蛭子四葩は防人である   作:一ノ原曲利

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蛭子四葩の後悔・転

 

 

 

「………」

「………」

 

 空気が、重い。

 

 現在、一騎当千で奮闘中の黒主を置いて、喜撰――四葩(よひら)と小町―――(いろり)は全速力で戦線離脱を図っていた。途中、道返玉(チカヘシノタマ)のレプリカによる小規模な転移と移動を繰り返して追っ手を撒き、道中遭遇したバーテックスによる散発的な襲来を暗殺まがいの奇襲で最低限の体力消費で済ませて、である。

 四国に直で通じる転移は普通はできない。だが、文屋―――鈩の母親が所持していたオリジナルの道返玉(チカヘシノタマ)はこの日本全土であれば、術者が訪れマーキングした霊脈上の土地へ一人から三、四人まで転移が可能だった。元々日本に存在していた海/山/森など様々な場所にいた土地神が可能としていた移動手段らしいが、道返玉(チカヘシノタマ)はその力を擬似的に人間に貸し与えていた。

 六課専の技術部が道返玉(チカヘシノタマ)の複製コピーを完成させたはいいものの、オリジナルのように霊脈を経由した転移は不可能、神樹様のバックアップがあったとしても、霊的能力に優れた者でなければ使うことができない欠陥品だった。

 そこで開発・利用したのが『道祖神システム』だった。道祖神の起源は十世紀以前であり神秘度は深く、古来より集落や村の〝境界〟、道の辻や三叉路などで祀られている民間信仰の石仏であり、邪を遮る〝道の神〟の加護が約束されている。バーテックスは基本的に人間を襲うが、構造物や建物はあくまでも人間を襲う過程でのみ破壊を行なっていた。つまり、道端にあるなんてことのない置物を積極的に破壊することはない―――これを利用しない手は無かった。

 

 後の、神世紀にて勇者が樹海から帰還する際のシステムとして組み込まれる力の雛形でもあるのだが―――。

 

「……鈩」

「心配ないですよ」

 

 昏く、深く絶望したような声が返ってきた。

 

「覚悟、してましたから」

 

 この六課専に入ったときから。

 鈩はそう言って―――黙って、四国に通じる道祖神像を見下ろした。

 それを言うなら修行してた時から死ぬことは諦めが付いてた、と言いたかったが、流石に空気を読んで口を噤んだ。

 

 戦場から離脱する直前、鈩の母がガスマスクも外して血反吐を撒き散らしながら/変異個体に体を貪られながら、獅子奮迅していた光景が二人の頭から離れなかった。

 いつか死ぬことは覚悟していた。親からすれば、自分より子が死ぬことは生き続けることよりも辛いことだと言うが、それは大人の傲慢だ。大人だけが自分のことしか考えてない、ただの身勝手だ。

 だからといって、一緒に死ぬことは避ける事案であった。だから、

 

 だから、一緒に戦いたかった。

 

 これは戦術的撤退であり/人類が生き残るために必要な犠牲であり/仕方のないことであり/赦されることであり―――何に?

 

 一瞬、ノイズのようなものが脳を掻き毟る。

 多分、暗いことを考えすぎて、いつも使わない脳を使いすぎて疲れているのだろうと考えた。

 と、いうことで。

 

 

 

 ここは景気よく、クソ下らない話題を投下した。

 

 

 

「……あのさぁ、クソ真面目に言って人類絶滅の危機って時にレズって非生産的な性行為に走ろうとするのはやめようぜ? 需要ないし、まだアイツらには早い」

「………はぁ?」

 

 醜い戦争が始まった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「何言ってるんですか未だ拗らせ素人童貞のチェリーボーイのくせに! 結局友奈ちゃんと千景ちゃんのどっちを寝取るんですか両方ですか二股ですか――!? あ、もしかして杏ちゃんと球子ちゃんもお手付きですかハァ―これだから夢男子はホント屑!! 最低!!!」

「寝取るとか言ってんじゃねぇよマジでうるせぇ! てめぇこそ弟子に色目使ってレズろうとしてんじゃねぇよ中学生に手を出すとか莫迦か!? 莫迦なのか!? ああ莫迦だよなこの大莫迦者!! この間独自調査だとか言って若葉の下着盗もうとしてたじゃねぇか!」

「ぎゃあああああなんでそれ知ってるんですかノゾキですセクハラですパワハラで訴えて死刑にしますよ!」

「関係者が立ち入れる場所で防音壁のねぇ道場でやってりゃそりゃバレるに決まってんだろ不可抗力だっつーの! しかも次の日道場がいつも通り使えたの不審に思わなかったか!? 俺が!! 片付けて!! やったんだよ!!」

「ファ――――!!?? な、な、な、何してくれやがってんですかコノヤロー! 正直後始末に困ってて次の日の朝めっちゃ焦ってたんですよありがとうでもそれとこれとは違うから赦しませんよ! ていうか若葉ちゃんのし、した、下着握ったんですかクッソ羨ましいぞォー!?」

「言っとくが俺が片付けたと言うより影で一緒にドン引きしてた千景に頼んでやっただけだから。でもひなたには密告したからなァ! ハハハハハァさっさと帰ってあの若葉狂いの巫女に殺されてろォ!」

「いやだ帰りたくない! 四国戻りたくなーい! ひなたちゃんに殺されるっ!」

「知るかよ此処で死ぬよかマシだろさっさとくぐれやオラァ!」

 

 道返玉(チカヘシノタマ)の力で生み出した《門》に、鋼糸で雁字搦めにした変態を蹴り飛ばした。実の母親を犠牲にした意識が鉛みたいにのし掛かってて最低レベルまで堕ちていたテンションを引き上げられたのは僥倖だった。

 

 六課専の象徴は六花弁(アマリリス)

 だが決して象徴が先に決まったわけではなく、加えて初期の構成メンバーが自発的に定めたわけではない。

 では誰が付けたのか? 六課専メンバーの働きぶり――死に際を見届けた民たちが、畏怖と侮蔑の意味を込めて六課専(アマリリス)と呼んだ。

 六花の約定〝新種の情報は必ず持ち帰る〟〝あらゆる時も二人組(ツーマンセル)以上で任務に当たる〟の他に、

 

 〝必ず多くの敵を道連れにする(ひとりでは死なない)

 

 という最悪の一文がある。

 六課専のメンバーになる条件としては聖遺物との適合率と十分な戦闘能力があってこそだが、メンバーになった直後にやることが()()である。

 

 どうやっても人間は弱い。たとえ一騎当千の力を持ってしても、此度の天の神の先兵であるバーテックス相手に毎度五体満足で帰ることは困難だ。だから、体内に心電図モニターを埋め込み、心停止と共に仕掛けた爆弾が起動する手術を施した。

 仕込んである爆弾はクラスター爆弾。

 過去数多の戦争において多くの死者を生み出し、その果てに禁止された最悪の殺戮兵器だ。日本では製造禁止と所持規制が掛かっており、既に廃棄段階に突入していたが―――バーテックスの襲来により、兵器全般の排斥は一時的な待ったをかけた。人類存続の危機だというのに暢気に使える兵器を破棄することは憚られたからだ。

 といっても、敵が神の従属である以上科学兵器の効果も従来の威力とまではいかない。が、少数精鋭でバーテックスの大群に突っ込む狂気の集団こと六課専であれば、人類側に被害を出すことなく、かつバーテックスに対して多大な被害を与えることができる。

 

 アマリリス単体であれば花言葉は『誇り』、学名『Hippeastrum(ヒッペアストルム)』はギリシア語で『騎士(hippeos)』と『(astron)』 を意味するが、

 

 クラスター・アマリリス――曼珠沙華はサンスクリット語では『天界に咲く花(mañjūṣaka)』だ。

 

 同時に、日本では彼岸に咲く地獄花として知られている。

 憎き星屑舞う(そら)で、燃え盛る炎のように咲かせるその華は、正に六課専の最後の勇姿だと、人々は狂える連中に皮肉を籠めてそう呼んだ。

 

 某会長をリスペクトしてのことだろうが、思い付いた奴は実に糞野郎だ。だが合理的だし最後の瞬間まで敵を一体でも多く屠れるのだから文句は言えない。かく言う四葩と鈩も、同様の爆弾を心臓部に埋め込まれている。

 そして今、置いていった二人が、多くの星屑を巻き込んでその花を咲かせようとしていた。

 

「…あばよ、クソ親父殿」

 

 《門》が消えた直後、周囲一帯を二つの大きな閃光が包んだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 丸亀城

 

 

「よ、ただいま」

「おぉ、四葩じゃねーか」

「おかえりなさい、四葩先輩」

「おかえり」

「よーちゃんおっかえりー!」

「よ、四葩か、待ってたぞ!」

 

 《門》をくぐると、どういうわけか丸亀城にある道祖神像の前に勇者全員と巫女が集まっていた。

 

 土居球子、伊予島杏、郡千景、高嶋友奈、乃木若葉、上里ひなた。

 

 現在の四国における守りの要、最終防衛ラインと言っても差し支えのない者たちだ。

 そしてもう一人、四葩よりも先に鈩が《門》をくぐっていたはずなのだが、

 

「…うわ」

 

 馬乗りしたひなたにグーパンで殴られている最中だった。

 

 既に何発か殴られてるのか、下手するとバーテックスの大群に突っ込んだ際に怪我した時よりも顔がボッコボコになってる。なのに笑顔なのが恐ろしい。恐らくひなたもストライクゾーンだ。

 四葩が抵抗しないように鋼糸で雁字搦めにしていたのもあるが、仮になくても喜んでひなたの拳を受け入れたという自信がある。

 

「どうなってんのこれ」

「ひなたちゃんの神託で、みんなが此処に戻るって聞いたから、駆け足で迎えに来たの!」

「神託便利だなぁー…それで?」

「何故かひなたの目が怖くて止められないんだが…! 四葩! 何とかしてくれ! 師匠が死んでしまう!」

「そりゃ無理難題…というか大元は若葉なんだけどな」

「え、それまじか。タマ知らなかったぞ…」

「小説にもない昼ドラ的展開…」

「四葩、これってもしかしてあの…」

「そうそれ」

 

 事情通の千景は察したらしく、口角をヒクヒクと吊り上げて事の成り行きを見守った。ハイライトが消えてるひなたの拳は既に返り血で真っ赤過ぎてとても巫女とは呼べないレベルだが、神樹様の意味不明なバックアップのせいか視覚に部分的なモザイクが掛けられてる。どういうことだ。

 

「何故モザイク」

「うーーん…巫女としての、神聖性を守るため、じゃないかな?」

「本人が既にヨゴレに片足突っ込んでる気がしないでもないから手遅れでは」

「あら、四葩さんおかえりなさい。いまちょっと忙しいんですけど、何か言いました?」

「言ってないです」

 

 マウント取って殴りながら綺麗な笑顔を浮かべてるひなたも中々業深い。拳を振り抜く度に、血飛沫が地面に散らかる光景は流石にドン引きだ。

 巫女とは一体。

 

「ところでよーちゃん。なんか、遠くですっごい音がしたんだけど…あと、もう二人は…?」

「俺達の秘密兵器さ。まぁ…なんだ、先に大社に報告だ、ごめんな。二人分なら流石にあの変異個体でも死ぬだろ…大社に報告入れて、あとでサンプルを回しゅ――」

 

 

 不意に、言葉が、途切れた。

 

 比喩ではない、胸を貫く痛みがして。

 

 声よりも早く、先に、気管を濁った血で満たされた。

 

 

「nz:q」

「ァ―――」

 

 左胸から伸びる異形の腕に既視感を感じる。数分前に見た光景だ。ただしそれは正面から見たものであって、見下ろして見たものではない。それはつまり―――

 

「よーちゃん!!!」

「四葩!?」

 

 伸ばされた手が届くよりも先に、四葩は背後に跳んだ。

 そして、強引にこじ開けられた《門》に襲撃者ごと押し込み、虚の奥底に落下した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ゲホッゴボ、て、てめぇ…!」

 

 落下した先は、四国から離れた―――つい先程、『道祖神システム』によって跳んできた基点だった。落下の弾みで突き刺さっていた腕が、心臓に仕込まれていた爆弾と共に()()()()抜け、出血を止めるよりも先に鋼糸で道祖神を()()()()。同時に、懐に忍ばせていた道返玉(チカヘシノタマ)を踏みつけることで叩き割る。

 

 これで、再びこの変異個体が四国に侵入することだけは防がれた。

 

 同時に、助けは来ない。

 

 砕け散った道返玉(チカヘシノタマ)の欠片を蹴って距離を取れば、追いかけてきたであろう変異個体の体が明らかに歪であることに気がついた。少なくとも、黒主と文屋による自爆はあの八体に多大なダメージを与えたのだろう。爆風で五体四散して砕け散ったには違いない。それはわかる。なぜなら―――個体差がないバーテックスであろうとも損傷の度合いは一律ではなかったらしく、

 

「他の個体の体を、繋ぎ合わせたってのか…!」

 

 目の前の変異個体は、その四散した八体の肉片を無理矢理繋ぎ合わせていた。

 その結果、歪ながら五体は保たれており、数刻前に見た変異個体よりも肉体が大幅に膨張していた。恐らく損傷は深いながらも八体の変異個体の力を統合しているらしい。

 

「b\rb\rb\rb\rb\rb\rb\rb\rb\rb\r」

「ゲボ…なに言ってんのかわかんねぇよ…日の本言葉しゃべれ」

 

 道返玉(チカヘシノタマ)を使った侵入はもうない。だが、変異個体が侵入した際に神樹様の警報を鳴らさなかったことが気がかりだった。

 普通であれば四国に侵入しようとするバーテックスを感知すれば、神樹様が作る結界によって樹海化して、現実世界の時を止めて異界化し現実世界への影響を防ぐ。その樹海化が行われなかったということはつまり、

 

(この変異個体は、神樹様の結界に感知されることなく潜り抜けられる)

 

 それは一種の人類の破滅だ。

 熱線を吐く/傷を付けられない/すぐ再生する/再生限度が不明/他の生物を補食する/知性がある/予知・予測出来るだけの演算能力がある/学習能力がある―――どれを取ったところで、四国に入ってしまえば虐殺劇が始まる。

 ここに来て漸く父親が、この変異個体に対して抱いていた警戒心を理解した。

 

 まぁ、それもあるのだが。

 

 何より、後ろからしか襲うことができないこの不出来な変異個体を野放しにしておく方が我慢ならない。

 

「クソ親父殿の執念を越えるたぁ見上げた根性だが、げふ、此処が、てめぇの、墓場だぞオラァ!」

 

 

 




後ろから襲う暗殺の名手で七人岬という奴がいてだな()

ちょっと世論が怖くて修正しました
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