──わかってはいた。
自分には“個性”がない。どれだけのガジェットに身を包んでも、どれだけ筋肉の鎧を着込もうと。
絶対的な武器が足りない。力が足りない。
プロのトップであるオールマイトに諭されるまでもなく、自分がヒーローになることがどだい無理なことなど理解していた。
見ないようにはしたくなかった。
“もしかしたら”と周囲に思わせる程度には強くなったつもりだった。
“でも”。“やっぱり”。“だから”。“仕方ない”。
いくつもの言い訳の枕詞が浮かび、その都度それらを脳内で拳を振るって打ち消していく。
絶望と諦観と、その他諸々感情の入り交じった複雑な感覚。
けれど人混みを観た瞬間、俺の足は自然とそちらに向かっていた。
──おいおいまたヒーロー観察か? 惨めになるだけだぞ──
そう自分自身が問いかけてくるが、足は止まることがない。
虚しくなるだけだというのに……。
が、人混みの中心で暴れている
それは紛れもなくさきほどオールマイトと回収したはずの泥型
(オールマイトが落とした…!? 違う……! 俺があんなタイミングでしがみついたからっっ……!!!)
「最悪だ、くそッッ!!」
胸を占めるのは後悔。あのとき自分が余計なことをしなければ、オールマイトは正体を晒すこともなく、
「ヒーロー何で棒立ちィ?」
「女子中学生が捕まってんだと」
(最悪の二乗だ……! あれを普通の人間がやられてんのかよ!!)
呼吸を止められるというのはイメージ以上に苦痛を伴う。吸うことも吐くこともできない極限の状況。無酸素状態はあっというまに冷静な思考と判断力を奪っていきやがて恐怖だけが心中を支配する。
俺はそうなる前に脱出できたからいいが、少なくとも今捕まっている女の子はもう恐怖でいっぱいのはずだ。
そうして群衆が騒ぐなか、俺は悔しさに拳を血が出るほどに握りしめながら、不意に人混みの切れ間から捕まっている女子中学生の姿が見えた。
泥に絡み付かれ乱れた制服。見覚えのある金髪のショートカット。生意気な視線をいつも向けてくる愛らしい瞳──その瞳が、間違いなくこう言っていた。
──たすけて──
「オオオオオオォォォォォッッッッ!!!」
気がつけば叫んでいた。気がつけば飛び出していた。俺を抑えようとした警官を、ヒーロをなぎ倒して俺は泥型
「馬鹿ヤロー!!! 止まれ!! 止まれ!!」
突き飛ばしたプロヒーローデステゴロが叫ぶが、そんなわけにはいかない。
そうだ、そうだとも。
オールマイトのようになりたいとか。
俺も誰かを救う立派なヒーローになりたいとか。
そんなことはどうでもいいんだ。
俺がはじめにヒーローになろうとしたのは。
あのとき、落ちる君を助けたとき。
「──君が、救けを求める顔をしていたからだ!!」
「もう少しなんだから、邪魔するなあ!!!」
泥型
「……ガッ!」
「……!」
普段の加減されたものではない。本気の爆破。さすがに痛い。でも今にも泣きそうな顔をしたかっちゃんの前で痛い素振りなど見せない。彼女が気にすることではないからだ。
「……掴まえた!!」
俺は紛れもないかっちゃんの腕をその手に掴み、睨む泥型
「誰に断って! その娘の口を塞いでんだあぁぁぁぁあ!!!」
捕らえられたかっちゃんを思いきり引き寄せ、俺はありったけの力を込めて振り回す。
泥型
「
俺は遠心力で泥型
俺は自身の動きが制限されない内に車へと体当たりするが、その程度では泥型
「これで! さっきみたいなのはできないだろう!!」
残念、判断ミスだ。
俺は首に集中した分動かす余裕のある右腕で、ガソリンを漏らす車の給油タンクへと100円ライターをかざす。
それに気づいて、多くの人間の表情が凍りついた。
即座に動き、野次馬を避難させようとするプロヒーロー。悲鳴をあげそうな表情のかっちゃん。
──そして、俺の親指がライターを点火するよりも早く、誰よりも頼りがいのある男の腕がその動作を止めていた。
「君を諭しておいて……己が実践しないなんて!!」
現れたオールマイトが血を吐きながら拳を振り上げる。
「プロはいつだって命懸け!!!!!!!! DETROIT……SMASH!!!」
地面へと向けて叩きつけられた拳の衝撃波は泥型
──やがて、静けさと共に雨が降り始めた。
オールマイトの拳によって起きた上昇気流による急激なスコール。右手一本で天気すら変えてのける。
野次馬らの歓声を聞きながら、俺は憧れの勇姿を目に焼き付けていた。
◇▫️◇▫️◇▫️◇▫️◇
あの後、散った泥型
俺はヒーロー達に本気で怒られた。デステゴロに至っては思わず俺を殴ったほどだった。
『君が危険を冒す必要は全くなかったんだ!!』
至極ごもっとも。
だが、あそこで“動かない”という選択肢がありえない以上俺の行動は決まっていた。“死ぬつもり”だったのかとも言われたが、俺はあの程度で死ぬつもりは全くなかった。むしろあれを引き剥がすにはそれくらいしなくては無理だろうと適切な判断をしたつもりだったのだが、それが伝わったのはどうやらオールマイトだけだったらしい。
ちなみにかっちゃんは他のヒーロー達に称賛されていた。美人だし可愛いしタフだし“個性”も強力。今からでもデビューしていいんじゃないかと思うんだが、それはさすがに気が早いとアピールを途中で止められた。なぜだ。
「あ、オールマイトにお礼言うの忘れた」
後で公式ホームページからメッセしてみるか。
「デク!!」
そんなことを考えていると、目元を真っ赤にしながらいつもの五割増しの迫力でこちらを睨むかっちゃんが後ろに立っていた。
「オレは……! てめェに救けを求めてなんかいねェ……! 救けられてもねえ!! あ!? なあ!? 一人でやれたんだ!! 無個性の出来損ないが見下しやがって……!! オレを見下すなクソナード!!」
自分自身何が言いたいのかまとまっていないのか、彼女はそう言うだけ言ってさっさと方向転換し消えていった。少々心配だが、さすがに一日に二度も
だがまあ、これで決定的に嫌われたかな。それでもいい。何かあったときに、手を伸ばせる距離にさえいればいいさ。
「私が来た!!!!」
「うおあっ!?」
かっちゃんの後ろ姿を見送って振り向くと、今度はなんとオールマイトが突然曲がり角から現れた。名乗ってはくれたが驚くって。
「オ、オールマイト、何でここに!?」
さきほどまで取材陣に囲まれていたというのに何というフットワークの軽さだろう。いや、痩せた状態を見られないためか。
「HAHAHA! 取材陣を抜けるくらいワケないさ! 何故なら私はオールマゲボォッッ!!」
吐血しながら痩せた状態へと変身するオールマイト。いや、無理をしているというならばむしろこちらが今の本当の姿なのか。
俺はオールマイトが何故わざわざ自分の前にやって来たのか理解できず立ち竦んでいた。
いや、恐らくは念を押しに来たのだろう。周囲曰くとんでもない無茶までするのが自分だ。何をきっかけに彼の正体をバラまくかわからないと思われても仕方がない。
だがオールマイトの口から出たのは予想外の言葉だった。
「少年。礼と訂正……そして提案をしに来たんだ」
俺はオールマイトの言っている意味が理解できなかった。叱責と確認。それを覚悟していただけに、彼に礼を言われるなど想いもよらなかったのだ。
「君がいなければ……君の身の上を聞いていなければ! 口先だけのニセ筋となるところだった! ありがとう!!」
「ニセ筋て……」
苦笑を浮かべながら、しかし真剣なオールマイトの様子にそれ以上笑うことはできず俺は居たたまれなくなる。
「いや……! でもあれは俺の責任です!! 俺がオールマイトを邪魔していなければ! 無個性の俺が生意気なこと相談しなきゃ「そうさ!!」」
「あの場の誰でもない!! 無個性である君だけが状況を的確に捉え彼女を救おうと動いていた! プロヒーローじゃない、無個性の君だけが!!」
そうさ。俺には“個性”がない。けれど、判断力だけはプロヒーローに負けないように、誰よりも彼らを観察してきた。
「トップヒーローは学生時から逸話を残している……彼らの多くが話をこう結ぶ!! “考えるより先に体が動いていた”と!!」
力強い言葉が、一度は抑えこんだ筈の願望をもう一度立ち上がらせる。
どうしてか、いつの日かオールマイトの動画を見る俺を抱き締めたあの日の母の言葉を思い出した。
──ごめんねえ出久、ごめんねえ……!!──
「君も、そうだったんだろう!?」
オールマイトの言葉と母の言葉が重なる。抑え込んでいたものが、再び溢れ出す。
ああ、そうだとも。俺はあの日母にそんなことを言ってほしかったのではない。あの時、俺が言ってほしかったのは──。
「──君はヒーローになれる」
静かに、涙が頬を伝った。
俺はもう諦めない。なると決めた。今俺自身に約束した。
俺は、ヒーローになる……!!
この辺の展開はあまり変えたくなかったというのもあってほぼまんま。