『ソードアート・オンライン。
VRMMORPGである本作は完全なる仮想世界を構築するゲーム機、ナーヴギアを装着して体験できる全く新しい歴史を変えるとも言われるゲームです!
本日より千人のみのβテストが始まります!
ベータテスターに当たったラッキーな皆さん、楽しい一ヶ月を!』
朝のゆったりした時間の流れるリビングにはフライパンで卵を焼く音としっかり通る声ではきはきと一日の情報を伝える女性経営者アナウンサーの声
最近のテレビはSAOの話題で持ちきりだ。なんせ従来のゲームは全てプレイヤーがゲームの中の分身を操るものでありそこにはしっかりとした線引きがあった。しかしSAOはプレイヤーの意識そのものをゲームに送りまるで実際に自分の体を動かしているかのように感じさせる。そのことに世界中のゲーマーは歓喜しその発売を今か今かと待ち望んでいるだろう。
そしてβテスター達は一足先に仮想空間を味わうことが出来るため今日という日を興奮し過ぎて寝れなかった人も多いに違いない。
そう未だに起きてこないあの姉妹達のように
「早く起きろ、いくら土曜日とはいえだらけるな」
「むぅ~……後5分…」
「私も…もう少し…」
「ならお前達のナーヴギアをブっ壊す」
「「おはようございます」」
俺が日本で暮らし初めてもうすぐ4年―――つまり物語が始まるSAO本サービスまであと数ヶ月―――が経とうとしていた。そしてその間に変わったことと言えば
「お兄さん塩取って」
「私はソース」
「OK」
木綿季と藍子がこの家にいることだろう
:
最初に出会った日から彼女達は毎日何らかの形で俺の日常に関わりがあった。
あるときはまだこのあたりの地理に疎い俺を案内してくれたり
あるときはご飯に呼ばれたり
あるときは一緒に買い物したり
はじめはその強引さや行動力にイラッとしたこともなかったわけではない。けれどそれはいつしか感じなくなり、彼女らと関わることが俺の生活の一部になっていた。
しかしある日ふと考えてしまった。
このまま何もなければ彼女達はどうなるのか。今はまだAIDSを発症していないがそれは近い未来、確実に起こることで、そして彼女達はいなくなってしまうのだろう。
この世界からも、俺の世界からも。
その事を恐ろしいと感じた。
『前』の知識からこの感情が『恐怖』とは知っていたがこの人生では感じたことがなかった。そしてもう一度味わいたいとは思わなかった。
そうして俺は決めた。彼女達を失わないためにも俺が出来る最善のことをしようと。
「いいかゲームをするのはいいが昼食は抜くなよ」
「「はーい」」
そう言って早くゲームがしたくて間の抜けた返事をするこの二人。そんな彼女達に内心ため息をつきながら横浜港北総合病院へと向かった。
:
「おはようございます。倉橋さん」
「やぁ、おはようヴァサゴ君」
この4年で俺は高卒認定試験を受け、現在はとある大学の医学部に通っている。そして俺が入った感染症についての研究をしているゼミにいたのが当時6回生だった倉橋先輩だった。彼もHIVウイルスについて研究しており、すでにウイルスの毒性を低下させる程の薬を完成させていた。そこで俺の持ち合わせている『前』の知識を使い、彼が卒業した後も研究を重ね、臨床段階まで持ってこれた。
そして今は臨床試験を受けてもらっている患者の元に向かっている
「体調はどうですか」
「おお、ヴァサゴ君か、今日はいつもより食欲もあってね。随分調子がいいんだ」
「だからって食べ過ぎないでくださいね、あなた」
木綿季達の両親は半年前にAIDSを発症し現在この病院に入院している。その時臨床試験の話を持ちかけ、快く承諾してもらった。
薬も問題なく作用して先月から週3回の面談と月に一度外泊の許可が降りるまで回復した
「HIVの数も活動もだいぶ収まっていますね。この調子ならもうすぐ退院も出来ますよ」
「ありがとうございます、倉橋先生」
「いえいえ、礼ならヴァサゴ君に言ってください。この薬を開発したのは彼ですので」
「いや俺は倉橋先輩の作ったものに少し手を加えただけですよ。あなたの謙虚さは美徳ですが過ぎるのは嫌みになります、礼は素直に受け取っておいた方が賢明ですよ」
そうか、なら受け取っておくよ。
ため息をつきながらやれやれと言った風に肩をすくめた。
「そういえばあの子達は大丈夫ですか、迷惑をかけていませんか、特に木綿季のほうは」
そういうお母さんの顔には少し不安の色が浮かんでいる。
この楽観主義の母親に毎日このことを聞かれるあたり本当にあの子達を大事にしていると思う。
確かに木綿季は好奇心が強く目を離した隙にどこかに行ってしまいそうで不安になるがそこはブレーキ役の藍子が木綿季をしっかり止めてくれる。
「むしろ手伝いをしてくれて助かっていますよ」
この前トマトを切って真っ赤になっていたのは血の気が引いたが。
「それと今日からSAOのβテストが開始したらしくてですね、今頃世界最新のゲームを楽しんでると思いますよ。『お父さんお母さんにも自慢してやるんだー』って」
「そういえばこの前来たときにそんな話を興奮しながら教えてくれてたわあの子達」
思い返すと木綿季はともかくあの藍子まで興奮していたからな。
「確か君も興味があったんじゃないか?よく調べてたじゃないか」
そう実は俺もβテストには応募していたのだ。今では今の生活に十分満足しているし以前ではこの世界を『物語』として見ている節があったが今ではそんなこともないし、SAOがデスゲームになることぐらいで細かい部分はよく覚えていない。
けれどやはり従来のゲームを過去のものにしてしまう程の代物には興味がある。
「まぁ落選してしまいましたが…まぁ本サービスまで我慢しますよ。先輩もどうですか?」
「確かに興味はあるけどボクはRPGものが苦手でね、何か他のものが出れば手を出そうかなぁ」
そこから話題はSAOにうつり4人で他愛もない会話が続いた
:
「ただいmうぐっ「ねぇねぇ、聞いてよ!すっごいよ!SAO!!あのねうんとね…とりあえずすごいの!!!」…木綿季、少し落ち着け」
よほど楽しかったのか急に飛び込んできた目を大きく見開いて効果音があればキラキラとついてしまいそうなぐらい興奮した木綿季を落ち着かせる。いつの間にか近くにいた藍子も目をキラキラさせている。
ゆっくり話を聞くためにリビングでコーヒーとオレンジジュースを用意して話を聞く。
「ボク別の世界に迷い込んじゃったのかな、って本気でそう思っちゃうぐらいでね」
「しかも本当に自分の体を動かしているような感覚だったわ」
「そうそう、しかもソードスキルっていう必殺技がねこう…ぶわぁー…いやズバーンかな?」
「それ、よく伝わってないと思うけど…」
二人とも必死にあの世界のすごさを教え様としているがいかんせんあの世界を表す言葉が見つからないらしい。
確かに仮想現実なんて全く新しいものだからそれをまだ13才の中学1年生には難しいのだろう。
唯一あの世界を表す言葉としたら…
「『これはゲームであっても、遊びではない』」
藍子がこれしかないといったウンウンと頷いている。しかし木綿季はピンと来ていない様子で
「えっと…何の言葉だっけ?」
「開発者の茅場彰彦がインタビューで言った言葉よ。あの世界を表すとしたらこれしか思いつかなかったわ。あれはもう一つの現実みたいなものだから」
「確かに!」
:
『あの世界はもう一つの現実』
その通りなのだろう。あの世界では全ての事象が現実と何ら遜色ない。
自然も
物も
人も
感情も
そして―――
『死』でさえも。
それが彼―――茅場彰彦の望む世界であり、
夢であり、
紛れもない現実だから。