城戸の部屋を出た奏は意気揚々と歩き始めた。奏にとってボーダー基地は未知の城のようなもの。本人は探検をしているような気分だった。
だったのだが……
「ここさっきも通ったような気がする……て言うか何でどこもかしこも同じような造りなのよ」
絶賛迷子になっている真っ最中だった。
ボーダー基地は本当に同じような造りの部分が多いので仕方がない事ではある。だが、意気揚々と出てきて場所が分からないというのは何ともマヌケな話なので城戸の部屋には戻らなかった。いや、戻れないと言った方が正しいのかもしれない。
「もう少し歩いてみよ……」
アテはないが、一先ず歩く事にした。
とりあえず同じ場所の無限ループから抜け出したはいいが、結局忍田や林藤がいる場所は分からないままなので自販機の横のベンチで休む事にした。
「はぁ……忍田さん、林藤さん、どこにいるのよ」
缶ジュースを買おうにも今は手持ちのお金がなかった。二重の意味でため息が漏れた。
「あれ、お姉さん見馴れない人じゃん。もしかして新人?」
「えーと」
顔を上げた奏の前にいたのは目が格子状で顎に髭を生やした男だった。
「もしかして太刀川、くん?」
「どっかで会ったっけ?」
「話に聞いてたの。主に忍田さんからね。私、
忍田との通信で隊員のことを聞くと八割は太刀川についての事を聞かされたものだ。やれ弟子が出来ただのやれ一本取られただの。そのたびに奏は「師匠バカかよ!」と心の中でツッコんでいた。
「マジか。じゃあちょっと手合わせしてくれよ」
「手合わせって、私今これしかないけど」
奏はそう言って服で隠れていた黒いペンダントを太刀川に見せた。
「これってまさか
「そうよ」
「いいねぇ、俄然やる気が出るぜ。よし、そうと決まったら早く行くぞ」
太刀川は早々と歩き始めた。着いてこいという意味だろう。
因みに奏は手合わせをするとは一言も言っていないのだが。
「あいつはすぐにレポートをサボる」とか「あいつはランク戦ばかりしている」などと忍田から聞いて想像していた人物像とピッタリだったため、奏はクスッと笑った。
『十本勝負でいい?』
「うん、いいよ」
奏はこの設備の進化に驚いていた。仮想訓練室は旧ボーダーの基地━━現在の玉狛支部━━にもあったのだが、一つ一つに個室などなかったし、そもそも緊急脱出というものがなかった。勿論それを模擬戦に取り入れるという事もなかった。
タッチパネルに触れると奏の身体は仮想空間へと転送された。
周囲の風景が市街地に変わったのを確認すると奏は背後に九つの黒い玉を出現させ、そのうちの一つを棒状に変化させて手で掴んだ。
「確か太刀川くんって忍田さんの話では隊員の中で一番強い順位にいるとかだったはず。でもまぁ、黒トリガー使って負ける訳にはいかないわね」
奏は黒い玉をもう一本の黒い棒に変化させ、空いていてる手で掴んだ。所謂二刀流というやつだ。
そう言っている間に太刀川も転送を終えたようで奏の目には全身黒いコートの男が映る。
「弧月二刀流、ね。桐絵ちゃんを思い出すわ」
太刀川は二本の刀型のトリガー弧月を抜き、二本同時に振り下ろす。
奏は何も臆することなく片手の黒い棒で受け太刀をした。
すると、太刀川の弧月は黒い棒に触れた箇所からポッキリと折れてしまった。
「なに!?」
「触れちゃ、ダメなのよねぇ。私の
求道玉。それは奏が持っている黒トリガーの名でもあり、この黒い玉・黒い棒の名でもある。
黒トリガーというのは生きた人間が自身のトリオンを全て注ぐことで作られたノーマルトリガーとは別格のトリガーである。そのため黒トリガーには膨大なトリオンが内蔵されており、武器などはより強力なものとなる。
九つの求道玉にはその膨大なトリオンが必要最低限を除いて全て使われている。そのため求道玉は替えはきかないが一つ一つが膨大なエネルギーを持ち、触れたものを消滅させる漆黒のエネルギーの塊となっているのだ。
因みに奏自身のトリオン体は触れても消滅しない。
「来ないならこっちから行くわよ」
奏は黒い棒を振りかぶる。
太刀川はついいつもの癖で弧月で受けようとした。そして太刀川の弧月は柄だけになった。
「くっ……」
太刀川は柄だけになった弧月を投げ捨て、新しく弧月を生成した。
太刀川は一旦距離を取り、弧月一本で居合の構えをとった。
「旋空弧月!」
太刀川の弧月が光を帯び、振ると同時に刀身が伸びた。
トリオンを消費することで瞬間的に間合いを拡張するオプショントリガー“旋空”だ。
「おっと」
奏の背後に浮いている求道玉が瞬時に拡がり、盾となった。
太刀川の旋空を用いた攻撃は勿論届かない。
「そんな事も出来るとはね……こっちのトリガーも面白い進化してるわ」
盾は黒い玉に戻り、奏の正面で浮いている。
「これならどうかな」
奏の正面で浮いている求道玉が突然太刀川に向かって飛んだ。太刀川は慌てて跳んでかわす。
すると轟音が響き、求道玉が触れた箇所から放射状に更地ができた。住宅街の建物が全て吹き飛んだのだ。
「マジか。無茶苦茶過ぎるだろ……黒トリガー……」
呆ける太刀川には容赦なく第二の求道玉が放たれる。
再び太刀川が跳んでかわすと、今度は奏自身が太刀川の目の前まで迫っていた。
「飛んでくる方に気を取られすぎね」
その声を聞いた時には太刀川の視界は反転していた。
遠距離からの攻撃であったり、近距離からの攻撃であったり、やられた原因は様々であるがモニターには綺麗に○と×が一列ずつ並んでいた。
10対0で奏の完全勝利である。
「あーあ、負けた負けた」
「でも最後のは中々鋭い一撃だったわ」
「掠りもしなかったけどな。ん?何の騒ぎだ?」
個人戦ブースを出るとそこには人だかりができていた。
A級一位の太刀川が完膚なきまでにやられていて、更にその相手が見覚えのない謎の女なのだから仕方がないのかもしれないが。
突然モーセの奇跡よろしく人だかりの中に道ができた。
その道を歩いてきたのは太刀川にとっても奏にとってもよく知った人物だった。
「あ、忍田さん。久し振り」
「久し振り、じゃないだろ。ちょっと来なさい」
忍田は奏の耳を引っ張りながらたった今通ってきた道━━モーセの滝━━を引き返そうとする。
「待ってよ忍田さん。ほら、乙女の耳を引っ張るとかダメだと思うんだよね」
「乙女……?」
「どこに?みたいな反応止めて!?」
「いいから来なさい」
奏は抵抗虚しく忍田に連れ去られてしまった。別にいやらしい事をしようとかそういう訳ではない。
だが、後日忍田が無理矢理謎の女を引っ張っていったという噂が立つのは最早避けられないだろう。
「帰って来たならせめて何か一言言ってくれ」
「言おうとしたけど忍田さんがいる場所分からなかったから仕方ないでしょ。まぁ、太刀川くんに模擬戦に誘われて暇も潰せたし、忍田さんも見つけられたし、結果オーライよ」
「はぁ……変わってないな。無事に帰って来てくれて良かったが、模擬戦で黒トリガーは原則使用禁止だ」
「太刀川くんはそんな事言ってなかったけど。っていうかむしろやる気が出るぜ、とか言ってたわよ」
それを聞いた忍田は顔を掌で覆った。
このポーズは流行っているのだろうか。
「慶には後で……」
「そう言えば我が愛しの悠一くんは?」
「……」
本部長である忍田を前にしても華麗なスルー、そして華麗な話題変換である。
「……愛しの?迅なら玉狛、旧ボーダーの基地にいると思うが」
「そっかそっか。じゃあ後で会いに行こうかな」
忍田の懐かしむ会話は早々に打ち切られてしまった。
一応言っておくとこの奏と迅は恋人という訳でもないし、大人の関係という訳でもない。“愛しの”というのは奏が勝手に言っているだけである。
ただし、本人が嫌がっているかといえばそうではなかったりする。
・小桜奏(追加情報)
現在二十五歳であり、東さんや沢村さんと同い年。
太刀川や米屋ほどではないが若干バトルジャンキーのきらいがあり、戦闘中に変なスイッチが入ることがある。
・求道玉(ぐどうだま)
奏が所持している黒トリガー。
NARUTOの求道玉とおおよそ同じものであり、当初は触れたら消滅という能力だけの予定だったが、NARUTOのキャラブック“陣の書”の「その気になれば森一つ消し去るほどのエネルギーを秘めている」という文章より市街地を吹き飛ばせるような爆発的能力も追加された。
有効距離は奏を中心として70メートルから80メートルであり、何らかの理由でそれ以上離れるとコントロールを失ってその場に停止する。
飛ばして攻撃する場合は直線的なものがほとんどでゆっくりならハウンドのような動きも出来るが、スピードが遅くて避けられ易い上に集中力がいるためあまり使わない。
形は任意のものに変えることができ、足場としても使うことが出来る。