Side Hayate――
――……やて……れ……。
あかん! あかんで! 裕一郎さん!
いやや! なんでこんな……裕一郎さん――
「――ゆういちろうしゃん!」
意識が浮上する。
「……あれ。なんや……ゆめかいな」
東向きの窓から朝日が差し込んどる。跳ね起きたからか、布団は投げ出されベッドの下まで落ちてるみたいやな。
「はぁ……」
けったいな夢見てもうたな。起きよか……
一緒にベッドに寝てたのにもう仕事に行ったんかな?
いつも一緒に寝てる人物を思いながら、みんな仕事があって忙しいから仕方ないと考えて思考を切り替える。
夢を見ていたせいかしらんけど、服がぐっしょりと汗で濡れていた。
「よっ……っあ、ふぎゃ!」
ベッドから降りようと思い何時ものように動くと、足が床につかず、そのまま身を乗り出したため床に投げ出されることになった。
ギャグみたいに顔面から着地すると変な声が出た。
「っ……たた。なんやねんもぅ」
起きた時からの違和感が次第に濃くなっていく。
「ゆめ……やったんか?」
ホンマに?
あの血が引いていくような感覚も、目の前で裕一郎さんが■■■■るのも?
「うそや」
夢やない……
「……あれ?」
暫く呆然としていると別の違和感が浮き上がってくる。
見慣れた部屋だ。間取りも、ベッドも、机も、本棚も。
子供の頃から六年前までずっと過ごしてきた部屋。
「なんで……?」
既に売り払ったはずの家。一人で過ごした思い出が強くて、わたしはこの家から引っ越したはずや。ミッドチルダへ、魔法の世界へ。
「ど、どういうことや?」
懐かしい、という思いが湧き上がる。
最近まではそんなこと思うはずがなかったんやけど、身の回りに変化があって初めて地球の家が懐かしく感じられた。
これで、わたしが車椅子で、あの子がいればあの時のままや。
小さな時からずっと一緒にいたあの子が――
「……夜天の書」
――あった。
「なん、で……」
夜天の書。
いつの間にか一緒にいた魔道書が、あの本棚にあった。
十字に鎖が巻かれ、開かないように閉じられている。不思議で綺麗な本。
「さっきまで無かったはずや……」
無意識に手が伸びる。あの中にはあの子がいる。
わたしを、みんなを残していった優しい子。
リインフォース。
「はは……ゆめやな」
あんな夢を見たから。また、失ってしまったから。
手を伸ばす。もう手放さないために――
「あれ、届かへん」
――届かなかった。
「あれ、なんで――」
体を見直す。床に立った足、小さな手、成長してない身体。
まるで幼児のような小さな身体。
「なんでやねーーーん!!!??」
独りきりの部屋にわたしの絶叫が響いた。
「ははは、……夢や」
また、両親を失った。
あれから、わたしの状況を確認したけど、全ては夢じゃなかった。
二年程経った今でも覚めない夢があるなら、そこがわたしにとって現実なんやろう。
もしかしたらこれまで過ごしてきた二十年近くの日々こそ、今のわたしが見ていた夢だったんかもしれんな。
目が覚めたのは、大阪からこの街に引っ越してきた日の翌々日。引越しで疲れた影響で、熱を出して寝込んでたらしい。
もしかしたら、夜天の書とのパスを繋ぐ段階でリンカーコアに負担がかかり、熱という形で現れたのかもしれん。
夜天の書が現れたとき、既にパスは繋がってたからな。
両親は……はじめはあまり親だと思えんかった。ここで目が覚めるまでの人生では親の顔もほとんど覚えていなかったし、親類といえば血は繋がってへんけど、グレアム提督しかうかばんかったから。
それでも、一緒に暮らしているうちに家族だと思えるようになった。
二歳の終わりに引越してきたわたしに戻った――逆行というんやろか――わたしは、まず夜天の書の隠匿から始めることにした。
小さな結界程度ならデバイスがなくても問題なく張ることができる。これでも魔法歴は十年やからな。
何とかして闇の書と呼ばれる呪いから夜天の書を開放してあげたい。
あの子を助けてあげたい。
夜天のプログラムは一度、裕一郎さんが解析してくれた。守護騎士システムや管制人格がいなくなった状態の夜天の書やったけど、そのデータを元に一緒に蒼天の書を作り上げてくれた。
わたしが十歳の頃やったから、今でも海鳴にいると思うんやけど、すぐに海外に留学したらしいし、そのまま海鳴からミッドチルダに移住したため、地球の住所は知らない。
そもそもこんな子供が一人で隣街まで出かけるなんて出来ひん。
地球の資材を使ってデバイスを一から作るか、何とかしてミッドチルダまで行けるよう、今のうちから転移魔術のお浚いと研究をすすめとかなあかん。
裕一郎さんに会うのが一番早いんやけど。
とにかく、夜天の書の存在をグレアム提督に、管理局に知られるわけにはいかん。どうしても対応出来んとおもたら連絡も必要やろけど、グレアムさんには悪いことしてほしゅうないしな。
それに、なんとしても闇の書から開放するんや。
三歳になるころには魔法の練習も始めた。わたしも昔は大魔力に振り回されてたから、細かい制御を出来る様にしといたほうが良えと思ってな。
夜天の書でリンカーコアに負荷が掛かって何年かしたら魔法使うんも一苦労しそうやしな。今のうちに頭と身体と魔法力を鍛えとかな。
基本的に昼間の親がいない時間に庭先に封時結界を張ってシューター系で魔法制御を練習する。流石に広域魔法の練習なんかしてたらあかんしな。
四歳になる頃にはやっぱり足が動かんようなってきた。まだまだ歩けるけど、外を走り回るんはしばらく無理やな。
ほんでも、出来るだけ長く足を使って歩くようにしてる。九歳まで歩けんようになるんやしな。
歩けんようになったらやっぱり車椅子になってしもた。なんや、前回と同じ車椅子やったから始っから慣れたもんや。
病院の先生はやっぱり石田先生やった。今回は原因が解ってるしあんまり通わんようになるかもしれんけど、言うわけにもいかんししゃあないな。
親も私のこと心配してくれるし、少し申し訳ないな。
両親に死んでもらうわけにはいかんけど、正直いつ死んでしもたのか覚えてへんのよね。魔法が本当に万能やったらなんとしても対策を講じるんやけど。
わたしにできるのはサーチャーで見とくだけやけど、いっつも見てるわけにいかんしな……。
今出来るんは、両親の安全を願うだけや……。
念のため、親戚関係をもう一度洗い直してみたら、関西に母の再従姉妹の旦那さんと娘さんがおった。
……丸っきし他人やね。
母の再従姉妹のお葬式があって無理してついて行ったから、連絡は取れるようになってるけど、完全に他人になってるからどうしようもないね。
もしもの時は後見人になってもらわな、孤児院とかで世話になることになるわ。そうなったら夜天の書をどうすることも出来ひんから、なんとしても両親には生き残ってもらわなあかんな。
五歳になったらもうほとんど足が動かんようになってもうた。知ってたけど悲しいもんやね。いろいろと不都合が出るようになってきたし、精神的にきついわ。
そうこうしてるうちに運命の時が来た。
両親が亡くなってもうた。
「はぁ……」
両親の死因は突然の事故死やった。昔はわたしの足のせいやと思ってたけど、わたしが原因じゃなかったと分かったのは幸いやった。けど、運命って決まってんのかな?
暫くは本当になんもやる気が起きんかった。ながい間泣いてた。もう一度戻りたいとも思った。今戻れたら両親ともに救えるのに……。
記憶にある二十年のうち、たったの三年やったけど両親の温もりにふれていたわたしは幸せやったんや。
それから、なんとか家を手放さんですんだけど、これからひとり暮らしが始まると思うと憂鬱や。定期的に市の養護施設の職員さんが訪ねて来てくれる事で、なんとかなった。遺産も膨大な量ってわけではないけど、中学卒業したらミッドチルダへ行くつもりやし問題ないやろう。
石田先生も心配してくれて前とおんなじ感じで接してくれてる。
もう少しで三ヶ月やし、何時までも悲しんどるわけには行かん。とにかく、これから四年弱やることは多いで。
それにしても……
「デバイス作る言うてもなぁ……」
専用の機械があるわけでもないし、回路だけでも再現出来んとあかんし、回路設計からやな。
地球の電子回路で作ろうおもたら結構なもんになるで。転移魔法で少しずつミッドチルダに近づくにも座標なんて覚えてへんしな。
「うーん。やっぱりデバイス作るしかないんやろか……。ミッドまでなんとかして跳べへんかなぁ」
夜天の蒐集行使で前回蒐集した魔法については記憶に入っとるけど、デバイスないと実際制御できひん。
夜天の書が覚醒すれば杖を使えるけど、起動するのはまだ早い。正直なんの用意も出来てへんのに起動して収集したとしても、暴走したあとどうする事もできん。
今改めて考えてもあんときみたいな奇跡、再現しよおもても出来る気がせんわ。
「あー、もう! どないせーっちゅうねん! ってあかん……すんません」
図書館におるん忘れてつい叫んでもうて、近くにおったおっさんに変な顔されてしもた。おっさんはすぐ離れていったけど恥ずかしいわ。
あかんで、図書館では静かにせな。
そういえばすずかちゃんと会ったんもここやったな。すずかちゃん工学系得意やったし忍さんも得意言うてたな。
今は他人やしどうもできへんけどな。
なんや、一方的に知っとる人がおる分余計さみしいな……
「ほんま、どないしょ……こんな時裕一郎さんがおったらなぁ……」
裕一郎さんがおったらこの悩みもほとんど一発で解決するんやけどな。
あんとき一緒におったし、わたしとおんなじで逆行してないやろか。
「呼んだ?」
「え?」
人がおるとは思わんかった。恥ずかしいわ、独り言喋ってるとか見られるんわ、ほんまに。
ここはクールに対応せなあかん。
振り返って見ると――
「……ぁ、え……裕一朗さ、ん」
なんで。なんでここにいるんや……。
「なんで……」
もしかして……もしかして――
「裕一郎さんや!」
ちょっと小さいけど、記憶にある裕一郎さんがそこにおった。
「うおっ」
「裕一朗さん! あぁ、よかったぁ、わたしだけ昔に戻ったんかと、ぅう、思、たわぁ。……ほんまに……ぅ、よかっ……たぁ」
もう、こらえきれん……裕一朗さん。
あぁ、神様――
――Side out