スナイプvsアマゾンアルファ ―狩人ノ哀歌― 作:さかきばら けいゆう
衝動に導かれるまま仁が訪れたのは、大型ショッピングセンターの屋上だった。フェンス越しに街を一望できるそこは、かつて小規模な遊園地が存在していた名残を残している。
だが、それらに対するノスタルジーに浸るつもりなど今の仁には無い。彼には、やらねばならぬ使命があるのだ。
―――<アマゾン>。それはヒトによって生み出された、人食いの異形。
かつて野座間製薬に在籍する科学者だった仁は、そこでウイルスサイズのナノマシン……通称<アマゾン細胞>を完成させた。だが画期的な発明ともてはやされたこの<アマゾン細胞>は、ヒトのタンパク質を好む性質を強く持っていた。<アマゾン細胞>を人間サイズまで成長させた実験体の<アマゾン>とて、例外ではない。つまり彼らは、ヒトのタンパク質を求める食人衝動を生まれながらにして持っているのである。
仁は<アマゾン細胞>の研究に対し最後まで反対し続けたものの、野座間製薬はこれを押し切って<アマゾン細胞>の実験を進め、とうとう4000もの実験体<アマゾン>を街に解き放つという不祥事まで引き起こす。それらの<アマゾン>を全て駆逐し、この世から<アマゾン細胞>を根絶やしにする……人間を守るため、<アマゾン>の生みの親である仁が下した決断は、壮絶な自己犠牲を伴う責任の完遂であった。
ヒトに<アマゾン細胞>を移植した仁は、生まれつきの<アマゾン>に比べて同族を感知する能力が低い。従って、ごく近距離で、かつ漠然とした感覚でしか<アマゾン>の存在を捉えられないのだが、今回に限っては違った。なにせ、仁のような鈍い感知力でさえ捉えられるほど、その<アマゾン>は強烈な気配を醸し出していたからである。
「よう。自己主張強いのなぁお前……おかげですぐ見つけられたぜ」
飄々とした態度で挨拶する仁。彼の眼前には、屋上の床に這いつくばって低く唸る、上半身裸の青年がいた。だが異形の腕輪<アマゾンズレジスター>を見れば、彼がヒトではなく<アマゾン>であることは一目瞭然だ。
腕輪の発行信号は青く点灯している。ということは抑制剤が切れたわけではないはずだが、しかしその苦しみようは尋常ではない。食人衝動に苦しんでいるというわけでもなさそうだ。
「何がそんなに苦しいのかは知らないが……すぐ楽にしてやるよ」
苦しむ<アマゾン>に対し、仁はまるで十年来の親友に語り掛けるように、或いは幼い我が子を慈しむように、優しい語り口で死を宣告する。そして、仁は腰に巻かれた異形のベルト<アマゾンズドライバー>のグリップに手をかけて、悠然と微笑んだ。
「仁、さん……?」
だが、その微笑は、眼前の青年の問いかけによってかき消される。
仁の方へ振り向いた彼の顔は、まぎれもなく水澤悠のものだったからだ。
「悠か……? 何があった?」
水澤悠は<アマゾン>だ。しかし今の彼は野座間製薬の管理下にある。食人の意思も、衝動も持っていない。そして、<アマゾン>を駆除するという意思を示している。つまり今のところ、彼は仁にとって積極的な駆除対象ではないのだ。
「分かりません……何かのウイルスに、感染したみたいで」
いかに人工細胞の塊とは言え<アマゾン>も生物だ。特にこの水澤悠は、どうも普通の<アマゾン>とは出自が異なる可能性がある。病原体の感染は、十分に想定できる事態だと仁は納得した。
「なるほど。それじゃあもひとつ聞くけど、何でこんなところで、そんな恰好して這いつくばってんだ?」
かがみこんで悠に視線を合わせながら、再び仁が尋ねる。すると悠は苦しそうに喘ぎながら、とぎれとぎれに説明を始めた。
「ウイルスが……僕の中の僕でもない、別のナニかが……僕の身体を乗っ取って、暴れてしまうんです。腕輪の抑制剤は効いているはずなのに……ヒトを、食べたくてしょうがない……!」
悠の説明は要領を得ないが、異常な事態が起きていることは確かだ。それに病気のせいとはいえ、食人衝動を抑えられなくなった今の彼を、仁が殺さない理由は無い。仁は小さく鼻を鳴らすと、再び<アマゾンズドライバー>のグリップに手をかけた。
「事情は分かったよ……けどな。そうなっちまったんなら俺のやれることは一つだけだ」
「はい……お願いします」
「意味、分かって言ってんのか?」
「……僕だって、誰かを食べてしまうのは嫌だ。そりゃあ、ここであなたに殺されるのは、悔しいけれど……ウッ!」
その時、悠が突然胸をおさえて苦しみだし、同時に彼の身体から熱波が滲み出て来る。どうやら我慢も限界のようだ。
やがて悠の身体は高熱の中で融解と硬化を繰り返し、仁と初めて出会ったときの姿……アマゾン態へと変化していった。
「グ……アァアアアアア!!」
「……あーあ。しょうがねぇな」
野獣の咆哮をあげる悠の目は、本能と狂気によって真っ赤に塗りつぶされている。その瞳が言外に、彼の理性の蒸発を告げていた。
仁は諦めと決意をないまぜにドライバーのグリップを捻りこみ、狩人の眼差しを悠だった<アマゾン>へと向けた。
「……アマゾン」
『―ALPHA―』
瞬間、仁を中心として高熱を伴う強烈なエネルギーが迸った。悠の放つ熱波とは比べ物にならないそれは、もはや「爆発」に等しい。その圧倒的エネルギーが周囲を焼き焦がし、悠アマゾンを僅かに後退させる。
『Blood&Wild! w―w―w―Wild!』
やがて彼から放たれる熱波が収束していくと、仁は深紅の硬化皮膚に無数の傷痕を刻み込んだ緑眼の異形……<仮面ライダーアマゾンアルファ>へその身を変身させていた。
「ガウゥウ―――ッ!」
「……来な」
猛り狂う悠を人差し指で挑発し、先手を譲る。闘争本能と食欲に支配された悠は、仁に向かって弾丸のような勢いで飛び掛かった。
「ジャァアアッ!」
だが、本能だけでがむしゃらに襲い掛かって来る野獣に、仁は倒せない。
悠の繰り出す体当たりを、爪を、牙を……それら全てを、仁は必要最低限の動作で捌く。
そして悠が隙を見せた瞬間を狙い、急所を狙った的確な攻撃を積み重ねていく。その一発一発が、確実に悠のスタミナを削り、彼を一歩ずつ死の断崖へと追い詰めていく必殺の一撃なのだ。
「どうした悠ァ。こんなもんか?」
<アマゾン>狩りを始めてはや二年。その間に蓄積した戦闘経験が、鷹山仁を驚異の戦闘マシーンへと進化させていた。
「グルルゥウゥ……」
このまま挑み続けても勝ち目は薄い。
そう本能に導かれたのか、悠は血泡を吹きながらも仁から距離をとった。
理性は蒸発していても、体に染みついた戦闘の経験は残る。悠とて、駆除班としてこれまで少なくない数の<アマゾン>を屠って来た。
―――それらの経験から悠が導き出した次なる戦術は、正面きっての格闘ではなく、一撃離脱を基本とした肉食獣的戦法であった。
「シャァアアア!」
四足獣の如き姿勢から弾丸のように飛び出した悠は、仁めがけて突進。当然、仁はこれを回避するが、悠は躱された先のフェンスを蹴り、再度跳躍!
跳弾の如き軌道を描き、再び仁へ殺到する悠。仁は振り向きざまの回し蹴りでこれを迎え撃つが、悠もまた跳び蹴りを以て応える。互いの胴体に強烈な蹴りをお見舞いした両者は、思わずたたらを踏んでその場にへたり込んだ。
「てめぇ……」
思わぬ反撃に、悪態が零れる仁。だが悠はダメージなど意に介した様子もなく、再び弾丸のように飛び掛かって来た!
だが、二度も同じ轍を踏む仁ではない。ギリギリまで引き付けてから、仁は下から救い上げるようなフォームでアッパーカットをお見舞いし、悠を弾き飛ばす!
「オラァ!」
重く湿った音と共に、悠の身体が宙を舞う。仁はこれを追撃すべく、悠の上空へと跳躍。そして空中で握り固めた拳を、無防備な悠の顔面めがけて渾身の力と共に振り下ろした!
「グギャッ……!!」
アッパーカットから連なるコンビネーションの直撃をくらっては、もはや重大なダメージは避けられない。悠はそのまま床に叩きつけられ、屋上全体にビリビリと激しい振動が響き渡る。
これでもう、立ち上がることなどできないだろう―――音もなく着地した仁は、そのままトドメを指すべく歩み寄った。
「……グァアア!!」
「何!?」
だが、それは迂闊だった。立ち上がる力を奪われたかに見えた悠は、仁の想像を超える圧倒的回復力を以て立ち上がり、油断しきった仁へ猛烈な突撃を敢行したのである。
そして、そこから繰り出された低姿勢からのタックルが、仁を床から引き剥がし、壁際まで追い詰める。
「う、うおぉおおお!?」
やがて二匹の<アマゾン>は、仁の抵抗空しくフェンスをぶち破り、揃ってショッピングセンターの屋上から落下していった。