Side Yuichirou――
季節は巡って、四歳になり、再び夏がやってきた。
ん? 夏について何も聞いてないって?
……暑いからぐったり過ごしてたよ。三歳児なめんな。
でも今年はそうはいかず、外に出かけないといけない事が多くなった。しっかり歩けるようになって行動範囲も増え、ぼちぼち体の動かし方を確かめて、格闘技でも身に付けようと思う。
……なんで格闘技かって?
だってね、『気』なんてものがあるわけですよ。使わない手はないんじゃないかな?
龍☆球とか一度は憧れたもんでしょう。
他にも気はあまり関係ないかもしれないけど格闘技といえば、早乙女流らんまくんとかもね。四肢方向じゃん!とか飛竜商店派!とか、熱い闘気と冷気ってなんですか?って感じだったけど今ならできる、爆砕点穴。
と、思っていた時期が私にもありました。
気を使うんでテンション上がってしまったけど、爆砕点穴は気とか関係なかった。
亀派女派とか出来るかなって思ったけど、気の性質的に物を破壊するほどの放出は出来ないみたい。基本的に人体などの生命体に影響を与える事が性質みたいで、無機物を気だけで破壊したりはできなかった。
やはり身体強化等に適していて、魔力での強化より強力だった。それに、感覚も強化されて周囲を感覚的に感じられたりするので、戦闘には最適の力だ。
本来なら感じ取れるほどの気を持ち得なかったこの体も、二歳の時気の適正限界値や保有量なんかの限界値を弄っておいたおかげで今では体内の気がしっかりと感じられる。
まだ長時間の戦闘に耐えられる程身体強化の持続時間は長くないが、気の扱いを身につける程度には気の量も質も十分だった。
流石に家で練習するわけにはいかないので、最近は近所にある神社の端で遊びながら気の扱いを身につけている。広くてひと目の少ないところはここか少し離れた臨海公園くらいで、四歳児の行動範囲の狭さに落胆する。
僕がしっかりと外を歩き回れるようになったのは二歳と五ヶ月くらいだった。歩けるようになったのはもっと早いが、外に出られるほど体力が続かなかった。
結衣はもう一歳五ヶ月で、移動手段がはいはいからあんよに変わっていた。フラフラする様子はなかなか可愛かったが、直ぐになれたのかちょっと残念な気持ちになった。
最近は母さんも仕事に復帰してしまい、結衣の面倒を見るのは専ら僕かお祖母さんだ。父さんと母さんはミッドチルダにも家を持っているみたいで、帰ってこないときはそっちに泊まっている。
地球は離れられないが、仕事でミッドチルダも離れられず、育児はお祖母さんに殆ど任せられた。
僕らが普通の子供だったら育児放棄って感じだが、しっかりしているし祖母もいるので大丈夫だと思ったのだろう。共働きは親の親がいないと難しいよね。
結衣のことを任された。
というわけで、あまり外で遊び回るわけにはいかないので帰ることにしよ――
「ん?」
神社の境内、階段に近い林の木陰で黄色い何かが丸まっていた。
「子狐か?」
ピンと伸びた耳に大きめの尻尾がある黄色い子狐だった。
これまで見たことがなかったんだが、最近やってきたのか?
「……」
……これは触るしかないだろう。
首になにか付いているってことは飼い子狐なのだろう。人に触れられることには慣れているかもしれないが、元々は野生の動物だ。
狐なんてそこらの普通のペットショップには売っていない。
ほかに人影はないため、飛行魔法でわずかに浮かび、音を立てないように静かに近づく。気を極限まで落として気配を薄くする。
風は狐のいる方向、階段方向から吹いてくるので、反対側にいる僕は風下にいるということになる。
しっかりと眠っているのか、たまに耳がぴくぴく動くくらいで気づかれてはいないようだ。空中で体勢を変えてとなりにゆっくりと座る。一瞬ぴくりと耳がこちらを向くが、暫くしてまた元に戻る。
すでに射程距離範囲内だ。手を伸ばすだけで触れることができる。
「……」
すっと撫でるのに合わせて、気功を送り込む。これも、気が扱えるようになってから実験してきたものだ。疲労した自分の体では試したことがあったが、なかなかに気持ちが良かった。
近所にも猫はいたが、近づくと逃げ出すため今まで試すことができなかったのだが、ここでようやく出番がやってきた。
「くぅ?」
子狐は顔を上げて、こちらを向く。しっかりと目が合い、動きが止まる。
「……」
「……」
そのあいだも僕は撫で続けるがやがて……
「くぅーー!!?」
飛び上がるように手の下から逃れ、林の奥の方へと駆けていった。
ふむ……結構なの御毛並みでした。
「残念だが、帰らないとなぁ~……今度何か持ってくるか」
狐と言ったらお稲荷さんか? あとは甘いものとか食べるのかな……
飼い狐みたいだし、なんでも食うかもしれないな。倉庫に入れておけば腐らないし、いなくても問題ないからいろいろと用意しておくか。
それにしても、少し変な気を感じたけど大丈夫だろうか。
自宅に帰ると、結衣がソファで死んだように眠っていた。もしくはどこかの中年探偵が眠らされてうまく座れず、体が倒れてしまったかのようだ。
夏なので冷房の効いたリビングに居たい気持ちはわかるが、ソファで寝るのはお薦めしない。そもそもソファにどうやって登ったんだろうか。うちのソファは少し高いので、高さ的に一歳児にはまだ難しいと思うのだが……
厚めのタオルケットを用意して何度か折り、部屋の隅に布団替わりに敷く。起こさないようにゆっくりと体勢を変えて持ち上げて、移動させる。四歳児には辛い所業だが、身体強化をすれば問題ない。
冷房の部屋で薄着でそのままは拙いので、薄いタオルケットを掛けてやる。
気持ちよさそうに眠る姿は子供らしくて可愛らしい。
いつまでも見ていたくなるが、手の空いた時間にデバイス弄りに勤しむことにしよう。
六歳になったらデバイスマイスター資格と言うものを受けるように父さんが言っていた。デバイスを作ったり弄ったりするためには何かと資格があったほうが良いらしい。それに、こういう資格は取れるときに取っておくべきだって。
技術だけなら今でも十分受かるだろうが、作るための知識だけではダメらしく、関連知識を試されるらしい。確かに、そのあたりは何も学んでいない。
六歳児に取れる技術系資格がある事にも驚きだが、十歳程度でも管理局に入局できるらしく、ミッドの資格所得下限年齢はそろって低く設定されているらしい。
一年前に無限書庫に行ってから、何度も訪れて様々なデバイスの知識を身につけてきた。主に技術面のみだが、今なら一般的なインテリジェントデバイスも簡単に組むことができる。
だが、僕が作りたいのは一般的なデバイスではない。
現在のミッド式の主流は、魔導杖を用いた魔法戦だ。対して、ベルカ式はアームドデバイスによる中近距離戦。中には例外もいるが、大凡これらに分けられる。
僕も当然ミッドチルダ式の魔導師だ。魔法陣も父さん達と同じ円状のものだ。
ただ、どうにも戦闘に『杖』を用いるのが違和感がある。確かに、杖でも戦闘できるだろうが、最後に頼りになるのは自分の体を使った戦闘能力だ。
というわけで、戦闘方法は遠近中距離全てを想定し、近距離は格闘戦及び、近接武器による戦闘。中長距離は魔導による戦闘を行う。
格闘戦用に両手足に装着するアームドデバイス。戦闘時は基本的にこの形態が標準になる。
そして、武器戦闘用に棍。質量兵器が禁止されているため、刀剣の採用は見送った。刃物である以上殺傷能力を抑えることは殆ど出来ない。
棍も質量兵器と言われればそれまでだが、基本的に格闘戦が行えない相手の攻撃を受けながら戦闘するための物なので、出番はそれほどないと思う。
最後はミッド式で一般的な魔導杖。
インテリジェントデバイスとして制作つもりではあるが、基本的にアームドデバイスよりの戦闘を行うため、装着型の武装形態と武器形態、魔導杖形態、待機形態の四種類六形態を採用する。第五、第六形態は装着武装と武器、装着武装と魔導杖を用いる併用形態だが、滅多に使うことはないだろう。
併用形態は、形式的、見た目的に魔導杖などのデバイスを所持する必要があると判断した際に使用することになるだろう。
次にインテリジェントデバイスへの技術転用が断念されたカートリッジシステム。
元々はベルカ式のアームドデバイスに採用されていたもので、インテリジェントデバイスのような繊細なものには搭載できなかったらしい。
従来のカートリッジシステムを踏襲し、弾丸型のカートリッジを採用するが、毎度排出される薬莢がもったいないため、再利用可能にするための新素材、新機構を採用する。
素材はミッドの技術でも再現可能な物で、魔力耐性に優れた素材を錬金で創り出し、繰り返し使用に耐えられるものになった。ただ、一昔前の充電池のように、数十回程度の使用で交換する必要がある。
デバイスには格納領域というものがあり、そこに装着型などの武装は格納される。このシステムを利用し、使用済みの薬莢がカートリッジ内に溜まってくると、それを格納空間に移し、充填済みのカートリッジを装填する。
薬莢が排出されないリボルバーのような、回転式の機構を採用する。
デバイスに搭載するカートリッジへの魔力充填方法は二方式を採用する。
一つは従来のように一発ずつ魔力を充填し、カートリッジへ装填する方式。
もう一つは充電池のように、デバイスを身につけている間の余剰魔力を自動で充填していく方式だ。格納空間に空のカートリッジを入れておいて、非戦闘時に充填する。
採用にあたって格納空間のシステム改良が必要になったが、問題なく動作するように出来上がった。
最後に、夜天の書の収集システムを自分なりに改良、再現した蓄積型ストレージデバイス。
現状ではリンカーコアのスキャン技術と魔力測定、照会技術を参考にシステムを組んでいるが、超高度演算機能が必要になるため、完成の目処はたっていない。
地下室に降りると、デスクの上に改良中のデバイスが置いてある。
現状では杖形態と棍形態のみになっている。武装形態は錬金術で用意はしたが、直ぐに小さくなるため、正式採用はしばらく見送ることになる。
それに、両親に入手法を不審に思われるからだ。
デバイス弄りに才能があると知った父さんはミッドへ僕を連れて行く際、デバイスショップなどを連れ回してくれるようになった。
ミッド滞在中に仕事があるときは自由にショップへの出入りが認められた。
デバイスパーツ用に資金をもらい、必要なパーツや知らないものを買い集める。佐官をしているだけあってミッドチルダ内では金回りが良い。
通常はこうやってパーツを入手している。
幾つか自作したパーツもあるが、このデバイスが完成するまでは錬金術で作った特製パーツは多用しない。
カートリッジシステムも、アームドデバイス用のものを採用し、若干の改良を加えるのみに留める。自作パーツへの切り替えに支障がないようにするのは忘れない。
デバイスの改良中だが、最近は主に格納領域の改修がメインとなっていた。ハード的な改良は基本的に直ぐに終わった。
残るはデバイスコアの調整だ。
このデバイスコアだけは僕の錬金術をフルに使っている。
デバイスコアはインテリジェンスAIを採用するため、恐らくずっと使い続けることになるので最高のものに仕上げたい。もちろんAIはむさ苦しい男性人格ではなく、女性人格を予定している。僕は男なのだ。それくらいはこだわっても罰は当たらないだろう。
音声データは基本的に合成音声だが、殆ど人間と遜色がないほどに技術が進んでいる。声色などを理想的なものに調整して、AIの音声として利用するようになっている。
人格については基本的な調整だけで、使用とともに学びながら個としての人格が出来上がるようになっている。基本的におしとやか系で行こうとは思っているが、そこから先はAI次第だ。
そんなこんなで、デバイスの改修に一区切りを付けた頃、そろそろ夕食の支度をする時間になってきた。
今のところはお祖母さんと一緒に支度をするようにしている。調理台に手が届くようになればひとりでやってもいいのだが、四歳児ではそうもいかない。
今夜のメニューは何にしようかな?
――Side out
※14/02/11 誤字修正