蛭子四葩は防人である   作:一ノ原曲利

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別作品で迷走している間に書きました
他作品見てゆゆゆにどハマりして地元の書店巡って漫画版・小説版全部買いました


蛭子四葩の後悔・起

 

 

 

「あー…(いろり)ィ、水くれ」

「はーい」

 

 そう言って、金髪ポニーテールの少女はにこやかな表情で真横にあった自販機を足で叩き割り、中をごそごそと探って未開封の水入りペットボトルを取り出した。投げ出されたそれを受け取りキャップを外して中身を口に含めば、カラッカラになった喉が潤う。さりげなく、隣の大男に目を移せば我関せずといった風に歩いている。

 それに安堵しキャップを付ければ、期待を裏切るように首にキツい一撃が入って噎せかけた。

 

「ゲホッ」

「仕事中は〝小町〟だ、間違えるな」

「あっ、いや、今のは私も悪…」

「小町ちゃんは悪くないわよ〜悪い子は喜撰ちゃんだから」

 

 ゴテゴテのガスマスクを被った、胡乱げな女性がカラカラと笑った。

 

「別に、周りに人がいないからいいだろ親父殿」

「公私混合の問題だバカヤロウ」

「ってぇ!」

 

 また一撃が入った。今度は顎だ。後頭部に来るかと構えたが、下から掬い上げるような爪先が顎を揺らす。

 普通であれば脳が揺れるレベルだが、そこは鍛え方鍛え方。ちゃんとじゃれ合いの程度で済ませられるようお互い配慮しているため重傷には至らない。

 

「それに親父ではなく〝黒主〟だろうが。お前はつくづく組織行動に向かないな」

「じゃあさっさとクビにでもすればいいじゃんかよぉ…あ! 代わりになる奴が居ないから俺が入ってるんだっけー? 〝六課専〟も人材不足でお菓子喰って腹痛ァ!?」

「いい加減にしろ」

 

 ちょっとじゃれ合いでは済まなそうなレベルになった。蹴られた部分を抑えながら、思わずむくれる。

 

「〝文屋〟さん、目的地までの距離は?」

「うーん…というより、まだ諏訪からそんな離れてなから…ここどこだっけー?」

「さっき小渕沢ってあったんで、ざっと30kmくらい進みましたね。特に障害もなく歩けば日没までには到着しますよ」

「小町有能説。なんでわかったの」

「そんなのこのアホ毛レーダーが神樹様からの演算データを受信しているからに決まってるじゃないですか。万能だなんてそんな…」

「そこまでは言ってない」

「言ってないな」

「言ってないわねー」

「万能説全否定!?」

 

 ガビーンと効果音がつきそうなショックフェイスだった。そもそも神樹様にそんな機能はない。

 

「転移ポイントのマーキングのため一般道に降りたいところだが、効率優先でこのまま中央自動車道を通り南下する。できれば関東へ向かう足掛かりとして、あの辺りの霊脈は調べておきたいからな」

 

 四人は声量もほどほどの大きさで、罅割れた道路を歩いていた。一見直線に見える道路は一般道ではない、高速道路だ。

 と言っても、車が走る姿はなく、高速道路の高架下でさえ人っ子一人見かけない。少なくとも、この罅割れた高速道路を歩く四人以外は。

 

 そう、世界は。

 

 二年前に、様変わりした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 二○一五年、天から遣わされた白饅頭のような異形『バーテックス』が地上に降り、人類を絶滅させん勢いで大量虐殺を始めた。

 一体だけであれば対処のしようがあったが、問題は無量大数にも近しい数であったことだ。日本のみならず全世界に降り注いだバーテックスを相手に、人類は約一ヶ月は抵抗していた。現代兵器が()()通用したからだ。

 

 だが人類は食べるし、眠るし、当然物資は要る。

 

 対してバーテックスには、生物特有の生活の営みというものがない。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)、人類を見つければ即殺害。存在の維持に物資は不要であり、生態系もまるで不明。ただ、そうあれかしと人を殺すのみだ。

 

 しかし、終わりのない戦いを連日連夜続ければ、人も次第に士気が失せていく。

 そもそも、何をもってして勝利条件とするのか?

 

 バーテックスを殲滅する?

 バーテックスの侵攻を止める?

 バーテックスの司令塔を叩く?

 

 人間対人間であれば、国を落とせば殆どが終わっていた。だが国も持たない拠点も不明、個体識別が困難な敵を相手に、いつまで戦い続けていけばいいのか?

 

 人類側の敗北条件は単純明快だ。

 

 ①人類が一人残らず殲滅される。

 ②人類が住む場所がなくなる。

 

 バーテックスの無作為な襲撃は補給線を断ち、ライフラインは止まり、人類が抵抗できなくなるのは自然の流れだった。

 ただ、()()()()もあったのだが。

 

「……黒主、小町ちゃん、喜撰ちゃん…2km先に」

「視認できた。まだ距離はあるな」

 

 文屋の一言、黒主が全員を手で制して止める。小町、喜撰と呼ばれた少年少女も大人しく指示に従い静止した。視線の先、空中で白い饅頭のような大群がうようよしていた。

 バーテックスだ。

 

「先陣は俺が行く。小町と喜撰は取り零しを潰せ、文屋は身を隠しつつ、周囲の索敵を怠るな」

「「「了解」」」

 

 ダン!と明らかに人間が発することはないであろう音が響く。黒主が道路に罅を刻んで駆ける。

 小町は黄金色のポニーテールを揺らして、喜撰は切り揃えた黒髪を忌々しげに掻きながらその後を追った。黒主が踏み抜いた跡を避けながら。

 

「もう脆いんだからガチで踏むなよ…」

「あの人は足が得物だから仕方ないですって、諦めましょ」

 

 呆れながら後ろ姿を確認すれば、ゆうに2kmはあったであろう距離が詰められ、空中をうようよしていたバーテックスが()()()()()()()()

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ―――そう、世界各地で行われたバーテックスの襲撃には一部の例外により抗うことができたのである。それは、()()()の存在だった。地域によりけりだが、()()とも()()呼ばれている。

 

 例えば、聖人を刺し貫いた鎗。

 例えば、騎士王が岩から抜いた剣。

 例えば、医の神から賜った王の銀腕。

 

 これらは、現代兵器とは異なる法則で、対バーテックス兵器として運用することができた。

 

 

「数は…まぁそれなりか。近くに『巣』か『卵』はなさそうだな」

 

 黒主がバーテックスを屠ることができるのも、瑞宝(ミズタカラ)十種(トクサ)足玉(タルタマ)』の力によるものである。

 といっても、体の周りでのたうつ、蛇腹剣のような物体が無理矢理足裏で回転を繰り返している様を見るに、とても古代の遺物とは思えない。だが現に、まるでチェーンソーのようにがなり立てるそれは黒主の意思に従って動き、力任せにバーテックスを殲滅している。

 

 バーテックスが天の神の遣いであるのに対し、人類側は地の神に属するものである。過去、神秘蔓延る時代から連綿と受け継がれ、時代と共に信仰の力を付けた神器は聖遺物として遺され、それが地の神の力を放出する媒体となっている。

 普通は、骨董品なんぞにそんな力が宿ることはない。だが、そうでもしなければ地球が滅ぶことを星そのものが感じ取っているからだと考えられる。原理は不明。

 

 兎に角、使えるものは使う。聖遺物にはバーテックスに対抗する力がある。各国は過去の遺物に対して最大限の敬意を払いながら、聖遺物を武器を用いてバーテックスに対抗し始めた。

 これらを、現代兵器に次ぐ『第二兵装』と便宜上呼称した。聖遺物と親和性を持つ人間を触媒として、聖遺物に込められた神秘・伝承の一時的な再現を実現させる対バーテックス兵器だ。

 

 

 その過程で、一部の神々がその御身を顕わした。

 

 

 南米では第五世界の守護神として鳥面の巨大蛇ケツァルコアトル神が降臨、インドではヒンドゥー教の維持神ヴィシュヌ最後の化身にして〝汚物の破壊者〟未来王が人類滅亡を予期し粛清装置としてバーテックスを殲滅している。

 中東ではダマーヴァンド山で封印が解かれた拝火教の邪龍が自己増殖と強化を繰り返しバーテックスを鏖殺、エジプトではファラオが石版から魔物を呼び出して応戦しては石版でバーテックスを封印、英国では古来よりブリテンを守護する赤き竜が降り立った。

 日本に一番近い中国では、陵墓に封印された歴代の帝と兵馬俑が某映画並の復活を遂げて人類と共同戦線を図っていることが報道された。

 

 ここ日本では、守神の集合体が御神木として顕現した神樹様の力で張られた結界により、脅威から民を守っている。おそらく、他の国と異なり戦闘に特化した神が少ないのが原因だと考えられている。

 そして現在、聖遺物と神樹様のバックアップを受けることで対抗する『第三兵装(勇者システム)』の整備が完了していた。

 

 しかし、バーテックス襲来により次第に海外との通信手段は途絶え、報道による情報収集の手は潰えた。現在は専用機器でもない限り、国内でさえ長距離通信は不可能になっている。

 

 

 自分たち以外は滅んでいると考える他なかった。

 

 ありもしない希望を外から求めることほど虚しいものはなかった。

 

 だから、自分の身は自分たちで守るしかない。

 

 

「ったく、い…小町、右頼む。俺は左をやる」

「了解です!」

 

 小町は腰に刺した剣を抜き放ち、標識を足場に跳躍して、空中で踊るようにバーテックスに斬り掛かった。虫歯のないキレーな歯が生え揃った白饅頭は、一太刀で呆気なく割断され、返す刃が一直線に数十体のバーテックスを殲滅。剣の達人と言っても過言ではない腕前が、空中で斬撃を刻む。

 

「相変わらず程よく柔らかいですねこいつら!」

 

 瑞宝(ミズタカラ)十種(トクサ)八握剣(ヤツカツルギ)』。

 凶邪を誅し平らげる、一刃七柄の奇妙な剣と伝えられているが、小町が手にする剣は平たい以外は普通の剣だ。簡素な見た目だけならば模造刀と見紛うほどだが、刃の幅は肩幅以下ではあるものの大剣に類するものであるし、一本の柄に握りやすいように六本の細やかな柄が生えている。

 

 小町の剣筋は真っ直ぐだ。生まれが生粋の平行足だったという理由で元々剣道をやっていたというのもあるが、古今東西の剣術を憶えてなお研鑽を積む姿勢は剣筋に顕れてる。戦いの中で、進化し、練磨し、精錬される技術だ。

 特に、ここ数年はバーテックス出現により対人剣術から対異形剣術という新たなジャンルに着手している。相手が人体の法則とは異なるという相違点は大きく、現代まで残された技術は口伝と文献にとどまっている。故に、六課専を中心として小町を筆頭に、実戦を通して対異形剣術の再体系化に着手していた。

 

「っハァ!」

 

 黒主の蹴りから逃れたバーテックスが、下段から掬い上げるように振り上げた小町の剣の前に沈黙した。そして、バーテックスの残骸を足場に空中に身を踊らせ更に三体を纏めて貫き、背後に迫る一体を踵蹴りで怯ませて剣の柄で脳天を抉る。その際、沈黙した三体の死体を払い別のバーテックスに叩きつけて怯ませ、隙を作る。

 たとえ片手でも両手でも四肢を駆使して次の一手に繋げる、乱戦仕様の対異形剣術だ。

 

 黒主の蹴撃と小町の斬撃が飛び交う中、喜撰は手元で()()()()をして遊んでいた。男にしては()()()()趣味…に、見える。

 だが現に、二人が取りこぼしたバーテックスが喜撰の後ろに行くことはない。喜撰の手前数メートルのところで、進行するバーテックスは細切れにされて死体の山を築いていた。

 

「いい調子だな、今日も」

 

 瑞宝(ミズタカラ)十種(トクサ)蛇比礼(オロチノヒレ)』『蜂比礼(ハチヒレ)』。

 這う蟲飛ぶ蟲払う、形状としては鋼線に類する聖遺物。

 普通であれば遮蔽物や障害物なしに鋼線を張り巡らすことは不可能。しかし、喜撰の手袋に嵌め込まれた玉から放たれる無数の鋼線は、手元のあやとりの動きに連動して空中で自在にその様相を変える。

 時に縦に、時に横に、或いは斜めに。

 切断/発火/串刺―――確実に仕留めるために拘束もする。基本的には中距離かつ広域殲滅型の武器である。

 

 黒主や小町のような派手さはない。

 だが静かに、確実に、息を止める。もっとも―――バーテックスに呼吸器官があるかは不明なのだが。

 力は要らない。必要なのは技術のみ。

 

 絡め/締め/裂き/貫き/縊り殺す。

 

 ただし、この技術を身につけたのは時期としては昔からだが、鋼線を手繰る両腕には無数の細やかな裂傷と縫合痕が走り、骨折と整骨を繰り返した指が節くれ立っていることから、明らかに別系統の武術に心血を注いでいた。

 勿論、あくまでも趣味の範囲ではあるが―――

 

『よーちゃん、もう一回だよ!』

『道場では師匠って言ってくれても、いいんだぜ?』

『よーちゃん!』

『うわーん千景ェ』

『威厳のカケラもないわね…』

 

 ―――弟子を取っている身としては、真面目に真剣に取り組んでいるつもりだ。

 

「ウチの勇者どもは、元気にしてるかね」

「お弟子さんの心配ですか? 私の弟子は大丈夫! いつでも背中預けられちゃう、期待の勇者ですよ! カリスマ性には太鼓判プレゼントです!」

「俺じゃ役不足かよ」

「何言ってるんですか?」

 

 〝六課専〟第四席・小町―――三ノ輪(みのわ) (いろり)は剣に付着したバーテックスの肉片を払いながら、

 

「今もう預けてるじゃないですか」

 

 〝六課専〟第三席・喜撰―――蛭子(えびす) 四葩(よひら)と背中合わせになって笑いかけた。

 

「それもそうだな」

 

 

 

 人類は―――未だ、天の神に抗っている。

 

 

 

 

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