奏がトリオン兵を殲滅している間、忍田にラービットのことを報告していた東はある違和感を抱いていた。
「おかしい……」
「何が?」
トリオン兵を片付けていた奏が東の独り言のような呟きを受け取り、聞き返した。
「敵の数が少なすぎる。いや、撤退しているのか」
「言われてみれば、確かにそうかも」
奏はトリオン兵の弱点である目に求道玉の棒を突き刺した。するとそのトリオン兵を最後にこの場は沈黙に包まれた。
「他の場所でも同じという訳ではなさそうだな」
耳を澄ませば爆発音や銃声などが聞こえてくる。遠くでは戦闘が続けられている証拠だ。
「私はもっと敵がいる所に移動するけど東くんも来る?」
「いや、俺は忍田さんの指示通りB級の隊員たちと合流する」
「そっか、じゃあ気を付けて」
奏は求道玉で足場を作り、飛び乗った。
足場を高速移動させ、すぐに東からは見えなくなった。
「嵐のような人だ……」
「装甲の耐久度は!」
「あと一発まではなんとかもたせる!」
ボーダー本部作戦室内。
奏が東と別れたすぐ後、二体の爆撃用トリオン兵イルガーがボーダー本部の外壁へと特攻を仕掛けた。
二体のうち一体は外壁に取り付けられた砲台で撃墜したが、もう一体は外壁を爆撃した。
まだ内部にまで被害が出ている訳ではないが、上層部は慌ただしくなる。
第二波では三体のイルガーがボーダー本部へと突っ込んで来る。
「砲撃を集中!一体だけでいい。確実に撃墜しろ!」
忍田の指示により、トリオンでできた弾丸の集中砲火で一体のイルガーが墜落した。残りは二体だ。
「忍田本部長!二発は保証せんぞ!」
焦った鬼怒田が声を荒げるが、忍田の返答は落ち着いたものだった。
「問題ない。残りは一体だ」
その直後、片方のイルガーが十字に切り裂かれた。
モニターに映るのは弧月を鞘へと収める太刀川の姿。自爆モードで装甲がかなり堅いイルガーを簡単に両断するのは流石の一言である。
「後続は!」
「今のところありません」
「よし、今のうちに外壁を修復。次を警戒しろ。慶、お前の相手は新型だ。斬れるだけ斬って来い」
『了解了解』
一先ず助かったということで作戦室に安堵の声が漏れる。
『もしもし本部?なんかイルガーが突っ込んでたけど大丈夫だった?』
安心も束の間、今度は別の人物から通信が繋がった。言わずもがな、奏である。
「ああ、少し通信が乱れたがこちらは大丈夫だ」
『よかったよかった。……あ、遊真くんと修くん』
忍田が無事を報告すると、奏の関心は近くにいた遊真や修に移ったようだ。が、まだ通信は繋がったままだ。
『なになに、トリオン兵の間に合ってないC級の援護に向かう?なるほど千佳ちゃんがいるのね』
通信が繋がったままだということに気付いていないのか、作戦室に筒抜けのまま奏は話し続ける。
『じゃあ私も行くわ。なんだか嫌な予感がするし』
城戸はいつの間にか顔を掌で覆っていた。
「奏くん……」
『城戸さん?どうしたの?』
「通信が繋がったままだ。会話がこちらに筒抜けだぞ」
『あ、しまった』
「それと空閑隊員が援護に向かうのは許可出来ない。空閑隊員が黒トリガーで戦えば茶野隊が敵性近界民と誤認したように市民や他の隊員たちに混乱をもたらす可能性がある」
実は先ほどラービットを相手に黒トリガーを起動した遊真が茶野隊の二人に敵の近界民と間違えられて撃たれてしまったのだ。その弾丸は防ぎ、後から来た嵐山の説明でなんとか事なきを得たが、大人数が混乱すればいかに嵐山のような市民から人気がある者でも収めるのは難しい。
『じゃあ私が代わりに行くわ』
「元々行くつもりだったのだろう?」
『よく分かってるね、城戸さん。という訳で遊真くんは嵐山くんたちとトリオン兵の排除を頼むわ。私は修くんと千佳ちゃんを助けに行ってくるから』
「奏くん……まだ繋がったままだぞ」
『え、あ……わざとよ、わざと!これで良いわよね!遊真くんは嵐山くんたちに合流、私は修くんとC級の援護』
「ああ、気を付けたまえ」
『りょーかい』
今度こそ通信は切断され、奏の声が作戦室に流れることはなくなった。
「いいんですか?警戒区域の外に彼女を向かわせても。彼女は黒トリガー、新型に対抗出来る貴重な戦力ですが……」
黙っていた根付が口を開いた。
確かに奏は一瞬でラービットを撃破出来るし、貴重な戦力である。だが、城戸の意見は根付とは違った。
「彼女の嫌な予感は普通の人間のそれとは訳が違う。ああ言ったからには何かしら良くない事が起こるのだろう。なに、彼女に任せておけば大抵の事は心配ない」
城戸は最後に「どうせ何か指示したところで勝手に動く」と付け加えてモニターへと視線を戻した。
根付は城戸の苦労を感じ取った気がした。
本部との通信を切った奏は遊真の姿をジーっと見つめていた。
「どしたの?カナデちゃん」
「それが遊真くんの黒トリガーを使った姿なんだなぁ、と思って」
「そうだよ。これが親父の黒トリガー……」
「今度勝負しようね。じゃ、修くん、行こっか」
遊真が話しているのに華麗にスルーし、奏は遊真に背を向けた。そして修を片腕で担ぎ上げる。
「え、あの、奏さん!?お、降ろして下さい!」
「ダメよ。修くんは求道玉に触れられないんだから」
残念ながら修の要求は却下され、奏は修を担いだまま求道玉を変形させた足場に飛び乗った。
そしてそのまま移動を始めた。
「大丈夫。すぐ着くから」
「は、速いぃ!?」
想像以上の速度に修は絶叫するが、奏は移動のスピードを落とさなかった。
道中他の隊員はいなかったので修のみっともない声が聞かれなかった事がせめてもの幸いだった。奏にはバッチリ聞かれていたが。
トリオン兵の群れは既に警戒区域のラインを突破していた。C級隊員の避難誘導がスムーズに行われたのか警戒区域付近に人影はなかった。
警戒区域を抜けても進み続けると奏は煙が上がっているのを見つけた。
「あの辺ね。着いたわよ、修くん」
「あ、ちょ……」
奏は高速移動中に修の身体を手離した。
当然修の身体は重力に従って地面に向かい、慣性も働いているので斜めに落下していく。ただし、今は道路に沿うように飛んでいたので民家を傷付ける事はなかった。
修を離したことで身軽になった奏は今にも市民を襲おうとしているバムスターのボディを求道玉の棒で一刀両断した。
「住民の避難、早く」
「は、はい!」
近くにいたC級隊員が逃げ遅れていた市民を連れていく。それを見送ったところで漸く修が追い付いてきた。
「ひ、酷いですよ奏さん」
「ごめんね。修くんが体を張って私の剣になりたかったとは気づけなかったわ」
「……いえ、助かりました」
奏に物理的に振り回される自分を想像して修は冷や汗を流しながら引き下がった。
普通なら冗談で言っているのだと笑えるが、奏相手では笑えない。本気でやりそうでならないのだ。
「修くんと奏さん!」
「メガネ先輩!」
そんな二人に駆け寄ってきたのはC級の白い隊服に身を包んだ千佳と奏の知らない猫を頭に乗せた少女だった。
「千佳、夏目さん」
「……今のボーダーって男臭い集団かと思ってたけど結構可愛い娘もいるわねぇ。さっきの嵐山くんのところにも可愛い娘いたし」
修にしか聞こえない声で呟き続ける奏に修は再び冷や汗を流す事になった。いきなりそんな事を言われてもどう反応すれば良いのか計りかねていたのだ。
「メガネ先輩、このお姉さん誰っすか?」
「ああ、この人は……」
「私は小桜奏。気軽に奏って呼んでね」
「B級の人っすか?」
「私はS級よ」
「S級って、マジっすか!?あ、あたしは夏目出穂っす」
「よろしく出穂ちゃん。本部所属なの?玉狛来る?」
いきなり夏目を玉狛に勧誘し始める奏。今は大規模侵攻を受けている真っ最中である。
「か、考えとくっす」
因みに奏は我が家のように扱っているが玉狛支部所属という訳ではない。ついでに言うと玉狛支部に異動するには支部長の林藤の承諾が必要なので奏の一存で決めることは出来ない。
「ヤバい……この娘超タイプ」
「え……?」
「可愛すぎるわ。頭に猫っていうのも良い」
またもや修が反応に困っていると先ほど奏が真っ二つにしたバムスターから鈍い音が聞こえた。
バキリ……バキバキ。
「新型!?」
修は驚きの声をあげる。
既に正隊員がラービットに捕獲され、キューブにされてしまったという報告がされている。更に忍田はラービットの対策でB級隊員は合流しろと指令を出したのだ。
そうでなくても修単体では勝ち目はない。
「あっちにもラービット、こっちにもラービット。ラービットには結構トリオン使うって話なのにどうしてこうも現れるのかしらねぇ」
奏は手に持った黒い棒を槍投げの要領で新しく現れたラービットに投げつけた。
ラービットは頑丈な腕をクロスさせてガードしようとするが、黒い棒はラービットの両腕を貫通して口の部分に吸い込まれた。そして内側から黒いトゲがウニのように無数に生え、弱点部分をズタズタにした。
どこかで見たような光景である。といってもラービットも所詮プログラムによって動く無機物でしかない。同じ動きをするのも仕方がないのだろう。
「新型を……一瞬で!?」
『確かに先ほどまでは妙だと思っていた。遊真が倒したラービットを解析してみたところあの一体に相当な量のトリオンが使われていた。ボーダーには緊急脱出があるため被害をゼロにするのも不可能ではないにも関わらずだ。普通に考えて割に合わない。が、
レプリカの子機であるちびレプリカが敵の狙いの核心をついたところで門が現れ、更に三体のラービットが門の中から現れた。
「なるほどね。緊急脱出がないっていうC級隊員なら逃げられる事はない、か。なかなか賢い作戦ね。でも……」
『カナデがここにいるのは計算外だったようだな』
「ええ。ラービットが何体来ようと私の敵じゃないわ」
奏は得意気に宣言した。
確かにラービットでは奏に敵わないだろう。
だが、だからこそ、これが敵の作戦だとはレプリカはもちろん、奏も知る由もなかった。