六課専。
かつて独逸にあった古代遺産継承局の日本支部を前身とした独立組織である。元は外務省直轄の工作部隊『公安六課』の名を借りていたのだが、バーテックスの出現以降は日本も外国に構う程の余裕が有るはずもなく、今は課の一文字だけが名残として残っている。
真紅に咲き誇る
現在は残る人類生存圏の防人として各地で活動している。
北海道防衛の〝遍昭〟
沖縄防衛の〝業平〟
本州及び四国防衛の〝黒主〟〝文屋〟〝小町〟〝喜撰〟
遍昭と業平はここ数ヶ月は音信不通だが、既に現地の勇者と共同戦線で結界を維持しバーテックスの殲滅に当たっていた。
日本では、元々異形の生物との会敵が何度か確認されていた。そのほとんどが単一個体であり、生態系としては甚だ未熟ではあるものの人間が住む地球においては多大な被害を与えていた。
故に、日本では安保理に抵触しない程度の対巨大不明生物に備えた兵器の開発と―――もう一つ、巨大不明生物に対処できる人材の育成に着手していた。
その内の一つが、蛭子家を中心として組織された六課専である。
単騎で、単体で、一人で、巨大不明生物に対処するだけの戦闘力を、古の伝承や古今東西のあらゆる武術を集めて身に付け、鍛え、打倒する人間を育てていた。
実際のところ、人材育成にもどのみち金が掛かるものだが、それこそ兵器開発における億単位のレベルではない。せいぜい交通費、食料費、施設設備費程度だ。そも、積極的に人材育成を推進しなかった派閥は対して役に立つことはないだろうと資金援助さえ渋っていたのが現実だ。
怪異蔓延る平安時代ならまだしも、この平成の世にそうそう巨大不明生物がぽんぽんと出るような御時世ではないと思われていたが―――皮肉にも、人類の脅威は現れた。
かつてない数の軍団を引き連れて。
六課専が想定していた大きさの敵ではなかったが、創設が近年ということもありまだ数十m級の巨大不明生物を相手取る訓練に着手していなかったのが幸いだった。
関西に支部を構えていた六課専は警察や自衛隊と連携を取り、国民を誘導しながらバーテックスを相手して決して少なくない数の人民の命を救った。ただし、その分構成メンバーが生きて帰ることは少なく、毎度顔を変える始末なので正式な辞令が下されることはなくなった。
その指示を下す上層部も、消えてしまったからだ。
そして今は、四国に存在する大社に所属し、結界外のバーテックスの駆除と生存者の捜索に尽力している。
◇ ◇ ◇
「…諏訪の勇者はどうだった」
あれからバーテックスの大群を殲滅し、死者一人出すことなく戦闘を終え、周囲に敵がいないことを確認して荒廃した
黒主が缶詰肉を食べながら徐に口を開いた。女性陣は御手洗い中だ。
「お…黒主、せめて5W1Hに倣ってください。何を聞かれているのか俺にはサッパリ。見込み云々言ったら〝未熟者が勝手に評価するな〟とか言いそうなので発言は控えますよ」
「チッ」
(今舌打ちしやがったよこの人…)
「…戦闘技能の話だ。得物は似ているのだ、何か得るものはあったのではないか?」
「…そうですねぇ」
手に嵌められている
―――元々は、格闘技による戦闘を前提とした修行ばかりしていた。対人は元より、対異形を目的とした戦闘技能の強化に専念し、その過程で全身で折れていない骨はない。
筋肉は何度も断裂したし、爪は幾度となく剥がれては生えての繰り返しだ。お陰で近所の女子は見れば泣き出すわ叫び出すわ阿鼻叫喚の嵐だった。虐待と思われたのか、何度も警察が来た。
戦場では率先に前に立つ前衛職の戦闘スタイルだったが、見初められた聖遺物のタイプが当初のものとは異なってしまったため、後衛職に転向せざるを得なかった。
「製鉄技術の祖とも言われてる軍神
「アレはフジリュー版だけであって原典に其のような言葉は書かれていない…ではなく、彼女は武芸十八般である鉄鞭術を自己流に昇華させている。はてさて、農業が趣味の彼女がどうやって其処まで技術を高められたかは甚だ疑問ではあるがな」
「ええっと…夢はでっかくルーズベルトでしたっけ」
「農業王だ」
「あぁ、それです」
誰が夢がアメリカ大統領だと勘違いしたのか。
まぁ世界史から見ればニューディール政策による
そんなことは、ないのだが。
「鞭って腕だけじゃなくて体幹の捻りや体全体を動かして〝撃ち払い〟してますから、鋼線とはまた運用法が違うんですけど…でも、骨子がなく湾曲を描く武器という点ではあったので、お互い有意義な修行になったんじゃないですかね」
「そうか…なら、この遠征でお前にも得るものがあったな」
「なかったら?」
「バーテックスの巣に放り込んでた」
それは流石に死ぬ。
例え実の息子であろうとも、容赦情けの欠片もなかった。
「…諏訪は、もってあと一年だ」
「………」
「言っておくが、俺たちが諏訪に引き返したところでもう間に合わんぞ。前提条件として、諏訪は四国の防衛線を築くための時間稼ぎとして敵の戦力分散に協力して貰わねばならん」
加えて、人口の問題が危ぶまれる。
四国は唯一存在する橋を除けば本州から離れた一個の島だ。故に土地面積は限定されており、人類唯一の生存圏として本州からの移民で人口密度は跳ね上がった。
その弊害として挙げられたのが、資源の枯渇だ。
四国全土の農耕地を活用・施設を運用しても四国の民を賄うだけの食料自給率には届かない。現在、神樹様の恩恵により〝四国内の民〟と認識された者は須らく必要最低限度の生活を送ることができてはいるが、戦いの終焉が見えない以上は神樹様のリソースを悪戯に消費することは避けたいところだった。今はまだ暴動の類は起きていないが、いずれは難民受け入れの制限、そして住民の間引きに着手する危険性がある。
「……歌野だけでも」
「彼女の生き様を否定するつもりか? 民を守れなかった者が胸を張って勇者と名乗れるものか。彼女は、勇者・白鳥歌野は諏訪の民を守るために最後まで抗う」
「だから、見殺しにしろと」
「その土地の民を救えなかった者にこれ以上戦いを強要したところですぐに死ぬ。守れなかった者たちの怨嗟と自らの生の業に苛まれてな」
「―――それは、」
「お前のその考えは彼女を思ってか? それとも慮っているのか? お前は彼女を貴重な戦力としてしか見てないんじゃないか? 彼女の気持ちを考えたことがあるか?」
「目の前にいる人の危機を知って、それを助けたいと思うのは間違いですか…?」
「それは強き者が弱き者に対して向ける憐憫だ。哀れだ、可哀想だ、自分ならば救える、だから救いたい…傲慢だな、そこまで増長するのは―――若さ故か?」
「俺は」
それ以上聞きたくない、という思いと。
自分の心の内を言葉にしたい、という思いが、思わず任務中であるにも関わらず〝我〟を出してしまった。だが黒主は喜撰を咎めたりはせず、視線で続きを促した。
「勇者は…そうだ、国を守る。民を救う。みんなのために戦う。それが使命。なら―――勇者は、誰が守るんだ」
「喜撰―――」
「力がある。強者の義務、ノブレス・オブリージュ。それはいい。だからといって勇者に救いの手がないのはおかしい」
「驕るな、弱いお前に勇者を守れるものか」
「弱いから諦める? いいや違う、目の前で苦しんでいる人たちを――…勇者たちを、守りたいと思う気持ちは間違いじゃない」
「気持ちと実力が全く伴っていない。分不相応だと言っている。勇者になる資格のないお前ごときが―――」
「知るか」
「勇者を守ることは、六課専の役割ではない」
「なら、そんなルール書き換えてやる」
「なんだと?」
親子喧嘩なんて数えるのが億劫なほどやってきた。これもその内の一つに過ぎない。
ただしこれは、喜撰にとって大きな決意でもあった。
「俺が六課専の当主になってやる。なるまで生き残って、勇者を守るって一文を書き加えてやる。ついでに面倒臭いしきたりも全カットだ」
「ハッ―――」
黒主は鼻でせせら笑った。
だが馬鹿にした笑いではない、馬鹿に育った己の子を
「なら、オレよりも永く生きるといい。数多の死を目の当たりにして、深く絶望するといい」
「絶望なんかとっくに超えてる」
「足りない」
「あ?」
「武力、体力、膂力、知力、気力、精神力。誰かを守るには、お前にはまだまだ足りないものが多過ぎる。その上で絶望を越えただと? 足らんな、まだ試練が足らんか」
「もう今でお腹いっぱいだ」
「なら、本当の絶望はその腹を内側から引き裂かれるような苦痛だ。想像できるか? できないだろう? つまり今のお前はまだその程度ということだ」
「狂ってるな」
「こんな世の中狂ってなきゃやってられん」
「親父殿もそうだろ。なんで…お袋が死んでなお、戦うんだよ」
「…そうだな」
国でもなく民でもなく、ましてや黒主が戦っているのは亡き妻の為でもない。
お前の為だ、と黒主は言った。
知ってる、と喜撰は答えた。
そこからは無言だった。レーションを掻っ飲み、ミネラルウォーターを呷る。言いたいことは言った。諏訪に戻るか否かは別として、今はただ栄養補給に専念した。
―――異常に気付いたのは、それからすぐのことだ。
◇ ◇ ◇
背中に、何か熱いものが迫り上がってくる気配。
「な、」
「あっ、」
二人は手に持っていた食糧を投げ捨て、すぐに左右に跳んだ。直後、水平に伸びる雷のような、焔のような何かが一条の光となって、二人がいた場所を貫いた。
それは凡ゆる遮蔽物を貫通しながら―――喜撰のいる空中へ薙いでいく。
「、やっば」
「―――文屋!」
「ハイッ!」
光が両断する直前で、喜撰の姿が大気中から消え、同時に反対方向に跳んでいた黒主も消えた。存在の消失――ではなく、転移。
攻撃を受けた地点から数メートル離れた瓦礫に身を潜めていた文屋と小町のすぐそばに、喜撰が頭から落下して顔をしかめていた。瓦礫から伸びた小町の手が「はやくこっちに!」痛みに呻く喜撰を掴んで敵に見つからないように「痛い痛い髪抜ける服引っ掛かってる!」引き込む。
黒主は見事な受け身で着地し、元いた場所が融解と燃焼を繰り返している様を睨み付けた。すぐに文屋の
「んだよいきなり…!」
「バーテックス以外ありえないでしょう。でもこんな攻撃、過去例に見ないものですね…!」
「控えめに言って、4kmは離れてるわねー。超々長距離狙撃、こんなの前例がないわー」
「レールガンとほぼ同等の高出力エネルギーだ…さて、どうするか…」
文屋の声はいつも通り、緊張感はまるでないが、手元にある半透明な円盤状を模した、
「何―――こんなの、見たことない」
「ヒト…か?」
それは、バーテックスよりも人間らしい形をした個体だった。
全長2m程度の白饅頭の形をそのままに縮小化していた。まるで、人間の頭と遜色のない部位が頭部になってその下から体が生えている。頭部に瞳らしい部分がないのは変わらない、歯は依然として綺麗に生え揃っているが―――若干、人間に近い形状を取っている。明らかに咀嚼、捕食に特化したものだ。
頭頂部、額部、胸部の中心に大きな虚穴があり、正中線を描くような大きな溝がある。まるで人間のような腕と脚、二の腕と太腿は剥き出しの筋繊維のようなものが見えた。色は白というよりも灰色に近い―――そして、人間にはない、短い翅のようなものが肩から、尾骶骨の延長線のようなものが背中から伸びていた。
「五、六、七体…普通なら少ないと考えるが」
「進化体、もしくは変異体となるときついわねー」
「戦闘能力が未知数過ぎますね…生け捕りは無理でも一体はサンプルとして死骸を回収したいところですが…」
「あの個体は…ダメだ、此処で殲滅しなければならん。万が一、諏訪ないし四国まで来ればあの個体は人類を根絶やしにする」
歴戦の戦士である黒主には、彼我の戦力差をひしひしと感じ取っていた。
確かに国を守るためでも、民を守るためでもない。だが此処で退けば恐らく総てが終わるという最悪の確信があった。故に、退けない。
肉片の欠片が拾えるだけでも御の字だが…そもそも、この場にいる誰が生き残れるか。
「文屋、そのまま
「―――、――」
「文屋…?」
返事がないことを訝しんだ三人。文屋を見遣ろうとして―――べちゃりと、
胸から異形の腕を生やした文屋の、ガスマスクと顔の間から流れた血だった。
「に、g―…―」
「お母―――あああああああああ!!!!」
その惨状に、文屋の
「uyq@s」
奇妙な鳴き声だ。それは驚きか、惚けたか、何かに反応したのは確かだ。
一振二斬。一度の振り下ろしは腕と手首の二ヶ所を、絶妙なタイムラグ付きで斬りつけていた。先に斬撃を叩き込んだのが手首。次に肘。人間とほぼ同等と思われる関節部を斬りつけ、脆かったのか手首は完全に落とした。
バーテックスが狼狽え(?)ている間に喜撰が串刺しにされた文屋を腕から引き抜き、同時にバックステップして後退、更に遮蔽物に巻き付けた糸と連動させて滑車の原理で加速。入れ替わるように黒主が励起状態にした足玉でバーテックスの体を蹴り飛ばす。そのまま、二人は先の一体を含めた八体のバーテックスが闊歩する戦場に躍り出た。
「か、ハぁふァ――――…」
「喋らない!」
喜撰は警戒として周囲に探知と罠の糸を張り巡らせつつ、背中から胸まで貫通した決して小さくない創部を糸で縫う。例え視覚があっても難しい作業であるのは変わらないが、緊急時であっても最大のポテンシャルを発揮できるように訓練は怠らなかった。
そう遠くない場所で小町と黒主が派手な戦闘を繰り広げる環境下で、創部から覗く血管を時に塞ぎ/結び/繋ぐ。損傷した神経系を糸で代替して修復し、最後に傷跡を縫い最低限の処置を終える。痛みが抑えられるよう、痛覚遮断の処置もしたが何分ダメージが大きい。見た目怪我は治っても、文屋の顔色は優れない。
「返事はいい、聞こえますか!?
瀕死状態でも文屋は重ねた手を弱々しい力で握り返した。だが如何せん出血が多過ぎる。気管を丸々潰されて、如何に鋼糸といえど気体を漏らさない管を作ることは難しかった。
これは、文屋の意地だ。
喜撰はゆっくりと文屋の体を安全な場所に下ろし、戦場に飛び出す。口を大きく開けてナニカを吐き出そうとしていたバーテックスの頭部に鋼糸を巻きつけて強制的に塞ぎ、自爆させる。鉄板を貫通させるであろう貫手を繰り出すバーテックスの一撃を頬の皮一枚でやり過ごし、すれ違いざまに鋼糸を螺旋状に巻きつけて腕を輪切りにして胴体を蹴飛ばした。
どの個体も、致命傷足り得ない。
しかし、その隙を利用し奮闘している二人の元へ駆けた。
「黒主、撤退を…!」
「ダメだ!」
「んでだよオイィ!」
息を切らした黒主が勢いよく足を振り下ろしてバーテックスの頭部から尾先までを蹴り砕いた。再生能力はないのか、はたまた再生限界を迎えたのかはわからないが、砕け散ったバーテックスは確かに動きを止めていた。
漸く一匹始末し、黒主が口腔内に溜まった血痰を吐き出す。
「恐らく、先の転移は読まれていた」
「は? ていうか小町は」
「頭蹴って落ち着かせたからちゃんと立ち回って時間稼ぎに専念させている。無理はするなと命令追加だ。転移は―――恐らく奴等は霊脈による転移先を読むことができる。でなければあんなピンポイントに奇襲を掛けられるか」
探知と転移。恐らく四人の中で最も補助能力に長けた文屋を狙ったのは偶然ではない、戦場において花形が戦闘能力に特化した存在であるかも知れないが、実際には補助という支えがあってこそだ。戦争においても兵力の差がなかった時代は補給やモチベーションなど戦力とは異なる面が重要視されていた。
だが、知性がある、だけではない。
なんらかの感覚器官が発達して、転移先を予測・予知したと考えるのが妥当な線だった。つまり、ここにいる変異個体を残したまま拠点に戻ったところで場所が割れてしまうのだろう。
おまけに移動速度も未知数だが、例の八体目が索敵範囲外からの奇襲であったならば脅威だ。
つまり、
「…全員で殺るしかないのか」
「いや」
それを黒主は否定した。
その間にも、喜撰は鋼糸を駆使して変異個体を縛り付け、縫い止め、妨害に徹している。
「喜撰と小町は
「いやダメだろ。サポートなし、アタッカーが一人だけじゃ死ぬ。絶対死ぬ。俺が牽制・妨害しつつ仕留めた方が」
「無理だ例え四人万全であっても真っ当に戦ったところでこの変異個体共と相打ちが関の山だ。情報はなんとしても持ち帰らねばならん。六花の約定〝新種の情報は必ず持ち帰る〟〝あらゆる時も
黒主は横たわる文屋をちらりと見遣った。喜撰にはその顔に見覚えがあった。
戦場で、死を覚悟した人の顔だ。
「俺達が、ここで、始末する」
無駄なことをしたが、死化粧としては上出来だ。
其の言葉は、少なくとも二名の犠牲が前提であることを指していた。
第五形態です、似てますよね