は、東風さんが言ってたことなんて、まるで考えもしなかった。フフ、それじゃあ、東風さんにどうでもいいって言われてもしょうがないわね」
そう、自傷気味に笑う雫。けれど、ミオはきょとんとして、雫に言った。
「何言ってんの八重ちゃん。わたし、八重ちゃんをどうでもいいなんて思ってないよ。八重ちゃんは大事な友達だもん」
「東風さん……ふふ、ありがとう。私にとっても、東風さんは大事な友達よ」
そう言って笑う雫。その笑みはとても可憐なモノだった。彼女をお姉様と慕う女性たちが見たら、その可憐さに心を撃ち抜かれ鼻から幸福を噴出していただろう。
「ど、どうしよう南雲くん! 雫ちゃんがミオに寝取られる!?」
「うん、一旦落ち着こうか、白崎さん」
ミオはハジメに敵意を持つ相手には容赦しませんが、ハジメに友好的な相手には普通に友好的です。香織は……まぁ、喧嘩友達てきな。