「あー、コホン。改めまして私は小桜奏。小桜って呼びにくいから気軽に奏ちゃんって呼んでね」
「ど、どうも。三雲修です」
咳払いをしたかと思えば次にはトーストを食べ始める奏。
「おれ空閑遊真。よろしくカナデちゃん」
「わー、白いしちっちゃ!十歳くらい?」
奏はトーストの粉がついたままの手で遊真の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「小さいけど十五歳だよ」
遊真は頭を払いながら答えた。
「十五歳!?成長期がまだなのかな?」
「あ、それは僕の方から説明します」
あまり説明するのが得意ではない遊真に代わって修が話し始めた。
遊真の身体が生身ではないことや自分たちがチームを組む予定だということ、そして遊真の過去について。
奏自身の四年間の経験と似通った部分もあったのか、奏と遊真はすぐに意気投合した。
「遊真くんも黒トリガー使いなんだ。向こうでも黒トリガー使いはいたけどあんまり戦うことはなかったからいつか戦ってみたいな」
「へぇ、カナデちゃんも黒トリガー持ってるんだ。それならぜひともお願いしたい」
「なら今からやる?ここ仮想訓練室あったでしょ」
「いいねぇ」
「やめろバカ」
危ない会話が繰り広げられている間にいつの間にか現れた林藤が奏に拳骨を落とした。ゴツンと軽快な音が響き、奏の頭には大きなたんこぶができた。
「痛ったーい!」
「お前、乙女っていうより危なっかしい子供だろ」
「失礼な!?これでも立派な大人です!」
「どうだかな」
奏は頭をさすりながら抗議するが、林藤は余裕の表情で聞き流す。これぞ大人の余裕というやつだろう。
「ま、戦いたいならこれでも使って訓練してやれよ」
林藤が奏に何かを投げ渡した。
「ん?これは……私のトリガー?」
「四年前のそのままだ。俺がとっといてやったんだから感謝しろよ?」
林藤が渡したものは四年前奏がこちら側の世界に置いて行ったトリガーだった。
そのトリガーは四年前のものにも関わらず新品同様の輝きを放っていた。林藤が人知れず手入れをしていたのだろう。
「懐かしいなぁ、勘が鈍ってなければいいけど」
「お前に限ってそれはないだろ」
「うん、多分大丈夫。トリガー・オン」
生身からトリオン体に置き換わり、着ていた服もだらしないTシャツから旧ボーダー時代の黒い隊服へ変化した。
腰には最初のアタッカー用トリガーである“弧月”が提げられている。
「あ、そうだ!あのなんだっけ……旋空弧月?ってやつやってみたい」
「そういうのは俺あんまり得意じゃないから後で宇佐美にでも頼んでくれ」
「宇佐美?」
「お前はまだ会ってないんだったか。小南とかレイジの隊のオペレーターをやってるメガネっ娘なんだが」
「へぇー、そんな子もいるんだ。ここって可愛い子ばっかりなのね。なかなかやるじゃん玉狛支部」
「へへ、そうだろそうだろ」
奏と林藤がオヤジトーク?を繰り広げている間、修たち三人は放置されていた。
漸く話が終わると、奏は遊真の方に向き直った。
「黒トリガー同士の勝負はまた今度にして今回はノーマルトリガーで勝負してみる?」
「おれはどっちでもいいよ」
「よし、じゃあ早速仮想訓練室にレッツゴー」
「強いね、カナデちゃん」
「そりゃ、向こうでも傭兵で生活出来るぐらいの実力は持ってるからね」
模擬戦の結果は8対2で奏の勝ちだった。
最初の二戦ではついいつもの癖で求道玉を手にしようとしたり、求道玉を飛ばそうとしてその隙を突かれてしまった。
その後の八戦はそんなミスはしなかったので全て奏が勝った。
「それはそうと奏、お前これからどうするんだ?」
「久し振りに日本食食べたい」
「そうじゃなくてな、ボーダーのことだ。一応今の状態だとお前はボーダーに所属してない一般人ってことになる」
「あ、そうだ、林藤さんの奢りでお寿司食べに……」
突然林藤の手が奏の顔に伸びた。
そしてそのまま口元を鷲掴みにした。今回の華麗なスルーは許されなかったらしい。
「今大事な話だから。な?」
「ひゃ、ひゃい、ひゅいまへん」
「まぁ、普通に入るならC級からになるな。黒トリガー使うならS級って手もあるがな」
「ひゃら、えひゅきゅう」
「S級な、じゃあ俺から城戸さんに話しといてやるか」
ここでやっと林藤は手を離した。
話を横で聞いていた遊真は不思議なものを見たような目で林藤を見る。
「どうした?遊真」
「黒トリガーなのにそんな簡単に話が進むんだ、と思って」
「あー、こいつの黒トリガーはな、「私以外の人間が起動出来る気がしない」だそうだ。実際に旧ボーダーの人間で起動出来たのはこいつだけだったし、こいつの勘はほとんど外れないからほぼこいつ専用みたいなものなんだよ。だから城戸さんにもある程度が利く」
「なんなら試してみる?遊真くんが起動出来るかどうか」
生身に戻った奏が黒いペンダントを遊真に手渡した。遊真はペンダントを握って静かに「トリガー・オン」と呟くが、遊真の身体に変化はなかった。起動失敗だ。
「うーむ、うんともすんとも言わない」
「はははっ、やっぱ起動出来ねぇか」
「じゃあ気を取り直してお寿司屋さんへ出発」
「おれもお寿司とやらをぜひ食べてみたい」
「よし、一緒に食べに行こう。勿論林藤さんの奢りで」
「お前ら仲良しかよ」
奏の華麗な話題変換についていった遊真を見て林藤はため息を漏らした。
数日後。
「なーんで私まで呼び出されてるのよ」
「城戸さんが呼んでるんだから仕方ねぇだろ。まぁ、他の幹部との顔合わせにはいい機会だ」
第二次大規模侵攻対策会議というものに何故か奏も呼ばれていた。
「悠一くんは?」
「迅さんなら修くんと遊真くんを連れていくって言ってました」
奏に答えたのは宇佐美だ。この前会ったばかりだが、宇佐美とはトリガーの話や改造トリオン兵の話ですぐに仲良くなった。
「ありがとう栞ちゃん。今の私の心のオアシスは栞ちゃんだけだよ」
「いやいや、それほどでも」
奏がオヤジと化しているのはこの際おいておくが、奏は堅苦しいものが苦手なのでこの会議も乗り気ではなかった。なので同じようなことばかり言っていた。
今回でこの流れも三回目である。
話している間に奏、林藤、宇佐美の三人は会議室の前に到着した。
「会議ってすぐに始まる訳じゃないでしょ?始まるまでこの辺りぶらぶらしてていい?」
「駄目だ」
「なんでよ?」
「お前迷うだろ」
「くっ……言い返せない」
林藤、宇佐美に続いて奏は項垂れて入室した。
部屋の中は薄暗くなっており、中にいる面々は物々しい雰囲気を放っていた。奏が一番苦手とするムードである。
「ど、どうもー」
「む?誰じゃ」
最初に反応したのは開発室の室長である鬼怒田であった。
奏はジーっと鬼怒田を見つめた後、「あっ!」と言ってポンっと手を打った。
「たぬきのポン吉!」
偶然前日に陽太郎からその名前と特徴を聞いていたのだ。
「誰がポン吉じゃ!」
「ブフッ……おっと、失礼失礼」
思わず吹き出した林藤は鬼怒田から睨まれるのを気にせず咳払いをして席につく。
宇佐美もどこかに行ってしまったので奏だけが取り残されてしまった。
「大丈夫なんですか?彼女。聞けば四年も向こうにいたという話じゃありませんか。寝返って向こうのスパイになってるなんてことは……」
そう言ったのは広報担当の根付だ。
確かに知り合いでもない人間が四年ぶりに帰ってきたとなれば向こうに染まっている事を疑っても仕方がないのかもしれない。
それを聞いた奏は「フフフ」と不気味に笑い始めた。
「よくぞ見破った。そう……私こそが脳筋国家“ダンガーシノーダ”のスパ━━━痛ったーい!?」
頭を押さえて振り向くとそこには拳から煙を上げた忍田がいた。
「気にしないで下さい。こいつはふざけているだけです」
「しかし……今スパイだと言いかけたんじゃ……」
「“脳筋”も“ダンガーシノーダ”もこいつが昔私につけたあだ名です」
拳を握り、頭に青筋を浮かべながら忍田は言った。
「そ、そうでしたか」
根付はどこからか取り出したハンカチで汗を拭き、「ふぅ」と安堵の表情を浮かべた。
市民からの信頼が大切なボーダーにスパイが紛れ込むなどあってはならないことだ。広報担当としてそこは譲れなかったのだろう。
「奏くん。紛らわしい真似は止めたまえ」
「てへぺろ」
「いい年して恥ずかしくないのか?」
「ちょっとふざけただけでしょ!真面目に返されるとさすがに恥ずかしいわ!」
この奏と城戸の会話を聞いて戸惑っている者がいた。奏がこの世界に帰ってきて始めに遭遇した人間三輪だ。
その時三輪はすぐに緊急脱出させられたので奏の姿をしっかりと見るのは初めてである。
「あ、キミは確か……三輪隊だっけ。この前はごめんね」
「い、いえ。自分も軽率な行動をしました」
「じゃあこれで仲直り。ね?」
奏は三輪のそばまで駆け寄って手を差し出した。
三輪も促されるままに手を差し出し、握手をした。
暫くして悠一と修、遊真、ついでに陽太郎が到着したところで会議は始められた。
会議中、何度か三輪は虚空を見つめていた。
真面目な三輪が会議中によそ見をしていた理由は分からない。
しかし三輪はここに来る前遊真と話し、姉の話を持ち出されていた。
もしかすると綺麗な黒髪と明るい性格から自身の姉を連想してしまったのかもしれない。
・“脳筋”、“ダンガーシノーダ”
奏の前では特に何もやらかしていないのに林藤が忍田のやらかしエピソードを話したことでつけられた不名誉なあだ名。
特に意味はない。