スナイプvsアマゾンアルファ ―狩人ノ哀歌― 作:さかきばら けいゆう
時刻は深夜2時。寂れたシャッター街に冷たい風がひゅるりと通り過ぎていく。
発展に取り残された、古い時代の名残。風にはがされて飛んできたポスターをくしゃりと踏みつぶしながら、志藤はライフルのリアサイト越しに闇を睨む。
「近い……この中です」
呟いたのは新入りの水澤悠だ。悠の〈虫〉に対する感知能力は外れたことが無い。同じく感知能力を持つマモルも頷いている。どうやら間違いは無さそうだ。
志藤は部下の望と三崎、そして長年の相棒である福田へハンドサインで指示を出し、ゆっくりと歩を進める。
シャッターが半開きになった、無人のはずの中華料理店。埃っぽい店内へ、志藤がゆっくりと覗き込むようにしながら侵入する。
すると唐突に、カウンターの奥から、何かが軋む音がした。
音を立てないよう慎重に、駆除班員を集めてカウンターを包囲する。5秒のカウントで突入するようハンドサインで指示をすると、班員たちは各々武器を構えるなどして臨戦態勢に入った。
5、4、3、2……
しかしカウントが終わるよりも早く、カウンターの奥で動きがあった。
凄まじい熱波とともに、店内に蒸気が立ち込める。〈虫〉……つまり〈アマゾン〉特有の生態だ。
「ギギギギギギッ! ……」
喉の奥から絞り出すような呻き声とともに、蒸気の中から青とピンクの触手を無数に生やした、奇妙な人型の化け物……〈アマゾン〉が立ち上がる。事前の情報によると、どうやらイソギンチャクの性質を持っているらしい。ランクはBとやや控えめだが、初めて遭遇するタイプのアマゾンだ。志藤は熱波に目を閉じそうになるのをこらえつつ、口頭で部下たちに命令をくだした。
「虫確認、狩り開始!」
志藤の声とともに、カウンターを包囲していた三崎と福田、そして志藤がライフルの引き金を引いた。銃口から対〈アマゾン〉用の特殊加工を施された弾丸が怒涛の勢いで吐き出され、〈イソギンチャクアマゾン〉に殺到する。〈イソギンチャクアマゾン〉が全身に弾丸を浴びながら、カウンターに黒い体液をぶちまけた。しかしその直後、〈イソギンチャクアマゾン〉はすぐさま身をかがめて、カウンターを跳躍で跳び越えた。
シャッターを力づくで突き破り、〈イソギンチャクアマゾン〉がシャッター街に飛び出す。勢いあまってつんのめる〈イソギンチャクアマゾン〉に、すかさず望がナイフを構えて襲い掛かった。
「でやぁあああ!!」
気合い一閃、望のナイフが〈イソギンチャクアマゾン〉の体表を刻み、その激痛が触手だらけの身体を怯ませる。逃げの姿勢になったところへ望がためらうことなく蹴りを叩き込むと、〈イソギンチャクアマゾン〉は呻き声をあげながら道路に転がった。
見た目は派手だが、大したヤツじゃない。ここまでの手ごたえの無さに、望の脳裏に一瞬の油断が生じる。
ところが〈イソギンチャクアマゾン〉は、その油断を察知してか、全身からおびただしい量の触手を猛スピードで伸ばして望へと躍らせた。
「やばっ……!」
素早い身のこなしで触手を避ける望。しかしこれでは近づくことはできない。かといって銃弾も触手に阻まれて届かないだろう。この〈アマゾン〉を攻略するには、まず邪魔な触手を排除しなければならない。
追撃できない口惜しさに歯噛みする望だったが、その背後から二人の青年……マモルと水澤悠が飛び出した。ここからは選手交代だ。
「うわぁあああぁあ!!」
「アマゾンッ!」
マモルが上着を引き裂いて、悠が〈アマゾンズドライバー〉を操作して、各々エネルギーを爆発させる。凄まじい熱波を放ちながら細胞を変質させ、瞬時に頑強な外骨格を形成する。筋組織が充実して膨れ上がり、眠れる野生の本能を覚醒させる。次の瞬間、マモルはドリル状の器官を頭部に備えた〈モグラアマゾン〉に。そして悠は、緑の外骨格と深紅の目をした〈アマゾンオメガ〉へと変身していた。
「グィギギギギギ……!」
かくて三匹の野獣……〈アマゾン〉による死闘が始まった。前腕部から伸びる刃〈アームカッター〉で〈オメガ〉が果敢に攻め立て、隙をついて〈モグラアマゾン〉が巨大な爪で殴りつける。それを払いのける〈イソギンチャクアマゾン〉のカラフルな触手。それはもはや、人間の介在する余地などない、野生と暴力の暴風雨だ。
だがそんな命のやり取りにも、変化が生ずる。コンビネーションの経験がまだ浅い〈オメガ〉が、攻撃タイミングを掴み損ねて一瞬だけ硬直したのだ。
人間にとってみれば、それはほんのコンマ数秒ほどの一瞬だ。だが、それは〈アマゾン〉同士の殺し合いにおいて致命的なミスだった。
「ウグッ……! うわぁああ!」
〈オメガ〉の鮮やかな緑色の体表に、〈イソギンチャクアマゾン〉の触手が絡みつく。自由を奪われた〈オメガ〉は、そのままギリギリと締め付けられながら中空へ持ち上げられた。
常人なら全身の骨がバラバラになってしまうほどの圧力だ。〈オメガ〉は懸命に振りほどこうと力を込めるが、いかに〈アマゾン〉とはいえ力だけではどうにもならない。
「水澤クン!」
仲間の窮地に、思わず〈モグラアマゾン〉が注意を逸らす。その瞬間、〈イソギンチャクアマゾン〉は〈モグラアマゾン〉の腹部を渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
「野郎……!」
マモルと悠が引き剥がされたが、まだ勝負はついていない。志藤は班員を集めて一斉射撃をお見舞いした。無論触手で防御されるが、悠を拘束しているぶん動かせる触手の数は限られる。打ち出された弾丸のうち何発かは〈イソギンチャクアマゾン〉の胴体に届き、その動きを鈍らせていく。
やがて〈イソギンチャクアマゾン〉は、蓄積されたダメージからか膝をつき、にわかに苦しみ始めた。呼気は荒く、動きも緩慢だ。
当然、その好機を逃すわけもない。志藤が口笛で合図を出すと、望とマモルが一気に飛び出した。
「いい加減、離せッ……!」
望の繰り出したナイフの斬撃が、悠を拘束していた触手群を切断する。すると〈アマゾンオメガ〉の変身が解除され、鮮やかな緑色の肢体はもとの水澤悠の姿へと戻っていった。
「ギィヤァアアァ!」
触手を切断された痛みでたまらず悲鳴をあげる〈イソギンチャクアマゾン〉。だがその奇怪な雄たけびも、〈モグラアマゾン〉となったマモルの一撃で即座にかき消された。彼の繰り出した鋭い爪が、無防備になった〈イソギンチャクアマゾン〉の腹部を貫いたのだ。
「ガウゥウウ——————ッ!」
マモルの叫びが、勝利を宣言する。
〈イソギンチャクアマゾン〉の身体は黒いゲル状に溶解し、後には腕輪だけが遺された。
狩りが終わった。駆除班の面々に、つかの間の安心が訪れる。しかし、その雰囲気を壊す新たな事態が、既に発生していた。
「ぼっちゃま、おいしっかりしろ! ぼっちゃま!」
額に脂汗を浮かべ、苦しそうに呻く悠に、真っ先に異常に気付いた三崎が駆け寄る。
一瞬遅れて福田と志藤が駆け付けるが、どう見ても普通ではない。
「フク、分かるか?」
「イソギンチャクの中には、触手に毒針を持っているモノもいる……。この苦しみようは、恐らく毒です」
薄れゆく意識の中、悠は頭上で心配そうにこちらをのぞき込む仲間たちに、自らの症状を訴えようとした。
——————違うんです。毒じゃない……僕の中に、別のナニかが、入って来て——————
だが、悠はとうとうそれを言葉で伝えることの叶わないまま、ゆっくりと意識を手放し、闇の中へ沈んでいった。
——————闇の中で、豹が嗤う。