奏が第二次大規模侵攻を予言した日。
ボーダー本部基地の屋上に二人はいた。
「ねぇ、悠一くん。最悪の未来ってどうなってる?もしかして私が拐われる未来とか見える?」
「ものすごく確率が低い未来だけど、見えるよ。それに……」
「それに?」
「最悪の未来では奏さんが死んで更にメガネくんも死ぬ」
「……そっか。ならもし私か修くんのどちらかを選ばれなければならなくなったら悠一くんは迷わず修くんを助けなさい。私は絶対に死なないから」
奏は警戒区域の市街地を眺めながら屋上の落下防止の柵に腰を下ろした。そこから上空へと視線を移した後、首だけ捻って迅の方へ振り返った。
「なーに暗い顔してるのよ」
「正直、そんな状況になったら迷わずメガネくんを助けに行く自信ない」
「心配してくれてるの?」
そこで迅は黙ってしまった。
少し意地悪だったかな、と奏は思った。
昔から迅が好意を向けてきていたのは少なからず分かっていたし、この数日間でもそれを確認出来た。
好意を向ける人間を心配するのは当然だ。しかし、奏は強い。迅の見立てでは迅自身よりも、だ。
心配だという気持ちとそう思うのは失礼かもしれないという思いに板挟みにされているのかもしれない。
「ありがとね、悠一くん。でも大丈夫。この大規模侵攻で攻めてくるのは多分アフトクラトル。何ヵ月か前に私アフトクラトルの黒トリガー使い三人倒してるからさ。だから心配しなくて大丈夫。私のサイドエフェクトがそう言ってる」
「あ、それ……」
「悠一くんの決め台詞でしょ?林藤さんから聞いたわ。それに遊真くんをボーダーに入れるために最上さんの黒トリガー手放したとも聞いた。きっといっぱい悩んだでしょう。こんな事で悩まなくていいのよ。むしろ言ってくれれば私の方が助けに行くわ」
『門発生!門発生!大規模な門の発生が確認されました!警戒区域付近の皆様は至急避難してください!繰り返します……』
警戒区域内に黒い穴が何十個も現れた。
奏は黒トリガーを起動し、九つの求道玉のうち一つを平らにして足場を作った。
「私よりも悠一くんの方が苦労することも悩むことも多いと思うわ。未来をより良いものにしなければならないっていう重圧とかもあると思う。それは私の力じゃどうにも出来ないけど、手伝うことは出来る。私のことは一つの駒として使って。私は悠一くんのことを信じてるから」
「勘に従って動くんじゃなかったの?」
「私の勘がそうした方が良いって言ってるのよ。だからもし何かあっても自分の勘に従って動いた私のせい。キミは何も悪くないんだから一人で背負い込まなくても良いのよ。一人で苦しくなったらいつでもお姉さんに相談しなさい」
そう言って奏は足場を移動させてどこかへ飛び去った。
「……ありがとう」
迅の声は人知れず空へ吸い込まれた。
普段は子供っぽい行動ばかりするくせにたまに相応のお姉さんオーラを出す時がある。
いつもなら反応に困るところだが、今はただ嬉しかった。
「わーお、いっぱいいるわねぇ。城戸さん、ここら辺更地にしてもいい?」
『他の隊員もいる。極力止めてくれ』
「ふーん、りょーかい」
奏は足場を黒い玉に戻し、敵のトリオン兵の集団の真ん中に降り立った。
「て言うか敵さん張り切りすぎでしょ」
バムスターやモールモッドなどの大量のトリオン兵が奏の眼前に迫る。
奏は一つを残して残りの八つの求道玉を八方向に飛ばした。その一つ一つがトリオン兵の弱点である目を貫き、更に後ろに待機している別のトリオン兵のボディにも穴を開ける。
求道玉は飛ばした後、奏の元に戻ってくる際もトリオン兵を貫き続ける。この一往復だけでもかなりのトリオン兵を撃破した。
このままだとここ一帯のトリオン兵を全滅させるのも時間の問題だろう。
「この辺はこんなもので良いわね」
粗方トリオン兵を殲滅し終えた奏は再び求道玉を足場として移動し始めた。
空中から見渡すと、所々煙が上がっている場所があるので既に他の隊員も戦闘を始めているのだろう。
「ん?あれは……緊急脱出の光ね」
比較的奏から近い場所から緊急脱出の光が飛んだ。まだ大規模侵攻は始まったばかりだ。少し嫌な予感を感じた奏はその場所に向かって弾丸に劣らぬ速度で飛び出した。
黒トリガーにはボーダーのトリガーのような装備を組み換える機能やオプショントリガーというものは存在しない。それ故、遊真の黒トリガーのように
奏の持つ黒トリガーも九つの求道玉を操るという能力しか使うことは出来ない。が、求道玉を操れるということはかなりの応用が効く。今の奏が飛び出したのもその応用だ。
足場の求道玉を高速で動かすことにより、同時に奏も高速で動くことが出来るという訳だ。
そこから奏が最初に目にしたのは全長2、3メートルほどで二足歩行のトリオン兵だった。
奏はこのトリオン兵を過去に見たことがある。
「ラービット……」
このトリオン兵ラービットはアフトクラトルが開発していたものである。その戦闘力は他のトリオン兵に比べて極めて高く、その運用目的はトリガー使いを捕らえることである。
数ヶ月前に奏が立ち寄った国ディースでも奏が助っ人に入ってから敵のアフトクラトルが差し向けてきた。登場が遅かったのでまだ人々も持ちこたえることが出来ていたが、最初から登場していたら奏が立ち寄った時にはもう侵略が完了していたのではないかと思えるほどの戦闘能力である。
奏は高速移動の中、足場兼フライボードである平らにしてある求道玉を拳大の黒い玉に戻し、背後に戻した。そして慣性に従って目の前のラービットに突っ込み、挨拶代わりのドロップキックを食らわせた。ラービットはコンクリートの壁にめり込んだ。
「貴女は……小桜さん」
「そういうキミは東くんね。言いにくいから奏で良いわよ」
実は奏と東は初対面ではない。前日に城戸が奏を紹介するということで各部隊の隊長を集め、奏は自己紹介をさせられたのだ。
「それじゃあ奏さん、あの新型を知ってるか?」
「ええ、知ってるわよ。あれの名前はラービット。トリガー使いを捕らえるために作られた最強のトリオン兵、と説明されたわ」
「説明された?」
「向こうの世界で仲良くなった国への侵略でも使われててね、敵が得意気に話してくれたわ。見るからにアホっぽい人だったけど」
そう言いながら奏はいつものように求道玉の一つを棒状に変化させて掴んだ。そしてそのまま槍投げの要領でコンクリートの壁から抜け出したラービットの弱点である口の中にある目に向けて投げた。
ラービットは特に堅い腕で防ごうとするが、そんなものは関係ないと言わんばかりにその棒は腕を貫通し、口の中に突き刺さった。しかし、ラービットはそのまま動こうとする。
直後、ラービットの内側から黒い針がウニのように突き破った。
求道玉は奏の意志で動かす事も留める事も出来るし、好きな形に変形出来る。なのでこのような攻撃も出来るのだ。
「東くん、忍田さんに報告お願い。多分太刀川くんとかレイジくんたちなら問題ないけど人によってはチームで挑んでも危ないかもしれない」
「おいおい、ラービットが簡単にやられたぞ」
「あれは……!」
「む?どうしたのだ?兄……いや、隊長」
ここは敵の作戦室。一人の老人を除いて残りの五人は頭に角が生えており、ただの人間ではない。大規模侵攻対策会議でレプリカが言っていた所謂改造人間だ。
隊長と呼ばれた男は先ほどのラービットをいとも簡単に倒した女、奏の姿を神妙な面持ちで見つめる。
「数ヶ月前、他の当主の遠征部隊の黒トリガー使い三人が一人の女に敗れた。奴らは馬鹿だが戦闘面だけで言えば決して弱い訳ではなかったにも関わらず、だ。聞き出した話ではその女の使うトリガーの特徴は防御不可で変幻自在の九つの黒い玉」
「この女がそうなのか?」
「いや、そうと決まった訳ではない。だが、もしそうなら……」
隊長と呼ばれた男の目が怪しく光った。