事態は、突然動いた。
アナスタシア・ホーシンが、僕と商いをしたいと申し出たのだ。代理人として、ユリウスが来ている。
「君達の騎士団を雇いたい。報酬は、君の望む事。もし、アナスタシア様が王になられた場合、その権利をエミリア様に移譲する。これが、契約書だ」
本物の契約書である。この契約をすれば、エミリアは王になれる。問題は内容だな。
「仕事の内容は?」
「空飛ぶ鯨の退治だよ」
空飛ぶ鯨?どこかの世界にもいた魔物か?喰うと旨いという。
「それが出現しているのか?」
「あぁ、商人のキャラバンが何度も襲われ、生き残った者はいない」
凶暴そうである。どうするかな?
「その鯨はなんだ?」
まず正体を訊いておく。
「魔獣だと思う」
「生き残った者はいないのに、なんで言い切れるんだ?」
「過去に討伐隊を何度か送り込んでいる。そちらは生き残りがいるんだよ」
なるほど…
「いつ出るんだ?」
「出現の条件は分からない。出現場所はほぼ特定はされているが」
「なるほど…調査はしてみるよ」
契約書にサインをした。血を流さずに、エミリアの為になるなら良いことだし。鯨は出たとこ勝負だな。
◇
エミリア達の目を盗み、鯨の調査に乗り出した。出現の場所のリーファウス街道に向かうと、一面に霧が立ちこめていた。確かに魔物の気配を感じる。空気に同化して、様子を見ようとしたが、鯨の1匹が確実に僕に狙いを定めて、突進してきた。
『ダイヤモンドダスト』を発動して、ソイツをミンチにした。どうして、空気に同化した僕をターゲットに出来るんだ?って、ミンチにした鯨が再生していく。おいおい…聖剣で真っ二つにすると、2匹の鯨になった。う~ん…分裂再生タイプかな?
倒した証拠は無くなるが、灰にするか。僕に掛かっているリミッターを外し、本来の力を纏う。その瞬間、空気は鳴動し、霧が霧散していく。そして、鯨2匹に対して、僕属性の『ダイヤモンドダスト』を叩き込んだ。光の微粒子が鯨たちの身体に突きささり、細胞を灰にしていく。再生しそうな細胞は『強奪』して1箇所に集め、『地獄の業火』で燃やし、灰にしていく。これでどうだ?
鯨が灰化しきると、一面を覆っていた霧は、徐々に霧散していった。終わったか?リミッターセットして、僕本来のオーラのダダ漏れを防いでおく。だけど、意識的に漏らした僕本来のオーラのせいで、ここら一面には生物の息吹は消えた。有るのは灰だけの死の風景である。
今夜はここまでだな。エミリアのいる屋敷に帰った。
◇
「あなたは誰?」
エミリア達の記憶から、僕の記憶は消えていた。う~ん、呪い系かな?
『なんか喰らいましたね?』
って、ヤマトから念話が届いた。僕の仲間達の記憶には僕はいるらしいが、この世界の者達の記憶からは消えたようだ。これが、鯨の能力か?
「あの霧は『名前と記憶』を食べるのよ」
って、サテラ。あぁ、ここに専門家がいた。サテラの記憶からは消えていないようだ。
「まぁ、いないことになったなら、それでもいいや」
「いいの?」
サテラの顔は寂しそうだ。
「あぁ、いいよ。離脱時にはサテラだけ、お持ち帰りする」
「そう…」
ヤマトに契約書を渡し、アナスタシア・ホーシンとの契約の件を頼んだ。これで、僕は自由の身である。僕のヤリ方で、借りは返そうと思う。
---クルシュ・カルステン---
毎日が何か空しい。何かを忘れた気がする。とても大切なことを。
「どうしたんですか?」
フェリスに訊かれた。
「誰か大切な人を忘れた気がするのよ」
「大切な人?どんな人ですか?」
「私の心の支えだった。そんな気がするのよ」
「そんな奴がいたら、ボクが覚えているはずですが」
そうね。気のせいかな?
王選の方はエミリアが王で決まりであるが、形式的な王選が続いていた。フェルトは宰相、私は軍事担当、アナスタシアは商業担当の大臣職になる計画である。フェルトのナイトであるヤマト・ナツキの計画通りに進めていた。4人の候補者がそれぞれのしたいことを実現する為の布陣である。それについて、誰も文句は無かった。文句の付けようも無い計画であったのだ。
「疲れていて、現実と幻想の区別が出来ないのかもね」
って、フェリス。そうかもしれない。幻想の世界で、彼氏を作ったのかもしれない。疲れから逃れる為に。
---シュウ---
サテラと能力を奪ったパンドラと共に、魔女教狩りをしている。サテラが言うには、魔女で生きているのは、嫉妬の魔女とパンドラの二人で、それ以外は死んでいると言う。
後、魔女でなくて、魔人っていうのがいた。でも、男には興味が無いので、即灰にして散らしたあげた。これで終わりか?
「あと、大罪の司教達もいるよ」
ってサテラ。あぁ、脳ミソが揺れるオッサンのお友達か。脳ミソが揺れるオッサンは、見つけ次第、サテラが爆殺してくれた。サテラ曰く『コイツは嫌い』だそうだ。
「あいつはキモいよね」
って、パンドラ。同意である。あれは脳ミソが揺れすぎていた。
---エミリア---
何だろう?スムーズに事が運び過ぎている。裏で誰かが暗躍している気がするが、私のナイトであるファルコンは、気のせいって言うし。なんだろう。何かを忘れているんだけど…誰か、ヒントを…
ヒントを求めて、ベアトリスの部屋へ向かった。
「何かしら?」
私を敵意を込めた視線で睨むベアトリス。
「何か、気に障ることしたかな?」
「記憶に無いんでしょ?私の怒りはどこにぶつければいいのかしらねぇ?」
記憶に無い。私は何かを忘れて、ベアトリスを怒らしてしまったようだ。
「ねぇ、私は何を忘れたの?」
「大切な者…私にとって大切な者よ!もう、出て行ってよ!」
部屋から叩き出された。私はベアトリスの大切な物を忘れたようだ。なんだろう?
「ねぇ、パック。なんだろう?」
「ボクにもわからないよ。ベアトリスとリンクしていた者かな?」
リンクしていた物?なんだろうな?
---シュウ---
あれからどれ位経ったのだろうか?ようやく、大罪の司教を全員灰にしてやった。
「これからどうするの?」
僕に身を預けるサテラとパンドラ。僕も疲れた。心が疲弊している。帰りたい…あの頃へ…
うん?警備隊がやって来たようだ。三人で気配を消して、やり過ごす。警備隊にはフェリスがいた。元気そうで凜々しいな。女性であれば…そんなことを考えたり。
「うん?何かいるぞ!」
あぁ、ユリウスって妖精使いだっけ?気配を読まれたようだ。咄嗟に、その場から転移して逃げた。
まぁ、気配を消しても、魔女が二人いるからな。妖精使いにはバレて仕舞うのかもしれない。
「どこへ行く?」
「城に帰るか…そこしか、帰る場所が無いし」
この世界の者達の記憶から消された存在である。この世界に、居場所なんか無い。
「あっ!いい場所があるよ。シュウのエナジー補給ができるかも」
って、サテラ。スバル一途のサテラとは交わりたくない。かと行って、能力を奪ったパンドラでは抵抗力が無さ過ぎて出来ないし。僕のエネルギーは自然回復に頼っていた。
「じゃ、そこへ行こうか。エネルギーが保つかな?」
一抹の不安が過ぎる…
---クルシュ----
漸く、王選の日を迎えた。候補者は正装をして、それぞれがナイトを伴い、王城へと向かった。王城では、新しい王が選ばれ、当初の人事案の通りに、それぞれが地位に就いた。
新しい王が民衆の前で堂々と演説をしている。これからも忙しい充実した日々が訪れるのであろう。
私の館で祝賀会を開催した。エミリアも、フェルトも、アナスタシアも笑顔である。それぞれが望んだ未来を手に入れたから。
「では、私達はこれで、お暇を貰います」
と、ヤマトとファルコンがそれぞれの主君に跪いた。
「どうして?」
泣きそうな顔のエミリア。フェルトもだ。
「我々が配下になるのは、王選までの契約ですよ。お忘れですか?」
「え?!そうだっけ?」
戸惑うエミリア。
「師匠…そんなことを言わないでください」
フェルトはヤマトに泣きすがっている。
「これからは、あなた方で未来を切り開いてください」
「どうして…これからも一緒にいてください」
エミリアはファルコンに縋った。
「我らの主を、これ以上放置出来ませんので…そろそろ回収しないと」
彼らの主?誰のことだ?もしかして、裏で暗躍してくれていたのか?
「待て!君達の主とは、どなたなのだ?」
「我々は幽玄龍騎士団の団員です。故に主は、騎士団の団長でございます」
騎士団の団員?エミリア陣営とフェルト陣営にいた殆どが、団員らしい。
「君達の団長に会えないか?」
「逢わない方が良いです。今更、逢っても、何も解決しませんから」
「交渉したい」
「その交渉は拒否いたします」
「何?」
「一応、僕は副団長ですので、権限はあります」
と、ヤマト。副団長なのか…彼が…
「ですので、今夜を以て、皆さんとはお別れをいたします」
それは、納得出来ない。こんなにも尽力をしてくれて、彼らに礼を尽くしていないから。
「礼とかは必要ないです。皆さんが幸せな未来を迎えられることが、なによりですから。帰還の準備を始めてくれ」
「了解!」
「どこへ帰還をするのだ?」
「答える義務は無いです」
何も答える気は無いようだ。
---シュウ---
監視塔って処で、シャウラという女性からエネルギーを貰いつつ、性欲を満たしていた。
「師匠…タフすぎるっす」
「はぁ?お前は僕の専用ダッチワイフで良いんだよな?」
「なんか違うっすよ」
サテラとパンドラは、図書館で読書をして過ごしていた。
「団長、迎えに来ました」
って、漸く、ヤマトがやってきた。
「遅い!シャウラがガバガバで困っていたんだよ」
「師匠、やりすぎですって。よく毎日飽きずに、責めまくりますね~」
って、シャウラが喜んでいる。
「で、お持ち帰りは、その3名ですか?」
「サテラはどうする?」
「着いていくよ」
「パンドラは?」
「能力を奪っておいて、放置は許せない」
「シャウラは?」
「ガバガバで放置っすか?それこそ、有り得ないっす」
「3人とも決定だな」
「で、クルシュはどうします?」
「どうって、覚えてないんだろ?」
「ですよね…」
こうして、漸く帰還出来る運びとなった。
---クルシュ---
毎日をがむしゃらに走り抜けた。平和な世界の礎を築けたと思う。エミリアは長命種であるので、まだまだ若いけど…私は既に引退をした。フェルトもまだまだがんばっているけど…
ベッドサイドにはフェリスだけがいる。
「クルシュ様…」
私の手を握り…私の顔を覗き込んでくれている。
「いままで、ありがとう…フェリス…」
「いえ、クルシュ様にお仕え出来て、幸せでした」
脳裏で走馬燈に撮し出されるように、記憶が再生し出した。幼い時、少女期、恋をした青春時代…え?!恋をした?誰に?記憶が甦って来た。彼のことが…なんで、今まで忘れていたのだろうか?あんなにも恋しく、愛しく想っていたのに…涙が零れていく。
「どうされました?」
フェリスが私の異変に気づいた。
「大切な人を忘れていたわ。どうしてかな…あんなにも愛しかったのに…」
もう手遅れだけど…私の命の灯火はもう、消えかけていた。
「クルシュ様だけ、行かせません。私も付いて行きますから」
ナイフを手にしたフェリス。自害するつもりか…
バチーン!
え?!フェリスの頬を思いっきり叩いた人物がいた。えっ?何で…
「何をするんだ?貴様、誰だ!」
フェリスはナイフを構え、臨戦態勢を取った。
「死神とでも、言っておくかな?クルシュとフェリスの魂を、貰いに来た。でも、自殺じゃダメなんだよ、フェリス♪」
あの人が…あの当時の姿のままのあの人が、フェリスと唇同士を重ねた。
「え!スバルきゅん…どうして…今まで、どこにいたの?」
ナイフを手放し、彼に泣きすがるフェリス。ズルい…私は起き上がれないのに…
「おいで、クルシュ。これからは一緒に、時の狭間を旅をしよう」
彼の手を握り、引き起こして貰うと、私の身体はあの当時の姿になっていた。彼に、手を引かれ、私とフェリスは宙に舞う。眼下には、息絶えた私とフェリスの亡骸が見えた。
天空を三人で舞い、大空を駆けていく。そして、空に浮かぶお城に、吸い込まれて行く私達…