スナイプvsアマゾンアルファ ―狩人ノ哀歌―   作:さかきばら けいゆう

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 ちぎれ飛ぶ雲の隙間から、青白い月が街を見下ろす。その月よりも眩いネオンをそこかしこで放ちながら、眠ることを忘れた街は経済活動を繰り返している。光の届かぬ闇の中で潜む、野獣の存在に気付かぬまま……。


第九話 仲間

 野座間製薬本社、特殊研究開発部長オフィス。

 スーツ姿の女と男が、感情の読めない能面のような顔を突き合わせて内密の会話を行っている。女はこのオフィスの主である水澤令華。男は令華の秘書である加納省吾である。

 

「花家大我とは、相変わらず連絡つかないの?」

「はい。完全に行方不明……というか、生死不明の状態です」

「命惜しさに逃げ出したか、或いは悠に……」

「どうしますか本部長。悠くんの腕輪は青のままです。調査班の探知に引っかかる可能性は無いに等しいかと」

「……悠が暴走状態にあることがあの男(橘雄悟)に知られるのは避けたいところです。あまり事を荒立てない方針で、なんとか手を打たなければ」

 

 僅かに目を細めながら、令華は野座間製薬国際営業戦略部本部長の顔を思い出していた。橘雄悟(たちばなゆうご)……〈アマゾン細胞〉を利用したビジネスを成立させようと、近頃社内で暗躍している彼に、この事態を悟られることは今後に大きな悪影響をもたらす可能性がある。

 

「改めて別のドクターを選定するにしても、花家大我に引き続き治療を続行してもらうにしろ、まずは悠を見つけ出すことが先決です。それも、早急に……」

「……では、駆除班を動かしてみるのはどうでしょうか」

「駆除班を? 調査班ではなく?」

 

 能面のような表情を崩さないまま、加納が令華に提言する。確かに駆除班の動員程度なら、橘に異常を気取られることも無いだろう。しかし、それで悠をどう発見するというのか。令華は加納の発言に思わず肩眉を吊り上げながら、彼の言葉に耳を傾けた。

 

「はい。駆除班にはMがいます。あれには同類の存在を知覚する感知能力がありますから、恐らく悠くんの補足は可能であると考えられます」

「……確かに、悠も〈アマゾン〉には違いないですが……実験体とは違います。Mに捉えられるでしょうか?」

「ですが他に有効な手立てはありません。また、発見しても悠くんに抵抗される可能性を考慮すれば、捕獲チームにも十分な戦力が求められます。それに……」

「それに?」

「万が一、鷹山仁が悠くんと遭遇した場合を想定すれば、悠くんを彼から守る護衛も必要になります。発見・捕獲・保護……これら全てが可能な人材は、やはり彼ら以外にあり得ないかと」

 

 鷹山仁。令華たちと袂を分かち、〈アマゾン〉全てを殺し尽くすべく自らも〈アマゾン〉になり果てた、狂気の男……。橘とはまた違った意味で、令華の敵となる人物だ。

 

「……分かりました。その方向で行きましょう。加納、さっそく駆除班に出動を要請してください」

 

 

 ※※※

 

 

「……マモちゃん、どう?」

 

 駆除班制服に身を包んだ髭面の男……三崎一也が、ブロック型の携帯食料をかじりながら傍らのマモルに尋ねる。だが、マモルは残念そうな面持ちで首を横に振った。

 本社からの命令があって一時間弱。駆除班は水澤悠の捜索のため、廃ビルの無人テナントを拠点に気配探知を行っていた。

 

「水澤クン、どこに行っちゃったんだろう……。心配だなぁ」

「だいじょーぶだってマモちゃん。きっと見つかるよ」

 

 しょぼくれた様子で、マモルが肩を落とす。その背をとんとんとあやして三崎がフォローするが、仲間を大切に思う彼の近頃の落ち込みようは激しいものがある。あの夜以来、大好物のハンバーガーですらほとんど喉を通らない有様だ。

 

「三崎さんの言う通りだって。心配すんなマモル」

「ほら、ノンちゃんもそう言ってる。だからもうちょっと頑張ってみよう、な?」

「うん……」

 

 望の援護もあって取り合えずマモルの精神は立て直せたが、それで悠の捜索が進展したわけではない。一方、志藤と福田はバンの中で街の地図を広げ、複数個所にペンで印をつけながら今後の捜索について会議を進めていた。

 

「マモルの気配探知の有効距離は、それほど広いわけじゃない。もう二、三か所まわって、捜索するしかないな」

「……ある程度、足を使って探すしかないですね」

「まぁな。それと、悠が抵抗した場合も考えて、捕獲のプランも幾つか考えておくべきだろう」

「……捕獲で、済まなかったら、その時は」

「……どういうことだ、フク」

 

 言い淀む福田。志藤が地図から視線をあげると、福田はいつもの鉄面皮の下に仄かな不安と覚悟の入り混じった、微妙な表情を浮かべていた。

 

「もし、悠が人食いになってたら……駆除も想定すべきかと」

「悠が……人食い?」

「あいつが野座間を脱走した理由を考えたら、それしか思いつきません」

 

 この際、悠が何の病気に感染しているかは重要ではない。問題は、何らかの病気を発症したことで正常な状態ではなくなった悠が、ほとんど暴走状態のまま、街に逃げ出してしまったという点だ。暴走が病気によるものなのか、それによって覚醒した〈アマゾン〉の本能によるものなのかは分からないが、街の住民たちが危険な状態であることに変わりはない。悠の現状によっては、現場判断で駆除もやむなし―――その覚悟を、福田は無言のうちに志藤へ問いかけていた。

 

「……上からのお達しは、あくまで保護だ。そのための麻酔弾も用意されてる。……あいつは、野座間にとって特別な〈アマゾン〉みたいだからな」

「……」

「竜介の時とは違う。……それにな。悠を撃ったって、ギャラは入らない。……だから、そう強張るな」

 

 そう言って志藤が肩を軽く叩くと、福田は小さく「了解」とだけ呟いた。

 

「―――あ」

 

 その時、深く意識を集中させていたマモルが、ふいに目を丸くして声を漏らした。

 

「見つけたかマモちゃん!」

「うん。あっちの方から……水澤クンの匂いがする」

 

 マモルが指さしたのは、街のはずれにある工場群だった。最小限の街灯がぼんやり光るその場所まで、ここからおよそ数百メートルの距離ほどだろう。

 

「……急ぐぞ。悠を迎えに行く」

 

 悠が移動してマモルの覚知範囲外に出れば、捜索は振出しに戻る。モタモタしている暇はない。志藤の号令のもと、班員たちは急ぎ足でバンに乗り込み、工場群へと向かった。

 

 

 ※※※

 

 

 駆除班が悠の気配を感知したのとほぼ同時刻、街を一望できる小高い丘の上で、鷹山仁もまた獲物の気配を感知していた。

 

「……ったく、手間かけさせやがって……」

 

 時間はかかったが、ようやく気配を感知できた。仁は水路で捕まえたハゼをくちゃくちゃと咀嚼して手早く栄養補給を済ませると、さっそく気配のもとへ歩き出す。

 連戦の疲れはまだ抜けきってはいないが、〈アマゾン〉を殺すことは何よりも優先される重大事項だ。たとえ相手が一度ならず交流したことのある顔見知りだとしても、それは狩りを躊躇う理由にはならない。

 ただ、殺す順序が変わっただけのこと。見逃しておく理由が無くなったというだけの話なのだ。人間を守るため、責任を果たすため、〈アマゾン〉は全て殺す。それこそが鷹山仁が己に課した最大の誓約である以上、この先に待つ戦いを避けることはできない。

 

 ……だが、悠の死を知ったら、七羽はきっと悲しむだろう。

 そんな予感が、殺伐とした仁の脳裏を一瞬だけよぎった。

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