スナイプvsアマゾンアルファ ―狩人ノ哀歌― 作:さかきばら けいゆう
「あー……なんだ。お前ら、ケンカ?」
ホームレス(仮)が、気だるげな声で尋ねて来る。一刻も早くここから居なくなってほしいと言う態度を隠そうともしていない。
「ハァ? 見ればわかんだろおっさん! つーかこういう時は黙って助けるもんでしょ!」
「いや、俺関係ないじゃん」
「信じらんない! こんな可愛い女の子がピンチだってのに、気の利いたセリフ一つ言えねーのかよ使えねーな!」
口ぎたなく罵るニコだが、ホームレス(仮)はまったく取り合おうとしない。まさに暖簾に腕押しだ。
だが、ゲーマー業界にはこういうクセの強いタイプの人間は少なくない。ニコは過去の経験を踏まえて、このホームレス(仮)が自分が興味のあることや、自分に利益があること以外はまったくやりたがらないタイプだろうと結論付けた。
「あーもう……じゃあ、私のこと助けてくれたら何でもしてあげるから! ねっお願いっ」
「……何でも?」
あ、食いついた。
ニコが心の中でそう呟くのと、ホームレス(仮)がすっくと立ちあがるのはほとんど同時だった。
寝ころんでいた時は分からなかったが、背が高く、スタイルもいい。ちょっと危ない雰囲気も含めて、ワイルドな魅力を持っていると、ニコは密かに感じた。
「そこまで言われたんじゃあしょーがない。せいぜいヒーローさせて貰いますか」
「あ、言っとくけど、エッチなことは無しだからね!」
「心配すんなよ。ガキは喰わん」
気だるげな態度は変わらないが、取り合えずやる気になってくれたらしい。ホームレス(仮)は不良たちのもとへダラダラと歩みより、胸の辺りをぽりぽり掻きながら彼らを見据えた。
「ンだこのおっさん……ぶっ殺せ!」
繰り広げられる茶番に、不良たちもとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。先方を務める一番大柄な不良が、拳を握り固めて思い切り振り下ろした。
だが、ホームレス(仮)はその拳を上体を軽く反らして回避。続く二発目、三発目のパンチも、必要最低限の動きでこれを躱す。
「お互い、痛いのはイヤだろ? ここは穏便に済ませよーぜ」
「テキトーこいてんじゃねぇぞ!」
この期に及んでまだ寝ぼけたことを言うホームレス(仮)に、不良達が怒りを爆発させる。
やがて二人目、三人目の不良がケンカに参加するが、しかしホームレス(仮)にはパンチ一発かすりもしない。
「へー、すげぇじゃん」
一切の無駄なく攻撃を避け、余計な体力を消費しない。そんなホームレス(仮)の様子を見ながら、ニコは無意識に野生の獣を連想した。
「なんだよコイツ……ぜんぜん当たんねぇじゃん」
「ねぇなんか気味悪いよ。もう行こうぜ。つまんねぇ」
「ケッ……命拾いしたなーコラ!」
やがて先に体力が底をついた不良たちが、諦めてすごすごと引き下がっていった。
めいめい捨て台詞を吐いていくが、その背中には疲労と若干の恐怖が現れている。ニコはざまぁみろと舌を突き出して彼らを見送った。
……しかし、ホームレス(仮)を囮に逃げる作戦だったが、まさか本当に撃退してしまうとは。そんな驚きと、ちょっぴりの好奇心が、このホームレス(野生)に対するニコの興味を刺激した。
「すっごいじゃんアンタ。さてはタダのホームレスじゃないね」
ぱたぱたと駆け寄り、賞賛の言葉をかけるニコ。だがホームレス(野生)は、それに対して特にリアクションを返すことなく、むしろ自分の要件を上から重ねて来た。
「そんなことより、ホラ」
「……は?」
「ホラ。何でもしてくれるんだろ」
言いながら、ホームレス(仮)はニヤリと笑いながら右手を差し出してきた。手のひらを上に向けている辺り、何かを要求しているとみて間違いない。
「だー、察しが悪いなお前。金だよ金。俺今見ての通り一文無しなの」
……最低だ。この男はどう贔屓目に見ても最低のクズだ。
初対面の女の子に、ちょっと窮地を救ったからといって、こうも厚かましく金銭を要求するか?
そんな不快感を全身で表現しながら、ニコは差し出された右手をグーで殴りつけた。
「あ! いってぇなオイ……んだよ何でもって言ったじゃねぇか。サギだサギ!」
「これ以上ガタガタ抜かすと警察呼ぶよ! あーもう最っ低。信じらんない」
「えぇ……せっかく助けてやったのに」
「くそったれホームレスの分際で偉そうな口きくんじゃねーよ。私の役に立ててむしろ光栄ってもんでしょうが」
「うわ、性格終わってんなお前……」
「おめーが言うなおっさん!」
ニコがぴしゃりと言い放つと、ホームレス(野生)はその場で座り込み、がっくり項垂れて深々とため息をついた。
「あーあ……七羽さんには追い出されるし、こんなクソガキにはいじめられるし、ついてねぇなぁ……」
「追い出されたって……何しでかしたのよ」
「別に。ただのケンカ。二人きりで暮らしてりゃ、そういうことも時々はあったけど……はぁ」
どうやらこのホームレス(野生)は本気で落ち込んでいるようだ。話を聞く限り、同棲相手とケンカした挙句追い出された様子である。ニコは直感的に、彼の言う「七羽」という人物が女性であることを察した。
「なるほどね。まぁ素直に謝ったら許してくれるかもよ?」
「何言ってんだよお前。七羽さん滅茶苦茶こえーんだぞ」
このホームレス(野生)は、どうも同棲相手には尻に敷かれていたらしい。足元で情けない声をあげるホームレス(野生)に、ニコはまだ見ぬ七羽という女性の姿を想像した。いつかは自分も、大我をこんな風に扱いたいものだと、密かに企みながら。
「ま、せいぜいお家に帰れるといいね。ばいばーい」
ともかく、もうこの男に用はない。ニコはひらひら手を振りながら、ホームレス(野生)に別れを告げて元来た道を引き返し始めた。
写真の青年も探さなければいけない。これ以上、このホームレス(野生)に関わっている時間など無いのだ。
……そうしてニコが立ち去った後、ホームレス(野生)……改め、鷹山仁はごろんと仰向けになって曇り空をぼんやり見上げていた。
この寒空の下、連日の野宿は流石に身体にこたえる。いい加減に暖かい寝床につきたいところだが、生憎と金づるには逃げられた。
食料……についてはネズミやらトカゲでいいとしても、いい加減にこの状況が抜けださなければまずいだろう。
「……でもなぁ……」
このまま、彼女の前から姿を消すというのも、一つの選択肢だろうと仁はふと思った。
鷹山仁と共に生きるということは、そう容易いことではない。喰うか喰われるかの世界で生きる仁と寄り添うことは、彼女自身にも危険を強いる。この生き方は仁が選んだものだが、それに七羽が添い遂げるかどうかは話が違う。もちろん七羽への愛情に嘘は無いが、こんな自分に付き合わせていることへの罪悪感はいつだって胸の中で燻っていた。
彼女はまだ若い。もっと幸せになれるはずの女性だ。先の無い、こんな男の地獄めぐりに付き合う必要なんてないのだ。
……だが、そこまで分かっていて尚離れられない理由は、自分自身の弱さに他ならない。結局のところ、責任を一人で背負う勇気も力も自分には無いのだ。七羽が隣で支えてくれなければ、きっと生きていくことさえできなかった。彼女と離れている今でさえ、心の中には常に七羽がいる。
そんな自分を嘲るように薄く嗤いながら、仁は曇り空に手をかざした。
「……ん?」
——————その時、仁の嗅覚を奇妙な匂いが刺激した。
ヒトの営みから発せられるソレとは異なる、しかし嗅ぎなれたこの匂い。
嗅覚だけではない。体の奥の、細胞の一つ一つが警笛を鳴らすかのような感覚と共に、全身がぞわりと粟立つ。
「……行くか」
呟き、立ち上がる。その表情からはもう、数秒前までの自嘲は消えている。
あるのはただ、獲物を狩り、殺し、そして喰らう……そんな野獣の、静謐の中に潜む獰猛性だけだ。