李餡は背中から血飛沫をまき散らしながら四枚の白い翼を生やした。それは以前のものよりも一回り大きい。
「さぁ、パーティーの始まりよ」
そう言うとヒートカッターのスイッチを押し込んで光刃を展開する。秋翠も身構えてカッターを起動しながら「鈴仙はその子を連れて永遠亭に!」と叫ぶ。
「そうよ! 逃げなさい、こいつらを殺したら一緒に楽しく追いかけっこをしましょう! れいせんっ!」
李餡は血濡れの翼を使い飛び上がると、ヒートカッターを構える敵へと切りかかる。秋翠が攻撃を刃で受け止めるとバリバリと音を立ててカッターが更に眩しく光る。次第に力で押し負け秋翠は後ろへ吹き飛ばされた。
「雑魚めっ!!」
李餡は初撃と同じように飛び上がって袈裟斬りを放つが、緋燕が射撃体勢に入るのを確認すると翼を使って飛び上がり、攻撃を中断する。
「武器は置いていくわ」
鈴仙はヒートカッターだけを手元に残し、持っていた装備を全て置いて獄猫の元へ急ぐ。だいぶ弱った獄猫は動くことは無く、地面に突っ伏していた。鈴仙は「まだ死ぬには早いわ」と肩の痛みに耐えつつ物言わぬ獄猫を背負って永遠亭の方向へ向かう。怖いから逃げるのではない、今できる最善が怪我人を連れて逃げることだと、自分に言い聞かせた。
「借りるよ!」
彗青は鈴仙が置いていった装備一式を手に取り、戦いに加担する。
「三対一でも私は余裕よ!」
李餡は手に持っていたヒートカッターを彗青めがけて投げると、真っ直ぐ彗青の頭めがけて飛ぶ。彼女は反応が遅れ何もできずにいる。
「シールドでっ!!」
すかさず彗青の前に出た緋燕が電磁フィールド発生器(シールド)でカッターを跳ね飛ばす。跳んだ棒は回転し、光の円を描きながら竹林の中に消えていった。
「みんな、今が潮時だよ!」
ヒートカッターを失った李餡に残されたのは翼だけで、脅威となる武装がない。緋燕はレーザーライフルの照準を翼のキメラに合わせ、引き金を絞る。しかし銃口から流れた光の筋は不規則に曲がり、最後にはブーメランと化した。光線は緋燕の顔の横を通り、消え去る。
「私に武器がなくてもあなた達のそれはいつでも操作出来ることを忘れたの?」
緋燕は唖然として武器を落とした。レーザーもルナティックウェーブによって軌道を制御している。従ってルナティックウェーブを自由自在にコントロール出来る李餡には月の兵器は全くの無意味なのだ。
「ルナティックウェーブ……一体何なの」
「だったらこれで!」
彗青はグレネードランチャーを構えて撃つ。だが弾の速度が遅く放物線を描くこの擲弾銃を命中させることは難しい。当然の如く射撃は回避される。
「レーザーライフルを使わないと勝てないわよ」
李餡は自分でもいだ翼がある場所へ着地すると一度取り損ねた二丁の銃を彼女はようやく手にした。彼女はそれらをこれ見よがしに両手に構える。レーザーライフルより一回り大きい得物は見る者を圧巻し、先端の巨大な砲口はそれだけで戦意喪失させるくらいだ。
「バスターメガキャノンだって!?」
緋燕が李餡の持つ二つの銃を見るなり目を見開いて驚愕する。彗青が「何それ?」と問いかけると緋燕はいつも通りの反応で武器の解説を始める。
「携行できるビーム兵器の中で一番広範囲に攻撃できるやつだよ。それが二つもだなんて……」
「よくご存じで……と言っても知ってるのが当たり前よね」
「それでなすすべもない私達を一方的に焼き払うと」
秋翠が素っ気なく言うと李餡はクスッと笑うとバスターメガキャノンのグリップ付近の出力メーターを最低値にする。
「その気になったら抵抗する癖に」
銃をプラプラと振って余裕そうな素振りを見せる李餡。一息つくと彼女は鋭い眼差しで三人を貫く。
「来なさい、三人まとめて仕留めてあげる」
そう言うと翼を振り上げて空へと羽ばたく。強烈な風が土煙を巻き起こし、三人は怯む。空に上がった李餡は二丁のバスターメガキャノンを真下へ向けて撃つ。滝のようにビームが流れ、三人はそれを回避しながら散った。この一回の射撃で永遠亭の敷地一つ分の竹林が焼け野原と化す。
「言うほど広くないわね」
彗青が背後の竹林のクレーターを見ながら呟く。そうしている間に李餡に正面を取られてしまう。
「どこを見ているの? 私はここよ!」
キャノンの砲口が自身に向いていると気づいた彗青はすぐさま電磁シールドを展開して防御体制に入る。二つの黒い穴から眩い光が走った。そこから放たれたエネルギーは先ほどのものより高出力でシールドではカバーしきれておらず、跳ね飛ばされたビームが竹林を燃やす。
「出力がダンチなんだよ!」
その叫び声を合図に李餡は引き金を更に強く引く。ビームはより太くなり、勢いを増す。
「防ぎきれない!」
彗青のシールドが破られる寸前、李餡の背後から秋翠がヒートカッターを勢いよく振る。気づいて李餡は射撃を止め、避けようとするが間に合わずキャノンを両断される。切り口から電気が走り、銃は爆発寸前だった。
「何だと!」
銃を捨てて丸腰になった李餡は急降下をし、竹林に消える。二人の間に緋燕が加わり「みんなで固まらないとやられるよ」と戒めるように言う。それに秋翠と彗青は首を縦に振って了解の合図とした。三人は急いで敵の後を追う。
***
遠くから聞こえる凄まじいビームの音、少女の怒鳴り声。その音は自分を逃がして戦ってくれている仲間の唯一の生存証明。それらが聞こえる限りはまだ彼女らが負けていないとわかるので鈴仙は正気でいられた。
いつもならすぐ止まるはずの血は今だ流れており、一歩一歩と歩くたびに鈴仙の意識を朦朧とさせる。その上獄猫を背負っているから体力の低下も著しい。
(このままじゃ、永遠亭まで持たない……)
自分だけ逃げたままなのはもう嫌だ。その気持ちが鈴仙の体を動かした。
「もう……いい」
目を覚ました獄猫が鈴仙の背から無理矢理降りようとする。お陰で鈴仙はバランスを崩して獄猫共々、地面に倒れてしまう。その際に二人は小さくうめいた。鈴仙は失血によって立ち上がる気力が失われていた。獄猫はそんな彼女を放っておき、おぼつかない足取りで踵を返して歩き始めた。
「待って……獄……びょう……」
赤い瞳に背を向けて立ち去る兎を移して鈴仙は手を伸ばす。次第に視界は暗くなり、鈴の音が微かに耳に入る。甘い音(ね)が意識を徐々に奪っていき、闇に溶けた。次に目が覚めた時、鈴仙は永遠亭の自室で仰向けになっていた。
「目が覚めた?」
どこからか聞こえた永琳の声に鈴仙は「はい……」と短く答える。その二秒後、鈴仙は獄猫のことを思い出して掛け布団を跳ね除けながら勢いよく起き上がる。激しく動いたが肩に痛みは無かった。永琳が完全に治してくれたのだろうと鈴仙は考えた。
「戦場へ行くのね」
永琳が血濡れの穴あきブレザーをたたみながら訊く。
「みんなが待っているので」
鈴仙はうなずきながら答えた。布団から出て予備のブレザーを羽織る。
「行ってきます」
鈴仙はそう言い残して永遠亭を飛び出した。
***
白い粒が降る灰色の空で四人の玉兎がもつれ合っている。高度が高く、天候が天候なため下の様子はほとんど見えない。
「あははははは! この程度かい?」
李餡は羽毛をばら撒きながら弾幕を張る彗青に接近し、その腹部に横蹴りをお見舞いする。厳しい訓練で痛みには多少慣れていたつもりでも李餡の勢いのついた蹴りは格が違った。彗青は後ろに吹き飛ばされて咳き込む。
「よくもやったな!!」
緋燕は実弾兵器の片手バルカンを李餡目掛けて撃つが華麗に躱(かわ)される。そこに秋翠が背後からヒートカッターで李餡の首を狙うが翼の羽ばたきで起こる風で妨げられる。
「もっと本気を出しなさいよ、これは命のやり取りなのよ」
そう言って振り向きざまに翼で背後にいた秋翠を殴打すると何かが折れるような音が響いた。
「うぐっ……」
秋翠は小さく呻き、そのままゆっくりと大地へ落ちていく。彗青が落下する玉兎の名を叫んで助けに行こうとするのを李餡は逃さない。即座にヒートカッター取り出して刃を展開すると、それに回転をかけながら彗青の手前に向かって投げる。刃はそこに獲物が来ることを知っていたかの如く、彗青へ真っ直ぐ飛ぶ。
「危ない!!」
緋燕が危険を察知し、すぐさま彗青へ向かう。そして縦になるようにして前に出るとヒートカッターの軌道を変えるためバルカンを掃射する。放たれたいくつかの弾丸が柄の部分に命中し、角度が変わる。軌道が逸れたか思った次の瞬間、光刃は蛇の様にうねり、緋燕の持つバルカンを切り裂く。真っ二つにわかれた銃は爆発し、所持者の腕を木っ端微塵にする。
「くっ……」
激しい痛みに緋燕は叫ぶことも出来なかった。その上破片が足を擦り、胴へ突き刺さるため痛覚は至る所へ跳ね回る。李餡は苦しむ緋燕を見てクスクスと小さく笑いながらヒートカッターを回収する。
「緋燕!!」
彗青は止まって、緋燕へと振り向く。彼女はどちらへ行こうか迷い、その場でうろたえる。
「早く秋翠の所へ行け!」
今までにない激しい、雷を落とすような口調で緋燕は怒鳴る。彗青はたじろぎながらも落ちる秋翠を追い、降下した。その様子を後目で確認すると緋燕はボタボタと赤い滝が流れる右肩を抑える。
「もう死ぬ気?」
李餡が踏みつぶした瀕死の蟻(あり)でも眺めるような残酷な目つきで言う。すると緋燕は相手の方へ向いて二っと笑い「そのつもりはない」と残された左手で銃を作り出す。
「あっそう」
独特な銃声が鳴り響き、秋翠を介抱する彗青は空を見上げた。親友が独り自分達のために戦っていると思うと胸が苦しくなり、居ても立っても居られなくなる。どうしようもない状況にむずむずしていると秋翠が目を覚ます。
「秋翠、大丈夫……なわけないか。すごい音したもんね」
「大丈夫、これが割れただけだから」
そう言ってブレザーを脱いでみせるとそこには潰されてへこんだ短機関銃があった。彗青はひどくホッとする。秋翠は起き上がりながら「緋燕は?」と訊くと彗青はハッとして空を見上げた。この瞬間も彼女はまだ一人で怪物と対峙している。その様子から状況を悟った秋翠は「早く行かないと」と天を仰ぐ兎の手を握る。
「これが欲しいのでしょ?」
突然、空から声が聞こえる。それと同時に二人の前に緋燕がゴミを捨てるように投げ込まれた。右腕が無く、ヘアゴムも外れており髪が下ろされていた。彗青は叫ぶ間もなくぐったりと横たわる緋燕へと走り寄る。
「ねぇ、起きてよ緋燕!」
彗青が呼びかけながら体を揺さぶるが緋燕は全く反応を示さない。その体はひどく冷たかった。
「全く面白みのない奴だよこいつは。だから殺した」
李餡が腕を組みながら降りてきた。その表情はまるで鉄仮面でも被ったかのようだった。
「そんな……」
「噓だと言ってよ緋燕! 死んじゃいや!」
冷たい体にすがりついて泣き叫ぶ彗青、地面に手をついて落胆する秋翠。襲い掛かる絶望という名の弾丸は二人の心に風穴を開けた。
「こうなりたくなければ私に素直に従うことね」
「どうしてよ……」
彗青がボソッと呟く。李餡は聞き取れなかったため「何だって?」と垂れ下がっていた兎の白い耳を上に上げる。
「どうして!」
その瞬間、緋燕が腰に下げていた拳銃を抜き、憎き敵へと乱射する。李餡は回避行動をせずにその場で立ち尽くす。涙で前がよく見えない彗青の射撃は粗末なものであったが何発かは命中していた。
弾が切れても彗青は引き金を引き続けた。カチッカチッと言う音が辺りに響く。生きる的の李餡は体の至る所から血を流していたが痛くも痒(かゆ)くもないといった様子だった。
「気は済んだかしら」
彗青はまた泣いた。今度はどうにもならない現実にすすり泣いていた。対して秋翠は悲しみより怒りの方が強かった。おもむろに立ち上がり握りこぶしを固める。
「何が“気は済んだ”だ! そんなので許されると思っているのか!」
凄まじい気迫で李餡を睨みつけると秋翠は武器も持たずに殴りかかる。強く握った拳は目標へと突き進み鉄仮面の左の頬にめり込む。右を向いた李餡は視線だけを秋翠に向けた。
「無計画に突っ込んでも何も変えられないわ。そんなのだから自分を変えられないのよ」
そう言って不敵に微笑むと自らへと伸びる秋翠の細腕を払いのけ、ヒートカッターを取り出すとそれを振りながら光刃を展開する。秋翠は李餡のカッターを振る速度を操り攻撃を避ける。
「変えられないのはお前の方だ! いつまでも復讐ばかりで!」
李餡は自分の動く速度が遅いことに気づいても動揺せずに刃を振り続ける。だが如何(いかん)せん彼女の斬撃はかすりもしない。
「これは復讐ではない、救済だ。素直にそれを受け入れる気になったなら死んだアイツも助けてやろう」
「そんなウソを誰が信じるか!」
秋翠もスカートのポケットに隠していたヒートカッターで応戦をする。
「ほら、そうやって避けてばかりで刃を交えようとしない。逃げてんだよあなたは!」
いくら動きが遅くても形は一流のものだ。油断はできないため秋翠は一つ一つ慎重に躱(かわ)していた。対する李餡は先程までの余裕は無くなり、まるで自分だけ水中にいるような感覚にもどかしさを覚えていた。
「もう私は逃げない。自分を捨てて仲間を守るのも生きる意味になるってわかったから!」
秋翠はヒートカッターで李餡の体に幾つもの傷をつける。その度に肉の焼ける音が響く。いいようにされてついに怒りの沸点に達した李餡は手加減で封印していたウェーブコントローラーを使うことを決心する。
「ならばその命散らして、仲間の血肉となれば?」
そう言うと突きの構えを取り、秋翠の頭めがけてヒートカッターを前に押し出す。
「刺し違えてでも!」
秋翠は体を落として突きを避け、李餡と同じ技で止めを刺そうとしたその時だった。相対する二人が持つカッターの刃はどちらも“くの字”に曲がって切っ先が秋翠の体を突き抜けていた。
「すごい、すごいよォ!!! ウェーブコントローラー無敵なり!!」
そう叫んだのを合図に光刃は縫い針が布を縫うかの如くに秋翠の体を這いまわる。彼女は瞬く間に蜂の巣となった。刃が縮むと秋翠は地面に突っ伏して動かなくなる。それは余りにも急で静かだったため彗青が気づいたころには魂のない空っぽの肉体になっていた。
「そんな……秋翠まで私を置いてくの?」
「さっさと私に従っていればよかったの。あなたも死にたくなければ大人しくしていなさい」
彗青は体を震わせると天に向かって大きく叫んだ。李餡はついにとち狂ったか、と気にせずに踵を返すと目の前にヒートカッターを構える獄猫が立っていた。多少は驚いたが最後のチャンスを与えるために近寄ると視界いっぱいに光が差し込んだ。その瞬間、ヒートカッターが自らを貫こうとしていると気づいたが遅く、頭にぽっかり大穴があけられる。
「ふ、ざ、け、る、な……」
李餡は辛うじて残った口でそう言うとばたりと膝をついた状態で静止する。叫び疲れた彗青がその状況を見て、理解するのには少し時間がかかった。
「コイツはあなたの恩人じゃないの?」
「私の知っている李餡は翼も生えていなければ、こんなひどいことはしない。それよりもコイツはこの程度では死なない」
獄猫は石像のように微動だにしない李餡を見て言った。顔からは煙が伸びており、口だけの顔は異形の異星人を彷彿とさせる。
「みじん切りにでもする?」
彗青が訊くと獄猫は「そうしよう」と頷きながら答える。焼けた頭とともにウェーブコントローラーも蒸発しているため、その驚異的なアイテムは使えない。よってヒートカッターやビーム兵器も安心して使える。
「やるぞ……」
そう言うと獄猫はヒートカッターを振り上げる。彗青も横で刃を振ろうとしていた。だが肝心の獄猫には迷いがあった。李餡を見るたび昔の優しい笑顔が脳裏に浮かぶため、その手を振り下ろすことが出来ないのだ。どうこうしているうちに切断面から再生が始まってしまった。危機を覚えた彗青はヒートカッターを両手で強く握る。
「やらないなら私がやる!」
獄猫は頭を振り、頭に浮かぶ煩悩を振り払い「私にやらせて!」と叫んでカッターで李餡を両断しようとする。だがすんでの所で刃は止まる。李餡に腕を掴まれて、阻まれていたからだ。余りにも強く握られ、獄猫は痛みでヒートカッターを手放す。
「早く李餡を殺せ!」
彗青が刃を振ろうとすると顔のない李餡は盾を作るために無理矢理獄猫の手を引っ張り、彗青の前に立たせる。
「で、できない!」
彗青はヒートカッターを野球のバッターのように持ったままうろたえていた。
「助けてやった恩を何度もあだで返すとは、悪い子め」
その声はまるで悪魔にでも取りつかれたかのような低い声で二人をゾクリとさせる。李餡の頭部は急速に再生されており、すでに頭蓋骨が形成されて筋肉を直している最中だった。普段ならその気色悪い様に戻していたかもしれない彗青達だったがそんな暇がないほど焦っていた。
「私なんてどうなっていい、早く!!」
「ええい、もうどうにでも……」
彗青が腕を振ったその時、獄猫の肩からおぞましい何かが顔を覗かせる。それは不気味に笑っていた。玉兎とは思えないくらい強いプレッシャーを周囲に放ち、見る者を石のようにしてしまうメデューサだった。
「再生は完了したわ。あんたにもう用はない」
李餡は掴んでいた獄猫の右腕を怪力に任せてねじ切った。血を流し苦痛の叫びをあげる獄猫を乱雑に投げ捨てると白い翼を大きく広げて飛び上がる。
「みじめに死んだ仲間の仇を撃ちたければ来なさい」
彗青は分かりやすい挑発に乗って李餡を追い上空へと飛ぶ。まるで来ることをわかっていたかのように李餡は相手を待ち構えていた。
「あんただけは絶対に許さない!」
今までにない、もの凄い眼力を李餡に送るが彼女はものともせず「許してほしいとも思ってないわ」と笑みを浮かべながら言う。彗青はカッとなりつい飛びかかりそうになったが抑えた。自分を守るために命を張った仲間の死を無駄にしてはいけないと心に誓っていたからだ。
「私を殺すんじゃないのかい?」
「あんたを殺してもみんなは戻って来ないよ……だけど、それなりの裁きは受けてもらう!」
「あなたじゃ私は裁けない」
「ええ、そうね。私“一人”だったらね」
李餡が眉をひそめると突然視界が暗転し、動揺を見せる。その瞬間に何者かに両手と左右の翼をヒートカッターで切り取られる。暗黒の中、李餡は相手にいいようにされて叫び、激昂する。
「誰だ!! 彗青か!?」
「もう容赦はしないわよ!」
その声を聞いて李餡ははっとしてその者の名を呼んだ。
「れいせぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」
その咆哮にも似た叫びと共に李餡は翼以外の、消えた体の部位を一瞬で再生させる。鈴仙はヒートカッターの出力を最大にして太い光刃を形成させると盲目の李餡に切りかかる。だが刃は空を切った。
「避けた? 今は見えないはず!」
「目が無くても私には生物の多様な遺伝子がある。音や音波で周囲の様子はわかるんだよ」
李餡がそう言いながら彗青に接近して、カッターを振りかざして裂こうとする。突然のことに対応できず、彗青は目をつむるがいつまで経っても自信に刃が通らない。
「世話が焼けるんだから……」
心が落ち着くような懐かしい声がして彗青は瞳を開く。そこには李餡のカッターをシールドで受け止める緋燕の姿があった。死んだはずの親友がいることに彗青の心の中は驚きと喜びがせめぎ合い言葉が出なかった。
「緋燕……生きて……」
「一筋縄ではいかないか」
李餡は一旦距離を置いた後に竹林の中へと姿を消した。それと入れ替わるようにして鈴仙が二人の前に現れる。
「また逃げられた!」
彗青が拳を握り、唇を噛んだ。鈴仙が緋燕を見るなり「永遠亭に行って」と催促するが片腕の玉兎は首を横に振る。
「このくらい大丈夫だよ。それと秋翠と獄猫(あのこ)は通りがかりの兎に任せたから」
「秋翠にも何かあったの?」
「後で話すよ。それよりも今は……」
三人は眼下に広がる迷いの竹林を見る。雪が降り積もり一面、白銀に染まっていた。その裏で怪しい人影が二つ、彼女らを傍観していた。
「彼女らなら大丈夫ね。任務は終了よ」
傘を指している少女、八雲紫がそう言って移動用のスキマを作り出すと「え? もういいの?」ともう一人の少女、博麗霊夢があっけにとられた表情をする。これからが正念場だというのに帰ってしまう紫の行動がよくわからなかったのだ。
「ああ見えて敵は再生によって大量のエネルギーを消費している。いずれ力尽きるわ」
霊夢は「ふーん」と相槌を打つと思いだしたかのように紫に質問を投げかける。
「そういえばアンタ一人でも監視くらいならできたでしょ。なんでよ?」
「これも修行の一環ですわ」
紫は小さく笑うとスキマの中に姿を消してしまった。霊夢も同じようにして笑うと神社の方向へ飛び去って行く。
次回予告
憎しみが争いを呼ぶのなら、愛は平和を呼ぶのだろうか?
宇宙から降りてきた戦いは元の場所へ還さねばならない。そのために少女たちは悲しみを拭い、立ち上がる。
次回 月兎大亡命 最終話『宇宙へ還る』