二曲目の英雄 作:不思議稲荷
──おい誰だ新型機の排熱機関担当した奴ッ!頭のネジ飛んでるのか?構造に無理がありすぎんだろ!すぐぶっ壊れるぞ!
──ベルドルベルさん!『グランマーシャル』のオープニング用のサウンドトラックってどこですか?!見当たらないんですけど?!ああ、またアニメ部から怒られるぅぅ……。
──オーナー!オーナーの造ったモンスターについてポケ○ンファンからのクレームが殺到してます!
──ハハッ、知らないねえ。あくまで創作の範囲だから、別に法的には大丈夫だからねぇ?
──あ″あ″ぁー今日で三徹目ェェ……。
──勝った。俺五徹ゥ。
──……それは勝ちなのか?
ロマンを感じる人型ロボットから怒髪衝天の勢いで降りてくるテストパイロット、辺りのデスクをひっくり返して慌てる女性、飄々とした白衣の上司に紅白で塗られたボールを持って詰め寄る男性、ぐったりと生気無くゾンビのように横たわる仲間たち。
走馬灯のように光景が駆け巡る。……最後だけやたら長かった気もするが気のせいだろう。
ふと、体が浮上したように感じると視界が横一文字に切り開かれる。真っ直ぐに差し込む白光に従って私は、重い瞼をこじ開けた。
「夢………か」
カーテンから漏れ出る光で薄暗い部屋。まだ醒めきらない頭を振ると、そこでは数十人の子供が満足そうに寝ていた。今は幼稚園恒例の昼寝の時間。どうやら私だけ早く起きてしまったらしいな。
それにしても、懐かしい景色だった。
〈叡智の三角〉。私が〈Infinite Dendrogram〉において所属していた
「……うん?」
目が慣れてきたのか部屋の隅の闇に隠れた
子供向けアニメのようなロボットでゴテゴテに装飾を施された電子キーボード。何の変哲も無い、市販品。
けれど、それを認めると不思議に体が動いていた。薄っぺらい布団をはね除けて腕が伸びる。懐かしい夢を見たからだろうか。無性に弾きたいと思えた。まだ周りの学友は寝ているが、静かに少し弾くくらいなら構わないだろう。
「さて………」
プラスチックの軽い鍵盤に指を這わせる。何を弾くかはもう、決まっていた。
〈魔神機甲グランマーシャル〉のオープニング。かつての仲間達で協力して作り上げた創作群の一つ、中にはアニメーション化もあり、その時の音響部門担当として私も携わっていた。自慢ではないが、今までに書いた譜面は全て
「聴かすべき聴衆も不在だが、これは自己満足故の演奏だからな」
誰に聞かせるわけでもなく呟く。思えば一人きりの演奏など久方ぶりだな。いつも周りにはクランメンバー然り、わざわざ足を運んでくれた観客然り、誰かがいた。やめよう、寂しくなるような物思いは無駄でしかない。
気分を切り替えて、視線を目前の白と黒の二色に集中する。最初はゆっくりと。しかしエンジンを駆けるように徐々に鍵盤を叩く速度を上げる。ああ、しまった。この小さな指では盤上を満足に動けないな。失念していた。全体的にテンポを遅くしてバランスを取ろう。
いい、いいぞ。指が止まらない、魂が歓んでいる。機械のパワフルな迫力と、人間の情熱的なリズムが絡み合う。しかしこれは端役の曲だ。魅力を残しつつ、本命の映像を引き立たせる。アニメーションが進むにつれ、呼応して主張も強くする。言葉は要らない、音の波長だけで十分だ。一度鍵盤を叩くたびに昔の思い出と映像が蘇る。
気が付けば、脳裏に描いた譜面は既に終わっていた。
演奏の終了と共に照明が戻り……、うん?
「すごいね!」
「うん、すごいね!」
パチパチと寝ていたはずの友人達から盛大な拍手が送られた。起こしてしまったなら、悪いことをした。まあ本人たちに不満は無いようなのでセーフとしよう。
「……ありがとう」
「天山君、どうして君はそんなにうまく曲を弾けるのかな?」
いつから聴いていたのか、園の保育士までもがいた。それにしても、この問いにはなんと答えたものか。真逆「前世の記憶があるからです」とは言えまい。私が返答に窮していると、幼い友人が助け船を出してくれた。
「てんざんの個性なんじゃない?」
「……かもしれない」
「そっかー。確かにお母さんも音楽向きの個性だしね」
『個性』という万能論でとりあえずは納得して貰えたが、困ったな。この場は乗り越えても、いつか来る未来が不味い。何しろ先の演奏は100%純然たる技術。超常の力には一切頼っていない。だから私が希な無個性ではなく、本物の『個性』を発現してしまったとき、どう言い訳したものか。
まあ今から過去に戻って別の分岐を選ぶこともできまい。諦めて未来の私に任せよう。それに、『
「人の為になるいい個性ね」
それでも、素直に喜んでくれる大人に僅かながら胸が痛む。他人は騙せても己は騙せぬ、か。
「さてと、みんな気分良く起きられたところで、午後のお遊戯を始めましょうか!」
「「「はーい」」」
にこやかに先導する保育士の後を追い掛けて、ドタバタと大名行列のように園児が外に出て行く。最後に名残惜しくロボットの装飾をなぞり、ずっと抱えていた電子キーボードを元の場所に返そうと入り口とは逆方向へ向かった私の背後に、誰かの気配を感じた。
「また今度聴かせてね」
肩越しに聞こえた声に振り返ると、スキップするように走る少女の小さな背中だけが目に映った。控えめなアンコールが、荒んだ心に染みた。
まだ個性は出さないよ。次かな