魔法の世界へ転生……なのはって?   作:南津

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#006 なのはちゃん

Side Yuichirou――

 

 

 また一年が過ぎた。いよいよ来年、小学校入学だ。本当は通うのもアレなんだが、我慢するしかない。

 

 僕は五歳。十二月には六歳になる。その二月後には結衣の三歳の誕生日だ。

 というわけで、デバイスづくりの方も進めている。

 

 両親から、結には最初はストレージデバイスを用意するように言われた。魔力の運用やデバイスの扱い方を先に学び、魔法を補助してくれるインテリジェントデバイスはもう少し魔法の基礎が身についてからにするべきらしい。

 

 よって、魔改造デバイスコアの誕生は見送られた。

 デバイスの制作については一任され、予算も渡されたので色々と買いあさり、汎用的なストレージデバイスを用意することになった。

 基本スペックは汎用型というより万能型に近く、大出力の魔力にも充分耐えられる。魔力放出による訓練で、いつの間にかSランクまで成長していた魔力をフルに使って耐久テストを行ったが、特に問題は見当たらなかった。

 

 待機状態の形は悩んだが、無難にカードタイプを選択した。ある意味、インテリジェントデバイス制作のためのデータ収集用デバイスであるため、凝った作りにする必要性はなかった。

 ただ、通常のカードタイプの半分ほどの大きさにし、子供が持ち歩きやすいように作ってある。

 

 デバイスの開発は一週間程度で終わってしまい、異空間倉庫――というのはいちいち面倒なので某金髪に倣って蔵と呼称するが、その蔵に収納しておいた。

 

 自分用のインテリジェントデバイスは一応の完成はしたが装着型武装は搭載していない。武装は格納空間に格納、瞬間装着の調整はしてあるので、装着武装が解禁となったとき追加することになった。

 あとは、AIを起動し調整するだけなんだが、六歳まで待つことにした。本当は、インテリジェントデバイスについては両親から九歳くらいまで使用しないように勧められたのだが、なんとか説得して小学校入学まで使用開始を早めることに成功した。

 デバイス自体は、フリーズノヴァからデータをとっているので調整は既に終了している。魔力変換資質も、大出力にも問題はない。それに、搭載したカートリッジシステムも問題なく、デバイス自身への影響も、瞬間強化による術者への影響も無視できる程度に軽減されている。使っている内に調整することで問題点も皆無にできそうだった。

 

 最近変わったことは、神社にまた、去年の子狐が姿を現したことだ。七月末のこの時期であることを考えると、夏休みにこの街にやってきたか、戻ってきたかだが、問題はそういうところではない。

 

 子狐が全く成長していなかったのだ。

 

 確かに、動物も人間も子供の時期は可愛いものだが、成長しないとはこれ如何に。

 最近増えてきた霊力により霊視をすると、なんか封印されていた。

 

 ……なるほど、穢れやら祟りってやつですね。わかります。

 

 といっても陰陽師のように退魔や破邪の技術など持ち合わせてはいない。これは本格的に陰陽師として修行する必要があるかな?

 あの子狐が危険というわけではないが、祟や悪霊といった存在が居るならそういう存在に対処する手段は必要だ。

 

 だが、とりあえず今は目の前の子狐をどうするかと言う事だ。

 

 目の前、つまり今僕が持ち上げて向き合っているこの子狐だ。

 

「く、くぅーー!!」

 

 必死に暴れるが逃がしはしない。抱えるように持ち、頭を撫でる。

 

「く、くぅ……」

 

 この一年気功術の扱いについては格段に上達した。近所の猫を捕まえて撫で回しながら研究したものだ。

 

 くくく、我が手から逃れられるものなどもはや存在しない。

 

 子狐は気持ちよさそうに目を細め、体の力を抜いた。

 暴れなくなったので、ゆっくりと座り膝の上に子狐を降ろす。そこからは只管気功無双だった。

 子狐はされるがままだ。

 

 三十分程撫でていると、流石に同じ体勢は疲れてきた。というか落ち着かなくなってきた。通常より遥かに鍛えられているとは言え、未だ五歳児の体では色々と生前に及ばない。

 そっと撫でるのをやめて、蔵からお稲荷さんと幾つかのお菓子を取り出す。お菓子は生菓子で、お稲荷さんは去年のものだ。

 気分的に抵抗はあるが、時間の止まる蔵内部に保管していたので出来たてのような感じだ。

 あの日の翌日、買い物を済ませてお祖母さんに手伝ってもらいお稲荷さんを作った。その中からいくつか拝借し蔵へしまっておいた。

 残念ながら子狐との遭遇はあの一回きりだったので餌付けすることはできなかったが、今日から餌付けを開始する。

 

 子狐の前には稲荷寿司、翠屋のシュークリーム、大福、カステラが並んでいる。生菓子はどれも海鳴の個人的名店で売られていたものだ。

 

 食べ物の香りに釣られたのか、鼻をヒクヒクさせながら目を開ける。目の前にはお供え物。

 

 意外だったのは、稲荷寿司ではなく最初に大福へ向かったことだ。

 眠りから覚めたばかりのためか、伸びをしながら体をほぐし、大福を咥える。しばらく咀嚼していたと思うと、急に動きを止めてゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「っーーー!!」

 

 大福を咥えたままだからか、くぐもった声を上げて前回のように逃げ出してしまった。とりあえず、残りの供物を容器ごと回収する。

 

 そのまま帰ろうと思ったら、少し離れた場所でこちらを伺う視線を感じた。

 目を向けてみると木の影から大福を加えたままの子狐が様子を伺っていた。手を振ってみると驚いたように再び駆け出していった。

 

 ……第二段階(フェイズツー)、状況終了。

 

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

「あら、裕くんいらっしゃい」

 

「こんにちは、桃子さん」

 

 子狐との融和作戦の第二段階(第一段階=標的との接触、第二段階=標的の好物把握)を終え、第三段階(標的の餌付け)に移行した僕は翠屋へやってきた。

 

 翠屋で働くのは基本的に桃子さんだけだ。士郎さんも働いているところを見るが、他にも仕事があるらしく、メインでは働いていないようだった。

 何人かアルバイトも雇っていて、接客はそちらにほとんど任せているらしい。

 ピークのとき以外や、閉店前の数時間は比較的客足も落ち着き、桃子さんが接客に出ることも増える。

 

 僕は基本的にお客さんの少ない時に入店するため、比較的桃子さんが接客してくれる機会が多い。

 まぁ、翠屋開店後すぐから通っているので、覚えてくれているということもあるのだろう。以前旦那さん――士郎さんの連れ子である恭也さんと美由希さんを紹介されたが、四つ、七つ年が離れているので特に遊ぶ機会もなく、よく知った知り合いみたいな感じになっている。

 僕からすれば、精神年齢的に年下なんだが、恭也さんは何か武術をやっているのか目がギラギラしていたので、少し怖かった。

 士郎さんも何かやっているようなので、父親に教わっているのだろう。

 美由希さんは今のところ武術をしているような感じはしない。たまに見かけるときはいつも何か失敗している印象がある。転んだりね。

 

「裕くん、ご注文は?」

 

「シュークリームと紅茶をお願いします」

 

 いつものように窓際の席へ移動し、シュークリームを注文する。頭を使うと糖分が欲しくなるんだよね。

 ブドウ糖を食ってもいいんだが、それじゃあ風情がない。

 

 別に甘いものが好きなわけじゃないよ? ほんとだよ?

 

「お待たせしました。シュークリームと紅茶です」

 

 別の店員さんが注文の品を持ってきてくれる。四人席の一角にシュークリームの甘い香りと、淹れたての紅茶の香りが漂う。

 いつものように、持参した佐藤さん……ではなく、角ブドウ糖?を入れる。

 

 頭を使う時や、運動をしたあとにはよくお世話になる。今日も狐と戯れる前と後に戦闘訓練をしていたので丁度いい。

 

「裕くん、ちょっといいかしら?」

 

「はい?」

 

 桃子さんの声に振り向くと、そこには結衣位の年の女の子が桃子さんに連れられて立っていた。

 桃子さんはシュークリームとジュースの乗ったトレイを片手で持って、もう一方で女の子と手を繋いでいた。

 

「なのはと一緒に居てもらえるかしら? 丁度なのはのおやつにしようと思っていたところなの」

 

「構いませんが……」

 

「ありがとう。なのは、裕くんと一緒にいてね?」

 

「うん」

 

 なのはちゃんは頷くと隣の席にやってきた。

 まだ小さいためか、お店のソファに登ることはできないようで、脇に手を入れて持ち上げてあげる。

 その様子を見ていた桃子さんが、にこにこと笑いながら、なのはちゃんのおやつをテーブルに置いた。

 

 なのはちゃんとはたまにこの翠屋で会う。よく、士郎さんか美由希さんが一緒にいるがなのはちゃんと桃子さんだけの時はたまにこうして一緒におやつを食べる。

 僕自身はおやつとしてよりお菓子という感覚だが、子供におやつは必要で、家の結衣にもホットケーキやパンにおにぎり、たまにシュークリームなんかをあげている。

 

 隣に座ったなのはちゃんはシュークリームを頬張りながら、幸せそうに笑っている。

 

「美味しい?」

 

「うん! おいしい!」

 

 打てば響くような返事を聞きながら、ハンカチを取り出し、頬についたクリームを拭ってあげる。

 シュークリームはまだ子供の口には大きく、よく口の脇からはみ出すのだ。

 なのはちゃんは慣れているのか比較的少ないが、結衣が最初に食べた時は結構ひどかった。顔を赤くして俯いていたが、なかなか可愛らしかったのを覚えている。

 最近は気をつけているのか口の周りにクリームがつくことは滅多にない。

 

「ん……ゆうくん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 なのはちゃんはまだそのあたりの感覚がないみたいで、子供らしく素直に受け入れて、お礼を言ってくれる。このあたりは教育がいいのか素直で礼儀がいい。

 なのはちゃんはもう一人の妹みたいな感じかな。

 家の結衣はやっぱり所々子供らしくない。そこがまた可愛いのだが、子供らしい子供もやはり可愛いものだ。

 

 お礼を言えたことを褒めるように頭を撫でる。擽ったそうに目を細めてわらい、おやつを続ける。

 その様子を見ながら、ゆっくりと紅茶を啜り、のんびりとした時間を過ごした。

 

「はい、お土産のシュークリーム。今度は結衣ちゃんも連れてきてね」

 

「はい。結衣も出歩けるようになったら連れてきます。それじゃあ失礼します」

 

「ええ。気お付けてね」

 

「バイバイ!」

 

「はい。なのはちゃん、またね」

 

 結衣へのお土産を持って翠屋を後にする。結衣は翠屋のシュークリームがお気に入りだ。まぁ、ケーキはまだあまり買って帰ってないので僕のせいかもしれないけどね。

 

 夕食にはまだまだ時間があるし、帰ったら結衣のおやつかな。

 

 

――Side out

 

 

Side Yui――

 

 

 とりあえず、お兄ちゃんがいない時に瞬間移動をやってみた。

 どこでもって言ってたけど、一度行ったことがあるところか、見える範囲にはどこでもいけるけど、一度も行ったことがないところには移動できなかった。

 

 お兄ちゃんはよく翠屋のシュークリームを買ってくる。

 お母さんが家にいた頃はお母さんに色々と注文されて買ってきていた。三歳児にお使いって……って思ったけど、ここから翠屋はそんなに離れていないみたい。

 

 お母さんにはまだ一人で出かけちゃいけないって言われているので、お祖母ちゃんと過ごすか、少し広い庭で遊ぶか、魔法の練習位しかすることがない。

 三歳になればストレージデバイスがもらえるらしいので、それまでに基礎的な魔力制御は身につけておきたい。

 

 それから、お兄ちゃんにおねだりして魔力負荷バンドを作ってもらった。お兄ちゃんは日常的に魔力負荷を掛けるってことを知らなかったみたいだけど、何とか分かってもらえた。

 次の日に出来ていたのには驚いたけど。

 

 子供が付けてても可笑しくない小さなリストバンド。

 設定は三段階変更できるみたいで、第一段階をつけて大体三ヶ月。この前ようやく第二段階に設定が変更された。魔力負荷バンドを貰った最初の頃は立って歩けないくらい体が重くなって、お兄ちゃんが慌てちゃって設定が少し下げられた。

 まだ自分で魔力量を調べることはできないけど、お兄ちゃん曰く、ちゃんと成長しているらしい。

 二段階にしたとき、急に負荷が増してまた倒れそうになったから、簡単に作ったからもう少し考えてみるよっていってた。だからまた、魔力負荷バンドを作っているみたい。

 

 庭で遊んでいると、お兄ちゃんが帰ってきた声が聞こえた。

 多分今日も翠屋のお土産があるんだと思う。胃袋が小さいからか、この時間になるといっつもお腹が減って何か食べたくなるんだけど、それが分かっているように、お兄ちゃんは何かを用意してくれる。

 ホットケーキだったり、おにぎりだったり。

 

 多分今日はシュークリーム。週に一回くらいは翠屋のお菓子がお土産になる。

 他にはお饅頭や羊羹もお祖母ちゃんと一緒に食べてるところを見た。私が寝てると思って二人で食べてることも多い。

 でも子供みたいにおねだりするのは精神年齢的に恥ずかしいから、お菓子の香りで起きても寝たふりを続けてる。そのまま寝ちゃうんだけどね。

 

 出かけられるようになったら真っ先に翠屋へ行きたい。お母さんに連れられて出かけるところは公園とか動き回れる場所ばかりだったから、翠屋はまだ行ったことがない。

 

「ただいま~。結衣~?」

 

「お帰り! お兄ちゃん!」

 

 なのはちゃんももう動き回れるようになってると思うし、そろそろ会ってみたいな。

 

 

――Side out


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