ヒトデナシ   作:影絵師

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pixivでのリクエスト「首下が狼に変えられ、最終的に人間ではなく狼になることを選択する女子大生」


(番外編)怪異によって人頭狼に変えられた女子大学生が、最終的に狼に変えられる

 ねえ知ってる?

 

 人気がないところを一人で歩いている時にさ

 

 水溜まりが血みたいに赤く染まったり

 

 地面が肉を踏んてるみたいに柔らかくなったり

 

 心臓の鼓動が全身に伝わってくるほど聞こえてきたら

 

 すぐに逃げた方がいいよ

 

 そうしないと“イギョウ様”の手で動物に変えられちゃうんだって

 

 それも 動物みたいなバケモノにね

 

 

 

 大学で友達から聞いたその噂話を思い出したのは、目の前の光景を目にした瞬間だった。

 止んだばかりの雨で出来ていた水溜まりが赤く変色していて、自分が立っているアスファルトの歩道が何故か立ちにくいほど軟化していて、そして全身が感じ取れるほど大き過ぎる心臓の鼓動が聞こえる中、大学から帰る途中の私の前に一人の少女が立っていた。

 見たことないデザインのフード付きコート、子供にしては派手すぎる青と赤の二つ結び、そんな特徴がある少女が周囲の異常現象に怯えることなく私を見上げると、笑みを浮かべた。それは可愛らしいと思うより、得体の知れない不気味さを感じた。

 

 この子がイギョウ様だと、私はすぐに悟った。

 

 噂話を初めて聞いた時は「空想上の存在」だと笑っていたが、目の前にいる少女の形をしたナニカから私は逃げ出した。持っていた傘を手放し、踵を返して走る私。もしも捕まってしまったら動物のようなバケモノに変えられてしまう。

 だが、柔らかい足場を踏み抜いてしまったことで私はバランスを崩してうつ伏せに倒れてしまった。どうにか身体を起こして足先を見る。無機質なはずの歩道が形を変え、まるで生物のように私の足先を取り込んでいるのが見えてしまった。そんな光景に恐怖に駆られた私は悲鳴を上げてしまう。

 

「いやあぁぁっ!? だ、だれか! だれかたすけてぇぇぇ!!」

「うるさいなあ。すぐに始めるから黙っててよ」

 

 そう呆れながら返事をするのはイギョウ様だ。私に追いついてきた彼女は歩道に取り込まれている私の足先を掴んだ。その直後、イギョウ様の手首から数本の管が飛び出し、私の足首に次々と刺してきた。

 あまりの激痛に声を上げられなかった私だが、次の瞬間に襲いかかる強烈な不快感にうめき声を漏らしてしまう。

 

 イギョウ様に掴まれている足先の踵と爪先の間が長くなっていき、足裏に肉の塊――肉球が形成されていく。

 脛と太腿にも違和感が生まれ、筋肉が太く短くなっていく感覚に襲われる。

 骨盤の形も変えていき、腰回りには毛皮のようなものが出来上がっていく。お尻の部分からは尾骨が飛び出し、長い尻尾が形成されていく。

 胴体が短くなっていくと共に、両腕の付け根が前に移動していき肩幅が狭くなる。

 腕は毛深くなり、肘関節の位置が変化し、両手の指が短くなって肉球が出来た。

 

 私に残された人間の部位は頭のみとなり、自分が人間ではなくなっていくことに気づいた私は、人間性を失いたくなく必死に懇願を上げた。

 

「あ、あたま……頭だけは残してください!」

「へえ、頭だけでも残してほしいんだ。いーよ」

 

 そう言ってイギョウ様は私の足、いや、後ろ足を手放した。

 二足で立てなくなった私は四つん這いの姿勢となり、自分の手足、いや、四足を見た。そこには獣の足先があり、どう見ても人間とは思えないものだった。そんな身体に変えたイギョウ様の姿を探すが、いつの間にかいなくなっている。

 体内にいるような肉々しかったあの空間も、今は普段どおりに戻っていた。ただ一つだけ違う点があるとすれば、狼の身体を持つ私がいることだけだ。

 

「これから、どうすれば……」

 

 私は途方に暮れた。こんな姿では家に帰れないし、家族や友人に連絡することも出来ない。それにお腹が空いてきた。人間の頃の姿ならコンビニで食べ物を買えるが、人頭狼の姿だと騒がれるのが想像できる。

 

 何か食べたい……。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 近くの茂みから物音が聞こえた。私は警戒しながら注視すると、そこから鹿が出てきた。もちろん、普通の鹿だ。

 こんなところに鹿がいるなんて珍しいと思いつつ、私は無意識のうちに走り出した。四本脚で走ることに慣れていないはずなのに不思議と速く走れた。あっという間に近づいた私は勢いのまま飛びかかった。

 首筋に噛み付いた私はそのまま引き裂くように顎に力を入れようとしたが、人の顎では噛み切れなかった。仕方ないので前足の爪で首元を裂いた。ブチッとした感触の後、大量の血が流れ出す。その生暖かい液体を口内に感じた私は、夢中で飲み込んだ。すると全身に力が湧いてき、気分が良くなってきた。

 もっと飲もうと再び牙を突き立てようとしたその時、私は気づいてしまった。

 

 私の精神が人間ではなくなっていくことに……

 

「ひぃ!」

 

 思わず私は悲鳴を上げて噛んでいた首を離した。

 しかし、人間としていたい理性よりも、ニクを求めている本能が勝ってしまい、私は再び鹿の死体に口を近づける。そして、爪で細かく切り取った肉を食べた。

 家で食べるような美味しい肉と違って、口中に広がる血と獣の匂いに吐き気がする。だが、今の私の身体にとっては最高のご馳走であり、その味を忘れないように何度も咀しゃくして胃袋に落とし込むと、尻尾を激しく振っているのが分かる。

 

 ……もしかして人頭と狼の体の違いによる苦しみを味わわせるために、イギョウ様はわざと中途半端に変えたの?

 

「うぅっ……ぐすっ」

 

 イギョウ様の意図を察した私は、涙目になりながらも食事を続けるしかなかった。

 

 

 

 私の身体が狼へと変わってから、数日が経った。

 

 温かいベッドではなく茂みで寝ていた私は、登る太陽の光に目を覚ました。起き上がった私は周囲を見渡すも、周囲には何もない。あるとすれば私が食べてきた動物達の骨くらいだ。

 いや、正確にはまだ人間としての意識を保っている。だが、この姿のままでは家に帰ることも出来ず、警察に保護してもらうことも出来ない。

 私は途方に暮れながら、その場に座り込んでしまう。

 

「おなかへったなぁ」

 

 昨日の夕方は獲物を捕らえることが出来なかったため、朝早くからお腹が空きすぎて頭がおかしくなりそうだ。

 今なら何でも食べられそうな気がするが、さすがに動物の死骸を食べるのはまずいだろう。

 

 でも、何か食べたいなあ。

 

 そう思った時だ、どこかから聞こえてくる足音に気づいた。

 慌てて顔を上げると、そこには一人の女性がいた。恐らく山に迷い込んだんだろう。

 

 オ イ シ ソ ウ 

 

 私は気づいた、自分の身体が女の人を襲おうとしていることに。

 駄目。人間を食べるなんて……! 必死に理性で抑えようとするが、私の身体は既に狩りの準備を終えている。

 

「に、逃げて!」

「え?」

 

 私は必死に叫んだが、遅かった。

 私は女の人を捕まえてしまった。前足の爪で切り裂き、人間の歯で噛み切ろうとする自分の行為が止められない。私に出来ることはただ泣きながら謝るしかなかった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「人間の、頭……?」

 

 私に襲われている女の人が放ったその言葉、何故か前足を止めて冷静に聞いていた。一瞬、私は「人の頭を持つ狼に変えられた被害者」だと分かってくれると期待した。

 しかし、それは儚い希望だとすぐに分かった。

 

「きゃああああっ! ばけものぉ!!」

 

 唯一人間の証である私の頭部を見て、女の人は悲鳴を上げた。その反応は当然のことなのだ。私だって逆の立場だったら同じことをしていたに違いない。

 

 それでも自分が怪物だと思い知らされるのは辛かった。

 

 私はその場を逃げ出した、食べようとしていた女性を置いて。

 

 

 

 どれぐらい走っただろうか。気づけば私は山奥にいた。木陰に隠れるように座ると、私は自分の身体を見た。狼の身体となった私の体毛はこれまで食べてきた獲物の血が酸化して真っ黒に染まっている。もはや、人間だった頃の自分の面影は頭だけだ。

 こんな中途半端な身体に変えられるんだったら、完全に獣になれば良かった。

 

 ふと、周囲の異変に気づいた。自分のではない心臓の鼓動が聞こえてくるのだ。足元も不自然に柔らかくなっており、血の匂いが嗅ぎ取れる。

 確か、首から下がイギョウ様の手で狼に変えられた時も同じ現象が起きたはずだ。となれば……

 

「じゃじゃーん。イギョウさまのとうじょうだよー」

 

 聞こえてきた声に振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。内臓を連想させるフード付きコート、静脈と動脈を模したような青と赤の二つ結び、そんな特徴がある少女の姿をした存在――イギョウ様だ。

 

「どう、首下が狼になった気分は?  なかなか悪くないでしょ?」

 

 楽しそうに笑う彼女の姿を見ているしか出来ない私は、無言のまま俯いた。そんな私に彼女は言った。

 

「これからもそのままがいい? 何なら人間に戻してあげよっか?」

 

 以前の私ならその提案に迷わず「人間に戻して」と答えていただろう。

 しかし、私の身体だけでなく頭の中も狼として変わりつつある今では、人間に戻りたいと思えなかった。そして先程の女性が言い放った言葉が忘れられなかった。

 

「狼に……してください」

 

 涙を流しながらも笑みを浮かべた私は、額を地面につけて懇願した。

 私の返答に口角を上げたイギョウ様は撫でるように私の頭に触れた。次の瞬間、数本の管が私の頭部を突き刺した。

 激痛が走るが、私は悲鳴を上げなかった。

 

 これで、いいんだ……

 

 薄れゆく意識の中で、残された頭が変えられていくのが分かる。

 

 口元と鼻が前に引き伸ばされ、マズルが形成されていく。

 頭の両側にあった耳が頭頂部に移動していき、尖った形に変わっていく。

 身体のように頭全体が毛に覆い尽くされた時点で変異が収まった。

 

 完全に狼になった私はゆっくりと顔を上げてイギョウ様を見ようとした。しかし、彼女の姿はもうない。どうやら人の身体を弄り尽くして、飽きたら去っていくようだ。

 

 これで良かったんだ、これで

 もう、化け物と呼ばれなくていいんだ……

 

 




 イギョウ様=ゼノノア(異形の少女)。現代寄りの世界ではイギョウ様と呼ばれている設定
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