紅魔族随一の限界百合オタク   作:星見秋

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原作十四巻の某シーンを読んで、創作意欲が刺激されたので書きました。色々ごめんなさい。
原作十四巻既読推奨です。


紅魔族随一の限界百合オタク

ジョッキに残った酒を一気に流し込むと、紅魔族随一の酒屋の娘――ねりまきは、大きく溜め息をついた。

 

「未だに信じられないよ」

 

そうして吐き出された独白めいた呟きに、紅魔族随一の小説家――あるえが反応した。自分以外誰もいない店内をぐるりと見回し、ニヤリと口元を歪ませる。

 

「信じられないとは、店内に閑古鳥が泣いていることかい?」

「そんなわけないでしょ」

 

ねりまきはふるふると首を振った。

ここは「酒場サキュバス・ランジェリー」。店名だけを取ると何やらいかがわしい店のように聞こえるが、至って普通の酒場である。なのに何故こんな名前なのかというと、知力の高い紅魔族の中でも賢者と呼ばれる者が千客万来を願って命名したからだ。要は詐欺一歩手前の釣り店名である。しかし効果は抜群で、いつもは引っかかった外からの観光客や、暇を持て余したニート達で賑わっている。しかし、何があったのか今日は一人もその姿が見えない。結果客はあるえ一人しかおらず、店は実質の貸切状態となっていた。

 

「何で今日に限ってこんなに客がいないんだろうね?」

「さあ? 連日の爆発音騒ぎでさんざん駆り出されたし、ニートは疲れて眠ってるんじゃないの?」

「ああ……。めぐみんが来ていたからね」

 

納得したように、あるえは頷いた。

先日まで、紅魔族随一の問題児のめぐみんが諸事情で里に帰省していた。問題児、というのは類まれなる才能の全てをネタ魔法につぎ込んで棒に振り、更には一日一発そのネタ魔法を意味なく使っては轟音を轟かせていたことに由来する。彼女達のいう爆発音騒ぎもめぐみんの仕業ということになっている。

その収束のために自称自警団のニートは体力もメンタルも多大に消費し、ボロ雑巾のような有様になっていた。普段の穀潰しっぷりを思えば残念でもなく当然と言ったところなのだが。

ねりまきが死に体となったニート達を思い出していると、あるえが首を傾げて尋ねた。

 

「で、何が信じられないんだい?」

「え? ……ああ、そういえばそんな話だったね」

「おいおい」

 

忘れていたのか、と呆れ混じりの目を向けるあるえ。

こほんと咳払いすると、ねりまきは言った。

 

「めぐみんとゆんゆんが男の人とくっついちゃったことだよ」

「……ああ、その話か」

 

あるえは約知りのように頷くと、退屈そうに頬杖を付いた。まるでその話は聞き飽きたよと言っているかのような、随分とつまらなそうな顔をしている。

 

「知ってたの?」

「そりゃ、ふにふらとどどんこがあんなに騒いでいたからね。いくら世俗に疎い私の耳にも流石に入るってものさ」

「なるほど」

 

ふにふらとどどんこはねりまき達の同輩である。まだねりまきがアークウィザードになる前、学校に通っていた頃は同級生だった。……余り仲良くはなかったが。ガラも悪かったし。

しかし、なるほど。確かにあの二人ならそういう話は好きそうだ。あるえの耳に届いても何らおかしくはない。

一人で納得していると、あるえがつまらなそうな表情を崩さずに訊く。

 

「あの二人みたいに、『私の方が先に恋人作れると思ってたのに!』って感じのことを言うのかい?」

「いやいや、言うわけ無いでしょ。めぐみんもゆんゆんも色々な意味で付き合う人なんて現れなさそうだよねとは思ってたけどさ」

「思ってはいたのか……。まあ、私も同じなんだが」

 

ちなみに、ゆんゆんもねりまき達の元同級生だ。つい先日に三つの族長試験を突破し、次期族長となることが確定している。謂わば、同世代のトップをひた走るエリートである。

ねりまきは言った。

 

「だから私、てっきり将来はあの二人が結婚するものだと思っていたんだけど」

「…………は?」

 

突然の衝撃的な台詞にぽかんとするあるえ。ねりまきは首を傾げた。

 

「『は?』って何? 聞こえなかったの? 私、将来はあの二人が結婚するものだと思っていたんだけど……」

「いやいや、聞こえてはいたんだが。……え、何? 結婚? 女と女で? 冗談でなく?」

「何でこの流れで冗談言うの? マジだよ、大マジ。あの二人、百合百合しかったじゃない」

「ああいや、それはそうなんだが。流石に結婚するまでいくとは思ってなかったよ」

「えー、そうかな?」

 

ねりまきは懐疑的な表情を浮かべると。

 

「でもあの二人、学生時代から私達の見てないところでキスとかしてそうだよね」

「キ、キス!?」

 

とんでもない爆弾発言をした。

 

「多分、最初は魔が差しためぐみんから行くと思うんだよ。ゆんゆんってたまにめちゃくちゃ庇護欲をかき立てられる顔するときあるじゃん。それで、こう……ムラっときためぐみんが、衝動に任せてゆんゆんの艶めく唇に飛びつくんだよ」

「ム、ムラっと……」

「めぐみんって攻撃的な女の子だし、一発おっぱじめたら勢いのまま突っ走ると思うんだよね。唇をくっつけるだけじゃ絶対に止まらない。そのまま舌を使うなりなんなりして、ゆんゆんの唇を無理矢理こじ開けると思うんだ」

「し、舌を使って……」

「で、こじ開けたら、後はもうゆんゆんの口を堪能するんだよ。舌、ほっぺの内側、歯茎、更にはその奥まで。舌を這わせ、唾液を舐めとり、ゆんゆんを吸うんだ」

「ゆんゆんを吸う……」

 

というか、ロマンティック・エンジンを起動していた。

 

「最初は唐突なめぐみんの行動に混乱していたゆんゆんだったんだけど、だんだん昂ぶってきて、最終的にはゆんゆんもめぐみんを吸い始めるんだ。二人はお互いに舌を絡ませ合い、口内を舐め、お互いの口に蓋をして気持ちよくなる。二人は舌で合体するんだよ」

「が、合体……」

 

永久機関、という代物がある。外部からの影響を受けなくとも何らかの仕事を永久に行い続ける物のことで、デストロイヤーの動力源であるコロナタイトが代表例だ。

 

「暫くシて、息が苦しくなってきた頃にようやくめぐみんが口を離すんだ。二人共荒い呼吸をしながら、先にゆんゆんが『いきなり何するの?』って弱々しい顔で尋ねるんだよ。そこに、めぐみんはニヤリと笑うんだ。『ゆんゆんって、甘い味がするんですね』って」

「……うわぁ」

 

このときの彼女は、さながら永久機関であった。百合の種を動力源にひたすら妄想を繰り広げる、百合妄想の永久機関だ。

 

「それがきっかけに、二人の関係は変化していくんだ。二人は徐々に友達じゃなくなっていく。友情が、恋愛感情に変わっていく。ゆんゆんはめぐみんの家に転がり込む日が増え、めぐみんはゆんゆん家の厄介になる日が増えていく。キスをきっかけに関係性が変わるなんてありがちな話だからね」

「……」

「事あるごとに二人は唇を重ねていく。ゆんゆんの小言にうんざりしためぐみんが口を塞ぐためにキスをする。先にキスをした方の勝ちという勝負をけしかけ、ルールを言い終わるか終わらないかのうちにキスをする。キス、キス、キス、キス、キス」

「…………」

「そうしてキスを積み重ねていく内に、二人はもう取り返しのつかないところまで来てしまうんだ。ゆんゆんが『私はめぐみんが好きなんだよ。めぐみんもそうなんでしょ!? ねえっ!』って叫んでめぐみんの肩を揺らす。めぐみんは強張った表情でその全てを受け止める。やがて表情の変わらないめぐみんに泣き出したゆんゆんを、めぐみんは優しく抱き寄せるんだ」

「………………」

「初体験は、やっぱりめぐみんから……? いやでも、どちらかというとゆんゆんの方がムッツリな気もするんだよね。服の露出度もゆんゆんの方が高いし、やっぱりゆんゆんから」

「……………………す、ストップ! ねりまき、それ以上は駄目!」

 

と、永久機関していたねりまきに、あるえが臨界点だとばかりに叫んだ。その頬は真っ赤に染まっていて、今にも火が吹きそうである。ねりまきはようやく妄想をストップすると、あれ? と目を瞬かせた。

 

「どうしたのあるえ、そんなに顔を真っ赤にして。どこからが瞳でどこからが肌なのか分かんないレベルだよ」

「だ、誰のせいで……」

 

あるえはジト目を向けるが、ねりまきはなぜそんなものが向けられるか分かっていない。ぽかんと顎を落とすだけだ。あるえは溜め息をついた。

 

「……紅魔族随一の百合オタクめ。一つ教えてあげると、学生時代のめぐみんとゆんゆんはお互いを友達だとは思っていなかったみたいだよ。ただのライバルで、それ以上でもそれ以下でもない、だとか」

「不名誉な呼び名はやめてっていうか、ええっ!? そんな! 二人は友達とは思ってなかったなんて……。現実と解釈違いを起こしてる……」

「げ、現実と解釈違い? ごめん訂正するよ、ねりまきは紅魔族随一の限界百合オタクだ」

 

頭を抱えてうなだれるねりまきに、あるえは冷たく一瞥する。

 

「というか、そこまで強固な妄想力があるなら、文字にして発表すればいいじゃないか」

「……え?」

 

ねりまきは素っ頓狂な声を上げて固まった。いきなり何を言い出すんだ、という顔だ。奇しくも先程まであるえがねりまきに向けていた顔と全く同種のものである。

あるえは言った。

 

「これは文章に限った話じゃないかもしれないけど、創作ってのは妄想の結晶だ。妄想の純度が高いと面白いものが生まれる。創作とは即ち妄想、妄想力が強ければ創作も強くなる」

 

未だ呆けているねりまきの肩に手を置いて。

 

「さっきの話を聞く限り、ねりまきには強大な妄想力がある。それこそ、ドン引きするくらいに強大な奴が」

「わ、私にそんな力が!? ううッ、禁じられた左手の波紋が……!」

 

紅魔族的な中二病ノリを挟みつつ。

 

「だから、さっきの妄想を文章として形にすれば、とても面白い小説が生まれると思うんだ」

「…………」

 

あるえは、そう断言した。

ねりまきは不安そうに眉を下げる。

 

「……いきなりそんなこと言われても。正直興味はあるけど、私小説なんて書いたことないよ?」

「余命僅かな重病のおじいちゃんでもいきなりなれるのが小説家って職業だよ。大丈夫、経験なんて関係ないよ。まずは書いてみることが重要なんだ」

「そうなんだ。……そうなんだ」

 

あるえの台詞に、ねりまきは一瞬考えると。

 

「……そういうことなら、ちょっと書いてみるよ。小説がどんなものか興味あるし――」

「おお!」

「――何より、現実では起こらなかっためぐゆんが、本という形になって世に広まれば、めぐゆんは実質成立したと言えるからね!」

「……お、おお」

 

高らかに、小説執筆を宣言した。

これが、始まりだった。


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