ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~   作:アリアンロッド=アバター

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檜山たち、死す(精神的に)

「おっ、無能君じゃ~ん?」

「マジで? ホントだ。おーい、む・の・う・くーん! 何してんのぉー?」

「もうすぐ訓練の時間だけど……ああ、悪い悪い、お前が訓練とか、するだけ無駄だよな。なんせ、無能何だしぃ?」

 

 飲み物を取りに戻ったハジメが訓練場の裏手に差し掛かると、そんな声が投げかけられる。げらげらと下品な笑いと共に放たれる、聞くに堪えない醜悪な言葉に数々。顔を見ずとも分かる。檜山たちだ。彼らはハジメの天職が非戦闘職であり、ステータスが低く、おまけに魔法の適正もない『無能』だと判明してから、前に増してハジメに絡んでくるようになった。

 またか、と内心でため息を吐いたハジメは、そのまま聞こえないふりをしてスルー。いじめとは、相手が反応するから面白いのだ。まるで無反応の相手をいじめても、何の楽しみもない。こうしていれば、その内檜山たちも飽きて何も言わなくなるだろうと、無視を決め込む。ミオを待たせている現状、こんな奴らのために使う時間などないのだ。

 そうして、無言で立ち去ろうとしたハジメは、背中に感じた衝撃に弾き飛ばされ、地面を転がった。とっさに受け身をとったのでそこまで痛くはない。だが、服は砂埃で汚れてしまった。

 

「(いつつ……。あいつら、今魔法使ったよな? 燃えたりしてないようだし、風の魔法か……。というか、訓練以外で攻撃魔法を使うのは危ないって、メルド団長に言われたの忘れたのか?)」

「ギャハハハッ! 無能くんったらぶっざまー!」

「あの程度の魔法でぶっ飛ぶとか弱すぎだろぉ!」

 

 倒れたハジメに、檜山たちの嘲笑が投げかけられた。だが、それらは一切合切、ハジメの耳には届いていない。

 起き上がりつつ、檜山たちの行動に呆れを隠せないハジメ。僕なんかに構うより、別にもっとやることがあるだろうと思ったが、そんなことを言ってもどうせ意味は無いのは目に見えている。

 このまま何も言わずに立ち去ろう、と考えたハジメ。だが、少しばかり遅すぎた。

 

「オラッ!」

「あぐッ!?」

 

 近づいてきた檜山が、ハジメの腹に蹴りを入れる。容赦のない一撃に、ハジメはまたもやゴロゴロと地面を転がる。ステータスの差もあり、かなり痛かった。蹴られたところを抑えながら、ハジメはよろよろと立ち上がる。

 

「オイ、無能。お前なに無視しちゃってんの? ア? なめてんのかよカスが」

「…………」

 

 檜山がハジメに近づき、その胸倉をつかみ上げ恫喝するが、ハジメは何も言わず、冷めた目で檜山をじっと見つめるばかり。

 

「……てめぇ、何だその目は!」

「ぐっ……」

 

 ハジメの眼差しが気に入らなかったのか、檜山が拳でハジメの頬を打った。呻き声を上げるが、それでも視線を檜山から外そうとはしなかった。

 その視線に、檜山は思わずたじろいでしまう。そんな檜山の様子を見たハジメは、瞳の温度をさらに下げ、凍えるような声でつぶやく。

 

「……手、放してくれる? 君たちに構ってる暇は、僕にはないんだよ」

「……ッ! 調子乗ってんじゃねぇぞカスがッ! 死ねよ!」

「…………」

 

 もはや、伝えることは伝えたとでも言いたげに、再び無言になるハジメに、ついに檜山が切れた。ハジメを投げ飛ばすと、「無能のくせに……てめぇの立場を教えてやるよ」といいながらハジメに暴行を加え始めた。げらげら笑いながら、檜山以外の三人もそれに続く。

 拳が、蹴りが、剣の鞘が、魔法が。うずくまるハジメへと容赦なく降り注ぐ。普通の男子高校生が突然力を手に入れたら、それに溺れるのは分かる。だが、その矛先になるのはたまったもんじゃないと、ハジメは内心でため息を吐いた。

 

「(体は痛い……痛いけど、こいつらバカだなぁって思う気持ちの方が強いな。つーか、ホントに馬鹿だよね、こいつら)」

 

 ハジメは、何故檜山たちが自分を目の敵にしているのか知っている。香織がハジメと仲良くしていることが気に入らないのだ。香織に惚れている檜山たちの、嫉妬からくる行動。それは、ハジメからしたら愚かさの極みとしか言いようのないものだ。

 

「(僕に当たるんじゃなくて、どうにかして白崎さんと仲良くなることだけを考えてりゃいいのに……。まぁ、それができないからこういうことしてるんだろうなぁ……。なんか、哀れ)」

 

 ミオの影響か、こういう輩に対して「どうでもいい」と淡白な対応のできるハジメだが、流石にイライラしてきたのか、ブラックなハジメさんが心の中でひょっこり顔を出した。まだ暴行は続いているが、ハジメにとっては痛くて煩わしいだけ。ミオを待たせていることの方が気になっていた。

 そんなとき、ハジメは檜山たちの暴行の音に混じって、たったったったっ、という誰かが走っている音を耳にした。そして、その音が近づいてきていることに気が付いた。

 檜山たちはそれに気づいていないようだった。ハジメが、音のする方に目だけを動かして視線を向けると、そこには表情を消し、こちらに駆けてくるミオの姿が……。

 

「(……あ、なんか嫌な予感が)」

 

 そう思ったときには、すでに遅かった。ミオは檜山たちよりも数歩手前で跳躍すると、空中で足をピンと伸ばし、そのまま突っ込んできた。

 

「ハジメから離れろ! このゴミどもぉおおおおおおおおおおおッ!!」

「ぐあッ!?」

「「「おわッ!」」」

 

 ミオの渾身のドロップキックが見事に檜山の後頭部に突き刺さり、そのまま他の三人もまとめて吹き飛ばした。

 

「ハジメ! 大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫……かな?」

「OK、安心して、お医者さんは連れてきてあるから。白ちゃん!」

「うん、ミオ! 南雲くん、今治すから!」

 

 ミオの後を突いてきた香織が、治療魔法でハジメの怪我を治す。二人に支えられて、ハジメはよろよろと立ち上がった。身体にはそれなりにダメ―ジを喰らっていたらしい。

 そんなハジメを見て、ミオの目が据わる。転がった檜山たちを見る視線は、もはや殺人鬼のそれである。

 ミオはハジメが一人で立てるまで回復したのは確認すると、香織の登場に目を白黒させている檜山たちに近づき……鞘からナイフを抜き去った。

 

「で? お前ら、どうやって死にたい?」

 

 ド直球の死刑宣告。あまりにサラリと吐かれたそれに、檜山たちは一瞬何を言われたか分からないという顔をする。だが、意味が理解できると、陽光を受けて煌めくナイフに、顔を引き攣らせた。ミオの言葉に冗談は一切含まれていない。ここで檜山たちが素直に死に方を言えば、何のためらいもなくそれを実行しただろう。

 

「か、勘違いしないで欲しいんだけど、俺たちは南雲の特訓に付き合っていただけで……」

「ふぅん、それが辞世の句でいいんだ。分かったよ」

 

 苦しい言い訳をする檜山を、バッサリ斬り捨て、ミオがナイフを振り上げる。その切っ先は、檜山の顔面を寸分違いなく狙い定めていた。檜山の顔が蒼白に染まる。

 

「まッ……!」

「待たないよ、死ね……!」

 

 制止を呼び掛ける檜山に、今まさにナイフが振り下ろされ……ることは無かった。ナイフを握りしめたミオの腕を、後ろから抱き着くようにしてハジメが止めたのだ。

 

「ミオ、それはダメだよ」

「ハジメ……?」

「僕のために怒ってくれてありがとう。けど、そこまでする必要はない。僕はそんなやつらにされたことなんて毛ほども気にしてないから。それに、ミオの手がそれの血で汚れるのは嫌かな」

 

 ゆっくりと耳元でささやかれる、ハジメの優しい声。ミオは、振り上げていたナイフをゆっくりと下ろすと、くるりとハジメの方を振り返り、その胸にぼすっと飛び込んだ。

 

「……わかった。ハジメがそういうなら、やめる。それより、もう痛いところない?」

「うん。白崎さんが治してくれたから」

「そっか……。白ちゃん、ありがとね」

「ううん、私は治療師だから。怪我を治すは、私の仕事だよ。それより……ミオは、いつまで南雲くんにくっついてるのかな? かな?」

「んー、ハジメが嫌って言うまで? ハジメ、こうするの、嫌?」

 

 上目遣いで、小首をかしげながら放たれたその言葉は、いつもと違ってどこかしおらしい態度と相まって、かなりの破壊力を伴ってハジメを襲った。

 ハジメ君の精神に大ダメージ! いつもの五割増しで幼馴染が可愛く見える状態異常のおまけつきだ!

 

「えっと……嫌じゃ、ないです」

「ふふっ、なんで敬語なの? 変なハジメ―」

 

 いつも以上にミオにかなわなくなっているハジメに、ミオを拒絶などできるはずもなかった。香織さんの笑顔が途端に怖くなる! 目の錯覚か、何やら香織の背後の空間が揺らめいて見えたハジメは、サッと視線を逸らした。

 

「…………えっと、これは、どういう状況なのかしら?」

 

 ハジメと彼に抱き着くミオ。そんな二人に「ふふふふふ」と笑顔を向ける香織。完全に忘れ去られている檜山たち。

 そんな、ぱっと見では何も分からない状況に、後から追いついた雫は、首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 # # # # #

 

 

 

「――――ていう、感じかな?」

「ふぅん、そういうことだったのね」

 

 ミオからある程度の説明を受けた雫が、スッ……と細めた瞳で檜山たちを射抜く。その視線を受けた檜山はビクッと肩をこわばらせると、なおも見苦しく言い訳をしようとする。

 

「だ、だから! 俺らは南雲の特訓に付き合ってただけなんだよ! 無能な南雲をちょっとでも強くしてやろうと……」

「特訓、ねぇ? それにしては、随分一方的じゃないかしら?」

「そ、それは……南雲が予想以上に雑魚かったからっ」

 

 檜山が何かを言うたびに、雫の視線はどんどん冷たくなっていく。それでも、檜山は「自分は悪くない」と、「全部ハジメが悪いんだ」と言いつのる。雫が聞きたいのは、ハジメに対する謝罪の言葉。しかし、いつまでたっても檜山からその言葉は出ない。

 そのあたりで香織と雫を追いかけてきた光輝が合流するが、状況の説明を受けようにも、雫は檜山を問い詰めており、香織はハジメにくっついているミオといつも通りのやり取りをしている。やって来た光輝には、視線すら向けられない。結果、話に入ることができずにその場に立ち尽くすことになった。

 

「それにしてもさぁ、あの檜山? だったっけ。アレも馬鹿だよねぇ。どこぞの勇者と同レベルで馬鹿だよねぇ」

「ミオ、そこで光輝くんを馬鹿にする必要、あった?」

「いやぁ、似たようなものでしょ? 考えなしのところとか、自分は絶対悪くないと思ってるところとか、それを理解できないところとかさ。檜山は暴力、勇者(笑)は言葉と思想ってところが違うだけでさ。ところで白ちゃん。白ちゃんは檜山共がどうしてハジメを目の敵にしてるか知ってる?」

「え? えっと……南雲くんがオタクだから?」

「まぁ、それも少なからずあるかもだけど、それだけじゃないんだよねぇ」

 

 ミオがニタリとした笑みを浮かべた。その笑みを見たハジメは悟る。この幼馴染、またロクでもないことするつもりだ、と。

 そして、ミオの言葉に一番反応したのは、檜山だった。檜山たちがハジメを嫌っているのは、香織とハジメが仲が良いから。そのことを香織に伝えられるということは……。

 「ヤメロッ!」と叫び、ミオの口をふさごうとする檜山。だが、彼の意に反して、彼の体はピクリとも動かなかった。

 

「なッ!? なんで、体が……!?」

「う、動かねぇ!? どうなってんだよ!」

 

 檜山だけでなく、近藤たちも動けなくなっているようだ。焦っている彼らは気づいていないが、彼らの体にはとても細い糸が巻き付き、拘束していたのだ。犯人は勿論のようにミオである。『操糸術』を使って極細の糸を彼らへと伸ばし、関節などに巻き付けることで拘束しているのだ。『我流糸術・隠縛糸』と名付けられたこの技は、ミオがメルドたち騎士から関節技を学び、それを糸で再現するというもの。

 動けない檜山たちがミオに叫ぶが、ミオは止まらない。浮かべる笑みは向けられている香織の頬が引き攣るほどに邪悪なモノだった。

 

「アレらはねぇ……白ちゃんが好きなんだよ。もちろん、ライクじゃなくてラブの方で。だから、あれらはハジメを嫌ってるの。自分の好きな子が、他の男と仲良くしてるもんだから、嫉妬したってワケ」

「へ…………? え、ええぇえええええええええええっ!?」

「あはは、白ちゃん驚きすぎだよー。何もおかしな話じゃないでしょ? 白ちゃん、すっごいモテるし」

「そ、そんなことないよ、ミオ! わ、私がモテるなんて、そんな……」

「白ちゃんがそういうこと言うと、すっげぇ嫌味っぽい。まぁ、それはそれとして……白ちゃん、今の聞いて、どう思った?」

 

 ミオがそう聞くと、香織は「どうって言われても……」と困ったような表情を浮かべる。

 だが、檜山たちにはそれで十分だった。香織の態度は、檜山たちのことは恋愛的に眼中にないことを、何よりも明確に示していた。

 何も言えなくなり、押し黙る檜山たちは、ミオが自分たちを見ていることに気づいた。ミオは彼らの視線が自分に集まったことを確認すると…………「ハッ」と飛び切りの侮蔑を籠めた嘲笑を浮かべた。

 

「てめッ……!」

「あれ? いいのかなぁ。これ以上、白ちゃんの前で無様を晒して……さ?」

「……ッ! チクショウッ!」

 

 ミオの一言に何も言えなくなった檜山たちは、いつの間にか動くようになっていた身体を反転させ、その場から駆け出し……否、逃げだした。

 そんな彼らの背中は……なんというか、悲しみに溢れて見えた。

 

「……自業自得とはいえ……これは酷いわね」

「あはは……」

 

 去って行く檜山たちに、流石に同情を禁じ得ないハジメと雫だった。

 


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