「…お前はこんな所にいちゃいけない…!帰るんだ!」
(…声?誰だ…まさか…信勝か…?)
ハッキリとしない意識の中、生き生きとした少年の声が聞こえて来る。
「ジュエルシード封印!」
「グォォォォッ!」
「うおっ!?何事だ!」
突然の野太い唸り声で、朦朧としていた意識が一気に明瞭になる。すぐに声の方向へ振り振り返ると、そこには小さな少年と異形の怪物が相対していた。
「な、なんだあの化物は…!?」
あまりの急な出来事に体が動かず、ただ唖然とするばかり。その間に怪物は少年を一蹴すると何処かへ飛び去ってしまった。
「これは一体…?っと…それどころではない!あの童を助けねば…大丈夫か!おい!聞こえていたら返事を───」
「はっ…!」
気が付くと勝頼は地面に寝そべっていた。慌てて周辺の様子を見渡すが少年や怪物の姿は無く、今のが夢であった事に気が付く。
(夢であったか…しかしおかしな夢であったな。それにしても───)
ここで初めて今自分が置かれている状況の異常性を認識する。
「ば…馬鹿な…確かに儂は天目山で……いや待て待て、そもそも此処は何処だ?この風景…明らかに天目山では無い…!よく見れば腹の傷も無いではないか…!そうだ…!信勝達は───」
あまりの不可思議な出来事に混乱しかける勝頼であったが、とにかく落ち着こうと深呼吸をする。
「落ち着け…まずは状況の整理だ。そうすれば何か分かるやもしれぬ…」
自らにそう言い聞かせ勝頼はその場に座り込む。そして静かに目を閉じ、今まで起こった事と現在の状況を照合してゆく。
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その後三十分程考え込んだ勝頼だったが、結局新しい事は何も思い出せなかった。しかし気分は随分と落ち着いたため、かなり冷静な判断が出来るようになっていた。
(まず…ここに来る前だ。確かに儂は天目山で自刃した。だがどういう訳か儂は生きている上に、見知らぬ土地にまで来てしまっておる。が、それだけは無い。着ていた甲冑や刀…果ては腹にあるはずの傷まで無くなっておる…武具はともかく、傷が無くなると言うのは……ええい。考えても仕方あるまい。とにかくこの林を進んでみるとしよう。人さえ見つければ場所ぐらいは分かるやもしれんからな)
こうして勝頼は少しでも情報を集めるため散策を開始する。この後とんでもない事実を突きつけられる事になるのだが、今の彼にそれを知る術など無かった。
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私立聖祥大付属小学校に通う小学生高町なのはは、今日も親友である月村すずかとアリサ・バニングスと共に学校から直接塾へと向かっていた。
「あれ?アリサちゃん、今日はこっちの道なの?」
「うん。道は悪いけど塾に行くには近いのよ」
「えっ…大丈夫?最近はこの辺り不審者が出るらしいし…」
「大丈夫よ。まだこんなに明るいんだから。」
すずかは心配そうにしていたが、結局三人は細い林道を進むことになった。
「アリサちゃん…本当にこの道合ってる?」
「全く…すずかは心配性ね。大丈夫よ。確かこの辺に小さい池が…あっ、あれよあれ」
しばらく進んでいると、アリサの言う通り開けた場所に池が現れた。しかしよく近くに寄って見ると、桟橋や小舟がズタズタに破壊されており、ただ事ではない様子だ。すずかとアリサの二人は何があっのかと不思議そうに池を眺める中、なのはは一人そわそわと周囲の様子を見渡していた。
(ここって…夢で見た場所…?じゃああの夢は…)
『助けて…』
「っ!?」
「なのはちゃん、どうしたの?」
「ごめん!ちょっと行ってくる!」
「えっ…なのはちゃん!?」
「急にどこ行く気よ!?」
なのはは急に道から外れると、林の奥へと駆けて行く。こんな場所に来たことは一度も無かったが、不思議と進むべき道は見えていた。そして一分ほど進んだ所に、赤い宝石を首に巻いたフェレットが横たわっていた。
「なになに、動物?」
「うん…でも怪我してるみたい…どうしよう…?」
「とりあえず獣医さんのところへ連れて───」
「お主ら。何をしておる」
「「「えっ…」」」
不意に背後から声を掛けてきた男。その異様な出で立ちに一同は思ぎょっとする。そもそも林の中で知らない男に声を掛けられただけで十分に恐ろしいのだが、その男が髷を結い現代とは明らかに違う服装なのだから、驚くなという方が無理である。
「ん…もしやその鼬…もしやお主らの物か?」
「えっ…ええっと…その…」
「そ、そうよ!この子は飼い主なの!」
「ふむ…ならば仕方あるまい。腹ごしらえは諦めるとするか…」
(に、腹ごしらえって…まさかコイツ…)
「それとつかぬ事を聞くが…近くの村へはどちらへ行けば出られるのだ?」
「ええっと…あっちに行けば街に出ると思いますけど…」
「左様か。…それからもう一つ──
「あっ…はい…」
「なのは、はやく行くわよ!」
「えっ…でもこの人…」
「いいから早く!」
「ちょ…ちょっとアリサちゃん!?」
アリサはなのはの制服を力ずくで引っ張ると、今来た方向に走り去っていった。
(…随分と忙しない子供だな。この地の名を聞き損じてしまったがまぁよい。とにかく行ってみるとしよう)
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「はぁ…はぁ…ちょっとアリサちゃん…そんな急に走り出さなくても…」
「何言ってんのよ!あいつどう見ても不審者じゃない!」
「えっ…でもそんなに悪い人じゃなさそうだったけど…」
「なのはちゃん!見た目だけでで判断しちゃだめだよ!…見た目も随分変だったけど」
「そうよ!あんな森の中で侍のコスプレなんかして、しかもこの子を食べようとしてたのよ!?」
「う…言われてみれば確かに…」
「全く…あんたは変なところで鈍いんだから…」
「でもなんだったのかな…服ならともかく髷まで結ってたし」
「あれってセットするの結構大変らしいよ。本当に何してたのかな…?」
「もしかして落ち武者の幽霊だったりして!あははは……はは…?」
「えっ…」
「………」
アリサの笑えない冗談に、三人の背筋からはスッと血の気が引いてゆくのであった。
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その後何とか街へ出た勝頼であったが、昨日まで戦国時代を生きていた人間が何の脈略も無くいきなり四百年先の時代にまで連れてこられたのだ。今どんな顔で街を眺めているかなど説明不要である。
(どうなっておる…どうなっておるのだっ!)
人を乗せる鉄の箱、動く絵画、頭上に張られた縄、天守を遥かに上回る塔…この街に勝頼が知る物は何一つ無かった。その後どれほど歩いただろうか。辺りはすっかり暗くなり、勝頼は仕方なく公園の街頭の下に腰を下ろす。
「どういう事だ…どこに行っても見知らぬ物ばかり…そもそもここは日の本なのか…?いや…それよりもこれから儂はどうするべきか…」
弱気な勝頼の心を映し出したかのように、腹の虫も情けなく声を上げる。
「…仕方あるまい。今日のところは先程の森でまた鼬でも──」
『助けて…ください!』
その時だった。強烈な耳鳴りがした刹那、助けを求める声が耳に飛び込んで来た。
「何奴っ!」
勝頼は反射的に辺りを警戒するが、近くに人の気配は感じない。
(全く次から次へと不可思議な事ばかり…だがこの声は…)
『誰か…僕の声が聞こえますか…?聞いてください…』
(…間違いない…この声は夢の中の…!)
「おい!何処に居るのだ!返事をしろ!」
『僕の声が聞こえる方…お願いです!力を貸してください…』
(馬鹿者が…!それだけでは分からぬであろう…!)
心の中で愚痴を叫びながらも、気が付けば勝頼は走り出していた。決して当てがある訳ではない。しかしこの場に留まったところでどうにかなるはずがない。今はとにかく動くしかなかった。そしてしばらく走っていると、凄まじい物を発見する。
(なっ…!これは…)
なんと薄い霧の壁のような物を境に人が消えたり現れたりを繰り返していた。壁のこちらから入った者は消え、逆に反対から歩いてきた者の姿は現れている。まるで壁の向こう側だけ見えなくなっているようである。しかも、当人達はその様子に気付いている様子がまるでないようである。今日だけで有り得ないほど怪奇な物を目の当たりにした勝頼だったが、この霧だけは明らかに異常だと本能が告げ、中に入る事を拒ませる。
「ええい!儂は何を怯えておる!不肖勝頼、父のように才は無くとも、一度決めた事を曲げたりはせぬ!」
そう自らをを奮起させると、勝頼は一直線に結界へと飛び込んで行くのであった…